量産型、魔導人造生命体(ホムンクルス)
◇
「いきなり大歓迎じゃん……!」
あたしは姉妹達に声をかけながら、周囲のどんな気配も見逃すまいと目を凝らした。
ヤバイやつが出てきた。今まで遭遇した魔物や魔獣とは明らかに違う。気配も、動きも。何よりも嫌な違和感がある。
じっと視られているようで気持ちが悪い。
「姿を隠しても臭い……! わかるのダ!」
イムはすこし離れた位置で、狼みたいな低い姿勢で気配を探っている。十メル先の陽炎のような「ゆらぎ」を睨んでいる。
「イム、おねがいね!」
優れた嗅覚はここでも役に立ちそう。勇敢で頼りなる子、イム。
「竜闘術……『竜の髭』による索敵感度を調整、全員の周囲2メルを索敵エリアとします」
「つまり、死角無しってことね!?」
「努力はしてみます」
「頼むよフォル!」
フォルも魔法や敵の探知能力に優れている。イムよりも全体を広範囲に感じ、俯瞰して見る視ているイメージ。死角からの攻撃を教えてくれるのは嬉しい。
「アララール、フォルも来い! 壁を背にするんだ」
「あらまぁ」
「お言葉に甘えて」
トラはアララールたちを庇い素早く移動。フォルも続く。遺跡の壁を背に、アララールは無言で魔法の杖をこちらに向けて構えた。そして祈るように目を閉じた。
あたしとペリドは、イムが睨み付ける大気のゆらぎを追う。
ザ、ザザ……と、地面を何かが踏みつけて移動している。気配、空気の流れによって砂ぼこりが舞う。
「あうう!? 匂いと気配がごっちゃで、わかんなくなってきたのダ……」
イムが困惑の声をあげた。姿が見えないうえに、知性もある。
あたしたちと反対側にいるパーティ『やったか!?禁句』の四人も、敵を見失ったらしい。陣形を変えて剣を構えている。
「速度を上げてる……!」
「遠距離、全体攻撃は無いと判断します」
「なるほど、さすがペリド」
遠距離から撃てる魔法や、全員を一気に攻撃する手段があるなら最初から使うはず。コソコソ隠れて不意打ち戦法を使ってくる時点で、真正面から仕掛ける自信が無いってことだ。デスヒツジのほうが清々しく正々堂々と戦っていた。
「近接戦闘なら、同じ土俵」
「そうだね!」
あたしたちは互いに背を預けた。
「戦場ではツーマンセル。二人一組でフォローしあうもの」
「うん、声を掛け合おう!」
背中ごしに周囲を警戒する。
「リス! 右、急速接近!」
フォルが叫んだ、その時。
『ウプププー? 女ァ……』
ほとんど耳元で声がした。ニチャァと気持ちの悪いねばつくような声が。
「――くッ!?」
あたしは反射的に右腕の裏拳を放った。ふぉん! と拳が空を切る。
「リス、不気味な声が」
「外した……!」
ペリドは左右の腕の自在鎖を解き放ち、ジャラリと掴んで身構えた。
すると、ぽっぽっ……ぽ、とリズミカルに周囲の地面で土ぼこりが舞った。あたしとペリドを囲むように、スキップしているんだ。
「バカにして……!」
わずか2メルほどの位置。輪を描きながら、空間が揺らいでいる。蜃気楼のように光がゆらぎ、そして――
『ブッキャラ……ッ!』
『ギヒィイイ……ッ!』
一瞬の静寂の後、連打が繰り出された。椅子取りゲームみたいに跳ねて向かってきたんだ。
見えない拳! 殴打があたしの右腕、ボディに命中する。
「ぐっ……!?」
避けようが無い。
「ぐおっ、こっちからも!?」
背中を預けていたペリドも、反対側から同時に攻撃を受けていた。
「リスのあるじ!」
「ペリド!」
イムやトラが叫ぶ。
――同時攻撃! ってことは二体!?
