神殿の奥にて蠢めく者たち
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『――ッブギャァアアッ!? がはっ……! し、し、死んだ? 死ん……ヒィイ、ハァハァ……?』
薄暗い神殿の最深部で、断末魔の絶叫が響いた。
「おぉ……魂が戻られた!」
「何度でも黄泉返るのか……!」
邪教徒どもは布で隠した顔を紅葉させ、歓喜にうちふるえている。
「……落ち着きなさいクズナルド。君は、とっくに死んでいるのです。魂と記憶だけが、ここにある」
金髪の魔法師が虚ろな目で、拳ほどもある紫水晶に手を添えた。
冷たい瞳に映る紫水晶は、台座のような魔法のカラクリに埋め込まれていた。紫水晶の内側には、濁った液体のような光が循環している。
『あ、あぁ……そうだった』
「永遠の存在としてね」
疑似霊魂。
人間の魂と記憶、人格を「バックアップ」と称して一時的に保管しておく魔法の籠。本来は供養や追悼、故人の声を聞くための儀式に使うものだ。だがリューゼリオンは封じ込めた死者の魂を別の目的に利用していた。
『それよりリューゼリオン! 貴様ァ……! なんだあれは!? 完成形の魔導人造生命体が聞いてあきれる……! ボ、ボクちん、殺されたんだぞ!? 二体とも、あいつらに、あの……赤毛の小娘にぃいいい!』
紫水晶が熱を帯び、ガタガタと揺れる。
「今の君は、永遠の命を手に入れたも同然です。肉体は何度でも代わりを用意できます。記憶も魂も永遠です。ここにあるかぎりは」
『ハァハァ……じゃぁ、また肉体に戻れるんだな!?』
「もちろん、何度でも」
『必殺技……竜闘術とやらも試したんだぞ! なのに全然ダメじゃないか! 弱い、負けた、このボクちんが負けたんだぞぉお! この役立たずのエセ魔法師……がっ?』
「口を慎みたまえ。今の君の立場……わかっていますか?」
魂のサンプルという実験動物に他ならない。代わりなどいくらでもいる。
狂気に歪んだ笑みで水晶玉を強く握る。
『ヒ……イヒヒ……! わ、わかっているともリューゼリオン……様』
「よろしいクズナルド君。新しい肉体を与えてあげますよ」
『おぉ……! ヒヒ、今度こそ……今度こそ』
魔法師リューゼリオンは、神殿の奥に隠されたコンテナに視線を向けた。
複雑なパイプと薬液のタンクが、生き物の内臓のように絡み合っている。その中央には半透明の肉体培養タンク。薄い緑色の液体の中で一匹のホムンクルスが膝を抱えたまま眠っていた。
量産型ホムンクルスでは勝てなかった。
いや、十分に性能を出しきれていない。
試作体と違い、量産型は疑似霊魂による起動、制御を可能とする。
訓練した人間の魂によりホムンクルスを遠隔操作、人的損害をゼロにしながら戦果をあげる。
そういう戦術思想を目指し、開発が進められていた。
試作体、姉妹達は完全なる失敗だった。
育成に手間がかかり、意思を与えたことで命令にも従わず、離反。あれでは製品として売れない。
「まったく、手間ばかりかけさせやがって」
リューゼリオンは血走った目で魔法のカラクリを操作する。
「クズナルド、そもそも君の魂のパワーが脆弱でクソすぎる……! 親和性をあげるため、ホムンクルスの培養体に混ぜた不純物……! そう、君の遺伝子が肉体のポテンシャルを鈍らせている。足を引っ張っているのですよ、アンダースタン?」
苛立たしげに紫水晶をバシバシと叩き、舌打ちをする。
『ぐぐ、痛いやめ……! い、言わせておけば……! この計画に金を出したのはボクちんだぞ!?』
「知りませんね。君の実家とラグロース・グロスカが交わした開発支援契約でしょう。それに……当のロシナール家は隕石の落下事件で、失墜しつつあるようですし。君は運良く、安全なここにいてラッキーですね、ハハハ」
『ぐ、ぬ……おのれ』
ロシナール家の支援を受けていたのはリューゼリオンも同じだった。
王宮を脱出する以前から、密かに実験成果を持ち出せるよう入念に準備していた。
王国の魔導兵器開発局と研究を進めつつ、裏では他国にも売り払う。
それにより莫大な利益を得ようとしていた。ロシナール家の隠し倉庫で組み上げた実験機材一式。それは運搬可能な「ホムンクルス培養プラント」として、馬車の荷台に偽装されていた。
魔導人造生命体の培養プラントは、馬車の荷台ひとつに収まる。研究成果とあわせてこれは高く売れる。
一番のキモは、回収した「竜の変異体」こと、ホムンクルス試作体1号の血だ。
これを与えることで強靭な肉体、竜の血に起因する特殊なスキルを発動できる。
これはリューゼリオンの上司、ラグロース・グロスカの発見と研究の賜物だ。
実際に1号の血を絞るという役目、手を汚したのはリューゼリオンなのだが……。
「まぁいい。これを使いましょう」
肉体を急速培養する溶液のタンクには、まだ一体のホムンクルスが眠っていた。
出撃させた2体のホムンクルスと同型だが、予備としてタンクに入れたままにしていた。
外国に身柄の安全を担保する条件として渡し、脱出する手はずだが、培養プラントとリューゼリオンの知識だけでも問題はないだろう。
「……もうそこまで来ていますね」
魔法の監視結界により、姉妹達を含めた戦闘パーティが神殿内に突入。信徒達を蹴散らして進んできているのがわかった。
しかし、思いのほか状況は悪い。
放った量産型が倒された。
プロの戦闘パーティ相手に、各個撃破されている。
多勢に無勢という点を考慮しても、いささか不満の残る成果だ。
ならば試しておくしかあるまい。
「……クズナルド君、チャンスをあげましょう。ホムンクルス本来の性能を引き出し、強大な戦闘力を発揮できるはずです」
『お、おぉ!? ヒヒ! あるなら最初からやってくれ! あいつらを……あのリスという生意気な小娘だけはボクちんの手で八つ裂きにしたい……!』
「よい心がけです。憎しみ、怒りこそが、魂に力を与えます」
リューゼリオンは水晶玉を持ち上げて、ホムンクルスの培養プラントへと近づく。
『な、なにを……?』
「ダイレクトリンク。直接、ホムンクルスに君を埋め込みます」
『ま、まて! そんなことをしたら、永遠の命は? もし……肉体が壊れればどうなる?』
「その時は、君は消滅するでしょうね」
『そんな、嫌だ! まっ……』
「うるさい男ですね。勝てばいいのですよ」
姉妹達に量産型ホムンクルスが敗北した理由は明白。
遠隔、リモート操作では量産型ホムンクルスの性能を発揮しきれない。反応速度、状況判断。実際の戦闘では全ての場面で後手に回る。
やはり魂は、ダイレクトに直接埋め込まないとダメなのかもしれない。
魔法師リューゼリオンは、培養中のホムンクルスのタンクに手を入れ、胸のあたりに紫水晶をズブズブと埋め込んだ。
『ふぐぉおおおお……!? ごぼぁ……!? ご、ごれはぁあ?』
ホムンクルスが目をあけ、自分の両手を見つめ、そしてタンクから飛び出してきた。
「成功です」
『グボァアア! 最高の気分だぁ……! 新しい肉体! 悪くない、さっきとは全然ちがう……! しっくりくる……!』
「新しい国へ脱出する行きがけの駄賃です。侵入者を殺しなさい」
『グブブ……! 確実に、殺ぉおおす!』
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