上々の評判
◆
「うぉおおおおッ!?」
「あの化け物を倒したぞ!」
「さすが俺たちのリスちゃんだぜ!」
大歓声に沸いた。
ヨインシュハルト王国、最大の冒険者ギルド『モンスタァ★フレンズ』。ギルドの食堂兼酒場では、討伐ライヴの配信映像を、多くの冒険者達が食い入るように見つめていた。
「格闘系スキルにしちゃぁ威力がハンパねぇな」
「魔物の急所と柱を砕いちまったよ……」
映像を見ながら唖然とする。
それだけリスと姉妹達の戦闘力は予想を越えていた。成長株ということで注目度は急上昇。評判は上々だ。
「魔法で強化したんだよな?」
「ほら、トラん家は嫁さんが魔女らしいし」
「あの噂、本当なのかよ……」
「らしいぜ、ガチの魔女だってよ。おまけにえれぇ美人でよ」
酒を酌み交わしながら、あれやこれやと話題はつきない。
各パーティの戦闘状況はリアルタイムで配信されているが、今日の一番人気は間違いなくトラリオンのパーティだ。
「トラリオンのファミリア、いいパーティじゃないか!」
「デビュー戦で魅せてくれたよ。Aランク認定間違いなしだ」
Aランクの戦士リジュールに話しかけたのは、ギルドマスターのニボル。トラリオンと古い友人の二人は、エール酒のジョッキをぶつけ合った。
「今さらウチのギルドに戻ってこい、なんて言えるのかい? ギルマスさんよ」
「遅くはないさ。ウチとしても注目株のルーキーを育成した英雄、トラリオンの名声を手放すのは損失だ」
「王政府からあった圧力の件も、今回のクエスト達成でチャラってわけか」
「そういうことだ。トラリオンには俺が頭を下げるよ」
ギルマスはバツが悪そうに苦笑をうかべる。
「ところで『やったか!?禁句』のガリューズ達も流石の仕事ぶりだったな」
「あぁ。最小限の労力で、うまくトラのパーティの支援をしていた」
怪我のない範囲で、無理なく最大限の支援を。
彼らはいつもに比べれば控えめで、支援に回っていた。そしてトラリオンたちの見せ場を上手く演出してくれた。
「それにしても……」
「あの化け物は一体なんだったんだ?」
「噂じゃ王政府の連中、上級魔法師も絡んでやがるって話だぜ」
「あのお尋ね者の魔法師か……」
ギルドの酒場で魔法映像放映を眺めながら、首を傾げるものもいた。
廃墟の神殿に巣食う邪教の信徒達。離反し逃亡した王宮の魔法師リューゼリオン。
そこに出現した異様な怪物。
戦闘場面では雑音がひどく、よく聞き取れなかったが、人語を操っていたようにも見えた。
「あの化け物、気味が悪かったな」
「ブヨブヨの肉塊から腕がよウネウネって」
「逃げ出すぜ、オレならよ」
「はは、違いねぇ。ワシらBランカーじゃ太刀打ちできんな」
撮影していたのが『やったか!?禁句』の魔法師だったが、かなり動揺している様子が伝わってきた。
不気味なヒトガタの怪物は、自己修復で傷を一瞬で癒し、自らの体さえ変化させ続けた。
誰も遭遇したことのない怪物だった。
あれは、太古の邪神だったのだろうか?
そんな憶測さえも流れたが、それをAランクのパーティ『やったか!?禁句』が支援したトラリオンのパーティ――引き連れた新人パーティが粉砕。ギルド内は拍手喝采の大盛り上りとなった。
「トラの見込みどおりだったか」
ギルドマスターが呟いた。
――特別な仕事を頼みたい。
そう言って依頼してきたのは他でもない。トラリオンだった。
昔のつてでスポンサーがついた。金もある。金貨二十枚の一括払いで、Aランクパーティを二つ雇いたいと言ってきたのだ。
よほどの事情だと察したギルマスは、トラと親交のあったAランクのパーティを紹介した。
それが『やったか!?禁句』と『祓い屋ムドー』だ。戦闘に特化したパーティと、ダンジョン探索を得意とする二組のパーティは、仕事においては絶大な信頼と高い評価を得ている。
仕事の内容は、お尋ね者の魔法師リューゼリオンの捕獲。そして場合によっては「特殊な魔物」の討伐戦。
トラリオンは半ば予想していたのだろうか。
異常な怪物の出現を。あれは魔法師リューゼリオンが太古の神殿から解き放ったものだろうか?
