魂の記憶と、つながる糸
「ボロイけど掃除されてる感じだね」
「清潔感があるのは嬉しい」
思わず二人でホッとする。
宿の建物は古いけれど部屋は綺麗に掃除されていた。床はピカピカ、洗いたてのシーツに窓辺の花瓶に飾られた花。オーナーの気遣いが伝わってくる。
問題はシャワーで男女別の交代制。ひとり十分ずつと注意書きがあったのにはまいった。けれどちゃんと熱いお湯が出たのでよしとしよう。
「あ、保湿クリーム忘れてきた。……フォル、貸してくれる?」
「……仕方ありませんね」
「どーも」
「アララール様から頂いたものですから」
小瓶にはいった保湿液はいい香りがした。
見覚えがあるピンク色のガラス瓶は、庭で採れたハーブを使って手作りしたものだとアララールが言っていた。
「これ、手作りなんだってね」
「そうなのですか? 魔女様の手作り……」
フォルがしげしげと眺めている。
「らしいよ。確かブルーマロウとローズのエキス入りとか」
詳しくは分からない、でもシャンプーもボディソープも、こうしたコスメ用品もいろいろ配合を変えて手作りしているとかで、使うとどれも凄く良い。
アララールのブランドで商売ができちゃうんじゃないかと思うほど。
「髪もしっとり」
「肌も良い感じだし」
あたしとフォルは、ぎこちないながらも会話を交わす。この子とは馬が合わない感じがするけれど、二人きりの部屋でまで喧嘩して、気まずくなるのも嫌だったからだ。
気遣いのできるあたし、えらい。
「うーん。これで髪を乾かすの? 大変かも」
「簡易暖炉のほうが、髪は傷まないらしいですが」
昼間は暑いくらいの季節でも、やっぱり夜は気温が下がる。宿の部屋には本物の暖炉ではなく、簡易暖炉――魔法石が赤熱して温風が出てくるタイプ――が据え付けてあった。
「温風、温いし」
あたしとフォルはふたり並んで暖炉の前のマットに座り、髪を乾かすことにした。
フォルの髪は青みかがっていてストレート。短めのボブだから楽そう。
あたしはすこし癖があるし、長い。櫛がひっかかるし、伸ばしすぎたかも……って、そもそも最初からこの長さで人生スタートしたんだっけ。
「……髪、切ろうかな。戦う時じゃまだし」
何のけなしにつぶやくと、フォルがはっとした。
「ダメよ勿体ない。せっかく長くて……良いのに」
良い、と言った。
フォルがそんな風に思っていたなんて意外だった。
照れ臭くなって、変な笑いを浮かべてしまう。
「フォ……フォルも伸ばせばいいよ、毛並み良いしさ!」
「毛並みって……動物じゃないんですけど」
いつもの呆れたような小馬鹿にしたような顔でフォルがつぶやく。
「あれ? なんていうんだっけ」
「髪質」
「そう! それ、髪質が良い」
「フッ」
「なによ!」
「べつに」
ぐぬぬ……! って、フォルとはこの流れのほうがしっくりくる。
「……私もリスみたいに長く伸ばしたい。昔は長かったはずなのですが」
フォルは自分の毛先をつまんで眺めている。まるで遠い何処かを見つめるような瞳で。
「昔って?」
「前世。魂の記憶、リスはありますか?」
フォルの言葉に息を飲む。
魂の記憶、前世の記憶。
それなら、あたしにも少しある。
「ある! あるよ……!」
いつも無感情なフォルが、珍しく興味の色をサファイアみたいな瞳に浮かべていた。
「本当? リスはどこから? なにか覚えてる?」
フォルが覗き込むように顔を近づけてきた。
「えと……。あたしは以前、ニホンっていう国で暮らしていて……。とても大きな街で、トーキョーとか呼ばれてたっけ。空が見えないほど、建物がすごく高くてさ。人が大勢いて、空気が汚くて」
「不思議なところですね。私の知らない世界から来たのですね」
「たぶんね。大勢いるのに寂しくて……。みんな虚ろな顔で歩いていて、息が詰まりそうで……」
……あれ?
