仲良しシスターズ?
◇
「馬の名前はモモとミミ、草食だからエサ代はかからないよ」
「肉食の馬なら買わねぇぜ」
俺はその日のうちにエストヴァリイの町へ行き、馬車を買った。これからは移動が増える。乗合馬車や馬屋のレンタルでは都合が悪いからだ。
魔法師ラグロース・グロスカから受けた秘密の依頼――。
それは極秘情報を持ち逃亡した魔法師、リューゼリオンを捕まえ、極秘情報を奪還または消去することだ。
ラグロース・グロスカからもたらされた情報によれば、当然、王政府の諜報員たちも行方を追っているという。国外への逃亡も実は容易ではない。今のところは王都近郊に潜伏し、周辺の町や村を転々としているらしい。
請け負った以上は諜報員たちよりも早く見つけ出し、身柄を確保したい。
金貨12枚を現金で渡すと、質屋の親父は上機嫌。
「うほ、気前がいいや、毎度ありダンナ!」
「急ぎの用事があるんでな」
「旅ですかい? それなら客車の中の日用品や雑貨も、一緒にもっていってくだせぇ」
「それは助かるぜ」
客室の中には鍋や練炭、その他にも使えそうな生活雑貨がそのまま残されていた。乾燥食料の袋も見える。
「どうせ処分しなきゃなんねぇし、困ってたんでさぁ」
「……だろうと思ったぜ」
質屋の親父と契約成立の握手を交わす。
質屋の前で売られていた馬車を見つけ、即断即決だ。
中古の客車に馬二頭、しめて金貨12枚。客車は幌付きで長い旅もできそうだ。
俺の見込みどおり賭場の近所にある質屋で売られていた。
「トラ、どうしてここで馬車を売っているってわかったのダ?」
イムが不思議そうに尋ねてきた。
「そりゃおめぇ、賭け事で負けた挙げ句、商売道具まで質入れしちまうバカがいるからさ」
「ほー?」
イムが感心した様子で目を輝かせた。そして馬たちに駆け寄って鼻先を突き合わせると、何やら話しかける。
「これからよろしくなのダ!」
『ブヒュルル……』
話が通じるのか、馬たちはイムに顔をすりつけ機嫌良さげに嘶いた。
「あの娘、ウマと話せるのですかい?」
質屋の親父が目を丸くする。珍しい銀狼の半獣人イムは、町中でも視線を集めていた。馬は静かにイムに撫でられている。
「垣根が無ぇんだよ」
「なるほどねぇ……。実は馬が暴れて困ってたんでさぁ」
質屋の親父がボソッと漏らし、慌てて愛想笑いを浮かべる。
「……暴れ馬かよ」
「あっいえいえ! あっしに対して警戒してたってことでしょうが……。娘さんには懐いたようで……」
金貨を握りしめてヘコヘコすると、手綱をほどきイムに手渡した。
「オラたちの仲間なのダ!」
「なるほど、垣根がねぇや」
ちなみに支払いに使った金貨は魔法師ラグロース・グロスカからもらった聖金貨ではない。
こんな田舎町で使うほど世間知らずじゃない。あれは儀礼用の記念硬貨みたいな代物だから、俺のような庶民が持っていたら盗んだと疑われるのがオチだ。
俺は教養は無いが、人生の経験だけはある。
まずギルド関係で長年付き合いのあった両替商に赴いて、10枚だけを換金。市中流通する普通の金貨30枚と交換した。手数料で銀貨5枚も取られたが、取引の情報を漏らされる心配も無い秘密厳守の店だから安いもの。賭け事で大金を手に入れた奴が、帰り道に襲われる……なんて話はよくあることだからな。
昨夜のこともあるし、アララールやリスたちと平穏に暮らすためにもそれなりに慎重にいこう。
近くの屋台で軽食を取る。
イムは串焼き肉にご満悦。
