いざ出発! トラリオンの新パーティ
◇
「本当に一緒に来るのか、アララール」
「えぇ、体調もいいし。一人で留守番するより、トラくんも安心でしょ?」
「まぁそれは……そうだが」
アララールも旅に同行すると言い出したときは驚いた。
ここ何年も家にばかりいて、家の周囲の森を散策する程度で、出歩くことなど無かったからだ。
リネン生地の白地のワンピースに腰ひも、サンダル。アウターとしてフード付きの淡い紫色のロングカーディガンを羽織ると、すっかり旅装束の魔女だ。
「この家から離れると、私は攻撃魔法を使えないの」
「そうなのか?」
「けれどトラくんたちの足手まといにはならないつもり。少なくともリスたちの力にはなれると思うわ」
「一緒にいてくれるなら、それだけでみんなの励みになるだろうぜ」
とはいえ少々危険な旅でもある。
ギルドから魔法使いを雇うつもりだったが、それは別動隊に任せる。俺たちのパーティに魔法のプロであるアララールが加わってくれるなら、最強だ。
「家族でのお出掛け、楽しみだわ」
アララールは上機嫌だ。俺の腰も診てもらえそうだし何かと安心だぜ。
「気軽だなぁ」
「何か持たないと様にならないわね」
アララールは庭先で薪用に切り折っておいたニワトコの長い枝を手にすると、簡単な杖をこしらえた。
「これでよし」
「魔法の杖か」
「うん。魔法の対象を絞るときに便利なの。……姉のリュリオルの血が、あの子たちに流れているなら、一時的に力を活性化してあげられると思うし」
「そんなことができんのか?」
「こんど試してみましょ、リスで」
「そいつあ心強ぇが」
バフ、能力向上の魔法ってやつか?
以前どこぞのパーティで魔法使いが使っていたっけ。戦士を一時的に元気にするやつだ。
ニワトコの杖の感触を確かめている。あんなにワクワクした様子の顔は久しぶりだ。
アララールは「魔法回路の修復も目処がついた」と言っていた。少なくとも先日の襲撃の際に見せた攻撃の魔法といい、それなりの魔法が使えるようになったのだろう。
「アララール!」
「遠征部隊、施設作業完了」
「馬車に特等席をつくったの、見にきて!」
リスとペリドが、ノコギリと金づちを抱えて戻ってきた。納屋で音がしていたが、馬車の客室を改造していたらしい。
「まぁ! それは嬉しいわ」
「来てよアララール、こっち!」
アララールの手を引いてゆく。
「まぁまぁ?」
リスの服装は以前買った革製のジャケットと、短パン。指出しのナックルつき革手袋、それに補強されたブーツか。露出した腕や脚には、膝や肘などを護るための簡易プロテクターを装備。うむ、なかなか冒険者らしい服装だ。
ついて行くと二頭立ての馬車の客室が改造されていた。進行方向からみて後ろの方に、一人がけのソファー椅子が取り付けられている。赤いビロードの布まで掛けてあった。
「って、ありゃ俺の部屋の椅子じゃねぇか!?」
「そうだよ」
「そうだよじゃぇよ! リス、あの椅子は腰が楽なんだよ!」
お気に入りだし高かったんだぞ。
「だからアララールの専用席にしたの。いけなかった?」
リスはあっけらかんと笑い、ポニーテールに結った髪を振り払った。
ぐぬぬ、このガキ。
「おまえなぁ……」
「まぁ素敵! 上手ね、私も楽だし嬉しい。ありがとうリス、ペリド」
アララールは二人を思いきり誉めて、軽くハグ。頬をすりすりと触れあわせる。
「えへへ!」
「恐悦至極」
「くそー、俺の椅子が」
ソファにアララールが腰かけると、客室の一段高い位置で見下ろす格好になる。まるで女王様だ。
その左右にはベンチ式の簡易椅子。そこにリス、イム、ペリドにフォルの四人娘が座る。ずらりと並ぶとまるで眷属だ。でもって、俺が御者席……?
