血と竜と、シスターズの秘密
◆
トラがあたしを姉妹たちのリーダーだと言ってくれた。
うーん?
でも、何をどうすれば良いのか、さっぱりわからない。けれど期待されているというか、信じてくれているというか。成長を認めてくれているってことだよね。
とにかく、がんばらなきゃって思う。
「というわけだから、あたしについてきなさーい!」
「リスのあるじ!」
「リス軍曹!」
「……はぁ」
イムにペリド、そしてフォルも。
リビングダイニングのテーブルを囲み、あたしたち四人は顔を突き合わせている。
「さっそく第一回作戦会議ね」
あたしは皆を見回した。
姉妹たちといわれても正直ぴんと来ない。
顔も姿も、髪の色も性格も。みんなバラバラで似てなんていない。
まるでクラスメイトのあつまりだ。
でもあたしたちは同じ出自をもつ姉妹たちらしい。
皆とあれこれ話しているうちに、ひとつ共感できる感覚をもっていることがわかった。
それは、この世界に対して感じている「違和感」だ。
イムもペリドもフォルも同じだった。
ある日、あたしたちは忽然と、唐突にここに産み落とされた。
暗いトンネル、ウォータースライダーみたいなところを通って光のなかに落ちて目が覚めた。
それが世界に産み落とされた瞬間だった。目が覚めたのは、暗い研究室の、ドロリとしたお湯の中。意識はそのときからあった。
四人とも同じだった。互いに顔を見合わせて「同じ」と頷く。
魔法で粘土みたいに練り上げて造った身体に、魂を入れた。
端的に言えばあたしたちは、そういう存在らしい。理屈を頭では理解できても、受け入れがたい。
でも、だからどうしたっ!
という気持ちが大きくなっていた。
だってあたしはここにいるんだから。
心は確かにある。魂というか、感情というか、気持ちというか。自分というものが、確実に存在しているんだから。
トラとアララールに出会ってから、急にその境界がはっきりと明確になった。ぼやけていた視界がクリアになった。霞のかかっていた意識が目覚めたみたいに。
「ところでさ何歳なのかな。あたしたちって」
年齢は近い気がする。けれど、誰も自分の正確な年を言えなかった。
「素体の即席培養で一年かかるらしいです。ですから一歳かと」
フォルが魔法師から聞いたと言った。でも一歳というのもなんだか変だと思う。
そこで、あたしの「中学生」という淡い記憶の断片を頼りに「あたしたちは15歳ってことにしよう!」と提案。
ちょっと背伸びしてみた気もするけれど。
子供よりも大人のレディって感じがして良いんじゃない? ということでみんなも賛同してくれた。
「胸の大きさで群れのボスを決めたらいいのダ!」
イムがとんでもない提案をした。
あたしはもの凄い顔でイムを睨んでしまったらしい。青ざめたイムがペリドの後ろに隠れた。
「胸ならアララールが一番、それで文句ないわよね……」
抱き締められると嬉しい、柔らかくて温かい胸は、あたしたちを魅了し始めていた。
アララールはあたしたちが不安になったり、喧嘩したりすると、そっと優しく抱き締めてくれる。そうすると不思議と心が落ち着いて、身体と心のザワザワが消えて、心地よくなる。
どうやら姉妹たちはみんな、同じことをされていたみたい。あたしだけ特別なのかな、と思っていたのに。ちょっと悔しい。
恐ろしい魔女だなんて誰が言ったのだろう?
優しいし、素敵だし、強い。トラの奥さんにしておくのが惜しい気もする。
それはさておき。
胸の大きさで決めてしまうと、今度は序列第二位がペリドということになる。
「ペリドが群れのあるじ」
「しかし、それは筋肉では……?」
フォルの冷静なツッこみが炸裂した。
「確かに!」
あたしは賛同した。フォル、あんたもいいこというじゃん。
そもそもペリドはあたしたちよりも頭ひとつ大きいし、体格もいい。おおきいといっても筋乳だし。
「で、では。私の体格と胸筋による胸囲分を差し引いて、フォルが序列二位ということで」
ペリドはあっさり引き下がった。
え? なんでフォルが二位?
よくみるとふっくらとした胸は、フォルのほうがすこーしだけ大きい気がする。
「微々たる差よ! あたしのほうが大きい」
空気を吸い込んで胸囲を増やす。
「オラはフォルだと思うのダ。リスのあるじの胸と揉み比べて、確かめたノダ」
イムが誇らしげな顔をする。そういえば胸がどうのこうのいいながらイムにモミモミされたっけ。
「イム、あんたねぇ……」
「ひぃ!? 殺気なのダ」
「そういうことですから、今後は私の指示に従ってください」
「ちょっとまったああ!」
あたしは机を叩いた。
「何か?」
「何か、じゃないわよ! そもそも胸の大きさとか関係なくない!? トラがあたしをリーダーだって言ってくれたんだから」
胸の大きさでは確かに、ほんの少しだけ、フォルのほうが大きいかもしれない。
でもそれがなんだっていうの?
リーダーの資質は胸じゃない!
