表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/80

最後の姉妹、『1号(アル)』のゆくえ

「あたしたちが、本当の姉妹?」

 あたしは思わずイムやペリド、そしてフォルと互いに顔を見合わせた。

 同じ研究施設で造られたあたしたちは、あまり似ていない。魔法師たちが便宜上、姉妹たち(シスターズ)と呼んでいるものだと思っていた。

 けれど、共通点はある。世界に対する違和感を抱き、忽然と生まれてきたこと。それにタイプは違うけれど竜闘術(ドラグアーツ)のスキルを持つことも。


「腹違いの姉妹、といったほうが分かり易いかしら。片親は違っても、あなた達に注がれたもうひとつの血は同じ。おそらく姉のリュリオルの血を……何らかの魔術的な処置を経て注入、育てたのでしょうね」

 アララールは推測も半分といった様子だった。

 でも、言わんとしていることは理解できた。


「……ドラゴンから採集した血、その魔術的な処置と用法については聞いたことがあります。マスター、ラグロース・グロスカ様が何度か、仲間の魔法師に口にしておられましたから」

 フォルの告白はアララールの推測を補完するものだった。なるほどといった様子で頷く。


「魂を肉体に繋ぎ止めているのは、姉が姿を変えたドラゴン……竜の血によるもの。だから貴女たちは血を分けた本当の姉妹と呼べる関係なの」

 アララールはそれを伝えたかったのだろう。

 本当の身内、わずかでも血の繋がったファミリアだということを。


「わかったわ、アララール」

 あたしたちの出自について、ようやく腑に落ちた気がした。

「血の盃を交わした任侠姉妹だったとは」

 ペリドが拳を握りしめ、鼻息を荒くする。

「に、任侠ではないけどね?」


「オラたちは本当の家族なのダー!」

 イムが嬉しそうに飛びついてきた。ペリドとあたしの首に腕をかけ、ぎゅっと抱きつく。

「異体同心、一家団欒!」

「そうだね、イム!」

 頭を撫でながら、可愛い耳と尻尾があたしにもあればよかったのにと思う。

 少し見た目は違ってたって本当の姉妹。アララールが言うんだから間違いない。


「……私達の身体の中にはアララールの姉上、リュリオルさんの血が流れている。それは魔法生命理論では眷属、血縁というより分身に近い……?」

 魔法の知識があるがゆえか、少し悩んでいるのはフォルだった。

 アララールはフォルの言葉に耳を傾け、否定も肯定もしなかった。


「姉の存在を、血の気配を感じ始めたのは数年前からよ。発掘され活性化したのでしょう。僅かな血の気配をずっと感じていた。やがて世界のどこかで、姉の分身……血を分けた存在が造り出されてゆくことに気がついた。恐ろしかった。一体なにをされていたのか……。心配で……、でもどうすることもできずに」

 アララールが苦悶の表情を浮かべていた。感情を乱すのを初めて見た。


「やがてリス、あなたがここに来てくれた」

「あたし?」

「リスが最初にここに来てくれたことで、おおよその事が理解できたの。だから私は、姉妹達を呼び寄せることに決めた」

 アララールが優しい眼差しを向けた。まるで我が子に向けるような、深い慈しみの眼差しを。


「呼び寄せる……?」

「リスに宿る微かな竜の血、それを(よすが)として。星に導きを願ったわ」


「星に……願いを?」

 願うことで、あたしたちはここに集まった?

 偶然の産物、出来すぎかと思ったけれど、違う。

 そうか、アララールの魔法だったんだ!

 星の導き――星辰(せいしん)の魔女。王都の魔法の雑貨店で話を聞いたことを思い出した。

 ラグロース・グロスカにリューゼリオン、それに貴族の御曹司。魔法師やゲス野郎の思惑と野望、それぞれの目的が交錯して、戦いや冒険があった。

 その結果、アララールの家に「流れ着くように」にあたしたちは導かれた。


「……それな。アララールの願いってぇのは、たいてい叶うんだよ」

 耳を傾けていたトラがソファから立ち上がり、腰を伸ばした。コキコキと腰を回し、いつもの落ち着いた様子であたしたちを見回した。


「トラ、どういうこと?」

「魔法だの難しいこたぁわからんけどよ。人の願いってのは、この世で最も強い魔法なんだと。言ったのはアララールさ。俺がここいいることも偶然じゃねぇ、運命の導きだと。リスやイム、おまえらもだ」

