激闘、魔獣VSリス
水場で小休止をしてから、あたしたちは再び出発した。
「リス、トラ! なにか来るのダ!」
「えっまた?」
十五分も進まないうちにイムが前方を指差した。
「な、なによアレ?」
今度は別の魔物と出くわした。
「魔獣か」
馬車の行く手を遮るように出現し、明らかに馬を狙っている。
『メゲェエ……!』
四足の獣で馬より一回りは小さいけれど、かなり大きい。全身は白いロン毛で覆われていて筋肉質、頭からはぐるぐる巻きの二本の角が生えている。
耳まで裂けた口に赤く光る4つの目玉。
蹄で威嚇するようにザッ! と地面を蹴っている。
「あれは魔獣デスヒツジ。図鑑で見たことがあります」
客車からフォルが言った。実戦経験のない知恵袋役は、自分は戦いませんと顔に書いてある。
「さすが頭でっかち」
「リスは食べられてください、あれみたいに」
フォルが半眼で指差した。
よく見ると、デスヒツジは口に何か咥えている。血だらけのゴブリンだった。さっき逃げていったゴブリンの一匹か、既に噛み砕かれて死んでいる。
「って、ヒツジって草食じゃないの!?」
ていうか、牙がある時点で肉食でしょ。
「ほ、捕虜の殺害は国際法違反では!?」
「魔獣は法外のアウトローかと」
ペリドにフォルがツッこみを入れるのを尻目に、あたしは敵から目が離せなかった。
すごい殺気。
一瞬でも目を離したら飛びかかってくる。馬をやられたら旅ができなくなっちゃう。
「魔獣デスヒツジか。……やっぱウチのが引き寄せてんのか?」
トラは小声でつぶやいた。アララールが魔力をセーブしていても、魔物が寄って来ちゃうという意味だろうか。アララールは困ったように微笑んで「あらまぁ」と、フォルと顔を見合せている。
「ちなみにアレの肉はうまいぜ」
「食うか食われるかなのダ!」
「あんたたちね……」
あたしが悩んでるのに、なんなのよ。
「このエリアは魔物の生息密度が高いようです。早急に離脱することを推奨します」
「フォル、そういうことは早めに言いなさいよ!」
さっき水場でのんびりしちゃったじゃないの。
あたしは馬車の御者席から飛び降りた。
こうなったら戦って倒す、排除するしか無い。
「リス、相手は獰猛な魔獣だ、気を付けろ」
「わかってる!」
ナックル付きの革製グローブを打ち鳴らし、身構える。トラはあたしに任せてくれるんだ。
「オラも!」
「ステイ! イムはそこで待機!」
待て、ハンドサインでイムを押し留める。
「リス、ひとりで大丈夫なのカ!?」
「イザってときにはバックアップしてね、イム」
「わかったのダ!」
正直、ゴブリン戦のフラストレーションを晴らしたい。さっきは不完全燃焼。もっと手応えのある相手がほしかったとこ。
『メゲェ……!』
四つの目玉でガンを飛ばしてくる。ヤンキーかお前は。魔獣デスヒツジ、やってやろうじゃないの。
「あっ、いけねぇ。映像配信するの忘れてたぜ。ギルドから言われてたんだよなぁ……」
「トラ、それ嫌いだったでしょ!?」
「仕方ねぇだろ。ギルドの連中、リスが戦うシーンを見せねぇなら協力しねぇとか言いやがるし」
トラのバカ。断りなさいよそんなの。
「もう、好きにすれば」
「さっきのゴブリン戦は残虐すぎて、王政府検閲で引っ掛かるぜ。ほどほどにな」
「しらないわよ!」
トラは面倒くさそうに御者席で水晶玉の嵌め込まれた小箱を持ち上げた。
魔法通信具と魔導映像記録石だ。
戦闘の様子を配信する「ギルド討伐ライヴ配信」はもう当たり前みたいだし、おこづかい稼ぎになるとも言っていた。気にしないことにする。
「いつでも参戦可能!」
「オラも!」
ペリドとイムは馬車から飛び出せる態勢で、あたしの戦いを見守ってくれている。
『メゲェエエエ……!』
ザッ、ザッ……! とデスヒツジが蹄で地面を蹴り、鼻息を荒くした。ぺっ、とボロ雑巾のようなゴブリンの死骸を吐き捨てる。
ふてぶてしい様子といい、並みの魔獣じゃないのを肌で感じる。
睨み合ったまま、じりじりと円を描くように互いに右回りに移動する。
体重差は優に三倍以上。
体重の乗った突進力は破壊な威力があるだろう。
真正面から突撃されたらひとたまりもない。
拳と蹴りでどうこうと、戦いの理屈を考えてもしかたない。最初から全力でスキルを使う!
「はぁ……あああっ!」
気合いを込めてイメージする。身体の中心にあるみえないマグマみたいな熱い力。それを練り上げて全身を駆け巡らせる。
そして拳に集めると竜闘術の赤黒い輝きが宿った。
「最初からスキルを使うつもりなのダ!」
「出し惜しみは無しってわけか」
『メゲェアァアアア!』
デスヒツジが咆哮、周囲の森の梢や枝葉がビリビリと振動したかと思うと、ヤツの背後の地面が破裂した。
四つ足で爆発的に加速、一気に間合いを詰めてくる。
「リス!」
トラや皆が叫ぶけれど、大丈夫。
集中すると、静かなスローモーションのような視界に変わる。直線的な相手の動きが見える。
「はっ」
あたしは冷静に寸前でステップを踏んで避けた。そして右に身体を捻り、そして。
――竜闘術、噛砕牙!