涙が溢れそうになった。
記憶の向こうに浮かぶ風景は、冷たくて灰色。あまり……思い出しても嬉しくない。
むしろ苦痛とさえ感じることに気がついた。
「リス……?」
「ごめん」
沼の底に沈んだ箱を手探りで探すような、溺れそうな、息苦しくなるような。それだけ魂の記憶は深く沈んでいた。もう、届かないくらいに。
「無理しないで」
フォルに手を触れられてハッと我に返った。
冷たくなっていたことに気がつく。フォルの指先は温かかった。
「あ……うん」
心の深い領域はもう思い出さなくてもいいや。
「私も苦しくなる、わかります」
フォルの共感がすっと胸に届いた。
同じなんだ。
あたしたちは違うけれど、似ている。
「フォルは、どこから来たの?」
「私は巫女でした」
「巫女さん!? なんかわかるかも」
物静かで感情を出さない、フォルのイメージにぴったりかも。誉めたつもりだったけれど、フォルにとっても思い出すのは苦痛だろうか。
「……人間の『運命の糸』を視る巫女でした。滅びゆく世界、¶ア∂ヌ∽∂ノすジの神殿で祈り、源なる深淵ヴォ¶§∽∂ノ神の供物として捧げられました……」
聞き取れない言葉、知らない言語の響きに息を飲んだ。供物という言葉がフォルの喉から発せられると、苦痛に顔を歪めたので、肩をつかんで止めた。
「もういい、やめよ」
「……そうですね」
「でもさ、同じなんだね。あたしたち」
「そのようです」
少しだけフォルを理解できた気がした。
あたしたちは、半分だけ血のつながった姉妹だし、似ているところもある。
それが知れただけで嬉しかった。
その夜あたしたちはいつもの調子で、たわいもない話をしながら眠りについた。
◇
翌日、あたしたちは再び西へと旅立った。
緑豊かだった風景は、いつしか乾燥して荒涼とした風景へと変わっていた。あれほど深かった森は遥か後ろで霞んでいる。
幾度かハイエナ魔獣の襲撃を退け、旅は続く。
道の両側が砂地に変わるころ、行く手を阻んだのは砂嵐と魔物サンドワームだった。
「くそ、こう視界が悪くちゃ……」
「トラさま、雲と風の動きからみて、砂嵐はやがて止みます。しばらくここでビバークを」
「わかったぜ」
フォルの状況判断は正しかった。
砂嵐は次第に収まってきた。けれど魔物にとって脚を停めた馬は格好の的だったらしい。
「きゃわぁ!?」
馬の横に立って世話をしていたイムが悲鳴をあげた。引きずり倒されて尻餅をつき、引きずられてゆく。
「イムッ!」
「脚に何か絡んだのダ!」
それは大人の腕ぐらいの太さの触手、縞々模様のミミズみたいなヤツだった。
「竜闘術を!」
「放せ……なのダっ!」
イムは爪の竜闘術で蹴り飛ばすように切断することに成功した。ビチャリと粘液を散らしながら切断された極太のミミズが跳ねる。
「うっわ、気持ち悪っ!」
「変な臭いなのダー!」
「大丈夫!?」
涙目のイムを助け起こす。触手の触れた箇所が赤く爛れている。
「それは砂漠ウニミミズ! サンドワームです!」
「え? 砂漠のウニ? ミミズ!?」
どっちなんじゃい。砂漠のあちこちから触手がウネウネと生えてきた。
気持ち悪い! これは無理なやつだ。
「触手で全身を絡まれたら終わりです、麻痺毒でしびれさせ砂に引きずり込まれて……養分を吸い取られるらしいです」
「俺も無理だわコイツ、関節ねぇんだよ!」
トラは早々にギブアップ。頼りにならないんだからもう!
びしゅ、びちゅる! と茶色いミミズみたいな触手が襲ってくる。
「ぎょわぁ、キモいのダ!?」
「マジ最悪なんだけどっ!」
動きは速くないの避けてかわす。
竜闘術でけり飛ばし、イムは爪で粉砕するけれどキリがない。
「もぐら叩き! 各個撃破!」
ペリドも参戦し踏み潰すが、サンドワームに手足を絡まれた。
「しょ、触手プレイ……!? うおっ、束縛、おほうっ……!」
ペリドはどこか嬉しそうでアテにならない。
「暴れるな、どうっ! どおうっ!」
トラは馬が暴れるのを御するので手一杯。
戦闘可能なのはあたしとイム。冷静なのは馬車に残っているアララールとフォルだけだ。
「砂漠ウニミミズは、ウニのような地下茎が本体で、触手はイソギンチャクのようなものらしいです」
「フォル! 解説はいいから! 本体がどこにいるのか見えない!?」
「私の竜闘術で索敵中……」
「フォルの魔力探知を、能力増強してみるわね」
アララールがそっとフォルに触れた。目を閉じて両腕を突きだして気配を探っていたフォルがカッ! と目を見開く。
「――視えた! そこです! リスの右斜め前方四十五度! 2メル先の地中50センチメル!」
「そこかぁああっ!」
あたしは跳ねた。十本近い触手の波状攻撃を飛び越えて、上空へ。
「キモキモ触手、退治するのダ!」
イムが次々と触手を破砕、道を切り開く。砂漠の柔らかい砂の奥に本体がいる。あたしの竜闘術だけで通じる?
届かなければ意味はないんだ……!
「ぬぅうん! 近接支援! くらぇ竜闘術竜尾突破!」
「ペリド!」
ペリドが回転しながら両腕の打撃で、砂の地面をえぐりとった。おかげで地下に蠢く塊が見えた。
不気味な極太ミミズの本体が。
「リス! 左後方注意!」
「っとぁ!?」
空中の背後から触手が襲ってきていたことに気がつかなかった。フォルのおかげで回避できた。
「サンキュ、フォル!」
触手を逆に利用し、蹴飛ばし加速する。
「くらぇ! 竜闘術!」
赤い牙の輝きを脚に宿し、ドリルキックを叩き込む。
『ビチュルァアアアアア!?』
砂に潜り逃げようとしていたサンドワームの本体が盛大に爆散した。
「やった!」
「やったのダ!」
「協力一致、完全撃破」
「やれやれです」
あたしたち姉妹は互いに拳を突きだし、健闘を称えあった。
「なんだか、おまえら連携が良くなったな」
トラがぽかんとしつつ微笑んだ。
そして――。
あたしたちはついに西の古代都市、セイナルノへと到着した。




