最後の姉妹、『1号(アル)』のゆくえ
「あたしたちが、本当の姉妹?」
あたしは思わずイムやペリド、そしてフォルと互いに顔を見合わせた。
同じ研究施設で造られたあたしたちは、あまり似ていない。魔法師たちが便宜上、姉妹たちと呼んでいるものだと思っていた。
けれど、共通点はある。世界に対する違和感を抱き、忽然と生まれてきたこと。それにタイプは違うけれど竜闘術のスキルを持つことも。
「腹違いの姉妹、といったほうが分かり易いかしら。片親は違っても、あなた達に注がれたもうひとつの血は同じ。おそらく姉のリュリオルの血を……何らかの魔術的な処置を経て注入、育てたのでしょうね」
アララールは推測も半分といった様子だった。
でも、言わんとしていることは理解できた。
「……ドラゴンから採集した血、その魔術的な処置と用法については聞いたことがあります。マスター、ラグロース・グロスカ様が何度か、仲間の魔法師に口にしておられましたから」
フォルの告白はアララールの推測を補完するものだった。なるほどといった様子で頷く。
「魂を肉体に繋ぎ止めているのは、姉が姿を変えたドラゴン……竜の血によるもの。だから貴女たちは血を分けた本当の姉妹と呼べる関係なの」
アララールはそれを伝えたかったのだろう。
本当の身内、わずかでも血の繋がったファミリアだということを。
「わかったわ、アララール」
あたしたちの出自について、ようやく腑に落ちた気がした。
「血の盃を交わした任侠姉妹だったとは」
ペリドが拳を握りしめ、鼻息を荒くする。
「に、任侠ではないけどね?」
「オラたちは本当の家族なのダー!」
イムが嬉しそうに飛びついてきた。ペリドとあたしの首に腕をかけ、ぎゅっと抱きつく。
「異体同心、一家団欒!」
「そうだね、イム!」
頭を撫でながら、可愛い耳と尻尾があたしにもあればよかったのにと思う。
少し見た目は違ってたって本当の姉妹。アララールが言うんだから間違いない。
「……私達の身体の中にはアララールの姉上、リュリオルさんの血が流れている。それは魔法生命理論では眷属、血縁というより分身に近い……?」
魔法の知識があるがゆえか、少し悩んでいるのはフォルだった。
アララールはフォルの言葉に耳を傾け、否定も肯定もしなかった。
「姉の存在を、血の気配を感じ始めたのは数年前からよ。発掘され活性化したのでしょう。僅かな血の気配をずっと感じていた。やがて世界のどこかで、姉の分身……血を分けた存在が造り出されてゆくことに気がついた。恐ろしかった。一体なにをされていたのか……。心配で……、でもどうすることもできずに」
アララールが苦悶の表情を浮かべていた。感情を乱すのを初めて見た。
「やがてリス、あなたがここに来てくれた」
「あたし?」
「リスが最初にここに来てくれたことで、おおよその事が理解できたの。だから私は、姉妹達を呼び寄せることに決めた」
アララールが優しい眼差しを向けた。まるで我が子に向けるような、深い慈しみの眼差しを。
「呼び寄せる……?」
「リスに宿る微かな竜の血、それを縁として。星に導きを願ったわ」
「星に……願いを?」
願うことで、あたしたちはここに集まった?
偶然の産物、出来すぎかと思ったけれど、違う。
そうか、アララールの魔法だったんだ!
