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74/80

上々の評判

 ◆


「うぉおおおおッ!?」

「あの化け物を倒したぞ!」

「さすが俺たちのリスちゃんだぜ!」

 大歓声に沸いた。

 ヨインシュハルト王国、最大の冒険者ギルド『モンスタァ★フレンズ』。ギルドの食堂兼酒場では、討伐ライヴの配信映像を、多くの冒険者達が食い入るように見つめていた。

「格闘系スキルにしちゃぁ威力がハンパねぇな」

「魔物の急所と柱を砕いちまったよ……」

 映像を見ながら唖然とする。

 それだけリスと姉妹達(シスターズ)の戦闘力は予想を越えていた。成長株ということで注目度は急上昇。評判は上々だ。

「魔法で強化したんだよな?」

「ほら、トラん家は嫁さんが魔女(・・)らしいし」

「あの噂、本当なのかよ……」

「らしいぜ、ガチの魔女だってよ。おまけにえれぇ美人でよ」

 酒を酌み交わしながら、あれやこれやと話題はつきない。

 各パーティの戦闘状況はリアルタイムで配信されているが、今日の一番人気は間違いなくトラリオンのパーティだ。


「トラリオンのファミリア、いいパーティじゃないか!」

「デビュー戦で魅せてくれたよ。Aランク認定間違いなしだ」

 Aランクの戦士リジュールに話しかけたのは、ギルドマスターのニボル。トラリオンと古い友人の二人は、エール酒のジョッキをぶつけ合った。

「今さらウチのギルドに戻ってこい、なんて言えるのかい? ギルマスさんよ」

「遅くはないさ。ウチとしても注目株のルーキーを育成した英雄、トラリオンの名声を手放すのは損失だ」

「王政府からあった圧力の件も、今回のクエスト達成でチャラってわけか」

「そういうことだ。トラリオンには俺が頭を下げるよ」

 ギルマスはバツが悪そうに苦笑をうかべる。


「ところで『やったか!?禁句』のガリューズ達も流石の仕事ぶりだったな」

「あぁ。最小限の労力で、うまくトラのパーティの支援をしていた」

 怪我のない範囲で、無理なく最大限の支援を。

 彼らはいつもに比べれば控えめで、支援に回っていた。そしてトラリオンたちの見せ場を上手く演出してくれた。


「それにしても……」

「あの化け物は一体なんだったんだ?」

「噂じゃ王政府の連中、上級魔法師も絡んでやがるって話だぜ」

「あのお尋ね者の魔法師か……」

 ギルドの酒場で魔法映像放映(マギカプライム)を眺めながら、首を傾げるものもいた。

 廃墟の神殿に巣食う邪教の信徒達。離反し逃亡した王宮の魔法師リューゼリオン。

 そこに出現した異様な怪物。

 戦闘場面では雑音がひどく、よく聞き取れなかったが、人語を操っていたようにも見えた。


「あの化け物、気味が悪かったな」

「ブヨブヨの肉塊から腕がよウネウネって」

「逃げ出すぜ、オレならよ」

「はは、違いねぇ。ワシらBランカーじゃ太刀打ちできんな」

 撮影していたのが『やったか!?禁句』の魔法師だったが、かなり動揺している様子が伝わってきた。

 不気味なヒトガタの怪物は、自己修復で傷を一瞬で癒し、自らの体さえ変化させ続けた。


 誰も遭遇したことのない怪物だった。

 あれは、太古の邪神だったのだろうか?

