アララールのファミリア
あっという間に数日が過ぎた。
ペリドに続きフォルが家に来て、すったもんだはあったが、なんとか暮らし始めた。
静かだった家はますます賑やかになり、俺の安らぎの場所は消滅した。小娘どもは朝からきゃいのきゃいのと、まぁ元気なこと。
イムは外を馬で走り回り、お宅は暴走族の溜まり場か! と近所の農家かから苦情がきた。俺は謝りに行った。くそ、なんで俺がこんな目に……。
それに、人数が増えたことで困ったことも起きた。洗面所もトイレも風呂も、すべてが争奪戦だ。
「だれよ、ずっとトイレを占拠してんのは!?」
「……外ですれば、野生児」
「フォル、アンタねぇ! そっちこそ漏らすのは得意でしょ」
ばんっ! と扉があいた。
「なによ?」
「……ころす!」
リスにフォルがつかみかかった。
「ちょっと、後にしてよ!」
うっちゃりぎみにフォルを投げ飛ばし、リスはトイレに入っていった。
くだらねぇが、小娘同士の戦争である。あまり本気で喧嘩しないよう、俺は気を使うしかない。
「フォル、大丈夫か?」
「……」
「リスにはあとで言っとくから」
「……アララールに相談します」
「ちょ、まてよ」
どうもフォルは、つかみどころがない。
アララールと話している時間が一番長いのは、魔法に関して知識があるからだろうか。
本人は魔法を使えないらしいが、なにかと相談し、話しかけている。アララールもそんなフォルを可愛がっている感じがする。
「トラのあるじ、爪切りはどこなのダ?」
「爪切りならアララールの寝室にあったとおもうが」
「では、いっしょにいきましょうか、イム」
「おー、なのだ!」
リス以外とフォルは比較的普通に話す。どうもリスとだけ馬があわないらしい。
リスがトイレから出てきた。
「トラ、トイレ二個にふやしてよ!」
「おまえはまた、無茶なことを」
「だってー」
ま、さっきの様子を見ればそう考えたくもなるわな。
「この狭い家にトイレを二つはいらんだろ。外の大自然トイレならいくらでもあるぜ」
「はぁ!? バッカじゃないの」
とかいいながらスリッパを脱ぎ、俺の座っているソファーの横に寝そべるリス。折り曲げた脚の膝小僧が、パタパタうごいている。
「狭いんだが」
「いーじゃん」
以前は占有できたのに、半分を奪われてしまった。こうして徐々に居場所が無くなるのか。
「えいえい」
「やーめーろ」
リスは、俺がソファにうつ伏せになって寝転んでいると、上に座ってちょっかいを出してくる。腰の骨は大丈夫? ときいてくる。そのたびにあれやこれや、短い言葉を交わす。
よくわからんが、きっとリスは俺の反応が欲しいのかもしれない。
「フォルは嫌か?」
「…………べつに」
「姉妹がいて楽しいはずだろ」
「……だとおもうけど」
「素直じゃねぇなぁ」
ま、それがリスらしいところだが。
「むー」
ばんっ! と家の扉が開いた。
ペリドだった。
農作業着姿でハァハァと荒い息をしている。
「おつかれ、もういいのか?」
「トラ兵長!」
「兵長って、階級はランダムか?」
「どうも階級をつけないと呼びにくいもので」
「ったく、ペリドはそのへんで休めよ」
「農耕奴隷としての喜び……全身で感じてきました!」
「そ、そうか」
ペリドは農地開拓の真っ最中。嬉々として土を耕している。
農耕馬の代わりに地面を掘り返し畑をつくってくれている。鍛練もかねているのだが、住人の数が増えたぶん、野菜の生産量も増やさねばならないからだ。
「奴隷農場を思い浮かべながらの、強制労働は実に清々しいのです」
「お、おう……?」
何をいっているのかよくわからんが、楽しんでくれたのなら幸いだ。
ペリドは働き者だ。
メイド服での家事、掃除。もちろんリスもイムもフォルも手伝うが。メインはやっぱりペリドだ。
一日中身体を動かしていたいのは良いのだが、困ったことに奴隷だの捕虜だのという単語が好きらしい。
生まれながらにしての性格か、特殊な性癖なんじゃなかろうか。
とにもかくにも。
新しい家の住人、四人の小娘たちは日を追うごとに馴染んできた。毎日飽きもせず、何やらぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。そして時々いがみあったり、喧嘩もしたりする。
リスとフォルがあまりにも険悪なときは、俺が全員を家の外に連れ出して鍛練をさせる。
『どうして私まで……』
『フォルも走るんだよ。足腰が弱いと、リスに気合いで負けちまうぜ?』
『走ります』
いつも無表情で不満げな四女(?)のフォルも、リスといっしょに汗を流したあとは、それなりに普通の笑みもみせるようになった。
「お?」
家に置いている魔法通信のカラクリには定期的に情報が映し出されるようになった。
「どうしたの、トラ」
「なにか情報かも」
魔法師ラグロース・グロスカの仕込みだ。
逃亡した魔法師リューゼリオンの行方はまだつかめない。追跡自体は行われているようだ。魔法師ラグロース・グロスカの数少ない手駒、王政府のエージェントたちが地道に情報を集めているようだ。
国内に潜伏していることは確からしい。
「近郊の町に潜伏か。西の町サイグーン」
具体的な情報がついに出てきた。
一気に包囲して捕まえればよいのだが、エージェントには荷が重いのだろう。
やはり反撃を警戒しているのか。与えてしまった時間的猶予を、魔法師リューゼリオンがどう使うか未知数だ。
他国への逃亡の資金集めに奔走、あるいは恨み辛みだけを蓄積させ、怨恨で反撃に打ってでるか……。
こちらもパーティを編成し、一気に取っ捕まえたいところだが。下手なメンツを誘うのは危険だ。
できれば最小限の信頼できるメンバーだけで挑みたい。
「トラくん」
リビングダイニングにアララールが来た。
まるで商店街で買い物でもするような、気軽な感じの普段着姿で。ここのところは昼間も普通に起きて活動している。
フォルとイムが両側に寄り添っていた。まるで実の母娘のようにそれぞれの手を握っている。
「……」
それを見たリスが微かに表情を曇らせた。
「アララール、いま魔法師の居所がわかったんだ」
「行ってくればいいわ。この子たちもつれて」
「しかし」
「旅をしながら紡ぐ絆は、何ものにも代えがたい……。そうでしょう?」
「……それは」
昔に俺がだれかに話したセリフだった。
あのときはもう人間の姿となったアララールが傍らにいたんだっけ。
「リスとイムはもちろん、フォルとペリドも。虚ろなる肉体と魂と記憶……。それぞれの縫合は終わっているわ。あとは、この世界の片隅でどう生きてゆくか、それを見つける段階なの」
「……。よくわからんが、外で修行、実戦あるのみってことだな」
「ふふ、当たらずとも遠からず、ね」
アララールは微笑んだ。
「よし、そうと決まれば出発の準備だ! そしてリス……! おまえが、リーダーだ!」
「え、えぇえ!?」