やられた。
向こうのパーティを攻撃していた敵も、こっちに移動していたなんて。
あたしとペリドは同時に攻撃されている。
互いの背中がぶつかる。両側から挟撃され、勢いで押されよろめく。
『ブヒヒヒ……歪めェエ!』
『ムヒヒヒ……沈めェエ!』
人間だ、完全に。狂った音階、気味の悪い男の声だ。ゼェハァと荒い気遣いが聞こえる。大振りでラフ、乱暴で粗削りな拳。
急所もなにも関係ない、格闘技を知らない、まるで子供のケンカみたいなラッシュ。
命中したパンチは確かに重い。でも、致命傷にはならない。
「しゃぁらあああ!」
ペリドが一瞬のスキを突いて反撃に転じた。腕の鎖を素早く振り、銀色の鞭みたいに空中をなで切りにする。
『ゲッ痛ァア……!?』
鎖が空中で火花を散らす。耳障りな悲鳴と同時に、見えない拳の連打が遠ざかる。
「調子に……乗んなぁ!」
あたしも相手の腕が伸びきったタイミングで、前蹴りを放った。
ガッ! と手応えならぬ脚応え(?)があった。
『ンッ……ゴブァ!?』
「入った!」
これだけ連打をくらえば、相手の体格、腕のリーチ、繰り出す拳のリズムだってわかる。
咄嗟だったけれど、竜闘術を込めた。万全の蹴りじゃなかったけれど、相手のみぞおちにヒットした。
よろめき、後退してゆく地面に足跡が残る。位置がわかる……!
「リス、しゃがんで!」
「うんっ!」
ペリドの声にばっと伏せる。頭上を鎖の嵐が通りすぎる。ペリドが竜闘術のパワーで鎖をぶん回したのだ。
「竜闘術、竜巻烈鎖!」
両側、三メルテの空間で激しい火花が散った。
『ムグゥ!?』
『ヌグァ!?』
唸り声と、鎖の先端がえぐった地面が切り裂かれる。何かが砕け、キラキラとガラス片のように空中に散った。
「おぉ……ッ!」
「あの子たち凄い……!」
「やったか!?」
「リーダーってば、それ禁句ですから!」
向こうのパーティから歓声があがった。
二体の敵が更に後方に跳ねて逃げた。
「射程外へ……!」
「惜しいペリド」
舞い上がった地面の土ぼこりにまみれ、次第に敵の姿が明らかになる。
まるで羊皮紙に火が燃え移るように、赤黒い光がモザイク状の輝きを消してゆく。
そして二体の怪人が姿を露にした。
『……グムゥ? ボクちんの……迷彩装甲が……』
『ギヒヒ……竜鱗を砕くとは……』
前屈みの体勢だった巨体が二体。
ゆっくりと背筋を伸ばした。
ほぼ全裸の男だった。ぶよぶよとした、だらしない体格。髪は無く皮膚は死人みたいな土気色。全身を半透明の鱗が、タイルみたいに覆っている。
「あの鱗で、光を屈折……姿を消していたのか」
「でも、魚と一緒。剥ぎ取っちゃえばいいみたいね」
ペリドの鎖とあたしの蹴り。それらが命中した部分の鱗が破砕され、血が滲んでいる。そこから光学迷彩(?)が解けていった。
「気持ちの悪い化け物だぜ」
「人間……じゃぁねぇな、例の魔法師の手下か」
トラリオンとガリューズさんが言う。それぞれ身構えて次の動きに警戒する。
次第にまとっていた光の迷彩が解けゆく。やがて首から上の顔が露となった。
「な……!?」
二人とも同じ顔だった。
そして顔に見覚えがあった。
目と鼻と、歪んだ口もと。気持ちの悪い、他人を見下す不快な表情。思い出すのさえ嫌な、あれは
「クズナルド!?」
ロシナール家の御曹司、クズナルドの顔だった
。
あの男が……なんで? 隕石に撃たれて消滅したはずじゃ。しかも二人に増えているなんて。
悪夢みたいだった。怪物がギョロリと目玉をバラバラに動かす。
『ボクちんはぁ……!』
『清らかなる魂を特殊な魔石にバックアップしていたのだぁあ……!』
『リューゼリオンは使える男……!』
『石頭のラグロース・グロスカは、ブッ殺すゥ!』
『つまりボクちんは永遠の命とぉおお!』
『無敵の身体を手に入れたのだぁあああ……!』
二体がそれぞれ交互に叫びながらポーズをとる。そして全身から不気味な瘴気を立ち昇らせた。
周囲から土煙が爆発的に飛び散る。
「うっ!」
「ぬぅう!?」
『そしてぇええ……! リイィスゥ、イヒヒヒ」
『久しぶりだなぁあ……! フィヒヒヒ』
ニチュァア、と下卑た笑いを浮かべあたしを見た。ダブルでなんて最悪だ。
嫌だ、嫌……!