 そんな憶測さえも流れたが、それをAランクのパーティ『やったか!?禁句』が支援したトラリオンのパーティ――引き連れた新人パーティが粉砕。ギルド内は拍手喝采の大盛り上りとなった。


「トラの見込みどおりだったか」

 ギルドマスターが呟いた。

 ――特別な仕事を頼みたい。

 そう言って依頼してきたのは他でもない。トラリオンだった。

 昔のつて(・・)でスポンサーがついた。金もある。金貨二十枚の一括払いで、Aランクパーティを二つ雇いたいと言ってきたのだ。

 よほどの事情だと察したギルマスは、トラと親交のあったAランクのパーティを紹介した。

 それが『やったか!?禁句』と『祓い屋ムドー』だ。戦闘に特化したパーティと、ダンジョン探索を得意とする二組のパーティは、仕事においては絶大な信頼と高い評価を得ている。


 仕事の内容は、お尋ね者の魔法師リューゼリオンの捕獲。そして場合によっては「特殊な魔物」の討伐戦。

 トラリオンは半ば予想していたのだろうか。

 異常な怪物の出現を。あれは魔法師リューゼリオンが太古の神殿から解き放ったものだろうか?

 真相は闇の中だ。

 しかし、仕留めるには戦闘系のAランクパーティ、最低でも二つ以上は必要だった。


 それはトラリオンの()か、経験によるものなのか。金を惜しみ、Bランクパーティなどを雇っていたら全滅は免れなかっただろう。


 トラリオン一行の魔法通信道具(ウェヴストム)魔導映像記録石(ロクガストーム)による戦闘記録はたちまち話題となった。

 何よりもトラの弟子、姉妹達(シスターズ)は注目の的。何度もくりかえし戦闘場面が再生され、ギルド内の酒場では彼女達の話題で持ちきり。

 旅がはじまり、森の中での魔物との遭遇戦。そのあたりから、リスと姉妹達(シスターズ)の戦いっぷりは注目度が急上昇していた。


「リスちゃん! 強くて可憐、可愛いよなぁ」

 トラリオンの一番弟子、リス。赤毛のポニーテールが可愛い元気な格闘系少女。

「あの娘にパンチされてぇぜ」

「いや、死ぬだろワリとマジで」

 魔物の急所をパンチやキックで破砕。スキル混じりの打撃技は、生身の人間が食らったら大惨事。

 しかし鋭いパンチを受けてみたい! と願う特殊性癖なファンは確実に増えつつある。


「イムちゃんかわいいよね、モフモフしてさ」

「こんどウチのパーティに誘ってみよっか!」

「お菓子で釣れば来てくれそう……」

 犬耳のイムは銀髪と尻尾がチャームポイント。マスコットキャラ的な人気を獲得しつつある。


「素人共が。真の実力者はペリドさんだろうが」

「一人だけ動きがプロだったぜ。素人じゃぁねぇな、ありゃ」

「傭兵か何か、特殊な訓練でも受けてたのかね?」

 玄人好みの冒険者達に人気なのはペリドだ。

 隠しきれないプロの身のこなし。

 軍人特有の動き。アスリート系の筋肉女子のミリターリールックが男心を捉えるらしい。


「フォルって娘は、魔法師見習いかしら?」

「トラリオンの奥さん魔女の側付きでしょ?」

 魔法師たちの関心事は、魔女と噂のアララールの傍らにいた青髪の少女だった。

 魔法を励起している様子は見えなかったが、冷静に仲間を支援しているのが見て取れた。見えない力はすなわち「魔法」に分類される。

 フォルの力は竜闘術だが、傍目には魔法少女に見えるだろう、


「トラリオンはムサ苦しくて見栄えがしねぇが、姉妹達(シスターズ)は「()え」るねぇ!」

「違いねぇ!」


「ところで『祓い屋ムドー』の連中は?」

 もうひとつのAランクパーティの同行はあまり注目されていなかった。

 闇に紛れて動き、先行して神殿に潜入。

 マッピングしながら抜け道、逃げ道を把握し、要所要所で信徒らを倒していた。


「『祓い屋ムドー』の連中、生け贄の女の子を救出したぜ!」

 ギルドの酒場から小さな歓声があがる。

 そこは神殿の奥にある地下室らしかった。

 トラリオン達が闘っている場所のさらに奥、階下に下った行き止まりの空間だ。


 幼い少女を大男のブランケンが抱き抱えていた。明らかに衰弱し、傷ついている。

 祭壇のような場所の周囲には数人、邪教の信徒達が倒れていた。

 全身包帯のミイラ男が倒したようだが、それは魔物……ではなく、リーダーのメントゥスだった。

『今宵の毒手は……冴える』

 