「さすがトラくん、わかってるぅ」

 アララールがトラを軽い調子で指差し、ウィンクした。

「よせや、照れるぜ」


「それって素敵じゃん!」

 あたしは嬉しくて思わず声を上げた。

 血縁どころか運命の連なりみたいなものが、あたしたちにはあるなんて。


「まさに運命の召集令状! だから我らは、ここに集結したのですね」

「アララールのあるじに呼ばれたんだナ!」

「星の導き、星辰(せいしん)の魔法……。それは星の運行や、人間の運命、因果に手を加える超越魔法……! マスターがおっしゃっていました。アララール様はおそらく、千年級の魔女(サウザート)だ……と」

「フォルは何を言ってるの?」

 ブクツクサと。でも、みんなそれぞれ納得した様子だ。


「……あの、ひとついいですか?」

 やがてフォルが手を挙げた。

「なぁに、フォル」


「……5号(ペリド)4号(フォル)3号(リス)2号(イム)……。私達には古代エルフ語のコードネームが与えられています。つまり」

 順番にあたしたちを見回しながら、指折り数える。


「一人足りない……?」

「コードネーム順なら、1号、つまり『アル』と呼ばれる個体、姉妹がいるはずです」


 その口ぶりからしてフォルはその子を知らないらしかった。魔法師に気に入られていて、色々なことを教え込まれていたフォルでさえ、存在を知らないなんて……。


「もうひとりの……姉妹?」

「お姉さんなのカ? 妹なのカ?」

「長女長姉ではないでしょうか」


 アララールは、しばらく考えてから静かに口を開いた。

「……おそらく、それが姉のリュリオルかも」

「えっ!?」

 あたしたちは驚いた。

 姉妹のひとりが、アララールのお姉さん?

 え? どういうこと?

 それじゃあたしたちもアララールの妹になっちゃわない?

 あたしは混乱した。それはフォルでさえ同じらしかった。


「姉は『転輪の魔女』と呼ばれていたわ。生命の死と肉体の再生、輪廻と転生。そういった超古代から伝わる魔法を司る魔女だったの。おそらく『1号(アル)』と呼ばれているのは姉のリュリオルが、肉体を再生し転生した姿。傷つき、朽ち果てたドラゴンの肉体を捨て……魂をコアにして。新たなる肉体を再構成した姿かもしれない。私がトラくんのおかげで、この姿に戻れたように」

 アララールにも、はっきりとしたことはわからないみたいだった。

「そ、そういうこと!?」

 血を抜き取られ過ぎて、ドラゴン――リュリオルさんが死んだ。そして別の姿で蘇った……?


