戦闘パーティ『やったか!?禁句』
◇
西の古代都市セイナルノへ到着した俺たちは、他のパーティと落ち合うことになっていた。
指定していた待ち合わせ場所は、町の入り口付近の自由に利用できる水場だ。
行商人のキャラバンや旅人が休憩している。四方は砂色で荒涼とした土地だが、ここだけ樹木が繁っているのでわかりやすい。
「オアシスみたいなところだね」
「あぁ、馬も休ませておいてくれ」
「わかったのダ!」
俺は馬車をリスとイムに任せ、御者席から飛び降りた。
「トラリオン!」
探すまでもなく、すぐに向こうから声をかけてきた。
「ガリューズ、時間通りだな」
「あぁ! おまえの頼みとあっちゃぁな」
隻眼の戦士ガリューズ。俺たちは互いに歩みより、固い握手を交わした。
それは中肉中背の隻眼の戦士だった。背中には長剣を背負い、動きやすい甲冑を装備している。
仲間は他に3人。全員が同じ色合いの、周囲に溶け込む同じデザートカラーのフード付きマントを羽織っていた。
「一匹狼のおまえが、今やパーティ連れとはな」
ガリューズが俺の馬車を見て微笑んだ。黒髪には白髪が混じるロマンスグレーのベテラン。魔法剣の使い手だ。
かつて西方遠征で二年ほど共に旅したことがある。仲間思いで信頼のおける男だ。
ガリューズのパーティ『やったか!?禁句』のメンバーは昔と入れ替わっていた。
「ガリューズこそ若手の育成中か」
以前とは違う若い戦士や魔法師を引き連れていた。
「あぁ! アリウスにシノブ、マーシルだ。おまえら、依頼主に挨拶だ」
三人はそれぞれフードを取り払い、俺にむけて礼をした。
かなり鍛錬を重ねたのだろう。自信に満ちた目つき、顔つき。身のこなしもいい。
見た目はリスたちよりやや年上だろうか。
「よろしくです」
少年の雰囲気を残す戦士アリウス、小柄な女性剣士シノブ、そして若い女性の魔法師マーシルか。
そういえば以前、ギルドで見かけた気もする。
とはいえ既に部外者となって久しい俺を警戒しているのか、見た目が怖いのか、どこかぎこちない。
「こちらこそよろしく頼む。ウチは見ての通り家族経営、駆け出しのパーティでね。娘たちばかりだが、君たちからも指導してくれるとありがたい」
俺は若い彼らに頭を下げた。相手を立てることで事はスムーズに運ぶ。
謙虚にふるまうなんて昔は考えもしなかった。だが、リスたちの事を思えば何の躊躇いもなかった。
「トラ、らしくねぇぞ!」
ガリューズが破顔し胸を拳で押してきた。
すると仲間たちもようやく警戒を解いたのか、笑顔を見せた。
「ト、トラリオンさんのことはリーダーから何度も聞かされていました。怖い人と聞いていたので……」
若い戦士と握手を交わす。名はアリウス。
「あぁ?」
くそ、何を吹き込んでやがるんだ。こんなナイスガイなのによ。
「あ、あの……。ギルドでは以前お見かけしていました。素手で戦う動画も」
生真面目そうな小柄な女剣士とも握手する。名はシノブ。
「ちょっと前は同じギルメンだったんだが、腰を痛めて引退しちまってな」
適当な冗談で誤魔化し、思わず苦笑する。
引退したOBなら仕事の依頼主としては信用してもらえるだろう。
と、背後からリスが駆け寄ってきた。ズザァッと横で急停止。ポニーテールに結わえた赤毛が揺れた。