火炎のような光を纏う右のフックを放つ。
軸足を中心に上半身を右に捻り、デスヒツジの向かって顔の右側面に叩き込んだ。
『メブッ!?』
インパクトの瞬間に花弁が開くように赤い光が開き、刹那の時間に牙となり咬み砕く。
衝撃と同時にデスヒツジの身体がブレた。
あたしは拳を叩き込んだ勢いを利用し、数歩の間合いをとった。
「やったのカ!?」
イムが叫んだ。
「いや、浅ぇ」
トラの言うとおりだった。デスヒツジはよろけながらも倒れなかった。首をブルル……と振り、こちらに体の向きを転換した。
左側面、向かって右の顔がどす黒い血で染まっていた。目もつぶれている。
それでも魔獣の闘争心、ヒリつくような闘気は衰えていない。
『メグェェエエエエ!』
「上等!」
間髪おかず、あたしは間合いを詰めた。今度はこちらから仕掛ける。脳天を噛砕牙でぶち割ってやる。
拳に噛砕牙を纏わせて、上から叩き伏せるような右ストレートを放つ。
デスヒツジが身を低くして身構えた。黒い気迫が高まるのを感じる。さっきとは違う動き。
回転――!?
『ミメェァメゲ(ヒツジ・デッドホーン)!』
回避できない間合いのタイミングを狙っていたのか。射程不明の戦闘スキル回転頭突き!?
「しまっ……!」
構わず拳を叩き込む。回転の中心、脳天を貫通してやれば、あたしの勝ちなんだから。
『ミグェェエエエエ……!』
衝撃が全身を貫いた。認識が追い付かない速度で視界が反転。天地が逆さまになり、ぐんぐんとデスヒツジから遠ざかる。
弾き……返された!?
「がはっ……!」
平衡感覚を失う。右拳のグローブが裂け、血が軌跡を描きながら空中を舞うのが見えた。
――リス!
トラやみんなが叫んでいる。
このままだと立ち木に激突する――やばい!
「ド……竜闘術!」
まだ漲るパワーが循環している。集中を切らすな、意識を保て……!
心臓の鼓動と共に竜闘術のパワーが駆け巡る。歯を食い縛り、拳を握る。
おかげか頭が冴えた。
世界がまるで晴れ渡ったみたいに視界が開ける。
自分の回転速度、飛ばされた方角、そしてデスヒツジとの相対位置。それらを瞬時に把握できた。
「っく……そ!」
速度を活かしつつ、姿勢を変え空中で身をひねる。そして、激突寸前に立ち木の幹に両足で着地。
「――っ! うらぁああっ!」
両脚で踏ん張り、駆け巡る熱いパワーを込めた。幹を蹴りつけ、斜め上方さらに高く跳ぶ。
『メゲェ!?(なにィ!?)』
デスヒツジは真上に跳んだあたしを見失った。太陽より降り注ぐ陽光で目が眩んだらしい。逆にこっちは位置関係を克明に把握できる。
デスヒツジとの重量差は三倍以上。ヤツはさらに回転を加えてぶつけてきた。真正面からじゃ勝てるわけがない。
だったら、あたしは二倍の高さに跳んで、放物線の頂点で前回転。二倍の回転を加える。そして落下エネルギーを加算、噛砕牙の光を……左の膝に集中させる!
「たぁ、あああああああっ!」
『メメェ!(上か!)』
デスヒツジが回転頭突きの体勢に移行する。だけど、対空目標への対処が遅い。
叩き込むのは、高さと体重を加えた荷重攻撃。狙うのは――頚の骨!
延髄に膝蹴りを叩き込む。
『メギョ、ァアア!?(バカなぁあああッ!?)』
落下の加速を加えた膝蹴りの衝撃と、あたしの体重による圧力で四つ足が折れ、姿勢を崩す。デスヒツジは顔から地面に押し潰された。頚の骨に力が集中する瞬間、膝で赤い牙を炸裂させる。
「くらえ噛砕牙――断頭台!」
『メグボァッッ……!?』
ドラゴンの大顎を思わせる光の牙が、デスヒツジの頚を咬み砕いた。
手応え、じゃない脚ごたえあり。
デスヒツジは白目を剥いて絶命。やがてズ、ズゥゥウン……と巨体が崩れ落ちた。
あたしは静かに立ち上がり、みんなに向けて親指を立てた。
「どうよ!?」
「す……すごいじゃねぇかリス! 自分流の闘いかたをマスターしやがったな」
「えへへ! まぁね」
もっと誉めていいのよ、トラ。
「リスのあるじ! すごいのダ!」
「見事な逆転劇、完全撃破です!」
「まるで野人ですね、やばいです」
姉妹達も口々に誉めてくれる。いやフォルはあとでしばくけど。
と、デスヒツジの口からゴロリと大きな青黒い魔石が転がり落ちた。
「わ?」
骸がシュワシュワと煙を噴出しながら小さくなってゆく。みるまに干からびたヒツジのミイラと化してしまった。
「あーあもったいねぇ。肉を食いたかったのに」
「魔石のせいでああなっていたの?」
「ヒツジが魔石を飲み込んだんだろうぜ。それで魔獣になっちまった」
目玉も二つに戻っていた。もしかして喉のどこかに魔石がひっかかっていたのかも。
「そうなんだ……」
なんだか可愛そうなことをしちゃったかも。
成仏してね、デスヒツジ。
あたしはちょっとだけ祈りを捧げた。
強かったものへの敬意。魔物とは違う、生き物への追悼の気持ちが自然とそうさせた。
「さぁ旅をつづけましょう」
「えぇ」
フォルに言われるまでもない。再び進み始めたあたしたちは、ほどなく森を抜けた。
そして小さな村へとたどり着いた。




