レクイエムとレベル999の魔女
ラグロース・グロスカが死んだ。
『――王政府発表、本日未明に発生した王都外苑部、王国軍地下封印施設内において、魔導暴走事故が発生。王宮魔法師一名が死亡。亡くなったのは王宮魔法師最高位のラグロース・グロスカ氏』
「何が……あったんだ」
突然の訃報に俺は言葉を失った。
魔法通信による公共放送が、朝のニュース速報として繰り返し伝えている。
映像では小さな石造りの建物がひとつ。地下施設への入り口だろうか、破壊されている様子はないが煙が立ち昇り、大勢の武装した兵士たちが忙しそうに行き来している様子が見える。
大袈裟に伝えているのかもしれないが、場所が場所だけに相当ヤバイ物が隠してあったのか。
画面が切り替わり、ラグロース・グロスカの魔法による転写肖像が映し出された。
『――事故の詳細は依然不明ながら、ラグロース・グロスカ氏は、王都における大規模魔導災害の発生を予見、身を呈して孤軍奮闘し最悪の事態を防いだとの事。その際、部下を危険から庇ったという証言もあり――。この英雄的行為に対し、王政府は氏を激賛、追悼の意を表し、救国の英雄として国葬を――』
「トラ……!」
寝巻き姿のリスもリビングにやってきた。壁に吊り下げた魔法映像のスクリーンを唖然とした様子で見つめている。
「このひと、知ってるのダ」
身支度の最中、髪を梳かしてもらっていたイムも目をぱちくりとさせている。
「あぁ、お前たちの産みの親だ」
食器の割れる音が響いた。
「ラグロース・グロスカ様……!」
朝食の準備をしていたフォルだった。
ショックを受けた様子でフラつき、横にいたペリドがとっさに細い身体を支えている。
誰もが突然のニュースに驚いた。
「くそ、なんだってんだ」
ショックなのは俺だって同じだ。
古くからの知人、いや仲間だった。数々のクエストや冒険を、共に戦ってきた戦友なのだ。
俺とアララールのなれそめも、すべて見て知っている。
それを最後にヤツとは別れた。
ここ十年ばかりは王宮魔法師として就職し、いろいろと名を馳せて出世。最高位にまで上り詰めていたわけだが……。
「あたしたちのしてきたクエストと関係ある?」
リスが映像を見つめながら尋ねた。
「さぁな。俺たちに知る術は無いぜ」
奴から極秘に依頼されたクエストを終えた俺たちは、アララールの姉の生まれ変わり、アルを救出することにも成功した。
それから二日かけて家に帰ってきた。
ますます狭くなった家で、疲れを癒すためのんびりとしていた矢先だった。
三日目の朝に極秘クエストの依頼主、ラグロース・グロスカの訃報が伝えられた。これで関連性が無いと考えるほうが無理だ。
何か、誰かの陰謀か。
あるいは本当に事故なのか。
奴が考えていた事、ホムンクルスや怪物の製造計画、王宮で暗躍していた裏側なんぞ、俺に分かるわけもないのだが……。
「まさか……弟子だったリューゼリオン様の失態、裏切りの責任を取らされたのでは……!?」
ショックを受けた様子のフォルは取り乱し、ぽろぽろと涙を溢していた。それでも冷静に考え、推理しようとしている。
こんなに悲しんでくれる娘がいるんじゃねぇか。
「なんで死んじまったんだ。お前ほどの魔法師がよ……」
悔しいのは俺も同じだ。フォルよりも付き合いが長いのだから。
「トラ……様」
「バカ野郎が……!」
しばらく沈痛な空気が流れた。
それでも朝の日差しはお構いなしに、リビングダイニングを燦々と照らしてゆく。
やがて、アララールに抱き抱えられた、寝起きのアルもやってきた。
まるで小さな娘が出来たみたいだった。
二人は映像で事情を察し、小さく頷いていた。
驚いた様子ではなく、最初から知っていたようにも思えた。
それでもアララールは涙を流すフォルを抱き締め、お悔やみの祈りを捧げてくれた。
不思議な旋律の呪歌は魔女のレクイエムだった。
「彼の魂の安寧と、安らかなる眠りを。そして、新しい世界への旅の無事を祈ったわ」
「アララール、何か知ってるのか? ヤツの……死について」
「彼はこうなることを予見していたわ」
魔女の言葉は時として、理解しがたいこともある。
「よくわからねぇが、自分の死を知っていたってことか?」
アララールは少しだけ妖しい光を宿した瞳を細め、
「望んでいた、といったほうがいいかしら」
「そんなバカな」
「十年ほどまえに、トラくんと共に歩むと決めた日の……すこしあとの話。彼は、自分の心に秘めた大いなる願い、夢を私に話してくれたことがあるの」
「夢……だと」
驚いた。
あの無愛想で陰気な魔法師に夢があったなんて。
いや、夢があったからこそ、王宮魔法師になり出世し、最高位にまで地位を高めていたのだろうか。そもそも出世することが夢だとは限らないが……。
「その夢とやらは叶ったんだろうか」
「おそらくの」
「え?」
俺の抱いた疑問に、答えたのは意外にもアルだった。幼女の姿をした魔女。アララールの姉。
「きゃつめ、アララールとの契約を良いことに、わしの残存魔力の全てを持ち逃げしおったからの、シシシ……!」
可笑しそうに顔をくしゃっとするアル。
「そ、そうか……」
言っている事の半分も理解できなかった。
だが、分かったこともある。
ラグロース・グロスカは夢の成就のために、魔女のアララールと何か契約をしていたのだ。
「魔女との契約には対価が必要じゃ。ヤツは……ラグロース・グロスカは本当の魔法使いになりたい、という夢を叶えるため、わしら魔女の宿す『竜の血』を取り返すと誓ったのじゃ」
「竜の血、だと?」
思わず部屋のなかにいる姉妹達に視線を向けた。
アル、イム、リス、フォル、ペリド。竜の血を宿す姉妹達全員が揃っている。
そうか、この状況こそが……。
「私が望んだもの」
「アララール」
「幸せよ、とても」
微笑んでアルの頭を撫でた。
これが魔法師の払った対価、なのか。
すべて……このために。
十年の時間を費やして遠大な計画を?
