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ファミリアの集結

 ◇


『ボ、ボクちんは無敵ィイイ! 美しく、エレガントな貴族ゥゲェボボボ……!』

 醜悪な怪物が耳障りなノイズを垂れ流す。

 別々に動く奇っ怪な四つの目玉、耳まで裂けた分厚い唇。腕は五本(・・)に増え、もはやクズナルドは人間としての形状を保っていない。


「キモイのよアンタ!」

 あたしはクズナルドの大振りな拳を、バックステップで避けた。

 紫色の火花と共に立っていた床のタイルが破砕される。

 ――竜闘術(ドラグアーツ)のパワー!

 口から放つだけじゃなく、体内を循環させ拳にこめて放っている。それは姉妹達(あたしたち)を思わせる使い方だった。


「技を真似るな!」

『だまれぇぁあッ! 欠陥品どもめがぁァア!』

「欠陥品はアンタよ!」

 クズナルドは複数の腕を威嚇するように振り上げた。まるで歪んだ蜘蛛か蟹みたいだ。

 尻から尻尾がぶら下がっている。よく見るとそれは複数の関節をもつ人間の脚(・・・・)でビクビクと動いている。


「生理的に無理、気持ち悪い……!」

「同感、嫌悪の百貨店ですね」

 怪物を相手に、あたしとペリドはなんとか踏みとどまっていた。


『ゴージャス貴族ゥウ連打、連打ァア!』

 意味不明な戯言(たわごと)を叫びながら拳を乱打する。数メルの間合いがあるのに、衝撃が襲ってきた。

「く!?」

「リス、回避を!」

 竜闘術(ドラグアーツ)のパワーを拳から放ち、空気の塊を叩きつけてくる技か。

 あたしとペリドは転がるように石柱の陰へと飛び込んだ。

 呼吸を整える。

 苦しい、逃げ出したい。

 でも、ここで踏ん張らないとダメだ。

 傷ついたイムを治癒しているフォルとリーンさんから、この化け物を引き離さないといけない。

 トラも黒い球体に飲まれたアララールを救うため、戦っているはずだから。


「このままじゃ……ジリ貧だね」

「リス、連携攻撃をもう一度」

 あたしたちの攻撃は通じている。

 けれどダメージを与えた箇所は瞬時に再生、赤黒い血管に覆われた新しい組織や腕になる。

 決定打に欠けている。二人の攻撃だけでは、足留めが精一杯だ。


『ブブブ……ゥ? 竜の血の……ニオイがするぅう……。そうだ……ギヒヒ! お、前らを……喰ったら……ウマイ……のかなぁああ……?』

 石柱を迂回するように移動してくると、首を90度曲げ、複数の目玉があたしたちを睨みつけた。

 虚ろな怪物の目だった。クズナルドは心も体も異形の怪物に成り果てていた。


「やばっ!」

「散開!」

 あたしたちはその場から二手に逃げた。


『まぁてぇぇえ……! 食事ィ、食事に誘うだけだからぁああ……ブヒヒ! 貴族のぉお、エレガントな食事作法、知ってるかぁあ……リス(・・)ぅうううう……?』

 あたしの名を呼ばないで……! 

 べちゃ、べちゃとしたなめずりをしながらあたしを追いかけてくる。

「ひぃ!?」

 ゾッとした。

 今までと違う欲望の色が滲んでいる。


「リス、挟撃を!」

 怪物の背後からペリドが攻撃を仕掛けた。

「ペリド!」

 何度かくらった攻撃で身体のあちこちが痛い。逃げ出すこともできない。背中を見せた瞬間、殺される。

 だから攻めの姿勢は崩せない。

「ふんっ!」

 あたしは目の前の石柱を蹴って、反撃に転じる。

 けれどクズナルドは複数の腕で、乱打の構えをとっていた。

『飛んで火に入るゥウ……ブゲァ!?』

 ペリドの攻撃が背中にヒット。黄金色のパワーの輝きは竜闘術(ドラグアーツ)竜尾打(ドラグテイル)か。ぐらりとクズナルドの姿勢が崩れた。

『グボォ……!?』

「リス、今だ!」

 半端な攻撃は意味がない。

「ずぅりゃぁあああ!」

 拳よりも脚、回転しながら右足に体重と竜闘術(ドラグアーツ)のパワーをのせ渾身のパワーを叩き込む!

