重ねる想いを拳にのせて
すでに怪物の触腕は斬り落とされていた。ガリューズさんと仲間たちの斬撃で、再生する腕は次々と破砕されてゆく。
『ぶっぎゃァ！？ ゴミ虫どもがぁああっ！』
苦し紛れに紫色の破壊の波動、破砕吐息を放つ。
「甘ぇぜ！」
けれどガリューズさんは真正面から魔法剣の威力で叩き伏せた。
『なにギィ！？』
真・クズナルドの再生能力、攻撃能力は明らかに低下していた。ガリューズさんたちの同時攻撃により、ダメージが蓄積しているんだ。
「今だ、やれぇ！」
――弱点は胸の奥にある魔導核。
竜闘術でないと破砕できない可能性が大です。
フォルの声が頭のなかに届く。
「一気にいこう！」
「了解なのダ！」
「一致協力、全力攻撃！」
あたしとイムとペリドは一斉に動いた。真・クズナルドに攻撃を仕掛けるために。
『ブッ、無礼者どもッ！ 破砕吐息ッ！』
胸部の顔が目を血走らせ、大口を開けた。紫色の波動弾が拡散して放たれた。
――弾着位置予測、破砕範囲予想！
フォルが能力をフル稼働させていた。
空間認識を最大にして敵の攻撃を予測、あたしたちに伝えてくれる。それは直感のような閃きとして認知できた。
「見えるのダ！」
「当たらなきゃ！」
「どうということは、ないっ！」
三人で同時にステップを踏み、回避。三方向に分散し、ふたたび合流。
目の前の床や横の石柱が砕け、粉塵を散らす。でもあたしたちは巧みに避けた。
『なぜ当たらんのガァァアアッ！？』
心をひとつに。
姉妹の敵――真・クズナルドへと肉薄する。
「てめぇはもう詰んでんだ……よっ！」
トラが飛びかかり、ネック・ブリーカをくらわせた。真・クズナルドの首――だった場所から生えていた触腕――に飛び付きながら体重をかけ、後ろへと引きずり倒す。
ぐらり、と真・クズナルドの体勢が、崩れ片ひざをついた。
『ふんがぁッ……！？』
「変なもん吐きかけるんじゃねぇ！」
「並みの化けもんならこれで終わりだぜ」
ガリューズさんが横から深々と剣を突き刺した。
『イッ、痛くもなんともないわボケェエ！』
真・クズナルドは止まらない。
トラリオンを投げ飛ばし、ガリューズさんを脚で蹴りつけた。
「痛ってて、タフな野郎だぜ」
「こいつ心臓も無いのか！？」
「トラ！ ガリューズさん！」
みんなが身体を張ってくれている。あたしもその期待に応えたい……！
「いい加減にするの……ダッ！」
ついにイムが突撃した。
超駆動した竜闘術によって、身のこなしも技の輝きも今までの比じゃない。
「裂爪刃！」
『なっ……ニギィ！？』
イムが銀色の輝きと化した。弧を描く軌道で、真・クズナルドの顔面を斬り裂く。そのまま石壁を蹴りつけて鋭角的な動きでターン。
「裂爪刃、クロス！」
十字の傷でバックリと顔が割れる。肉が裂け、肋骨が露出した。
『――ブッ……無礼……ッ！ 極まりな……！』
「ペリド！」
間髪を容れずペリドが攻撃。コマのように回転しながら、両腕の拳が緑の輝きを放つ。
「竜闘術、終焉竜尾！」
竜の尻尾そっくりの、衝撃の束を真・クズナルドめがけて叩きつける。
『バッ……ファアアーッ！？』
直撃し爆発が起こる。真・クズナルドの顔面がつぶれ、胸部が破裂。肋骨が砕け、周囲の組織も粉々に吹き飛ぶ。
「どぅわぁあ！？」
「なんて威力だ……やったのか！？」
「いや、まだだ！」
トラとガリューズさんは爆風で飛ばされていた。でも冷静なトラの言うとおりだった。
『……ガ……ぁあ、れ……？』
真・クズナルドの上半身は失われていた。
胸部にわずかに残った口から、ゴボゴボと泡を吐く。
太い背骨と砕けた肋骨の間に、禍々しい輝きを放つ赤いクリスタルが見えた。
心臓の位置から、複雑に絡みあう根のような器官を伸ばしている。
「それが魔導核です！」
「リスのあるじ！」
「最終目標！」
みんなが叫ぶ。
同時にあたしは床を蹴っていた。
『――やぁ……めぇ……てぇ……ェエエ……！』