「あたし、リスといいます! リーダー代理! よろしくお願いします!」
元気で明るい挨拶に場が和む。
「君のことは動画配信で見て知っているよ!」
「昨日も武器無しで魔獣とやりあってたわね! すごいわ」
「み、見てたんですか!?」
やーん恥ずかしい、と可愛らしく照れるがもう遅い。素手で魔獣を粉砕するシーンは放送コードギリギリだからな。
「あっちの子たちも……武器は使わないの?」
髪の長い女魔法師がリスと握手を交わす。彼女はマーシルと名乗った。
「はい! 姉妹なんです。筋肉質な師匠に鍛えられてます!」
ぽんっと俺の背中を叩くリス。
どっと笑いが起こる。リスのおかげであっという間に和やかなムード。さすがコミュ力高いぜ。
ガリューズたちのパーティは、馬車から降りてきたイムやペリド、フォルたちとも挨拶を交わしてゆく。アララールだけは馬車の中で失礼するが「身内をリューゼリオンに拉致された女魔法師」ということで説明しておいた。
「ところで早速だが、『祓い屋ムドー』の連中、夕べのうちに到着したってんで潜伏先へ、一足先に向かったぜ」
ガリューズが町の中心部に視線を向けた。
「なんだって? 先走りやがったな」
崩れかけた遺跡がいくつか見える。ひときわ大きな神殿のような建物がそれらしい。
町をゆく人たちは男も女もどこか陰鬱だ。
灰色やダークカラーのヒジャブで全身を覆っている。顔を隠すようにフードを被り、うつむき加減に歩いている。
「連中はプロだ。へまはしないさ」
『祓い屋ムドー』はこの業界では有名だ。夜勤やダンジョン攻略を主に行う特殊パーティとして名が知れている。
包帯ミイラ男ことメントゥスが率いるパーティは、闇祓い、夜間の特殊作戦、ダンジョン攻略を得意とする。
隠密行動、罠の回避、暗所での索敵、戦闘。暗所での戦闘ノウハウが豊富で、様々な状況に対応できる。
三パーティが集合後、潜伏先の遺跡を下調べ。魔法師リューゼリオンの居場所を特定する手はずだったが。
「予定が少し、繰り上ったな」
「リューゼリオン一味と遭遇しても戦闘は極力避け、撤退するとさ」
実のところ、投降しろと説得し受け入れるとも思えない。
十中八九、戦闘になるだろう。
ものわかりの悪いヤツをぶん殴り交渉するか、交渉してから殴るか。それだけのちがいだ。
戦闘となればガリューズのパーティが主軸となって戦う。
魔法師リューゼリオンの身柄を確保し、研究成果とやらも奪還、もしくは破壊する。もちろん、アララールの姉も救出する。
「んっ!?」
その時だった。懐に持っていた魔法通信具が緊急通信の音を立てた。
「トラリオン、俺の方もだ」
三パーティの連絡用にと同期させていた魔導記録石の信号を受信したのだ。
「どうやら緊急事態のようだ」
それは『祓い屋ムドー』からの信号だった。
映像配信が始まったことを告げ、水晶玉の表面に揺れる映像が浮かび上がった。
『(ザザッ!)撤退する! 対象はこちらの動きを把握して……(ザザッ)』
「メントゥス! 大丈夫か!?」
画面が揺れてよく見えない。
『敵の数は不明……! 見えない……! 戦闘は(ザザッ)避け(ザザッ)』
何らかの異常事態、あるいは戦闘が始まったということか。
だが「見えない」とはどういう意味だ?