「は……はは……」
信じられねぇ。
頭のいい男だったが、最初からこうなることを考えて、行動してやがったのか。
俺はよろめきソファに腰を下ろした。
自分の夢の実現のため、奴は……ラグロース・グロスカは魔女と契約を交わした。
だが、死んでしまって、本当に夢を叶えたことになるのだろうか。
「今ごろ彼は、魂と記憶と一緒に転生しているわ。前例があるもの」
リスやペリドに、優しい眼差しを向けるアララール。生まれ変わって記憶を持っていることは以前、リスに聞かされた。
「転生か、信じるぜ……俺は」
リスは唇を結んで黙っていたが、フォルは泣きじゃくっていた。
「ふぇええ……魔法師さま……」
「フォルが泣くなんて、らしくないのダ」
「ふぐっ……私だって……感情ぐらいあります」
イムやペリドは、ラグロース・グロスカを「秘密の育成施設の管理者」ぐらいの印象しか抱いていない様子だった。
リスの胸中は複雑そうだ。自分を造り出した親でもあるが、能力測定で「失敗作」と判断。クズナルドの屋敷へと奴隷として引き渡した。
それで手に負えないとなるや、今度は俺の家に預けてきたのだ。身勝手でリスの気持ちなんてこれっぽっちも考えていない。冷たく非道な人間に思える。
だが、成績の良いフォルは特別扱いだった。まるで愛弟子のように育成し、丁寧に扱っている。
ヤツの姉妹に対する接し方、育て方はバラバラだった。
いや、ラグロース・グロスカは物事を合理的に考える男だ。単に目的に応じ、接し方を変えていただけなのかもしれない。
俺にはわからない。
いつも何を考えているか分からない男だった。
冷めた表情で、口数の少ないカマキリみたいな雰囲気で、笑うこともあまりなかった。
けれど、決して悪い奴じゃなかった。
フォルは涙を拭きながら俺のとなりに腰を下ろした。
「トラさま……。教えてください。グロスカさまのこと」
「あぁ、いいぜ。あいつは若いころからの冒険仲間で、二十年来の付き合いさ」
フォルは真剣な眼差しを俺に向けてきた。
「出会ったのは田舎にある寂れた教会だった。十代で冒険者になりたてだった俺は、山奥のオイラゼール村で魔獣グマ討伐のクエストを請け負った。そこにいたのが孤児で痩せこけたラグロース・グロスカさ。魔法が使えるってんで仲間になって、それから――」
冒険の顛末や、それからの旅。
ヤツと共に歩んだ冒険の日々にフォルや姉妹達は耳を傾けていた。
ヤツは死んだかもしれないが、フォルや俺たちの記憶のなかに永遠に残る。
人生なんて、そんなものなのかもしれない。
◆
ちゅん、ちゅちゅん……。
小鳥が歌っている。
空を舞う小鳥を、黒い影が一瞬で飲み込んだ。飛竜だった。長大な尾とコウモリのような羽を羽ばたかせて遥か上空でターンする。
私は起き上がった。
脚は細く、腕も指先も繊細。顔にかかっていた髪を振り払う。長い黄金色の美しい髪からは甘い香りがした。
「お……?」
視界に浮かぶのは『レベル:999』の文字。
『ゴガァアア!』
獲物を見つけたとばかりに、空中で反転。襲ってきた飛竜めがけて手をつき出す。
赤い渦が生まれ一瞬で迫り来る飛竜を粉微塵にしてしまった。
「すごい、私」
無詠唱魔法。
真の魔法使いにしか出来ない芸当……!
――飛竜撃破、Exp12389
眼前に浮かぶのは半透明なウィンドゥにはレベル表示、それに『真竜の魔女』という表記があった。
名前は――ラグロース・グロリア。
成功!
転生は成功したらしい。
見上げた空の色はやや紫がかっていて、空中に水晶のような輝きを放つ山塊がいくつか浮かんでいる。
みたこともない場所に私は立っていた。
異世界。
目の前に息をのむような広大な光景が広がっている。
「いっ……やっほぉおおお!」
思わず跳ねる。
身体が軽い!
声が可愛い!
水辺に映った顔に息をのむ。
「ほぉ……ぉ?」
なんと可憐で愛らしい……!
青い瞳に小花のような唇、整った顔立ちにさらさらな金髪。何時間でも眺めていられそうな美少女だった。
すべて、計画通りぃいっ!
思わずガッツポーズ。
幾度と無くホムンクルスの製造で試行錯誤、美少女のボディを錬成してきた甲斐があったというもの。
「さぁ、はじめましょうか」
ここから私の……自由な冒険を!
◆




