暴走クズナルド VS シスターズ
◇
「痛てて……くそ!」
見えない敵の見えない拳。
うかつにも一発食らっちまった。
『ブグブブブ! まずは一匹ィイ!』
さっきの二匹と同じ、クズナルドとか言う野郎か……!
敵は息を潜めていた。
嫌な気配を感じ、とっさに飛び出して正解だった。
「トラ!?」
「トラのあるじがやられたのダ!」
「追悼戦闘、仇討ちです!」
「死んでねぇよ……!」
俺は立ち上がった。
リスやイム、ペリドも無事のようだ。
『グブゥ? タフな野郎だァア!』
「そこかオラァ!」
イムが見えない闇に飛びかかり、竜闘術の爪を叩き込む。
青白い残光が柱を削る。
『ヒョウッ……!』
しかし、見えない敵の気配が退いた。
「がぅウ! どこなのダ!?」
フォルの探知もイムの鼻も利かないのは、迷宮独特の地形と暗さ、空気の淀みが関係しているのか。
「支援します! 燐光魔法!」
ハッピィ・リーンが呪文詠唱を終え魔法を展開した。
周囲の空間全体が青白い燐光を放ちはじめ、緑がかった淡い青色の光で神殿内部が照らされてゆく。
「ありがとうリーンさん!」
燐光魔法の光と影の境界で、蜃気楼じみた揺らぎが、石柱にセミのようにくっついていた。
「あそこなのダ!」
「ペリド、上!」
リスが叫びつつ、柱の方へとダッシュする。
「了解、中距離攻撃っ!」
ペリドが両腕の鎖を開放、見えない怪物めがけて鎖の一撃を放った。鎖は空中でジャララと交差しながら十字を描き、石柱の蜃気楼を薙ぎ払った。
『ぐごおオッ!?』
「捕らえた!」
鎖が何かに絡みついた。光の陰影で見えた、クズナルドの腕だ。
『お前の腕ごと引きちぎってやるァアア!』
クズナルドが石柱から滑り降り、ペリドへと突進してくる。
「させ……ないっ!」
見越していたようにリスが駆け込んだ。
『甘いわ! くらえ、ボクちんの竜闘術、破砕吐息!』
クズナルドが紫色の波動を放つが、リスは構わず拳を叩き込んだ。
「――噛砕牙!」
リスの拳が赤い爆発のような輝きを宿し、着弾と同時に大口を開けたドラゴンの牙が炸裂する。
見えない敵とリスの間で激しい衝撃が弾けた。
『ヌ、ぐぅおおおッ!?』
「ずりゃぁああっ!」
竜闘術のエネルギーが真正面からぶつかった。
リスは自信に満ちていた。策があるのだ。
「リス!」
「正面衝突で相殺をッ!?」
「リスのあるじ!」
「無茶です」
「竜闘術、二連……ッ!」
リスは既に右足に輝きを宿していた。叩き込んだ左の拳で相手の攻撃を相殺しつつ、そして右足で噛砕牙を叩き込んだ。
『なっ……にぃいい!?』
真っ赤な牙が食い破る。
ドォン! と激しい衝撃とともに柱が歪み、亀裂がはいった。少し遅れてビキビキと半透明な陽炎がひび割れ、ついに本体が姿を現した。
『ぐぼぁ……!? 竜の鱗が……ッ』
むき出しの贅肉に分厚い唇。
醜い、肉塊。
かろうじて人間の姿はしているが、化け物だ。
「きゃ!?」
「キモイ」
「最悪ですね」
不気味な姿に姉妹達やリーンが小さな悲鳴をあげる。
『ぬぐぅ……うぐうう!』
ギョロリ、と目玉がリスを睨みつけた。
「はん! 思ったとおり、放つ瞬間なら互角! 一発より二発! 連発できるほうが有利って……ね!」
「逃亡防止、ずぅりゃぁああ!」
ペリド渾身の鎖が締めつけて、クズナルドの腕を引き千切った。表皮の鱗が破砕し、肉を断ち骨を砕いたのだ。
『グッぎゃぁあああ!?』
完全に形成は逆転。
しかし、リスは相手に休む暇を与えない。地面を蹴り肉薄し、拳に輝きを宿す。
「連発、出来るようになってやがったのか」
俺もリスの成長に驚く。
「噛砕牙、三連撃ッ!」
リスの噛砕牙の直撃が炸裂。真っ赤な光とともに空気が爆ぜ、背後の柱に真っ赤な体液が散った。
ペリドが身体に巻きつけた鎖によってクズナルドは逃亡できなかった。
「イム! 今です首を!」
フォルが叫ぶ。
「言われなくても……ッ!」
イムがトドメ、とばかりにクズナルドに飛びかかった、その時。
『ボクちんを――んんなぁあ、めるなぁああッ!』
クズナルドが咆哮したかと思うと、イムの身体が吹き飛んだ。
「きゃうんっ!?」
一瞬だった。
空中で弾き返されたイムが、落下。どうっ、と力なく床に叩きつけられた。