暗闇での作戦が得意な『祓い屋ムドー』が慌てて逃げ出す相手……ということか。
「戦闘となれば場は我らが預かる! 足手まといになるなよ、トラリオン」
ガリューズがニッと不敵に笑う。女子供の出る幕は無いと言わんばかりだが、最後に「嫁さんと子供は大事にしな」と囁いた。
「あぁ、頼りにしてるぜ、ガリューズ」
拳を突き合わせる。
「急ぎ遺跡まで移動する!」
ガリューズが仲間たちに指示を下すと、一斉に動き出した。速い。まるで猟犬の群れだ。
「俺達も移動するぞ!」
「うんっ!」
リスとイムが慌てて御者席に飛び乗り、ペリドがフォルを客車に持ち上げる。先行したガリューズ達を追い、俺たちも遺跡へと向かった。
◇
遺跡は近くで見ると大きかった。
円柱形の石の柱が林立し、今にも崩れそうな屋根が載っている。両端まで30メルはあるだろうか。
「入り口はひとつだけだ」
ぽっかりと暗い洞窟のように、四角の入り口が見えた。奥は松明らしいものが遠くに見えるが、かなり暗い。
地元の人間も近寄らないのか、周囲に人影はない。だが、妙な気配がする。
「フォーメーションデルタ」
ガリューズたちが散開し菱形の陣形をとる。
遺跡の真正面から向かって右翼を進み警戒、静かに抜刀する。
俺たちは馬車を駐め、後に続く。
「左翼からいくぞ」
「あたしとペリドが前! イムは中間、アララールとトラはフォルといっしょに」
「いい指示だ」
リスがテキパキと指示を出した。俺が言おうとしていた事だった。
「誰か来る……!」
早速、先頭のガリューズがハンドサインで後続に止まれ、と示す。
足音はしない。小さな野生動物、あるいは訓練された人間だ。気配だけが近づいてくる。
「すんすん、この匂い……」
イムが鼻を鳴らす。
人影が明るい場所に駆け出してきた。
紫色の衣を纏った女、魔法師だった。
三角つばの帽子におさげ髪、目は長い前髪で隠されている。魔女のハッピィ・リーンだった。
「リーンちゃん!?」
リスが叫ぶと彼女はハッとして視線を背後に巡らせた。
「リス……!? あっ、あの……みんながまだ中に」
「どうして!」
「わたしだけを……逃がそうと」
ガリューズの仲間たちは戸惑いに顔を見合わせるが、リーダーのガリューズだけは違った。
「来るぞ!」
俺も肌が泡立つのを感じた。
何も見えない。
だが、なにかが来る。同時にイムが「ヴーッ!」とうなり身を低くした。
音もなく、ハッピィ・リーンの背後で地面から土煙があがった。見えない何者かが地面を蹴りつけたように。
「上だ!」
跳ねたのだ。地面を蹴って。
瞬間的に上空を仰ぎ見るが、眩しい太陽以外、空には何もない。
「何も……見え」
ドゥ! とガリューズの左手で土煙が舞った。重量のある何かが、着地したように思えた。一瞬、土煙が人間のような四肢のある姿を浮かび上がらせた。
「アリウス!」
「えっ!? と透明……!?」
少年戦士アリウスは慌てて、刃渡り60センチメルほどの短剣を振るう。土煙のあがった位置で、剣先は空を切った。
『ヒュホォオ!』
「がはっ!?」
妙な声と同時に、少年戦士の身体が吹き飛ばされた。腹を殴られた衝撃でくの字に身を屈めたまま、背後へと。
「ア、アリウス!?」
「くっ、そぁ!」
だが、少年戦士は地面に落下する前に体勢を立て直し、なんとか着地。
「大丈夫か!?」
シノブが瞬時にフォローに入り攻撃地点に向けて剣を放つが不発。既に敵は移動していた。
「な、なによあれ!?」
リスは突然の光景を目の当たりにし、戸惑いの声をあげる。
「光学迷彩、不可視の敵!」
ペリドが耳慣れぬ言葉で叫んだ。逆にいつも最初に敵の名前を言い当てるフォルは沈黙している。
危険な未知の敵だということはわかった。
「いるのダ! 見えない……臭い、変なヤツが!」
イムが叫んだ。視線を研ぎ澄ませ、狼の耳を動かす。
「索敵で検知しています……! 二体!?」
フォルが戸惑うが、イムが違う方向を振り向いた。
「そこなのダ!」
「ぬぅん!」
ペリドが咄嗟に右腕の鎖を解き放った。
ジャララ……! と銀色の蛇のように空を舞う。
地面が弾けた。
見えない何者がか、地面を蹴って跳んだのか。
数メルの向こうで空間が揺らいだ。まるで蜃気楼をモザイク状に切り取ったような、不思議な光がまたたく。
はっきりとは見えないが、陽光と土煙のおかげで半透明の影が二体、うっすらと見えた。
『ブッ……キュフフ! いい勘だァアア……!』
不気味な声が聞こえてきた。
人語を操る敵……! 魔獣や魔物の類いではない。魔法戦士か魔法師か、あるいは別の「何か」だ。
「こいつは、想像以上に」
「あぁ、ヤバイ敵らしいな」
俺とガリューズは頷き合い、互いのパーティに視線を向けた。
すでに戦端は開かれた。
未知なる「敵」との遭遇戦が。