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魔法師の悲願と対価

 ◇


 漆黒の鳥が舞い降りた。

 新月の闇に紛れた巨鳥は、音もなく姿を変える。

 魔法師のマントをはためかせた男、ラグロース・グロスカに。


 ここは――王都ヨインシュハルト王城外縁部、封印区画。

 危険な呪物や神代の魔法道具(レアアイテム)を封印する。厳重な警備により一部の限られた人間しか立ち入れない場所だ。


「いよいよです」

 シャツの胸元とクロスさせた腕の手の甲、魔石が赤い光を帯びている。

 魔石の輝きは魔力の証であり、魔法師として重ねてきた努力の結晶だ。ゆえに魔法師は後天的に得た魔力を練りあげ、魔法を励起する力を高めてゆく。

 たゆまぬ鍛錬と努力。それだけが魔法師を魔法師たらしめる。流れ者の魔法師だったラグロース・グロスカは、今や実力者との誉れ高い。名声も富はもちろん、望めば上級貴族の称号さえ手に入れることができるだろう。

 王侯貴族は持て(はや)し取り入ろうとしたが、ラグロース・グロスカは理由をつけては丁寧に断り、孤高を貫いていた。


「時は満ちた」


 目を細め王宮を見上げる。

 王城は星々の世界へと続く塔に思えた。人類の英知が、さらなる高みへと手を伸ばすようにそそり立っている。


 半日ほど前、弟子のリューゼリオンが死んだ。

 極秘裏に開発していた『次世代型・人造生命体培養プラント』および、一級秘宝の『竜の血』を持ち逃げした(とが)により処分(・・)されたのだ。

 民間ギルドによる討伐という形ではあったが、あちこちに根回しをしたのは他でもない、ラグロース・グロスカだ。

 裏切り者には死と制裁を。

 すべて闇から闇へと葬らねばならない。


 リューゼリオンを煽り立てた元凶、ロシナール・クズナルドも自滅。

 私利私欲のため、魔法師たちの長年の研究成果と生体サンプル(・・・・・・)を敵対国に売り、横流しようと企んでいたのだから当然の報いだ。

 ロシナール家にも正式に取り潰しの沙汰が下った。クズナルドの背任が明るみになったことで、当主もろとも断罪されたのだ

 もっとも、王都への隕石落下事件でロシナール家は満身創痍。文字通り大打撃を受け、事実上瓦解しつつあったのだが。世間では「天罰だ」との噂でもちきりだ。


 すべてはシナリオ通り――。


 魔女アララールとの密約(・・)


 宿願成就のための遠大な計画の一端にすぎない。


 ――囚われし我が姉のリュリオルを見つけ出し、我が元へ返してほしい。


『対価として、貴様の望みを叶えよう』


 魔法師ラグロース・グロスカに対し、復活した魔女アララールは取引をもちかけた。


 魔法を物ともしないトラリオンのパワーで絞め殺され、ドラゴンの姿から人の姿へと戻った。しかし魔女アララールは力の大半を失っていた。敵対勢力だったはずの魔法師に、取引を持ちかけてきたのは彼女だった。


 魔導大戦から数百年がたち魔法師の時代。

 アララールはそれを感じ取り、隠遁と休息を望んでいた。


『私は平穏を望む。魔法師よ、貴様は何を望む?』


「私の……私の望みは――!」


 魔女、アララールと交わした秘密の願い。


 宿願成就の障害は全て取り除いた。

 魔女の姉、リュリオルの血は姉妹達(シスターズ)の中に確かに流れている。

 生きた少女の姿としてだが、約束は守った。


 そして、最後の()はこの施設、奥深くに眠っている。


「トラリオン、君が羨ましい」


 共に冒険できたあの頃。

 何者にも、何事にも囚われなかった。

 世界ははてしなく広く、何処までも自由だった。

 だが、今はどうだ?

