1号(アル)と姉妹たち
◇
「……う……ん?」
温かい感触で目が覚めた。
誰かがほっぺたに手を添えている。
「リス」
「アララール……?」
綺麗な顔が近くにあった。
優しい眼差しが心配そうに覗き込んでいる。頭の後ろの柔らかい感触は膝枕だった。
「よかった、気がついた」
「あたし……寝てた?」
「ほんの少しだけよ。大丈夫?」
「……たぶん」
静かに呼吸をすると、ようやく頭が冴えてきた。
真・クズナルドとの戦いで全力を出し切ったあたしは、貧血みたいになって意識が遠のいたんだっけ。
「疲れて気を失っちゃった感じかな。リスはがんばったものね」
優しくおでこや頭を撫でてくれる。指先が冷たくて気持ちいい。
「うぅ、あたしとしたことが」
「まだ横になっていていいのよ」
このままアララールに甘えていたいけれど、そうもいかない。
あれからどうなったんだろう? 静かだし、この状況からして危険は去ったっぽい。みんなはどこだろう?
「平気……」
様々な疑問に突き動かされるように、ゆっくりと身体を起こしてみる。右手の拳が少し痛むだけで、他はなんともないみたい。
見回すと魔法の照明が淡く照らす、石柱だらけの神殿の中だった。
「リスちゃん……!」
「気がついたようだな」
「ブンガガ」
「リーンさん、それにメントゥスさんも」
大きな体のブランケンさんもいる。先行して神殿に潜入していた『祓い屋ムドー』の面々だ。
「他のみんなは階下にいったわ。それで、ここを護ってくれていたの」
アララールが手短に状況を教えてくれた。
「ガリューズさんたちは、神殿の奥……隠し通路があって、そこへ向かったの。奥に何か気味の悪いカラクリがあって……。それが化け物を育てるゆりかごらしいの」
「化け物を……育てる?」
思い当たる事はあった。
あたしたち姉妹は樽のような魔法の人工子宮で育てられた。それと同類のカラクリで、怪物クズナルドも培養されていたのかもしれない。
それを考えると複雑な気持ちになった。
暴走し怪物に成り果てたクズナルド。
人間の姿も、心さえも無くしていた。
あたしたちも、いつか……間違えればあんなふうになるのかもしれない。
「リス……?」
「アララール」
黙ったあたしをアララールは心配してくれた。
ううん。きっと平気。あたしたちは大丈夫。
「魔法通信で『破壊せよ』って指示が出たらしくて、今『やったか!?禁句』のみんなが壊しているわ」
ハッピィ・リーンさんが状況を補足する。
「そっか……ありがとう」
神殿の更に奥から何かを砕くような音が時おり響いてくる。探索はまだ続いているのだ。
「あの、トラやほかのみんなは?」
イムたち姉妹達の姿は無い。階下に、最後の姉妹『1号』を探しにいっているのだろうか……。
「う……」
急にめまいがした。
咄嗟に、アララールが支えてくれた。
「無理しないで。竜の血を開放……超駆動させちゃったからね。エネルギーを消耗して、身体にかなりの負担がかかったはずなの」
「やっぱ、反動があるんだ」
クラクラする。
なんだろう、力が入らない。
血が足りない感じがする。
いや、これって。
――ぐぎゅうう!
「ひえっ!?」
盛大にお腹が鳴った。
神殿に響き渡るあたしのお腹の音。リーンさんも目を丸くする。うぅ恥ずかしい。
すごく空腹なのだ。
「やばい……あたし、めっちゃお腹すいてる」
「うん。それが後遺症ね」
アララールが微笑んだ。
「えー!?」
なにそれ恥ずかしい。
全力で闘ってエネルギーを消耗。空腹になるなんて。そんな単純な後遺症って……。
「だから、みんな階下に行っているのよ。食べ物が沢山あるみたいだから」
「え? 食べ物が?」
「行ってみましょ」
あたしはアララールとともに神殿の階下へと向かうことにした。
◇
「んまっ、うまいのダ!」
「飲食可能でよかった……!」
「空腹には勝てませんから、仕方ありません」
「どんどん食うが良いぞ遠慮はいらんからの!」
あたしはその光景に唖然とした。
祭壇みたいな一段高くなった場所を囲んで、イムやペリド、フォルまでもがガツガツと食べ物をかっ食らっていた。
魔法の照明で照らされた、場所には沢山の食べ物や、瓶詰めの飲み物が山のように積まれている。
「リス隊長!」
「リスのあるじ!」
「気がついたのですね。まぁ心配なんてしてませんけど」
みんながあたしに気がついた。
ペリドは骨付き肉に食らいつき、イムは腸詰めのソーセージを口に咥えている。フォルは果汁ドリンクを飲んでいた。
みんな元気そうで安心した。ていうか、やっぱり同じように空腹だったらしい。
「おぉリス! おまえも飲み食いしとけ! 戦利品だぜ」
食料の山の向こうからトラも顔をあげた。大きな骨付きのハムを豪快にかじっている。
「リス、まずは水分補給を」
ペリドは冷静に果汁の瓶の蓋をねじって開けてくれた。
「あ、うん!」
あたしは受け取ってぐびぐびと飲み干す。空腹もだけど、喉も乾いていた。
「ぷっぷは……! 生き返るー!」
次に骨付きの生ハムみたいな肉を差し出してくれた。
「これ、食べて大丈夫なの?」
衛生面が気になる。
こんな地下の神殿に放置されていた食べ物、大丈夫なの?