真相は闇の中だ。
しかし、仕留めるには戦闘系のAランクパーティ、最低でも二つ以上は必要だった。
それはトラリオンの勘か、経験によるものなのか。金を惜しみ、Bランクパーティなどを雇っていたら全滅は免れなかっただろう。
トラリオン一行の魔法通信道具と魔導映像記録石による戦闘記録はたちまち話題となった。
何よりもトラの弟子、姉妹達は注目の的。何度もくりかえし戦闘場面が再生され、ギルド内の酒場では彼女達の話題で持ちきり。
旅がはじまり、森の中での魔物との遭遇戦。そのあたりから、リスと姉妹達の戦いっぷりは注目度が急上昇していた。
「リスちゃん! 強くて可憐、可愛いよなぁ」
トラリオンの一番弟子、リス。赤毛のポニーテールが可愛い元気な格闘系少女。
「あの娘にパンチされてぇぜ」
「いや、死ぬだろワリとマジで」
魔物の急所をパンチやキックで破砕。スキル混じりの打撃技は、生身の人間が食らったら大惨事。
しかし鋭いパンチを受けてみたい! と願う特殊性癖なファンは確実に増えつつある。
「イムちゃんかわいいよね、モフモフしてさ」
「こんどウチのパーティに誘ってみよっか!」
「お菓子で釣れば来てくれそう……」
犬耳のイムは銀髪と尻尾がチャームポイント。マスコットキャラ的な人気を獲得しつつある。
「素人共が。真の実力者はペリドさんだろうが」
「一人だけ動きがプロだったぜ。素人じゃぁねぇな、ありゃ」
「傭兵か何か、特殊な訓練でも受けてたのかね?」
玄人好みの冒険者達に人気なのはペリドだ。
隠しきれないプロの身のこなし。
軍人特有の動き。アスリート系の筋肉女子のミリターリールックが男心を捉えるらしい。
「フォルって娘は、魔法師見習いかしら?」
「トラリオンの奥さん魔女の側付きでしょ?」
魔法師たちの関心事は、魔女と噂のアララールの傍らにいた青髪の少女だった。
魔法を励起している様子は見えなかったが、冷静に仲間を支援しているのが見て取れた。見えない力はすなわち「魔法」に分類される。
フォルの力は竜闘術だが、傍目には魔法少女に見えるだろう、
「トラリオンはムサ苦しくて見栄えがしねぇが、姉妹達は「映え」るねぇ!」
「違いねぇ!」
「ところで『祓い屋ムドー』の連中は?」
もうひとつのAランクパーティの同行はあまり注目されていなかった。
闇に紛れて動き、先行して神殿に潜入。
マッピングしながら抜け道、逃げ道を把握し、要所要所で信徒らを倒していた。
「『祓い屋ムドー』の連中、生け贄の女の子を救出したぜ!」
ギルドの酒場から小さな歓声があがる。
そこは神殿の奥にある地下室らしかった。
トラリオン達が闘っている場所のさらに奥、階下に下った行き止まりの空間だ。
幼い少女を大男のブランケンが抱き抱えていた。明らかに衰弱し、傷ついている。
祭壇のような場所の周囲には数人、邪教の信徒達が倒れていた。
全身包帯のミイラ男が倒したようだが、それは魔物……ではなく、リーダーのメントゥスだった。
『今宵の毒手は……冴える』
「邪教徒も殲滅か。ウチのパーティは実にいい仕事っぷりだぜ」
ギルマスは満足げに残ったエール酒を飲み干した。
◆
同時刻。
王都ヨインシュハルト王城、魔導兵器開発局、執務室。
「魔法師ラグロース・グロスカ様、ご覧になりましたか」
「拝見していましたとも。予想以上の、最悪の結末でしたが」
王国最上位の魔法師が、可笑しそうに応じる。
「……魔法師リューゼリオンの死亡を確認しました。戦闘結界内に魔女、アララールを封じましたが」
「魔女だけが出てきた」
「……はい」
柱の陰から相づちを打つ声の主は、ギルドに潜入している王政府諜報部のエージェントだ。魔法通信で状況を伝えてくれている。
「勝てるはずがないでしょう。私だって無理です。一体、彼にどんな勝算があったのでしょうね」
ラグロース・グロスカは鼻で軽く嗤う。
映像を見つめる表情には、安堵と面白いものを見たという満足感がありありと浮かんでいた。
ギルドが配信する動画から目が離せなかった。
姉妹達の闘いぶリには目を見張るものがあった。試作品だったはずが、完全に量産型を性能で凌駕してしまった。
対して、期待された「先行量産型」の素体は改悪され、暴走。
「リューゼリオンによる改悪、最悪ですよ。あんな性能ではなかったはずなのですが……。それにクズナルドの記憶と魂が流用されたのは想定外でした。案の定、使い物にはなりませんでしたが」
制御不能となり肉体が暴走。あげく異形の怪物に成り果てた。
「掃除をしてくれたこと、感謝しますよ、トラリオン。それに姉妹達」
暴走した素体が外に逃げ出せば、滋養を求め人間を殺し始める。挙げ句「自己増殖」が覚醒すれば終わりだ。
増殖しはじめれば倒すのは困難を極める。
数万規模の王国軍、正規部隊を全投入しなければ殲滅さえ困難となっただろう。
「だから無能なのですよ君は」
リューゼリオン。
才能を認め、弟子として目をかけていた。
だが、見込み違いだった。内に秘めた野心と、根拠の無い自信、過剰なプライドが彼を破滅へと誘った。
竜の因子は諸刃の剣。
そのことに気づいていながら、制御と協調ではなく、力の解放と暴走のみを目的として弄んでしまった。
あれは魔女の一部だというのに。
「いかがなさいますか?」
「王政府としては、この件は知らぬ存ぜぬ。一切の関係は無いという立場です。ギルドが依頼通りの仕事をこなし、容疑者の魔法師は死亡。全て私のシナリオ通りです」
「……御意」
気配が消えた。
人造勇者製造計画は頓挫した。
ロシナール家の壊滅、研究成果を持ち逃げ、謀反を企てた魔法師リューゼリオン。
邪教徒と手を組んだが捕獲の際に抵抗し、死亡。
関係した人間はみな滅んだ。
莫大な時間と金、リソースを投入した計画は全て失われた。
唯一、研究成果として残ったのは、ラグロース・グロスカの頭の中の知識、経験のみ。
それと、姉妹達。
竜の血を宿した少女達は、あるべき場所へと還した。魔女アララールの手が届くところへ。
心からの「捧げ物」として。
「さぁ、魔女アララール」
ラグロース・グロスカは静かに立ち上がると、その身体を黒い鳥へと変化させた。
私の願いを叶えてくれますか。
――永き、宿願を。
<つづく>