 王国に取り入り、王宮魔法師となり地位と名声を得た。

 栄光、魔法師としての名声、地位。

 結果、あまりにも多くのものに縛られてしまっている。

 もう自由はない。

 魔道士として膨大な知識と経験を積んだがゆえに、王国はもう手放さないだろう。望まぬ婚姻や貴族の称号を与えられ王都へと囚われる運命。

 しかし、生きるためには仕方なかった。

 選んできた人生に悔いはない。

 積み上げてきた結果に他ならない。


 だが、いよいよ悲願を果たす。

 他に自由になる道は無いのだから。


「ラグロース・グロスカ様!?」

「このような時間に何用ですか?」

 特殊管理区画を受け持つ衛兵と、中級の魔法師たちが行く手を阻んだ。


「サンプルの状態を確認せねばなりません」


「宝物庫の……ですか?」

 魔法師と衛兵は思わず顔を見合わせた。


「例の一件で、リューゼリオンが発掘竜(・・・)リュリオルに細工した可能性があります」


「なんですって!?」

 警備担当者たちは慌てて道を開けた。


 十数年前に発掘された希少な本物のドラゴン、リュリオル。

 とある辺境の神殿で発見され、仮死状態で発掘された。

 複雑な魔法呪印で厳重に封印されていた。

 王宮の秘蔵書に記録があった。数百年前の魔導大戦で封印されし竜の一柱として、魔女リュリオルの化身であると記録が残っていた。


 竜の血液を抜き取り、人造勇者製造計画――ホムンクルスへの転用が模索された。

 素晴らしい魔素の凝縮体はあらゆる可能性を秘めていた。


「こちらへ!」

 最高位の魔法師、ラグロース・グロスカの言葉を疑うものなどいない。

 数名の警備兵、魔法師たちが次々と鍵を開放し、最下層の宝物庫へと下ってゆく。


 最後の鉄の扉を開けると、何かが動く気配と熱風が押し寄せてきた。

「うぉおっ!?」

「こ、これはっ……!」


『――ゴォガァアアアアアア!』

 凄まじい咆哮が鼓膜を揺らす。


「呪印が解けている!?」

「ばかな……!」

 薄闇の向こうに赤い炎がゆらぐ。ひび割れた赤竜の鱗、皺だらけの尾、ドラゴンの鬼火のような吐息が、ゆっくりと姿を照らし出す。

 干からびたドラゴンの顔、目は淀み落ち窪んでいる。

「ドラゴン・ゾンビ化してやがる‥‥!」

「こんなものが解き放たれたら王都が!」


「みなさんは退避を」

 ラグロース・グロスカは他の魔法師や警備兵に告げると、宝物庫へ足を踏み入れた。


「お一人では危険です!」

「ラグロース・グロスカ様、我らも戦います!」


「あなた達の魔法では通じません」


 ラグロース・グロスカは右手を突き出すと、光の矢を放った。

「おぉ!?」

「一瞬で最上級魔法を!」

 光が幾重にも弾けた。激しい爆発の向こうで鬼火が揺らぐ。

『――ゴブゥァアア!』

「バカな!?」

「グロスカ様の攻城魔法が通じないなんて!」


 逆に禍々しい炎のブレスを放ってきた。

「なるほど、これは凄まじい」

 ラグロース・グロスカは重厚な結界を展開。自らと背後の警備兵や魔法師たちを防御する。


「この竜の死骸は……私が封じます。君たちは退避を」

 結界で破壊的なブレスを押し返しながら、魔法師が一歩、一歩とリュリオルに近づいてゆく。


「ラグロース・グロスカ様ッ!」


『――グブァアア……!』


 ブレスが止んだ。

 ラグロース・グロスカの眼前に巨大な干からびたドラゴンの大顎があった。


 ――魂は既にここにあらず、抜け殻だけ……ですね。


 自らの目で確かめ、安堵の微笑みを浮かべる。


 すべての計画はうまくいった。

 魔女との密約の条件をすべて満たした。


 リュリオルの魂は、大量の血を注ぎ込んだホムンクルスへと転移(・・)させることに成功した。

 魂の記憶と血の記憶、すべてが魔女アララールの元へと還元されたはずだ。


『ガァアア!』


「なるほど。これが……死か」


 魔法師の身体をドラゴンが噛み砕いた。


「あ、あぁ……!?」

「ラグロース・グロスカ様ッ!」

 その瞬間を警備兵たちや、仲間の魔法師たちが目撃した。