もう雑音は聞こえない。
真・クズナルドが喉の奥から舌を放った。槍のように鋭い、粘液に覆われた赤黒い器官だ。
あたしは冷静に左足で蹴りつけた。
噛砕牙！
ばっ！ と肉片と血飛沫が舞う。
「くらぇえええっ！」
空中で右の拳にパワーを込める。
飛びかかりながら、渾身の竜闘術を叩き込んだ。
「やれ、リスぁああ！」
「いけ……！」
「リスのあるじっ！」
だけど。
――ギィン！
「ぐっ！？」
まるで鉄板を殴ったみたいな衝撃だった。拳が弾き返され反動で姿勢が崩れた。
「な――！？」
あたしは目を疑った。瞬時に生じた黒い金属状のシールドが、赤く光る魔導核を覆い隠しつつあった。
拳は魔導核に届いていないばかりか、噛砕牙の発動前に弾き返されてしまっていた。
「血中の鉄分で防御壁を生成！？」
そんな！ とフォルが悲痛な叫びをあげる。
『……死に……た……ぐ……』
真・クズナルドも必死なんだ。醜くても生きようと、生にしがみつこうと、足掻き続けている。
「ううっ……！」
残り火に似た赤い光が、あたしの腕にまとわりつき、腕の皮膚を爛れさせてゆく。
「リスのあるじ！」
バランスを崩したあたしの背中をイムが受け止め、気がつくと脚は硬いものを踏みしめていた。ペリドの肩だった。
「イム、ペリド……！」
「まだなのダ！」
「ここから跳べ！」
「うんっ！」
あたしは二人に支えられ、もう一度跳ねた。
拳を握りしめ再び、真・クズナルドに挑む。
眼下で真・クズナルドのコアで、ボコボコと血が泡だった。
感じる。
竜の血が悲鳴をあげている。
アララールの姉さん、リュリオルの血。そしてそれはあたしたちの最後の姉妹の血でもある。
だから感じる、わかるんだ。
もう嫌だ、無理だと、限界を訴えている。
それでも真・クズナルドは力を吸い上げ、自らの醜い生命を繋ごうと再生を試みている。
「いい加減に――！」
金属の外郭に覆われた魔導核が、みるまに蜘蛛の巣状の白い骨に包まれ、再び赤黒い肉に包み隠される。
肉の鞭があたしめがけて放たれた。
左の拳で弾き、爆散させる。
怒りで拳の痛みも消し飛んだ。
血がたぎる。
「しろぉああああっ！」
右の拳を背後に引く。
大きく振りかぶり、パワーを集中。
全力の全開……ッ！
あたしも血を沸騰させる。
落下のエネルギーに、アララールのくれた超駆動、竜闘術を充填する。
だけど叩きつけるだけじゃダメなんだ。重層防御された魔導核を貫けない！
「リス、お願い！」
フォルの祈るような声。
「救うのダ！」
「私たちの姉妹を！」
イムとペリドの声が背中を押してくれた。
――重ねるんだ！
刹那の時間が、永遠のように引き伸ばされた。
みんなの想いのように竜闘術を重ねてゆく。超駆動させた噛砕牙を、拳に向けて集め、手首に二発目、腕に三発目……と。
「どぉ……りゃぁああああああッ！」
拳が真・クズナルドにめりこんだ瞬間、真っ赤なスパークがはじけた。
「噛砕牙、重奏破！」
重なる竜の大顎が、薔薇の花弁を思わせる輝きへと変貌する。幾重にも重なる衝撃が瞬時に収斂。
肉を骨を、鉄の防御を咬み砕く。分厚い地金を叩きつけたような衝撃音がついに、魔導核に届いた。
ビキシ――！
『……バ、バカ……な…………』
砕けた。
赤い結晶が曇り、一瞬で粉々に。
あたしは最後の噛砕牙の輝きとともに、拳を振り抜いた。魔導核は粉微塵になり、背後の石柱に大きな亀裂が入る。
同時に真・クズナルドの肉体が爆散、無数の破片と化した。
「や、やったのだ！」
「完全撃破ああああ！」
「リス……！」
「やりやがったぜ、リスのやつ！」
「こんどこそ間違いなく、やったな！」
どぉおお！ と歓声が沸き起こった。
――ありがとう
どこからか声が聞こえた気がした。
それは、囚われていた姉妹の声だったのだろうか。
あたしは我に返る。
「……えへへ」
みんなに向けて微笑んで、親指をたてる。
けれど、そこで意識は途切れた。
