竜闘術(ドラグアーツ)超駆動(オーバードライヴ)
「トラ! やばいよ!」
完勝ムードから一転、あたしは叫んでいた。
トラが絞めつけていたクズナルドの首が紫色に変色し、グシュッと崩れた。
『ブシュウゥヒヒ……!』
「ぬおっ!?」
トラの腕がすっぽ抜け、背後によろける。
クズナルドの胸部にコブのような器官が生じ、みるみるうちに新しい「顔」へと変じてゆく。
『グブブブ! 首が無ければ絞められなぁい! 弱点を克服したボクちん、天才ィいッ!』
胸に浮かび上がった顔がゲタゲタと嗤い声をあげた。
「頭が無ぇくせに……っと!」
トラリオン目掛けて攻撃が放たれ、床が砕けた。
『避けるな無礼ものがぁあッ!』
首のあった位置から、新しい腕が伸び、触手のように攻撃してきた。
「ひえっ!」
「やべぇなコイツ」
あたしはトラとギョッとして一緒に後ずさった。
『わかってきたぁ! そうだ、関節さえも不要ォオッ!』
クズナルドの体内からゴキゴキと音がする。肩関節、肘関節が歪み複数の腕が触手のようにウネウネとに蠢く。まるですべての腕がタコの触腕みたいだ。
「関節を無くしやがったのか!?」
これじゃ、もうトラの関節技も通じない。
クズナルドの胸全体に顔が広がっていた。まるで胴体全体が顔面だ。
『爆誕ッ! 真・クズナルドォオオ!』
大きく裂けた赤い口に血走った目玉。並んだ数百個もの人間の歯が不気味すぎる。左右でうねる四本の腕の他に、首のあった位置から伸びる毒蛇のような腕。あまりにも異常で不気味な姿に圧倒される。
「真・クズナルド……!」
「自己改造しているんだわ!」
いつも冷めた口調のフォルでさえ、動揺を隠しきれていなかった。
『フシュァアアア!』
不規則に動いていた触腕がヒュンッ! と空を切った。
「ひゃ!?」
「んわッ!?」
あたしとイムは咄嗟に避ける。
紫色の光が通過する。一瞬遅れで石柱が砕け、床板が剥がれて飛び散った。
「……速い!?」
「さっきとは違うのダ!」
竜闘術のパワーを使ってるんだ……!
クズナルドが更に怪物と化してゆく。
『冴えてきたァ! 強いィイイ!』
再び触腕が襲ってきた。跳ね跳んで避け、イムは床に伏せてやり過ごす。そのたびに足下や背後で石柱の表面が火花を散らし、砕けてゆく。
イムとあたしは攻撃の衝撃を避けながら距離をとった。
「下がれ、リス! イムも!」
トラもアララールやフォル、リーンさんのいる方へと逃げる。
ペリドも立ち上がっていた。治癒を終えて再びしっかりとした足取りで。
「ペリド、もう平気!?」
「戦線復帰、一緒に戦う……!」
『ブシュルァアア! 血の詰まった皮袋どもがぁああ! 血をォヲ、すすってやるぁあァ……!』
クズナルドはビチュビチュと触腕を伸ばす、石柱と石柱の間に張り付き、蜘蛛の巣のようにひろがってゆく。形状は引き伸ばされたタコだ。
「キモすぎるのダ!」
「もう生理的に無理です」
イムとフォルがドン引きしていた。
「魂までも魔物に成り果てたか……」
ペリドの言うとおりだった。曲がり形にも人間だったクズナルドの面影はない。もう完全に狂った魔物……いやそれよりも最悪な怪物だ。
『まずはぁ、筋肉バカの……貴様だぁあ!』
「うるせぇ! やってみろコラァ!」
前衛になったトラが触腕の攻撃にさらされていた。触腕と生身の人間じゃ、攻撃のリーチが違いすぎて近づくことさえ出来ない。
「一旦さがれトラ! 最初に俺たちが削る! 連携して倒すぞ!」
「おうよ!」
ガリューズさんのパーティ『やったか!?禁句』が前衛へと駆け込んでゆく。
その後はトラリオン、つまり姉妹達がトドメを刺せ。とガリューズさんは言っているんだ。
「タイミングを合わせろ! 触腕を全破砕する!」
「なんて化け物だよぉおお!?」
「アリウス、怖気づかない!」