「イムっ!」
俺はとっさに駆け寄った。
「腕が……再生した! そんな、速すぎる!」
フォルが叫ぶ。
『ぐぅ、フゥフゥフゥ! ボクちんは……進化、するのダァアッッ!』
千切れたはずの腕は再生し、赤黒い血管に覆われたより長く、太い腕が傷口から生えていた。明らかに以前の腕よりも一回り大きい。あれでは間合い、リーチも長い。
「よくも……うお、おっ!?」
ズリッ! とペリドが逆に引きずられた。
クズナルドが再生した腕で鎖を掴み、力任せに引いたのだ。
『ボクちん、力が漲るゥウウ! こんなに……パァワァフゥリャァアア!』
「な、なにぃ……!?」
ペリドの鎖が千切れた。反動でペリドが姿勢を崩す。
「こいつ、さっきと……違う!」
リスが身構える目の前で、クズナルドの脇腹からもう一本、ブチュブチュと腕が生え始めた。
『ボ、ボッボボ、ボクちん超絶ゥウウ進化ァアア……! わかるぅう! 全身を駆け巡るパワァアア! 真の……竜の血の……ブゥゥブブ……!』
狂気に歪んだ顔に笑みを浮かべると、頬と額に赤いスリットが入り、ギョロリと別の目玉が出現した。
クズナルドの肉体が、異形の怪物と化してゆく。
「きゃぁ!?」
「ば、化け物」
ハッピィ・リーンとフォルが悲鳴じみた声を上げた。
俺はそのスキにイムを抱え、別の柱の陰へと引きずる。あばら骨がやられている。口の端から血の泡を吐いた。
「……トラの……あるじ」
「大丈夫だ、こっちへ」
「痛い……のダ」
「しゃべるな、すぐ治癒を」
――アララールは!?
俺は驚愕する。アララールがいたはずの場所が、真っ黒な球体で覆われる瞬間だった。
「しまった、魔法師の野郎か!」
魔法結界のようなものが出現し、アララールごと飲み込んだのだ。
しまった……!
魔法師リューゼリオンの姿もない。
リスたちの闘いに気を取られすぎた。俺としたことがなんてザマだ。
「この子は私が! 応急処置なら出来ます」
「すまねぇ」
俺はイムをリーンに預けた。柱に寄りかからせ、黒い球体へと近づこうとした。
「行ってはダメですトラリオンさん! それは魔法師の戦闘結界!」
背後から鋭い声で制止される。ハッピィ・リーンだった。
「だが、中にアララールが!」
「強力な結界術です。それに触れれば、たちどころに肉体が破壊されてしまいます。破るには外側からの強力な魔法攻撃か、内側から術者を倒すしか……」
「くそ! アララール!」
◆
「……まぁ?」
アララールは周囲をゆっくりと見回した。
極彩色の渦巻きが全周囲を覆っている。
どうやら目の前の魔法師、リューゼリオンが祈りの間そのものに複雑で強力な捕縛の結界を張っていたらしい。
「ヒ、ヒヒヒ! やった、やったぞ! 捕らえたぞ魔女めが……! どうだ、私の最強にして最高の戦闘結界は……!? この中に取り込んでしまえば、貴様がどんな魔女だろうとも、赤子同然……! あらゆる能力値は削ぎ落とされ、ただの女……!」
「……」
興味なさげに正面の金髪の魔法師に視線を向ける。
「なんだその目はぁああ!? ああハハッハ! 恐怖で声も出ないか? ああん? いいだろう、手足をイバラで串刺しにして辱めてやる……! 八つ裂きにして、血を……千年生きたという貴様の血を啜ってやるぁあ!」
舌をダラリと垂らしたリューゼリオンが血走った目を向けた。
「感謝するわ」
「あぁん……?」
意味がわからない、とリューゼリオンは首を45度傾けた。
「トラくんやリスたちから私を隠してくれたこと」
アララールの瞳の色彩が変わる。金色と銀の星を鏤めたような輝きを宿す。
「何を言っているぁああ!? クソ魔女め!」
リューゼリオンが魔法を放った。
一斉に四方八方から鋭い槍がアララール目掛けて襲いかかる。
「……」
だが、それはすべて狙いを逸れ、かすりもしない。
「なっ!? ナメるなぁあああああ――――!?」
リューゼリオンの声が消えた。
「これが戦闘結界?」
否、消えたのは口そのものだった。
リューゼリオンの口はまるで縫い付けられたように開かない、舌が動かない。
「ッ! …‥ッ!? ンンンンっ!?」
「わきまえよ、魔法師風情が」
地の底から響くような声で、魔女は魔法師を睨めつけた。
<つづく>