 喰らいつき大顎を動かした直後、滴る大量の血が床を濡らす。

 それは瞬時に魔法円を描き、光り始めた。自らの肉体を触媒にした極大魔法を発動――。


『――ゴ、ブゴハッ……!』

 リュリオルのドラゴン・ゾンビは一瞬で白化。陶器が砕けるように粉々に砕け散った。


 微かな光の粒子が、天に昇ってゆく。

 その光景を唖然呆然と見守っていた魔法師の一人が、恐る恐る近づき、確かめる。


 床に積もった灰はただの灰でしかなく、全ての魔力は失われていた。

 ドラゴンの血も魔力も、ラグロース・グロスカの骨のひとかけらさえ、一切を残さず。忽然とこの世界から消えた。


「ド……ドラゴンと刺し違えられたのか」

「あのお方は、ラグロース・グロスカ様は……」

「この王都を……いや、この国を守ったのだ!」


 ◇


 クエスト達成の宴会は、大盛りあがりだった。

 街の酒場を貸し切りにして、3パーティ合同の打ち上げ、パーティが催されている。

 

 トラリオンが「今夜は全部、俺のおごりだぜ!」と調子のいいことを言ったからだ。


 ――魔法でハートを撃ち抜いて♪


 リスとイムが特設のステージで、歌い踊っている。

 魔法の動画で人気上昇中のシンガーの、ポップな曲だ。

 ペリドとフォルは左右でぎこちなくタンバリンのような楽器を打ち鳴らす。


 ひとしきり盛り上がると、男たちは酒を浴びるように飲みはじめた。


「あたしたちはお菓子とジュースで宴会ね!」

「よいのぅ!」

 アルもすっかり姉妹達(シスターズ)に溶け込んでいた。


「……」


「アララール? どうかしたの?」

 不意に外を気にするような気配に、リスが気がついた。


「星が……」

「星?」

「いえ、なんでもないわ」


 天の星が動いた。

 歯車がひとつ、(とき)を進める。

 地下深く囚われていたリュリオルの肉体の気配が消えた。

 血も骨も全てが灰になったのだろう。


 アララールは微笑んだ。


 優しい眼差しでみんなに視線を向ける。

 リスにイム、フォルにペリド。

 それに小さなアル――姉のリュリオルの転生した姿。


 向こうのテーブルではトラリオンがエール酒のジョッキを仲間たちと酌み交わしている。


 笑い声と笑顔、幸せで満ち足りた時間が流れていた。


 静かに、楽しく暮らしてみたい。魔女と蔑まれることも、魔法師との対立も望まない。

 大切な人と、愛する人と普通の人生を最後(・・)に歩みたい。

 その願いが、数百年ぶりに叶った。


「願いがかなったの」

「アララール?」

「幸せよ」

 思わずリスを抱きしめた。

「あ……うん」


 魔法師は、約束(・・)を果たした。

 自らの大きな願いのため、魔法の対価を支払った。


 だから祈りましょう。


 大いなる(いにしえ)の魔法が発動することを。

 星の運行揺るがす、運命の歯車を回す魔法が。


 ――真の魔法使いになりたい!


 それが、魔法師(・・・)ラグロース・グロスカの願いだった。


 魔女アララールと交わした密約。

 条件をすべて満たした時、魔法師は「リュリオルの魔法を受け継ぐ魔法使い」として転生する。

 この世界ではないどこかで。

 魔法師ではなく真の魔法使い(・・・・・・)として。


 新しい人生を歩むために――。


 ◇


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[一言] ラグロース……っ! まさかこんな最期だとは! 転生先では、世俗にわずらわされることなく自由に魔法の探究を続けられるといいですね! あとリスちゃんとイムちゃんのユニットがかわいいです。アララ…
[良い点] ラスボスと考えていたラグロース・グロスカでしたが、アララールと密約を交わしていたとは……。 真の魔法使いとなった彼が転生する先は、アララールにも把握できないのか!? それとも……。 何はと…
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