「あ、あぁ」
あたしはよろめいた。
「リス!? しっかり」
ペリドが支えてくれなかったら、尻餅をついていただろう。
『あのときは、よくも……』
『引っ掻いてくれたなぁあ!?』
『奴隷の癖に、オモチャの癖に……!』
「やめて……!」
『今度はァボクちんの番だぁあ……!』
『おまえの拳も、蹴りも……学んだ……ヒヒ』
『身体の、動かしかたを』
『こざかしい小娘は……裸にむいて、ぶちゅるる!』
身震いがした。気持ち悪い。最悪だ。
クズナルド兄弟は、まるで身体の感覚を確かめるように、腕を見つめぎゅっと拳を握る仕草をした。
「あれは器だけの存在」
不意に声がして、思わず振り返る。
アララールが険しい顔で二体の怪物達を睨んでいた。
「アララール……?」
「魂のない虚ろな存在。魔法の理に反した魔法師のつくりしホムンクルス」
「ホムンクルス!? そんな、本当にそんなものが……!」
魔女のマーシルが声をあげた。魔法師にとってそれは夢のような技術なのだろうか。あたしたちは一体、何者なのかと一瞬、心に暗い影が忍び寄る。
「私にもリスにも魂がある。同じよ」
「アララール……」
「魂がなければ人形。魔獣のほうがマシです」
アララールが微笑み、杖を差し向けた。
「リスのあるじ!」
「リス、気合いです」
「あ……うん!」
あたしはしっかりと立ち、相手を睨み付けた。
そうだ、負けてなんていられない。
こいつらを倒して、最後の姉妹を助けなければならないんだ。
「その人形は体内に魔石を持ち、意識だけを中継して操っている。偽物だわ」
アララールが呆れたように仕組みを看破した。
『……ゴブゥ!? ……あの女……!』
『……ボクちんを殺した……魔女かぁああ!?』
憎しみと怒りの形相が膨らんでゆく。怪物はおぞましく歪んだ形相へと変わる。
「なるほど、操り人形というわけですね」
フォルが鼻で笑う。
「フォル……」
「しかも醜い、気持ち悪い!」
フォルが感情を露にする。でもその言葉があたしには救いになった。
「あはは、そうだね……キモいし!」
ふたたび気迫と、勇気が湧いてきた。地面を踏みしめ、拳を握りしめる。
そうだ、あたしたちとは違うんだ。
あんな化け物とは、違う!
「きたねぇ人形か」
「じゃぁ、遠慮はいらねぇな!」
『やったか!?禁句』の面々が一斉に身構えた。
あたしたちも再び戦闘態勢をとる。
「でも気をつけて。その肉体から……姉の……リュリオルの血の気配を感じる」
「なんだって!?」
トラが叫んだ。
『グゥフフ……! ウィハブァ』
『ドラゴオオオン、パワァア……!』
奴らの傷口がブクブクと泡立ち癒えてゆく。傷が塞がり、再び鱗が覆ってゆく。
「みろ、ダメージが!」
「回復……自己修復できるのか!?」
向こうのパーティから驚きの声があがる。
つまり、あれは――
「ドラゴンの血を……取り込んでやがるのか!」
トラが叫んだ。
『ブヒィィ、今さら気づいてももう遅い……!』
「いくぞ!」
「おぉ!」
『やったか!?禁句』の面々が斬りかかった。
『完璧なる魔導人造生命体ゥウ!』
『量産型の魔導人造生命体ゥウ!』
ボッ、と拳に紫色の輝きが宿った。
「あ、あれは……!」
「まさか!?」
『つまり、つまりぃいい……!』
『こぉおおんなこともぉお……出来るゥ!』
二体の化け物が同じポーズで拳を構え、そして
『『竜闘術、破砕吐息!』』