「では、なぜここに居ないのです? 全員集めるという願いが、アララールの魔法なら導けるはずでは……」

 フォルが心配そうに眉根を寄せた。


「何処か、遠いところへいってしまった」

 アララールは窓の外に視線を向けた。

 あたしはそこで気がついた。

「わかった! 魔法師、リューゼリオン……! あいつだ! あいつが連れ去ったんだ」

 1号(アル)がここにいない理由がわかった。

 大切な研究成果、それが『1号(アル)』なんだ。


「奴が持ち逃げした研究成果、核心が『1号(アル)』というわけか。合点が行くぜ」

 トラも得心がいったらしい。


「おー? わからないのダ……!」


「私は血の気配を、魔法の超感覚で探していたわ。ここに姉妹(あなた)たちが集まったことで、他に残っていた最後の気配、位置も明確になった」


 視線の先は西だった。

 西の方角にいる。それはフォルが感じ取れる魔法師リューゼリオンのいる方角と一致していた。


「ってことで、リューゼリオンの野郎の追撃は、アララールの姉貴の奪還作戦でもあるってわけだ」

 トラが「というわけだ」とでも言いたげな顔をした。

 でもすべてがつながった。理由も、動機も、あたしたちの為すべきことがわかった。


「いこう、みんな! あたしたちの最後の姉妹を助けに!」

「犯人追撃、人質救出……任務開始!」

「おー! なのダ」

「……仕方ありませんね。魔女アララール様の願いを叶えよというのが、マスターの言いつけでもありますし」

 何はともあれ、あたしたちの目的はひとつになった。


 ◇


 同時刻――。

 王都より西へ50キロメル。

 西の古代都市、セイナルノ。

 砂と荒涼とした大地に囲まれた小さな街は数多くの遺跡があり、半ば崩れた壁が取り囲んでいる。

 荒れ果てた遺跡は荒し尽くされ、訪れる冒険者もほとんどいない。

 僅かに暮らしているのは、太古の神々への祈りを捧げる、信心深い人々だ。

 ここは隠者が余生を祈りに捧げる、あるいは訳ありの流れ者が潜むには好都合の場所でもあった。


 街の一角、数百年前から使われなくなった神殿。そのさらに奥、祭壇の間――。


 かがり火が揺らぐ神殿に男の声が響いた。


「ハハハ! 実にすばらしい再生能力(・・・・)ですよ、これは……!」

 ジュルッと右の手首が生えた。

 魔法師リューゼリオンが恍惚とした表情で、新しい右手を眺める。

 吹き飛ばされた手首から先が、元通りに再生。身体に負っていた傷も、疼きも回復した。


「これがドラゴンの血の力か……! フヒヒ、最高だ!」

 パワーが満ち、狂気が更に支配する。


 ドラゴンの血を宿す少女――1号(アル)から抜き取った血を、魔法で精錬。複雑な処置を経て秘薬を作り上げた。

「これこそが『人造勇者製造計画』の核心!」

 魔法師、ラグロース・グロスカがほぼ完成させていた魔術の粋だ。


「ゲホッ……ずいぶんと、ご機嫌じゃの……」

 祭壇の上に横たわっていた少女が、ヨロヨロと身を起こした。

 小さな身体に細い手足。腰まで届く長い金色の髪。見た目は5歳かそこらの幼女だ。

 足首には痛々しい鉄の枷がはめられている。


1号(アル)ちゅわん? んふふ、体力を回復してくださいね、元気でいてくれなきゃ……ダメだからねぇ」

 気持ちの悪い笑みを浮かべ、リューゼリオンが近づいてきた。

「ち、ちかよるでない!」

 幼女の怯えた声などお構い無し。リューゼリオンは幼女の横に腰かけた。そして目の前のテーブルに置かれた料理や食べ物、飲み物を指し示す。

「さぁお食べ。元気になって、どんどん血をつくってくれないと。新鮮な血、竜の血を作る家畜が、君の役目なんだからね、ヒ……ヒヒヒヒヒイヒイヒ!」

 最初は穏やかな口調の若い魔法師の顔が、途中から恐ろしく歪んだ。耳まで裂けんばかりの笑みに、黄ばんだ歯。醜くつり上がった目。

「ゲスが、うぐっ……!?」

「んー、元気ですかぁ?」

 リューゼリオンは1号(アル)の小さな(あご)を左手でギリギリと掴んだ。

「あ……が……! やめ……」

 嫌がる口をこじ開ける。そして再生したばかりの右手でテーブルからリンゴをひとつ持ち上げた。1号(アル)の顔の上でリンゴを握りつぶし、滴る果汁を口へと流し込む。

「……げほっ! げほッ!」

「たぁくさん食べて、よく寝てぇ、元気になってもらわないと……いけませんから、ねぇえええええっ!?」

「げほおっ……!」

 涙目で暴れ、1号(アル)はリューゼリオンの手を振りほどいた。


「はやく大きく、成長してください。生殖(・・)可能になったら僕の子供を、孕ませてあげますからねぇ……? そして、沢山、たぁあああくさん! 最強の……眷属を……産んでもらいますから、ねぇえええッ!?」

 ギラギラとした淀んだ目、レロレロレロと舌を振りながら1号(アル)の顔に近づける。

「ひ……いッ……嫌ァア!」

 あまりにも歪んだ狂気に、1号(アル)は怯えるしかなかった。


 そもそも、自分は何者なのか。

 記憶は失われていた。生まれ落ちた瞬間から、薄暗い施設のなかで血を抜き取られ続けた。

 気がついた瞬間から、人並みの以上の知恵と、状況を理解する知性があることで、苦痛はより大きいものになった。痛みと苦痛、何も知らぬ家畜ならまだマシだとさえ思えた。


「そろそろ新作の兄弟たち(ブラザーズ)も目覚めますから、僕は忙しいのですよ……」

 神殿の壁際には、顔を布で覆った人間たちがまるで影のように立ち並んでいた。魔法師リューゼリオンの協力者、信奉する者たちだ。

「しっかりと食べ、眠ってくださいね、1号(アル)

 魔法師はそう言い残すと去っていった。


「う……うぅ」

 膝を抱え丸くなる。細い両腕には無数の針を突き刺した傷跡が生々しく残っている。


 ――誰か、助けて……なのじゃ


 誰かが、ずっと自分を探している気がした。

 懐かしくて優しい気配がする。

 きっと、いつか助けに来てくれる。

 それだけが1号(アル)――リュリオルの心の支えだった。


<つづく>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんと、姉妹たちにこんな秘密が……! 運命の導きは尊いですが、リュリオルちゃんの扱い(涙) グロスカがしたこともひどいですが、リューゼリオンはゲス変態ですね! アララールさん星落として良し!…
[良い点] リスたちが腹違いの姉妹であるとアララールは説明する。 これは別々の培養槽で育てられた譬えなのか!? そして注がれた竜の血を提供したのは、アララールの姉であるリュリオルであるという。 つまり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