ガリューズさんが叫びながら位置を入れ替える。戦士アリウスさんと剣士シノブさんが左右に散開する。
「刃よ、鋭く輝け!」
魔法師のマーシルさんが駆け出す三人の剣に魔法をかけた。
「いくぞ、この化け物を殺る!」
「みんな聞いて。あなた達の血の力、潜在力を強制的に開放するわ。でも、稼働限界は60秒。それ以上は反動で身体がダメージをうけるから」
「アララール……! わかったわ」
アララールは順にあたしとイム、ペリド、フォルの身体に触れた。
心臓が強く脈打った。魔法の力だろうか。身体がぽっと熱くなった。
「超駆動、オーバードライヴ状態よ」
「これなら……いける!」
拳を握りしめるだけで炎のようなオーラが溢れた。
「パワーが湧いてくるのダ!」
「防御力も上がっている!」
あたしとイム、ペリドは拳を合わせた。
「いこう!」
唯一それに加わらないフォルは、既に手のひらを真・クズナルドに向けて精神集中に入っていた。
「竜闘術竜の髭、超駆動。オーバードライヴ!」
「フォル……!」
「視えました。胸に生じた顔面、その奥に魔力波動の核があります。強化された器官で重層防御されています」
「その魔導核を破壊しないかぎり、際限なく再生、自己改造を繰り返すわ。それが……姉の血の力。暴走させてしまってはもう戻れない」
アララールはどこか悲しげにクズナルドを見つめていた。
「コアを砕くには一撃じゃ足りない。力を重ねてください」
「フォルの言うとおりだ。ガリュース達と俺が露払いをするからよ! お前らで間髪を容れずにコアをぶち抜くんだ!」
「トラ気をつけて」
「リス、任せたぜ」
トラがゴキゴキと拳を鳴らし床を蹴った。一気にガリューズさんたちに少し遅れてクズナルドに向かってゆく。
「取り返そう!」
あの怪物からリュリオルの血を。
あたしたちの最後の姉妹を!
「「おぉ!」」
あたし達もトラリオンに続く。
ガリューズさんの攻撃、トラリオンの支援。
あたしたちは切り開いてくれた血路を、チャンスを活かす。
イムとペリドがあたしの前へと出る。
「一番速いオラが先!」
「次はパワーの私」
「最後にあたし!」
気がつくと自然と一直線に並んでいた。
フォルが『竜の髭』で作戦を教えてくれているのだと気がついた。
――敵からの視覚を遮り、前面投射面積、被弾面積を最小に。かつ三連撃を放てる必殺のフォーメーション
「迫撃、トリプル姉妹!」
フォルの声を背にあたしたちは一直線に突き進んだ。
「なるほど、ありがとフォル!」
『グゥブズァアア! 虫けらどもが、ボクちんに……神に敵うものかぁアッ!』
凄まじい触腕の攻撃が放たれた。石柱や床が砕け爆砕する。
「貴様ごときが……神を名乗るな!」
それをかいくぐり、ガリューズさんが肉薄していた。
見えないほどの超高速の剣技で、刀が銀色の光跡を描く。一瞬で無数の触腕がバラバラになった。ビチャビチャと血を滴らせた肉塊が床や石柱にぶつかり、転がってゆく。
『おぉおおッ!? おのれぇがぁッ!?』
「はぁあっ!」
「とぅぁ!」
ガリューズさんに加えて二人の剣士たちが真・クズナルドの触腕を次々に切り裂いてゆく。再生速度よりも斬撃のほうが速い。
「てめぇの視界をいただくぜ」
クズナルドの胸の顔面に、真一文字の赤い線が生じた。
かと思うと、バッと真っ赤な血が噴き出した。
『――ブガッ!?』
「斬、連撃ッ!」
「波状、裂波!」
戦士アリウスさんと剣士シノブさんは、左右からそれぞれの剣をクズナルドの両肩、腕の付け根に突き立てた。
次々と再生する腕を、まだ未熟なうちに切断、打ち砕いてゆく。
「元を断つわ!」
「再生にも限界があるってか!」
「今だ、いけ!」
ガリューズさんが真横に避け、石柱に着地。道をあけた。
「うんっ!」
あたしたちは入れ替わるようにクズナルドの懐に飛び込んでいた。
次回、決着!