一人だけ特別扱いもアレなので、家の居残り組のために甘い砂糖菓子を買い込んだ。アララールいわく「女の子は甘いものがすき」らしいからな。
リスは喜ぶだろうし、他の二人も嫌いなわけもないだろう。
「じゃぁいくか!」
「モモ、ミミ、出発なのダー!」
『ブヒュル』『ヒヒン!』
御者席にイムと並んで腰掛けて出発、帰宅の途につく。
「うーむ、自家用馬車か! いいな」
エストヴァリィの町並みも、馬車からの眺めはまた違う。
手綱は俺が握っているが、隣でイムは楽しそうに銀色の尻尾の先端をふさふさと左右に動かしている。
「ジプシーや行商人も悪かねぇな」
「みんなで旅をしたら楽しそうなのダー」
「そうだな、この仕事が片付いたら……考えてみてもいいな」
「おー!」
イムは笑うと犬歯が覗く。リスとは違って単純で素直なところが可愛いやつだ。
馬車購入にあたっては、イムだけを連れてきた。
理由は簡単で「魔法士リューゼリオンのニオイ」を知っていて、嗅ぎ分けることができるからだ。だが、さすがに棚ぼた式に魔法師発見、とはならなかった。
家にはリスを筆頭に、三人の姉妹達を残してきた。
正式に居候が決定したペリドと、グロスカから託されたフォルとかいう娘だ。ペリドは自分を戦時捕虜だと信じ込んでいるのか、妙な感じにしおらしい。もう一人の新参者も、お嬢様風で物静か。置物みたいに無害な感じがした。
いちばん煩くて口が悪いのがリスだったわけだが……。
今は彼女たちのリーダーでまとめ役として、期待したいところだ。
しばらく馬車で進み小高い丘を越える。草原地帯の中に取り残された島のような、小さな森のなかに我が家がある。
茅葺屋根の古い家、煙突からは煙が立ち昇っている。
いまごろリスたちは仲良く夕飯の支度でも始めている頃だろうか。
人数も増えて賑やかになったが、もうここまでくると二人増えるのも三人増えるのも同じようなものだ。いや、単に麻痺してんのか?
「あ、お家が見えてきたのダ……?」
イムがすん、と鼻を鳴らした。犬みたいな耳を側立て、何かの気配を探っている。
「どうした、イム」
「声が……それに血の臭いなのダ!」
「なにッ!?」
まさか、また襲撃か!?
「くそっ! みんな無事か……!」
俺は慌てて馬にムチを入れた。凸凹した道を急いで進み家の庭先が見えてきた。
大柄なペリドがオロオロと見守るまえで、二人の少女たちが何事か争っている。
「何よ出来損ない」
「なめんなオラ!」
リスとフォルが殴り合っていた。ビンタの応酬、取っ組み合いだ。
「何だ、何事だこりゃ!?」
馬車を急停車させると、そこにいた皆がハッとして一斉に振り返った。
「トラ……!」
「セカンドマスター」
赤毛のリスと青髪のフォルが互いの襟首をつかみ合っていた。口元が切れて血が流れている。
「な……なん?」
本気で殴り合ったのか!?
「停戦! 一時休戦を!」
そこでようやくメイド服姿のペリドが割って入る。
「わかったか、この石頭!」
「出来損ないの3号こそ、私に従うべき」
「なにをこの……!」
「やめ、止めてください停戦遵守!」
「あわわ、トラのあるじ……」
俺は戸惑うイムを馬車の御者席に残し、争っている二人に近づいた。
「んぎゃっ!」
「きゃふ!?」
ごちんとゲンコツを二人の脳天に落とす。
「痛ったぁ……」
「殴った、マスターにも殴られたこと無いのに」
二人は涙目になりながら、目を瞬かせた。
「まぁ落ち着け、話は聞くからよ。……甘いものでも食うか?」
やれやれだぜ。
仲良し姉妹? じょうだんじゃねぇ。
俺は内心、深い溜め息を吐いていた。