「くらぇ、噛砕牙(アギト)!」

「ブァアア破砕吐息(ブレイクブレス)ッ!」

 クズナルドが紫色の輝きを吐き出した。互いの放った衝撃が空中で激突する。

 ――相殺された!?

 あたしの攻撃が……届かない!

『ボクちん……は無敵ィイイイ!』

 クズナルドが高速で鞭のように長い腕を振り回し、ペリドを殴り飛ばした。

「ぬぐうっ……!?」

 ドォン!

 ペリドは背後の石柱に激突。表面の漆喰がバラバラと崩れ落ちた。

「ペリドッ!」

 次の瞬間、拳が迫っていた。

 異様に長い腕。複数ある腕の一本が死角から放たれていたことに気がつかなかった。

 ――しまっ……!

 空中では姿勢を変えられない。回避できない。

『最強ノォオ貴族ゥウウ!』

 強い衝撃にあたしは弾き飛ばされた。

 ただの拳じゃない。竜闘術(ドラグアーツ)だ。

 目の前が暗転、意識が遠退く。上下感覚を喪失し受け身ができない。

 身体が……動かない……。

 このままじゃ石柱か床に激突――

 だめ……か。

 でも、時間は稼げた……かな。


 諦めかけた、その時。

「――リス!」

 声がした。

 ドッ! と背中に衝撃を感じた。

「う……!」

 痛く……ない。大きくて包み込むような腕が、しっかりとあたしの身体を抱き留めてくれている。

「ト……トラ?」

「ったく、無茶すんなって言ったろ」

 見慣れた顔が、あたしを見下ろしていた。安堵したような怒っているような変な表情で。


「そんでもって、お返しなのだッ!」

 回転する(やいば)のような輝きが、クズナルドの顔を直撃した。

『ギュアッ!?』

 林立する石柱を蹴りつけ、複雑な立体機動で死角から技を技を叩き込んだのは、狼少女――尻尾をなびかせたイムだった。

「イム!?」


『ごはあっ……!? い、犬コロ風情がぁあああ!』

「うるせー! バーカ!」

 殴り付けようと拳を放ったクズナルドの腕を踏みつけ、後ろへと跳ねた。

「リスのあるじ、無事なのか!?」

「イムこそ、よかった……」

 治癒してもらえたんだね。


 トラはそっと石柱の陰へあたしを下ろした。

「そうだ、ぺリドも……ダメージを……」

 かろうじて声を絞り出す。衝撃で身体が強張って、力が入らないことに気がついた。

「大丈夫だ、フォルとリーンが助けにいった」

 ペリドのもとへ駆け寄る二人の姿が見えた。

 

 トラはあたしの頬にそっと触れた。

「……こんなの平気」

 指先に血がついていた。口の中が切れて血が滲んでいたらしい。

「少し休んでろ」

「あ……」

 トラはそれだけ言うとクズナルドへ向き直った。

 拳をぎゅっと握りしめ、近づいてゆく。


『ぬぐぉ……ぁあ! 貴様ら下民が、虫けらのように次々とぉお!』


「よぉ、化け物。ウチの娘らが世話になったようだな」

 いつものように飄々(ひょうひょう)と、まるで知り合いに挨拶でもするみたいに言った。

 でも直感した。何かが違うって。

 本気で怒っている。

 いままで感じたことの無い、本気の怒り。

『キィイ! 貴族は下民より偉いィイ! アーンド、ボクちんはもはや最強にして無敵ィイ! つまり……誰も逆らえないィイ! 逆らってはいけないのにぃいい! なんなのだ貴様らは!? 無礼者めぇあああ! 奴隷を、小娘を……犯そうが喰らおうが……! ボクちんの自由ッ! フリィイダァアア』