「魔女と眷属と従者みてぇだぜ」
今更ながら、新しいパーティのバランスの悪さに思い至る。
「トラのあるじー」
「……準備できました」
そこへ、準備を終えたイムとフォルがやってきた。
イムの服装はへそ出しのビキニタイプの上着とジャケット、ハーフパンツにサンダルばき。防御が不安だが、動きと素早さ重視だから仕方ない。
対してフォルは、お嬢様が散歩するみたいなヒラヒラのついたブルーのカジュアルドレス姿。
――戦闘では私、後方支援と作戦参謀を引き受けます
澄まし顔で言っていたので仕方ねぇ。もはや何も言うまいが、後衛だ。
それぞれ大きな荷物の詰まった風呂敷包みと、パンパンに膨らんだリュックを背負っている。
「ちょっと! その荷物は何よ、イム、フォル」
リスがめざとくツッ込みを入れる。
「えーと、お菓子とドライフルーツと干し肉とパンと……チーズと小麦粉と……いろいろなのダ!」
「多すぎ! 現地調達できるんだから減らしなさい」
「うー?」
「……私は日用品。コスメ用品、着替え各種、それと暇なときに読む本を十冊ほど」
「クエスト舐めすぎ! そんなに暇じゃないから!」
リスはツッこみが板についてきた。リーダーとしての資質も十分そうだぜ。
「……戦闘とか、返り血とか無理なので」
感情を表に出さないフォルがしれっと言う。
「あんたねぇ……。ペリドを見習いなさいよ」
「ぬん! 戦闘準備、覚悟完了!」
ペリドは拳を打ち鳴らした。
二つに結い分けたお下げ髪。筋骨隆々、男前なバトルメイド姿が清々しい。
砂漠戦用のデザート迷彩柄のメイド服、それに白いエプロン姿。裏側には矢を通さないチェイン装甲が施されているらしい。
腕と両足には自在鎖。俺たちを苦しめた攻防一体型の武装だ。まるで重装甲兵のような迫力。ペリドがいるだけで安心感が違う。
「血に飢えたリスとふたりで前衛をお任せします」
「やるわよ! リーダーだし! フォル、戦いになったら上手いこと援護しなさいよ。裏切ったり、怠けたりしたら、そのドレスを血まみれにしてやるから」
「リス。頭ごなしに命令するんじゃねぇよ」
「何よトラ! ちょっとフォルに甘くない!?」
「ん、んなこたぁねぇが」
「どーだか!」
ふんっ! とリスが腕組みをしてそっぽを向いた。
言われてみれば……。
むしろ、俺はフォルに苦手意識がある。
リスは小生意気だが、可愛い弟子だ。
イムは犬っころみたいで可愛い。
ペリ公は女子ってことを忘れる親近感がある。
だがフォルは無表情、見た目はお嬢様。「ザ・女の子」って感じで接し方がわからねぇ……。
「……あっ」
「おっと、大丈夫か? 荷物が多すぎるぜ」
馬車の客室によじ登ろうとしていたフォルがよろめいた。とっさに後ろから支え、乗せてやる。
「……ありがとう、トラリオンさん」
にっこり。唇をほころばせた。
「お、おぅ」
なんでぇ、笑えるんじゃねぇか。
「そういうとこよ! キモい、デレデレすんな!」
「してねぇよ!?」
ったく、うるせぇな。
「……フッ」
フォルが、ニヤッとリスに勝ち誇ったような視線を向けたのを、俺は見逃さなかったが。
女狐! 女優! とリスが叫んでいる。
なんなんだあいつは。
本当に先が思いやられるが、アララールはまるで旅行気分なのか楽しげにしている。
リスたちもなんだかんだ言いながら、このクエストには前向きだ。
魔法の通信を通じて、援軍も手配しておいた。
顔見知りの戦闘パーティが、あとから現地で合流する。拠点を包囲し、一気にクエストを達成する作戦だ。
「よーし! 準備はいいな? 出発するぞ!」
御者席に座った俺は、みんなに声をかけた。
二頭の馬に手綱を打ち付けると、ゆっくりと馬車が動き出した。
「ここがいいのダ!」
「さぁいきましょ!」
早速、イムとリスが御者席の左右に陣取ってきた。俺は二人に挟まれながら、旅の始まりの空を見上げた。
太陽はかなり高くなった時刻。
目的地は、ここからおよそ西へ50キロメル。
西の古代都市、セイナルノ。
砂と荒涼とした大地に囲まれた小さな街だ。
そこに目的の魔法師が潜んでいる。
「ねぇトラ、パーティに名前をつないと」
「お? それはいい考えだ」
「トラのあるじのアララールのあるじとみんなのパーティ?」
「そりゃぁ長すぎるぜイム」
「あたしが考える、うーん」
リスはしばらく考え込んで、そして
「トララール血盟一家!」
「むむっ……! 無理矢理だがうまくまとめたな、悪くねぇぜ」
ちょっと任侠っぽくもあるが凄みがあっていい。血盟は姉妹達の血の絆を意味しているのか。
「オラでも言えるのダ!」
「でっしょー!」
リスがどんなもんです、という顔で振り返る。
「血盟一家、完全同意、異議無し」
「トララール血盟一家……。リスにしては上出来では」
後ろのペリドとフォル、もちろんアララールも異議は無いようだった。
こうして。
パーティの名は『トララール血盟一家』に決まった。
<つづく>




