リスと姉妹たちの旅路
◇
あたしたちの旅がはじまった。
最後の姉妹、1号を取り戻す旅が。
そんでもって1号は、アララールのお姉さんの生まれ変わりらしい。彼女の血があたしたち姉妹の原材料(?)になっていて……でも親子ではなくて。
んー?
ちょっとややこしい。
でもハッキリしているのは1号を取り返し、連れ去った魔法師リューゼリオンをぶん殴るってこと。
「とにかく見つけ次第、ボコればいいのよね!」
「さすが俺の弟子だ、いい具合に頭に筋肉が詰まってきたな」
御者席で手綱を握っているトラが、前を見つめたまま鼻で笑う。
「もう何よトラ」
「いいか、人質がいるのを忘れるなよ。慎重に交渉しながらうまくやるんだ」
「そんなのわかってるし!」
「頼むぜリーダー」
トラのバカ。あたしだって作戦ぐらい考えてるもん。
太陽はかなり高くなっていた。
ちぎれ雲が浮かぶいい天気。暑くも寒くもない程よい季節。
トラの家を出発しておよそ二時間ほど。
二頭立ての馬車は、雑木林の中の道を進んでいる。小鳥がさえずり、小さなトカゲみたいな翼竜が飛んでゆく。それに見たことない生き物も飛び出してくる。
あたしたちが向かっているのは、西の古代都市セイナルノ。
およそ西へ50キロメルほど進んだ、砂と荒涼とした大地に囲まれた小さな街だ。
そこに魔法師が潜伏している。
トラは先日、ギルドにお金を払い『魔法師の身柄確保』と『人質救出(女の子)』のクエストを依頼していた。名の知れたトラからの依頼で報酬もよく、政府系の大物がスポンサーに付いているという噂も流れた。それで応募が殺到したらしい。
最終的にギルマスさんが派遣を決めたパーティは二つ。
対人戦闘が得意なAランクパーティ『やったか!?禁句』と、以前一緒にクエストをこなした『祓い屋ムドー』たちだ。またハッピィリーンさんと一緒に冒険できるのは嬉しい。
つまり、あたし達『トララール血盟一家』を加えた、3つのパーティが協力し、作戦を遂行することになるみたい。
「他のパーティ連中とは現地で合流だ。魔法師リューゼリオンが潜伏しているアジトを包囲して、まずは交渉。ダメなら戦闘だ」
「意外とマジメなのね」
「相手は言葉の通じる人間だ。無駄な血は誰も流したくねぇよ」
「ふーん」
あたしが不満げな顔をしたように見たのだろうか。道の轍に注意しながら、トラは少し説明をつけ加える。
「相手は魔物でもなけりゃ、お尋ね者の賞金首でもねぇ。魔法師ラグロース・グロスカの弟子で、個人的な私怨による逃亡者だ。その身柄確保と人質奪還だからな、表向きは」
「表向きはって、どういう意味?」
そもそも相手は一人なのにちょっと大げさな気もする。
トラは何を警戒しているのだろう?
