金は天下の回りもの
◇
「うんっ……まぁぁあい!」
何これ、美味しすぎる!
じゅわっと肉汁が溢れ出す。塩とスパイスが味を引き締める。香ばしい焼き加減、間に挟まった玉ねぎの甘味と風味が、絶妙なハーモニィを奏でる。
串焼き肉、最高っ!
「ヒツジのお肉、美味しいです。……リスが首をへし折ったデスヒツジの親戚でしょうか」
「思い出させないで!」
意地悪な笑いを浮かべるフォル。なによもう。
あたしたちは村に到着してすぐに宿を取り、宿のご主人おすすめの食堂へと繰り出した。
あたしは魔獣デスヒツジとの死闘でお腹はペコペコだったし、美味しいご飯にありつけたのは嬉しい。
「良心の呵責はあるのですね」
「別に。これは可愛いヒツジじゃん。戦ったヤツとは別物だし」
観光牧場でヒツジと戯れた後にジンギスカンを食べる感じ。あれ、ジンギスカンってなんだっけ?
「流石のメンタルです」
感心しているんだか呆れているんだかわからない表情で、フォルも串焼き肉を頬張る。
もしかして、フォルはあたしに絡みたいのかもしれない。
「んーっ! 美味しいのダ!」
「串焼き肉で贅沢三昧、乾いた軍用糧食とは比べ物になりません」
イムもペリドも美味さに感動している。
テーブルの上には焼きたての串焼き肉が山盛り。他にも野菜の串焼きもある。どれも新鮮でとても美味しい。
トラが「十人前!」と頼んだけれど、ぜんぜん余裕で食べられそう。
「っぷは。……ここラムズホーンの村はよ、羊の飼育が盛んでよ。肉もチーズも美味いんだぜぇ……」
「それはさっきも聞いた」
トラは上機嫌でエール酒のジョッキを飲み干した。
「お姉さん、もう一杯!」
あいよ! と、威勢のいいオバさんの声が響く。
「さっきから何杯目?」
「いーじゃねぇか、これぐらい。リスも固いこと言うなよ」
顔がほんのり赤い。すっかり酔っ払いのオッサンだわ。
「……トラくん、子供達の教育に悪いから、ほどほどにね」
「おうっ!」
キラキラした瞳で背筋を伸ばす。気持ち悪っ。
酒癖が悪かったら嫌いになるけど、トラは陽気になるタイプ。それに酔うほどにアララールにべったり、素直で従順になっている気がする。
「あれ……すげぇ美人」
「他は娘……じゃねぇよな?」
隣のテーブルの男性グループが、時々ちらちらとアララールのほうを気にしている。美人だから仕方ないわよね。トラの見た目は怖いので、声はかけてこないけど……。
他にも旅人は何組かいるみたいだけど、あたしたちのテーブルはアララールと姉妹で、ことさら華やかに見える。
「エール酒大ジョッキ、おまち!」
「ありがとよお姉さん」
「やだよこんなババァに。しかしお兄さんも隅におけないねぇ。まるで野獣と美女だね。美人の奥さんに……娘さんたちかい?」
「あぁ! 家族さ、最高だろ、へへ」
「まぁまぁ、みなさまもごゆっくりー!」
トラはなんだか楽しそう。
あたしたちも美味しい食事にありつけて、ほっと一息。串焼きを食べながらおしゃべりに興じている。
ここはラムズホーン村に一軒だけの食堂兼酒場『羊ドリーム亭』。
串焼き肉に調理される羊にとっては悪夢だろうけれど、店内はとても盛況だ。
十卓ほどある丸テーブルは全部満席で、給仕さんが忙しそうに注文に応じている。
香油ランプに照らされた店内は、夕方なのにすでに夜の雰囲気。お酒を飲んで肩を組み、歌い出しているグループもある。
おかげで、トラの大声もあたしたちの笑い声も混じりあって気にならない。
「……賑やかなのは変わらないわね。この綿織物も昔のままね」
アララールは懐かしそうに目を細めた。
「あの、昔って……いつですか?」
「えーと、3百年ぐらい前かしら」
「そ、そうですか」
アララールの話は本当なのか冗談なのか。フォルが唖然としているのが可笑しい。
肩には真新しいブランケットを羽織っていて、嬉しそうに引き寄せる。
村に着いたとき、綿織物の商店で、トラが買ってあげたものだ。
大きめのブランケットで羽織ってもよし、馬車での寒さ避けにしてもよしで丁度いい。
いいなぁ、柄も可愛いしあたしも欲しい。
「っていうか、トラ。羽振りがよすぎない?」
「ん?」
ちょっと顔つきが変わった。
余計なことを言っちゃったかも……と焦る。あたしも欲しいな! なんて甘えれば、得ができたのかもしれないけれど。下手くそで可愛くない……。
するとトラは不機嫌になるどころか、真面目な顔になり、
「金は天下の回りものだからよ」
「そ、そうだけどさ」
エール酒のジョッキをテーブルに置くと、あたしたちをゆっくりと見回した。
「それで実は、考えてることがあるんだ」
「な、なに?」
「……何か?」
「トラのあるじ?」
「作戦提案でしょうか」
「この旅が終わったらよ……」
あたしはそのフレーズに心臓がきゅっとなった。期待というより、聞くのが怖かった。ようやく掴んだ何かが、手のひらからこぼれ落ちてしまいそうな。変わってしまいそうな、そんな予感がしたから。
トラは真剣な眼差しであたしを見つめ、