「そうですか、わかりました」
「わ、わかればいいのよ」
やけに素直ね。
「リーダーというのなら、一番頭のいい者が上に立つべきと具申します」
「あ、頭ぁ……?」
「大陸公用語、辺境部族方言語を私はマスターしています。脳のキャパシティが違うと魔法師様は言っておられました」
青みがかった髪を優雅に耳にかきあげ、ふっと余裕の笑みを浮かべるフォル。
「ぐ、ぐぬぬ……」
「では! トーナメント形式のバトル、一対一のタイマン勝負で上下を決めては? なんなら腕相撲でもかまいません」
「それだとペリドが有利でしょ!」
作戦会議は紛糾した。
ソファで魔法の配信映像をみていたトラが、あくびをしながら、
「……あのなぁ。そんな風にモメると思ったからリスをリーダーに指名したんだ」
「トラ……!」
思わぬ助け船をだしてくれた。やっぱりトラはあたしを一番に思ってるのね!
「一番飯を食うし、元気でへこたれないからな。それでいいだろ」
大食いで元気で、鋼メンタル……?
「大食い……」
「元気がいちばんなのダ!」
「胆力に秀でてこそのリーダー。納得です、トラリオン大佐」
ちなみに大食いに思えるペリドは、捕虜生活を満喫してか少食だ。
「なんか思ってたのと違うけど……」
なにはともあれ、やっぱりあたしがリーダーということでおちついた。
「とにかく、本題に戻るわ! リューゼリオンという魔法師をとっ捕まえればいいってこと。フォルやイムを連れ歩いていた、あのお兄さんね」
「おー、リューゼリオンのあるじ」
「元司令、上官どのでした」
「魔法師さま……」
顔はみんな覚えている。
「フォルはとくべつっていうか、結構良くしてもらってたでしょ? お茶なんて飲んでさ」
町の喫茶店に二人はいた。あたしに喧嘩をふっかけるのが目的だったみたいだけど。
「……あの方は、私のことを何とも思っていませんでした。冷たく、物をみるような視線……。私たちを単なる道具としか考えていませんでした」
フォルが小さな声で言った。
「そっか……」
あたしも町の喫茶店で遭遇している。フォルを連れていた男。それが魔法師リューゼリオン。身なりは小綺麗で、そこそこなイケメンだった。
でも、襲撃してきた強盗団に交じっていたときは、目つきも顔つきも別人みたいに変わっていた。狂気じみていたというか、何かに取り憑かれているような怖い顔だった。人はあんなふうに変わるんだ。
魔法師ラグロース・グロスカの話では、あたしたち姉妹たちの秘密、なにか大事な研究成果を盗んで逃げた。
独り占めして大儲けしようとしているのか、何かを企んでいるのだろう。
よくわからないけれど、これ以上あたしたちみたいな「突然この世界に生まれた」みたいな存在を、増やされるのはよくない気がする。
「みんなに話しておきたいことがあるの」
アララールがやってきた。
自然と惹き付けられる。長い睫、プラチナブロンド色の緩やかに流れるような髪。ゆったりした普段着からもわかる大きな胸……。
「私には、ひとり姉がいたの」
「お姉さん?」
あたしは思わず口を開いた。
アララールが静かに頷く。
「姉の名はリュリオル」
トラも静かに耳を傾けていた。初耳ではないのだろうか。目を閉じて黙って聞いている。
「信じられないかもしれないけれど、封印されて眠りにつく前。何百年も前の話だけど……」
そうしてアララールは話してくれた。
遠い昔、魔法使いと魔法師の戦争のことを。
やがて魔法使い、アララールたち魔女は『竜化の魔法』を生み出した。
究極の変身魔法により、アララールとリュリオルさんはドラゴンに変化し敵と戦った。
それは竜戦術なんかとは比べ物にならないほどに強力で破壊的な力をもっていたらしい。お城ごとブレスで破壊したり、魔法の空中戦艦を体当たりで撃沈したり。
おとぎ話なんて真っ青な、すさまじい戦いが繰り広げられたのだという。
「けれど多勢に無勢。やがて私たち魔女は追い詰められ、封印された」
竜の姿のまま、魔竜として。
深い谷間に封じられて眠りについた。姉のリュリオルとは離ればなれになった。
「姉のリュリオルは別の場所に封印されていたのね。眠りながら存在だけは感じていたわ。けれど、やがて時を経て発掘され……。半休眠状態のドラゴンのままどこかに連れていかれた」
アララールはそれを知り、自ら封印を破り復活をとげた。
トラリオンのドラゴン退治のパーティと遭遇したのはその直後だった、ということらしい。
でもまって。
連れ去られたお姉さん、ドラゴンって。
「まさか、お姉さんって……」
「そう、おそらく貴女たち姉妹の研究に利用されたのね」
あたしは息を飲んだ。慈しむような柔らかい眼差しが、あたしたちに向けられている。
「リス、イム、ペリド、そしてフォル……。あなたたち姉妹は私の姉……リュリオルの血を引いているわ」
思わず顔を見合わせる。
本当に血が繋がっていたなんて。
それって、つまりアララールはあたしたちの叔母にあたる。ほんとうの身内なんだ……!
「アララール……!」
「私たちは家族よ。こうして、みんなが揃うのを待っていたの」