「黙れ」

 地鳴り。

 空気が張り詰めていた。爆発寸前の火山みたいな気配が伝わってくる。

 強い怒りを堪えた地の底から響くような声だ。

『んはあ……?』

「締め上げんぞ」

『……だっ誰に物をいってるんブボァッ!?』

 クズナルドが無数の拳を放った。

 腕なのか触手なのか、もうわからない形状の器官を振り乱しトラを殴り倒そうとする。

「トラ!」

 危ない! と叫ぼうとした次の瞬間、空気が爆ぜた。

「フッ!」

 目にも留まらぬ動きだった。身を翻し腕の攻撃を避け、一瞬でクズナルドの懐へ。

 振りきった相手の二の腕と肘を捕らえ、逆方向へと捻りあげる。ゴキリ、と肩から腕の骨をはずし、肘の骨が砕けた鈍い音が重なった。

『――ンギャップ!?』

 肩から先、二本の腕がダラリと垂れ下がった。それを別の腕に結びつけつつ、背後へと回る。

 ――速い……!

 トラの格闘術だ。

 関節技なのに、まるで動きが見えない。

 相手の血を一滴も流させず、動きを、腕を封じてゆく。

『ンガッファアア……カ……!?』

 気がつくとトラはクズナルドの背後に回り込んでいた。何本かの腕を掴み、動きを封じている。

「ぬ……んっ!」

『ガバァ……おっ、ゴゴオ……!?』

 五本あった腕のうち三本は肩から垂れ下がり、一番太い腕の一本に絡ませている。トラを排除しようにもクズナルドは腕を動かせない。


「そうか……!」

 傷をつけずに相手を封じるなんて、思いもしなかった。

 トラは再生能力と、与えるダメージの境界線を狙っている。ブチ切れているように見えて、トラはとてつもなく冷静なんだ。

 力任せに技でねじ伏せようとしていたあたしは、弟子として失格だ。

「リス、見とけ! 師匠として教えられる……最後の技だ!」

「トラ!?」

 右腕をクズナルドの顔面に回し、左腕で相手の残った腕をロック。右手と左手を(かんぬき)のように組み合わせる。

 背後からのネックホールド、首絞めの体勢!

『ゴ……プ……は……ぁ……ア!?』

 ギリギリと首と腕を万力のように首を締め上げる。

 相手の反撃の動きを封じた。そして呼吸と血流さえも完全に封殺。頸動脈に気道、急所を同時に締め上げている。

 これが、

「チキンウィング・フェイスロック!」


 完全にキまった!

 クズナルドは声さえも出せなくなった。

 後ろに倒れることも前に身体を揺らして投げ飛ばすこともできない。背後から締め付け、動きの起点、重心を奪っているからだ。

 あれだけあったクズナルドの腕も意味がない。これが、完全なフィニッシュ・ホールド!


「まぁ懐かしい」

「ア、アララール!?」

 驚いた。

 いつのまにかアララールが傍らに立っていた。嬉しそうな、懐かしむような表情を浮かべながら。


「ドラゴンだった私も、あれで絞められたのよねぇ」

「えぇ……?」

 それが二人の馴れ初め?

 ……エグすぎでしょ。


 メリメリとクズナルドの頭部が血の気を失い、身体から力が抜けた。


「やったか!?」

 不意に声が響いた。

 階下で戦っていた戦闘パーティだった。全員無事らしく、援軍がきてくれたことにホッとする。

「だからリーダー、それ禁句ですって!」

「お、そうだった……な?」


 ボコ、ボコボコとクズナルドの胸が泡立ったかと思うと、肉塊が膨らんだ。

「ほら言わんこっちゃない!」


「な、なにっ!?」

 驚くトラ。膨らんだ胸の瘤状の器官がみるまに「顔」を形成する。

『……グゥ、ブゥウウ……! フゴォオ……! 甘いわ……ボケナスがぁああああ!』


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― 新着の感想 ―
[一言] 「やったか!?禁句」 って珍しいパーティー名だと思ってたんですが、そういうことだったんですね!(笑) しかしそうすると、今のクズナルドはドラゴン時代のアララールさんより強いということに…… …
[良い点] 某魔法師と比べてもクズナルドがしぶとい。 肉体が崩壊し掛けているようですが、自壊するまで待つのが吉なのか!? [気になる点] 誤字・脱字等の報告 十件報告しました。 補足事項 ①『身と…
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