しばらくの沈黙があり、そして。
「ラグロース・グロスカから魔法通信で得た情報では、現地でリューゼリオンを支援する組織があるらしい。国外に逃げるでもなく、そこを拠点にして何かを企んでやがる」
「あ、だから警戒して3つのパーティで向かうんだ」
相手も魔法師ひとりじゃない可能性があるわけね。
トラは「それもあるが」と言いながら三本の指を立てた。
「突入、支援、退路の確保。これで最低3パーティ。ダンジョン攻略のときと同じさ。一つのパーティで突っ込むバカがいるかよ」
「そっか……!」
これはトラの経験からくる編成なんだと納得する。
あたしはちょっと感心して、トラを見直した。
ごつい身体に狼みたいな鋭い視線、愛想のない怖い顔。白髪も何本か交じる髪のオッサンだけど、クエストの経験は誰よりも豊富なんだものね。
「トラのあるじー、お腹が空いてきたのダ」
「さっき朝飯だべたばかりだろ……」
「あはは」
アララールの家を出てから2時間ほど。
あたしたちは雑木林の中を進んでいる。
森の中を貫く街道を通り抜け、大河スイリューンを渡り、荒涼とした土漠地帯を抜ければ目的地のセイナルノ。
ここからは一泊二日。
今夜は途中のちいさな村で宿を取り、明日の朝一番で現地に乗り込む。
不思議とあたしの頭の中には、王都周辺の地形図と、街のイメージが浮かんでいた。
言葉と同じで、生まれる段階で初期設定された知識なのだろう。
「……しばらくは町も村もありませんね」
フォルも地図を見ずに言った。同じような知識があるのだろうか。
「少し進んだところに川があるはずだから、そこで小休止しましょ。持ってきたものでおやつでもたべようか」
「賛成なのダ!」
「作戦行動中は戦闘糧食と水で」
「おまえら意外と地理には詳しいんだな? そういやリスも街の事知ってたもんな」
トラが少し不思議そうな表情で眉をもちあげた。
と、向こうから一台の馬車がやってきた。
二頭立ての馬車で、御者席には男の人が二人乗っていた。
一人は手に抜身の剣を持っているのが見えた。血がついている。幌付きの客車はこちらと似たようなタイプだけど、数人の人影も見える。
「トラ!」
「あぁ」
あたしとトラは警戒し速度を落とした。トラが慎重に馬を操る。
互いにぶつからないように避けてやりすごす。
「おーい! あんたら、この先へは行かんほうがいい!」
「危ないぞ! 魔物の群れが待ち伏せしているんだ!」
向こうの御者席にいた男の人たちが声をかけてきた。真剣な様子で、顔は青ざめている。
「大丈夫か、怪我人は?」
「いない、なんとか……全力で逃げ延びてきた」
「積荷をかなり投げ捨てて……なんとか」
「森のオークとグリーンゴブリンの群れだった。十匹以上はいた……」
相手の客車には女の人と、ちいさな男の子の姿が見えた。家族だろうか。
馬も傷ついていて、血を流している。
男の子が不安そうに、あたしを見つめていた。
「怖い目にあったニオイがするのダ」
イムが言うとおり、魔物に襲われ命からがら逃げてきたんだ。
それでも心配して親切に声をかけてくれた。
きっと向こうからは、こちらの馬車が女の子だらけに見えたのだろう。
「わかった……! 教えてくれてありがとう。ここからの道は安全だ」
トラは相手に礼を言い後ろを指差す。
そして馬に鞭を軽く入れた。
「お、おいっ!? 行くのか、危ないと言っただろ!」
「あんた達、やめといたほうがいい……! 二キロメル手前に分かれ道があっただろ? そこまで戻ったほうが……!」
「ありがと! 気をつけてね!」
あたしは振り返って手を振った。
馬車が加速すると、すれ違った馬車はあっというまに見えなくなった。
「トラ!」
期待を込めてトラに視線を向ける。
トラはニッと口元に笑みを浮かべ、
「俺たちの小休止を邪魔するなら排除するまでだぜ」
戻って迂回路を進めば、安全な道だ。王政府の戦士団が巡回する道だったはず。けれど半日、さらに到着が遅れてしまう。あたしはその道をゆく選択肢はない。
「魔物がいるのは嫌なのダ……」
イムがしゅんと耳をたたむ。ちょっと怖がっている。
「心配ねぇよ、俺たちが一緒なんだから」
トラは大きな手でイムの頭を優しく撫でた。
「おー」
「……火中の栗を拾うのですか。誰にも頼まれていませんが」
「そうね。でもトラくんは進むわ」
フォルの言葉に、ソファに座っていたアララールは言った。
さっきの馬車に乗っていた小さな男の子の不安そうな顔が思い浮かぶ。
旅人が危険にさらされるのを放っておけない。
「あたしたちで魔物をやっつけちゃお!」
「障害排除は賛成です」
「ふふん……腕試しよ!」
あたしたちのパーティの戦いの練習台になってもらうんだから。