星の導き――星辰の魔女。王都の魔法の雑貨店で話を聞いたことを思い出した。
ラグロース・グロスカにリューゼリオン、それに貴族の御曹司。魔法師やゲス野郎の思惑と野望、それぞれの目的が交錯して、戦いや冒険があった。
その結果、アララールの家に「流れ着くように」にあたしたちは導かれた。
「……それな。アララールの願いってぇのは、たいてい叶うんだよ」
耳を傾けていたトラがソファから立ち上がり、腰を伸ばした。コキコキと腰を回し、いつもの落ち着いた様子であたしたちを見回した。
「トラ、どういうこと?」
「魔法だの難しいこたぁわからんけどよ。人の願いってのは、この世で最も強い魔法なんだと。言ったのはアララールさ。俺がここいいることも偶然じゃねぇ、運命の導きだと。リスやイム、おまえらもだ」
「さすがトラくん、わかってるぅ」
アララールがトラを軽い調子で指差し、ウィンクした。
「よせや、照れるぜ」
「それって素敵じゃん!」
あたしは嬉しくて思わず声を上げた。
血縁どころか運命の連なりみたいなものが、あたしたちにはあるなんて。
「まさに運命の召集令状! だから我らは、ここに集結したのですね」
「アララールのあるじに呼ばれたんだナ!」
「星の導き、星辰の魔法……。それは星の運行や、人間の運命、因果に手を加える超越魔法……! マスターがおっしゃっていました。アララール様はおそらく、千年級の魔女だ……と」
「フォルは何を言ってるの?」
ブクツクサと。でも、みんなそれぞれ納得した様子だ。
「……あの、ひとついいですか?」
やがてフォルが手を挙げた。
「なぁに、フォル」
「……5号、4号、3号、2号……。私達には古代エルフ語のコードネームが与えられています。つまり」
順番にあたしたちを見回しながら、指折り数える。
「一人足りない……?」
「コードネーム順なら、1号、つまり『アル』と呼ばれる個体、姉妹がいるはずです」
その口ぶりからしてフォルはその子を知らないらしかった。魔法師に気に入られていて、色々なことを教え込まれていたフォルでさえ、存在を知らないなんて……。
「もうひとりの……姉妹?」
「お姉さんなのカ? 妹なのカ?」
「長女長姉ではないでしょうか」
アララールは、しばらく考えてから静かに口を開いた。
「……おそらく、それが姉のリュリオルかも」
「えっ!?」
あたしたちは驚いた。
姉妹のひとりが、アララールのお姉さん?
え? どういうこと?
それじゃあたしたちもアララールの妹になっちゃわない?
あたしは混乱した。それはフォルでさえ同じらしかった。
「姉は『転輪の魔女』と呼ばれていたわ。生命の死と肉体の再生、輪廻と転生。そういった超古代から伝わる魔法を司る魔女だったの。おそらく『1号』と呼ばれているのは姉のリュリオルが、肉体を再生し転生した姿。傷つき、朽ち果てたドラゴンの肉体を捨て……魂をコアにして。新たなる肉体を再構成した姿かもしれない。私がトラくんのおかげで、この姿に戻れたように」
アララールにも、はっきりとしたことはわからないみたいだった。
「そ、そういうこと!?」
血を抜き取られ過ぎて、ドラゴン――リュリオルさんが死んだ。そして別の姿で蘇った……?
「では、なぜここに居ないのです? 全員集めるという願いが、アララールの魔法なら導けるはずでは……」
フォルが心配そうに眉根を寄せた。
「何処か、遠いところへいってしまった」
アララールは窓の外に視線を向けた。
あたしはそこで気がついた。
「わかった! 魔法師、リューゼリオン……! あいつだ! あいつが連れ去ったんだ」
1号がここにいない理由がわかった。
大切な研究成果、それが『1号』なんだ。
「奴が持ち逃げした研究成果、核心が『1号』というわけか。合点が行くぜ」
トラも得心がいったらしい。
「おー? わからないのダ……!」
「私は血の気配を、魔法の超感覚で探していたわ。ここに姉妹たちが集まったことで、他に残っていた最後の気配、位置も明確になった」
視線の先は西だった。
西の方角にいる。それはフォルが感じ取れる魔法師リューゼリオンのいる方角と一致していた。
「ってことで、リューゼリオンの野郎の追撃は、アララールの姉貴の奪還作戦でもあるってわけだ」
トラが「というわけだ」とでも言いたげな顔をした。
でもすべてがつながった。理由も、動機も、あたしたちの為すべきことがわかった。
「いこう、みんな! あたしたちの最後の姉妹を助けに!」