「大丈夫だ、俺が保証するぜ!」
「トラじゃなんの保証にもならないし!」
半分腐っててもトラの場合は平気でしょ。
「これは邪教徒どもが、それぞれ持ち寄ったモノじゃからのー。上等で新鮮なモノばかりじゃ」
「そうなんだ、なら安心……って、誰!?」
あたしは頭上に「!?」を浮かべたと思う。
ようやくここで気がついた。見慣れない子が交じっていることに。
小さな身体に細い手足、腰まで届く長い金色の髪。大きなくりんとした瞳の、5歳かそこらの女の子。
「3号のこと、みんな心配しとったぞい」
ブドウの房を掲げ、下からあーんとぱくつく。
「ぞい……って」
「そうなのダ!」
「復活してよかった」
「まぁ、そこそこ奮闘しましたからね」
「ワシも見たかったのー」
みんなと完全に馴染んでいる。
いやいや待って、なんであたしの名前も知ってるの?
ってまさか……。
「ワシはお前の姉じゃ」
「はぁ!?」
つまり、この子が……。
「1号!?」
「そうじゃ! おぬしらの姉、長女ゆえに敬うがよいのじゃ」
のじゃっ娘だ。おまけにこんなにちいさいのに1号?
「紹介するわリス、彼女の魂と記憶は私の姉のリュリオル。でも肉体はリスたちの姉妹、1号ってことになるかしら」
「や、ややこしい……」
アララールも少し戸惑っているのか、肩をすくめてみせた。
1号ってことは確かに長女で、最初に生まれたのかもしれないけれど……。身長も見た目も、あたしよりちっこい。なんだか調子が狂う。
「こう見えてワシは一番賢く、竜の血も濃いゆえ、ひどい目にあっておっての……。まぁ、おぬしらのおかげで助かったぞい!」
「あ……うん」
身体のあちこちが傷だらけで服もボロボロ。だけど、元気そう。
小さな手と固く握手を交わす。
あたしは驚き半分、安心したのが半分。
姉と言われても認識が追い付かない。それでも昔から知っているような、同じ血を引く姉妹だってことは伝わってきた。
アルは「にしし!」と歯を見せて笑うと、ふたたび食料の山へと向かっていった。
「あー! イム、それはワシのじゃあ!」
「オラがみつけたのダ!」
甘い砂糖菓子を奪い合いはじめた。
「たはは……」
「トラくん、みんなでお家に帰りましょうか」
アララールは明るい声で呼び掛けた。
「あぁ、そうだな! リスも、みんなもご苦労だったぜ。まぁ、これにてミッションコンプリートってやつだ」
トラの労いに、姉妹達も笑顔をみせる。
「リスのあるじ!」
「リス隊長!」
「最後は、ちゃんと締めてくださならいと」
気がつくとイム、ペリドにフォルの視線が、あたしに向けられていた。
「あ……」
「長女はワシじゃが、このチームのリーダーはお主なのじゃろ? リス」
アルの言葉にはっとする。
そっか。
そうだよね。最後はあたしが言わなきゃだ。
「よーし! これにてクエスト、達成っ!」
あたしは元気一杯、拳を突き上げる。
「「「おぉおおっ!」」」
拍手と歓声の渦が、神殿の闇や淀みさえ吹き飛ばしてゆく気がした。
<章完結>
次回から最終章!