「リス、それにイムとペリド。なんならフォルも。おまえらをちゃんと学校に通わせてやりてぇんだ」
「「「「えっ!?」」」」
同時に声をあげたと思う。それくらい驚いた。
この国にはいくつか学校があって、魔法学校が有名だけど、他にも剣術、戦術、歴史、薬学、庶務……と、さまざまな学校、学舎がある。単独校だったり複合校だったりさまざまだけど、学位の取得には数ヵ月から一年程度かかる。
魔法と剣術は実力主義で入学金は免除だけど、他は庶民では払えないような額のはず。
「しかし、トラさま。私たちは既に読み書き、計算に関しては王立庶務学校(※普通科の意味)レベルはプリインストールされています。私の場合はそれに加え、地方言語学、神学、魔法学、歴史学、薬学……」
どう? と言いたげなマウント感溢れる視線を向けてくるフォル。
「あ、あたしだって、読み書きはもちろん、計算……分数と少数点ぐらいなら大丈夫。うん」
「生き物の生態や弱点には詳しいのダ。こうみえて意外にインテリなのダ!」
「兵員の数と必要補給物資の計算、矢の弾道計算ぐらいは可能です」
「なによ、みんな意外に頭いいじゃん」
今さら学校とか要らない気がする。
「……いやな、俺が言うのも何だが、学問……教養ってのは大事だぜ」
「大丈夫トラ!? やっぱり飲みすぎじゃ」
茶化そうと思ったけれど、あまりに真面目に言うものだから、そこはこらえた。
アララールにも相談済みなのか、面白いものでもみるような顔で黙って耳を傾けている。
「……俺が若いころはよ、冒険したい、強くなりたいって夢があった。世界を旅して、強いヤツと戦って名を馳せたい……なんてな。でも……いつか限界がくらぁ。この年になると日銭稼ぎすらままならねぇ。魔法師、ラグロースの野郎から預かった金はありがてぇが、あれは……リス。おまえらが居たからもらったようなものだ。預り金さ。ラグロースは俺に……お前らの面倒をみてくれと、未来を託したんだよ」
「トラ……」
「トラさま」
「トラのあるじ」
「トラ軍曹……」
「使い道も思い浮かばねぇからな。せいぜい、こうして良いものを食うくらいさ。だがよ、フォルの賢さと聡明さに驚いたよ。やっぱ学問てぇのは大事だなって思うぜ」
「それほどでも……ありますが」
フッと微笑んで髪を整えるフォル。
「アンタ、トラに何をふきこんでんのよ」
「おまえらには幸せになってもらいてぇ! 手に職がつくような、何か……役に立つ資格がとれる学校に入れてやるぜ! 特にリス! お前だよ」
トラがぐわっとエール酒を飲み干す。
「あ、うん……ありがとう」
なんであたし?
一番将来が不安げにみえるのかな?
イムやペリドよりも?
すると話を聞いていたのか、隣の髭のおっさんがガタッと椅子から立ち上がった。
「偉い……! 見直したぜアンタ! てっきり極悪面の奴隷商人だと思ってたが……違うんだな!」
奴隷商人て。
「あたぼうよ兄弟!」
「娘さんたちを大事にしてやんな! 今夜はおごるぜ兄貴!」
がっ! とジョッキをぶつけあう。
あぁ男の人ってバカなんだなぁ。
「ぷっ、極悪顔の奴隷商人」
フォルが笑った。
「すみません。つい」
「そういう笑いが大事よ」
トラはさらに三杯ほど飲み「一晩中飲むぜ!」と言い出した。
そこでアララールのストップがはいった。
「……そこまでにしましょうか、トラくん」
「はい」
すごい。
いくら酔おうが、アララールの声はトラの頭に直接伝わるんだと、あたしたちは感心した。
明日も早いし、皆で宿にもどることにした。
宿は村の中心に程近い旅のお宿。ツインの部屋を三つ借りたのだけど……。
ひとつ問題に気がついた。
「部屋割り、どうしよっか?」
「オラ、トラのあるじと寝たいのダ! 大きい身体にぎゅって」
イムが無邪気にトラに抱きついた。尻尾をぶんぶん振っている。
「おうおう、いいぜ!」
トラは酔っているので上機嫌で安請け合い。それはそれで問題でしょ。
「イム、ダメよそれは……アララールんだから!」
「えー?」
首根っこを掴んで引き剥がす。そういえばイムは夜は変なテンションになるんだっけ……。
「ほ、捕虜として拘束、部屋に連行していただきたいのですが!」
ペリドは手にロープを持っていた。いつの間に。
「ペリド、アンタも酔ってるわけ!?」
変な性癖丸出しじゃない。
「だっこして寝たいのダー!」
「あーもう、仕方ないわね……。ならペリドがいいわ。抱き枕代わりに」
「なるほど犬耳拘束……それはそれで」
「おー! ペリ公に抱きつくのダ!」
「おふぅ……! もふもふ尻尾に犬耳、お日様の香り。一晩中でも抱ける……!」
ペリドとイムをくっつける。ちょっと危なっかしい感じもするけれど、なかなかお似合いの二人だわ。
「うふふ、トラくんは私とね」
「はい」
当然、アララールとトラは同室で。
これでよし……じゃないわ!
「……リスと同室ですか」
「しまったぁあ!?」
こうして、あたしはフォルと同じ部屋で寝ることになった。




