魔法師ラグロール・グロスカの野望
翌朝、身支度を整えているとリスがテーブル脇の魔法装置をいじっていた。
「ねぇこれ、何?」
「あぁそれは魔法の映像を受信する、魔法通信道具ってやつだ。水晶レンズで映像を壁に映すんだとよ」
なんだリスは知らんのか?
オッサンの俺でも「流行しているから」と中古で買ったくらいないのに。
「貴族の家で壁一面に映ってた、あれかぁ」
「きっとそれよりは安物だがな。横のスイッチを動かせば映ると思うぜ」
またもや貴族ワードの地雷かと焦ったが、リスは気にする風もなく魔法の装置をいじくっている。
魔法通信道具が動き出した。内蔵された魔力保持石の力で魔法の通信回路を接続、王都周辺に魔力で配信している動画映像を拾い、映し始める。
「わ、なんか映った!」
リスが壁に映った映像を眺めて歓声をあげた。
「冒険者パーティのクエスト動画だな」
森の中を進む鎧の戦士、その後ろに弓矢を構えた女性のシーフらしき姿。最後尾の人物、おそらくは魔法使いか荷物運びが映像を撮影し配信しているのだろう。
「へぇ! すごい、面白いね」
興味津々で壁に投射された動画を眺めるリス。まだ寝巻き姿のまま髪を鋤いている。
「どこの冒険者ギルドでも冒険の映像配信をやってるからな。人気があるパーティだと映像を高く買ってもらえるんだとさ」
「ほうほう、上位パーティ人気リスト……だって。視聴者の応援ポイントで人気が決まるのね、エスエヌエスとネトフリみたいな……」
リスは指先で操作しながら喜んでいる。ていうかエスなんとかとは何のことだ?
詳しいのか詳しくないのかわからんヤツだ。「それより今から出掛けるっつたろ」
「すこしだけ、あと五分!」
まったく……。
魔法通信道具と魔導映像記録石の普及と発達は、ギルドの有り様を変えた。
討伐クエストを行う各パーティの戦闘記録の配信が、新しいビジネスモデルとして定着しつつある。
映像配信を担うのは王国公認の魔法映像放映ギルドが、魔物討伐を行う冒険者ギルドからリアルタイムの映像を買い取り、中継し配信する。
まったくうまい商売を考えつくもんだ。
これには王政府も一枚噛んでいて利用料の一部を徴収、残虐シーンの検閲を行う名目で介入し利権を得ているのだとか。
王宮で暮らす王族たちや各地の有力貴族たち。民衆の酒場や裕福な各家庭。あらゆる場でこのライブ配信の戦闘映像が気軽な娯楽として普及し、大勢に視られている。
「こいつら『あかつきの刃』だな。有名なウチ……じゃなかった。この前まで所属していたギルドのパーティだ」
ちっヤな映像だぜ。
人気のSランクパーティの戦士が、ド派手な魔法の爆炎をまとわせた剣を振り、緑色のゴブリンを一刀両断した。
「今の見た!? すごい! 実写アニメみたい!」
「なんだそりゃ」
リスはよく妙な単語を口走る。無意識なのか俺の知らない言葉だ。
「炎の剣とか意味あんのかよ」
邪魔だろ熱いし。
「かっこいいじゃん!」
「お前まで言うか」
今や戦闘スキルは「映え」ブーム。
魅せる派手な技を使うメンバーが居るパーティの人気が高まるのは当然の流れだ。
「そろそろ準備しろ、出掛けるぞ」
「そうだった。どこいくの?」
リスが緋色の髪を結びはじめる。
「町だよ、他のギルドで仕事もらうんだ」
「無職から立ち直るオッサン、がんばれ」
「てめぇ、他人事みてぇに」
お前も含めた生活費が必要なんだよ。
◆
王都ヨインシュハルト王城、地下。
魔導兵器開発局、執務室。
「魔法師ラグロール・グロスカ様、ご報告にあがりました」
「何ですか」
「3号が『聖域』を出ました」
魔法師は報告者に視線を向けた。報告しに来た女性は町娘に扮しているが、連絡工作員。つまり王都に散った王政府諜報部のエージェントだ。
「やれやれ、さっそく逃亡したのですか? 手に余るようなら処分を。私は忙しい」
「いえ、それが……。トラリオンと共に近隣の町向かいました」
「町へ?」
ラグロール・グロスカは報告を聞いて唖然とした。
「二人で買い物をしております」
「驚きましたね。手綱も首輪もなく連れまわされては困りますが」
呆れつつも口の端を持ち上げる。
最初に3号預けたロシナール伯爵家では、言うことを聞かず暴れ、まったく手に負えなかった。
だがトラリオンの家に預けて数日、驚くほど安定化する兆しが出ている。
「いいでしょう。様子を見てください」
秘密研究のスポンサー、ロシナール伯爵家は功を焦った。
自ら試作品第3号、リスを預かり調教を試みると申し出たのだ。
しかし案の定、失敗。
ご子息以下使用人たちに複数の怪我人を出す結果となった。恐怖による洗脳、痛みと脅しでは従順しない。ましてや権威を振りかざし、他人を自分より下の奴隷として接する貴族のボンボンにできるはずもないのだ。