「犯人追撃、人質救出……任務開始!」
「おー! なのダ」
「……仕方ありませんね。魔女アララール様の願いを叶えよというのが、マスターの言いつけでもありますし」
何はともあれ、あたしたちの目的はひとつになった。
◇
同時刻――。
王都より西へ50キロメル。
西の古代都市、セイナルノ。
砂と荒涼とした大地に囲まれた小さな街は数多くの遺跡があり、半ば崩れた壁が取り囲んでいる。
荒れ果てた遺跡は荒し尽くされ、訪れる冒険者もほとんどいない。
僅かに暮らしているのは、太古の神々への祈りを捧げる、信心深い人々だ。
ここは隠者が余生を祈りに捧げる、あるいは訳ありの流れ者が潜むには好都合の場所でもあった。
街の一角、数百年前から使われなくなった神殿。そのさらに奥、祭壇の間――。
かがり火が揺らぐ神殿に男の声が響いた。
「ハハハ! 実にすばらしい再生能力ですよ、これは……!」
ジュルッと右の手首が生えた。
魔法師リューゼリオンが恍惚とした表情で、新しい右手を眺める。
吹き飛ばされた手首から先が、元通りに再生。身体に負っていた傷も、疼きも回復した。
「これがドラゴンの血の力か……! フヒヒ、最高だ!」
パワーが満ち、狂気が更に支配する。
ドラゴンの血を宿す少女――1号から抜き取った血を、魔法で精錬。複雑な処置を経て秘薬を作り上げた。
「これこそが『人造勇者製造計画』の核心!」
魔法師、ラグロース・グロスカがほぼ完成させていた魔術の粋だ。
「ゲホッ……ずいぶんと、ご機嫌じゃの……」
祭壇の上に横たわっていた少女が、ヨロヨロと身を起こした。
小さな身体に細い手足。腰まで届く長い金色の髪。見た目は5歳かそこらの幼女だ。
足首には痛々しい鉄の枷がはめられている。
「1号ちゅわん? んふふ、体力を回復してくださいね、元気でいてくれなきゃ……ダメだからねぇ」
気持ちの悪い笑みを浮かべ、リューゼリオンが近づいてきた。
「ち、ちかよるでない!」
幼女の怯えた声などお構い無し。リューゼリオンは幼女の横に腰かけた。そして目の前のテーブルに置かれた料理や食べ物、飲み物を指し示す。
「さぁお食べ。元気になって、どんどん血をつくってくれないと。新鮮な血、竜の血を作る家畜が、君の役目なんだからね、ヒ……ヒヒヒヒヒイヒイヒ!」
最初は穏やかな口調の若い魔法師の顔が、途中から恐ろしく歪んだ。耳まで裂けんばかりの笑みに、黄ばんだ歯。醜くつり上がった目。
「ゲスが、うぐっ……!?」
「んー、元気ですかぁ?」
リューゼリオンは1号の小さな顎を左手でギリギリと掴んだ。
「あ……が……! やめ……」
嫌がる口をこじ開ける。そして再生したばかりの右手でテーブルからリンゴをひとつ持ち上げた。1号の顔の上でリンゴを握りつぶし、滴る果汁を口へと流し込む。
「……げほっ! げほッ!」
「たぁくさん食べて、よく寝てぇ、元気になってもらわないと……いけませんから、ねぇえええええっ!?」
「げほおっ……!」
涙目で暴れ、1号はリューゼリオンの手を振りほどいた。
「はやく大きく、成長してください。生殖可能になったら僕の子供を、孕ませてあげますからねぇ……? そして、沢山、たぁあああくさん! 最強の……眷属を……産んでもらいますから、ねぇえええッ!?」
ギラギラとした淀んだ目、レロレロレロと舌を振りながら1号の顔に近づける。
「ひ……いッ……嫌ァア!」
あまりにも歪んだ狂気に、1号は怯えるしかなかった。
そもそも、自分は何者なのか。
記憶は失われていた。生まれ落ちた瞬間から、薄暗い施設のなかで血を抜き取られ続けた。
気がついた瞬間から、人並みの以上の知恵と、状況を理解する知性があることで、苦痛はより大きいものになった。痛みと苦痛、何も知らぬ家畜ならまだマシだとさえ思えた。
「そろそろ新作の兄弟たちも目覚めますから、僕は忙しいのですよ……」
神殿の壁際には、顔を布で覆った人間たちがまるで影のように立ち並んでいた。魔法師リューゼリオンの協力者、信奉する者たちだ。
「しっかりと食べ、眠ってくださいね、1号」
魔法師はそう言い残すと去っていった。
「う……うぅ」
膝を抱え丸くなる。細い両腕には無数の針を突き刺した傷跡が生々しく残っている。
――誰か、助けて……なのじゃ
誰かが、ずっと自分を探している気がした。
懐かしくて優しい気配がする。
きっと、いつか助けに来てくれる。
それだけが1号――リュリオルの心の支えだった。
<つづく>