「邪教徒も殲滅か。ウチのパーティは実にいい仕事っぷりだぜ」

 ギルマスは満足げに残ったエール酒を飲み干した。


 ◆


 同時刻。

 王都ヨインシュハルト王城、魔導兵器開発局、執務室。


「魔法師ラグロース・グロスカ様、ご覧になりましたか」

「拝見していましたとも。予想以上の、最悪の結末でしたが」

 王国最上位の魔法師が、可笑しそうに応じる。


「……魔法師リューゼリオンの死亡を確認しました。戦闘結界内に魔女、アララールを封じましたが」


「魔女だけが出てきた」

「……はい」

 柱の陰から相づちを打つ声の主は、ギルドに潜入している王政府諜報部のエージェントだ。魔法通信で状況を伝えてくれている。


「勝てるはずがないでしょう。私だって無理です。一体、彼にどんな勝算があったのでしょうね」

 ラグロース・グロスカは鼻で軽く嗤う。


 映像を見つめる表情には、安堵と面白いものを見たという満足感がありありと浮かんでいた。


 ギルドが配信する動画(・・)から目が離せなかった。

姉妹達(シスターズ)の闘いぶリには目を見張るものがあった。試作品だったはずが、完全に量産型を性能で凌駕してしまった。


 対して、期待された「先行量産型」の素体は改悪され、暴走。

「リューゼリオンによる改悪、最悪ですよ。あんな性能ではなかったはずなのですが……。それにクズナルドの記憶と魂が流用されたのは想定外でした。案の定、使い物にはなりませんでしたが」

 制御不能となり肉体が暴走。あげく異形の怪物に成り果てた。


「掃除をしてくれたこと、感謝しますよ、トラリオン。それに姉妹達(シスターズ)


 暴走した素体が外に逃げ出せば、滋養を求め人間を殺し始める。挙げ句「自己増殖」が覚醒すれば終わりだ。

 増殖しはじめれば倒すのは困難を極める。

 数万規模の王国軍、正規部隊を全投入しなければ殲滅さえ困難となっただろう。


「だから無能なのですよ君は」

 リューゼリオン。

 才能を認め、弟子として目をかけていた。

 だが、見込み違いだった。内に秘めた野心と、根拠の無い自信、過剰なプライドが彼を破滅へと誘った。


 竜の因子は諸刃の剣。

 そのことに気づいていながら、制御と協調ではなく、力の解放と暴走のみを目的として弄んでしまった。

 あれは魔女の一部(・・)だというのに。


「いかがなさいますか?」

「王政府としては、この件は知らぬ存ぜぬ。一切の関係は無いという立場です。ギルドが依頼通りの仕事をこなし、容疑者の魔法師は死亡。全て私のシナリオ通りです」


「……御意」

 気配が消えた。


 人造勇者製造計画は頓挫(とんざ)した。


 ロシナール家の壊滅、研究成果を持ち逃げ、謀反を企てた魔法師リューゼリオン。

 邪教徒と手を組んだが捕獲の際に抵抗し、死亡。

 関係した人間はみな滅んだ。


 莫大な時間と金、リソースを投入した計画は全て失われた。

 唯一、研究成果として残ったのは、ラグロース・グロスカの頭の中の知識、経験のみ。


 それと、姉妹達(シスターズ)

 竜の血を宿した少女達は、あるべき場所へと還した。魔女アララールの手が届くところへ。

 心からの「捧げ物」として。


「さぁ、魔女アララール」


 ラグロース・グロスカは静かに立ち上がると、その身体を黒い鳥へと変化させた。


 私の願い(・・)を叶えてくれますか。

 ――永き、宿願を。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦力外としてギルドを追われたトラリオンだったが、今や時の人ですね。 ギルマスは厚かましくも復帰を願うようですが……。 トラとしても『ざまぁ』展開したいものの生活の事を考えて和解する方向なの…
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