3号は返品され、伯爵家からは「殺処分しろ!」と言われていた。
だが、魔法師ラグロール・グロスカは研究者であり、倹約家でもある。
ここまで投じた資源tお労力を無駄にしたくなかった。
3号はたしかに失敗作だが、まだ利用きる可能性がある。調整がうまくいきさえすれば、だが。
だからアプローチを変えた。
「監視を続けます」
「うむ、他の勢力にも注意を」
「はっ!」
エージェントは一礼すると闇の向こうに退室していった。
監視だけでは不十分だ。既に他国の敵対勢力が動き出したとの報告も挙がっている。
「さて、どうしたものか」
炎竜のごとく荒ぶり攻撃的だった3号の精神を、わずか一日で沈静化させるとは。予想以上の効果であり、トラリオンは特別なことをしたのだろうか。
最初は確かに力で制圧していたが、それだけではないはずだ。有無を言わせず隷属させたのか……。
いや、理由はわかっている。
魔女の『聖域』が何らかしらの影響をあたえたのだ。
間違いない。トラリオンの嫁。
世界最強の魔女、を降らせる――星辰の魔女アララール。
聖域と畏怖を込めて呼ぶのは、魔女アララールの結界がそれほど強固だからだ。
一般的な結界とは異なり、百年級魔女が、魔力回路の再生ために展開した繭のような空間になっている。
ひきこもり魔女の巣。
それは村はずれの一軒家を中心に展開され、並の魔法使いや他の魔女では踏み込めない。
唯一の例外はトラリオン、ヤツは無自覚な聖域の番人でもある。
「竜を絞め殺したトラリオン。フフフ面白い男ですよ君は」
昨日も聖域のギリギリまで出向いて3号を放ちけしかけたが、正直ラグロース・グロスカでさえ生きた心地がしなかった。
それほどまでに魔女の結界は禍々しい。
魔法力を制限しつつ、旧友のトラリオンにを3号を託すことには成功した。
しかし災厄をもたらす千年級の魔女へ近づくのは冷や汗ものだった。
聖域? とんでもない。
あんな魔窟で平然と暮らせるとは、どうかしていますよ。まったく。
ラグロース・グロスカは魔法力で念波を送る。
特定の者だけに聞こえる合図だ。
「お呼びですか、ラグロース・グロスカ様」
青い髪の少女が、しずかに執務室のバルコニーに現れた。開け放たれたバルコニーの向こう側に細身の少女がいる。
太陽を背に逆光で顔はよく見えないが、肩ほどで切り揃えたさらさらの青い髪が風に揺れている。
「4号・ティルル、仕事です」
成功個体、4号はトラリオンたちへの接触を試み、刺激をあたえる。
「わかりました」
「決して無理をせぬよう。お目付け役として、我が弟子、魔法師リューゼリオンを同行させよう」
「お心遣い、痛み入ります」
淑女のように優雅に礼をすると、次の瞬間には4号の姿がバルコニーから消えていた。
「じつに良い子だ」
人造勇者製造計画――魔導人造生命体能力向上試案。
王政府の急進派と軍の上層部から期待され、多額の資金が動いている。
人間を模倣して合成した魔導人造生命体。それは既存の魔法技術であり、ただの操り人形、ゴーレムと変わらない。
その人間ではない虚ろなる存在、ホムンクルスに「魂」を与える。
自ら思考し、行動できるよう進化させるために魂を封入する。
最強の人造兵士、いや無敵の勇者を作成、王国に安定供給を可能とする計画だ。
ホムンクルスの肉体に封入する魂は、遊離した別世界の魂が望ましい。
この世界の人間ではすでに魔法の特性を持っているため、適合しない。
必要なのは魔法とは無縁の魂。
つまり異世界の人間の魂だ。
一足飛びにはいかず、幾度となく試行錯誤と失敗を繰り返した。
完全なる自律思考戦闘兵器として実戦配備、量産化するまでの道程は険しく、これから何年もかかるだろう。
試作零号シリーズは制御不能で暴走、あるいは魂の初期化に失敗し精神崩壊。
すべて破棄されている。
続く先行量産型では多少マシになった。
1号で安定化に成功したが、戦闘には向かず封印。
2号は獣のように強靭だが、自らの肉体を破壊するほど破壊衝動が強く、封印。
3号はバランスは良いが、封入した魂が不安定だったため制御に失敗。
4号は理想形、完成に近づいた個体だが肉体がやや脆弱だ。
5号こそが量産型にもっとも近い。最強の戦闘力を発現しつつある。現在はさらなる戦闘能力向上を目指し育成中。
ようやく実用化の目処がたちはじめた。理想の魔導人造生命体を生み出し、配下におく。それを可能とした魔法師こそが、千年級への扉を開くことが出来るのだ。
「フハ……フハハ! ……おっといけない」
高笑い。これは油断と高慢の心に他ならない。ラグロール・グロスカは自らを律し、表情を引き締めた。
<つづく>