古き友人からの依頼(クエスト)
ペリドがテキパキとテーブルと椅子を並べ、テーブルクロスをぶわさっ……と被せた。
「飲茶拠点、設営完了!」
「手際は良いが敬礼はいらんだろ」
「カップを並べてっと、お客様はこちらへ」
リスが間髪いれずティーカップをカチャカチャと並べ、椅子を引き魔法師を強引に座らせる。
「うむ……?」
「アンタ……4号はここね」
「……ありがとう」
リスは青い髪の少女の名前をさらりと呼んだ。
見覚えがあると思ったが、町の喫茶店で見かけた少女だった。あのときは確か別の若い魔法師と一緒で……あいつが襲撃してきた金髪の魔法師、つまりはリューゼリオンとかいうやつか。
「トラはそこね」
「お、おう」
「さぁお茶をどうぞ!」
テーブルに置いたカップに向け、リスが茶を注いでゆく。勢いよくドボボ……と音を立てながら。
「うわ熱ッち! はねてんぞ」
「ごめーん」
作法も何もあったもんじゃないが、リスは楽しそうだ。それに自分から働くだけマシか。
「ほぅ……?」
魔法師ラグロース・グロスカもリスの様子を眺め、細い目をさらに細めていた。
俺は魔法師の対面に座っている。右側にはフォルと呼ばれた少女。服は貴族のお嬢様風で、シンプルだが上品な印象だ。
「こんなに歓迎していただけるとは」
「歓迎してもいねぇがよ」
「いえいえ、夕べの一件で私も一味だと思われて殺される可能性もありましたからね。かなり覚悟して来たのですよ」
ふぅん? コイツなりに緊張していたのか。
注がれたお茶は、アララールお手製のローズヒップのハーブティだ。澄んだピンク色と爽やかな香りがいい。毒殺しようってワケでもなさそうだ。
「アララールが茶をだせと言ったのか?」
「イエス・サー!」
ペリドが答えた。休めの姿勢で手を背後で組み、真正面を見据えながら。なにか仕事を頼まれると途端に軍人モードになるらしい。
「アララールがお客様にって」
照れ臭いのかそっぽを向くリス。
「素晴らしい……! 実によい子に調整されましたね。自然体がお見事です。3号が魔法拘束無しで、こんなに人間らしくなるとは」
「……ふん」
ラグロース・グロスカは感動したとばかりに拍手を送るが、リスは憮然とした表情で半眼の眼差しを返す。
「グロスカ、リスはもう俺の弟子だ。くだらねぇコトを言いに来たのなら帰れよ」
「トラ……」
「おや? 私、何か気に障ることを言いました? 称賛したつもりなのですが……。ふむ、実にいい香りのティーです」
こっちの憤りも意に介さず。優雅な仕草で茶に手をつけるラグロース・グロスカ。
こいつは古い知人だが、世界の中心は自分、己の都合だけで行動し生きる男だ。相手の都合や気持ちなど考えないし、他人を利用する事になんの躊躇いもない。かつてはパーティで旅も共にしたが、どうも生き方が気にくわない。
「うー」
イムは少し離れた位置でこちらを警戒していた。草むらにしゃがんだまま魔法師を睨みつけ、どうも落ちつかない様子だ。
「……姉妹達は私を恐れ、服従するよう、無意識下に心理制約の術式を仕込んでいました」
「そういうところが嫌われる要因だぜ」
「別に好かれる必要もないので」
「ったく」
てめえには人の心が無ぇのか?
ラグロース・グロスカは、リスやイム、ペリドも含めた娘たちの創造主、親みたいなものだ。
にもかかわらず、リスたちは心を開かず、来訪を歓迎してもいない。
実験動物のように扱い、使えないと失敗作扱い。簡単に捨てた。産み出しておきながら、責任感も何も無いひでぇ野郎だ。考えたら段々と腹がたってきた。
「トラリオンの調教……教育の賜物でしょう。師匠と弟子という抑制された二者の関係が、良い意味で精神的な安定、心の成長、強いては荒ぶる魂の安定化に、効果的に働いたのでしょう……」
「はぁ?」
「バカにされてることぐらい、あたしにもわかるんだけど!?」
唖然とする俺の横から、リスが身を乗りだしてテーブルを叩いた。ガチャン、とティーカップが音を立てた。咄嗟に青髪の少女が右手で手刀を形作る。
「お止しなさい4号」
「……イエス、マスター」
すっと手をテーブルに下ろした。
「今の君では3号に勝てません。状況判断能力、反応速度、戦闘ロジックに竜闘術……。格段に進化していますから」
「褒められているってことぐらい、あたしにもわかるわ」
ふんっと鼻息も荒く腕組みをするリス。気がつくとペリドも俺の左斜め後方で仁王立ち。なんだかマフィアのボスにでもなった気分だ。
「そう、誉めたのですよ。ここは魔術を志すものなら誰もが恐れる虎の穴。伝説の魔女の聖域……。無自覚なる『聖域の番人』たるトラリオンに守護された結界領域です。しかし、ここは姉妹達の理想的な矯…………保護施設となりました。毒を以て毒を制す場所、というわけです」
矯正施設だのと抜かしやがったら、テーブルを蹴ってヤツの肋骨を砕くところだった。
俺のガン飛ばしに気付いたらしく、薄ら笑いをうかべている。
「てめぇの言いてぇことは察しがつくぜ。だが、お前の思惑とは違って、こちとら楽しく暮らしてんだよ」
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。リスが「そうそう」とばかりに頷く。
「それは何よりです。私も試作品の姉妹達の元気な様子が見られて安心しました。そこで……と言っては何ですが、正式に5号も預かって欲しいのです」
「んはぁ!?」
「よかったじゃんペリド」
「はい、これで正式な捕虜として」
「群れが大きくなるのは嬉しいのダ!」
「いや!? おまえら勝手にきめんな!」
あと正式な捕虜ってなんだ。
「先程お話しした通り、5号を任せていた部下、魔法師リューゼリオンが行方不明。どうやら昨夜の襲撃に関与していて……と、ご存じですね」
「あぁ」
「彼はあろうことか姉妹達の研究成果、機密情報を盗み出して行方をくらましたのです。そこに今朝の流星落下騒ぎ……。私は昨夜から後始末と王政府への説明やら火消しやら、本当に大わらわです。ほとほと疲れ果てました」
どうやらそれは本当らしい。目の下には深い隈があり疲労の色が見える。かなりゲンナリしている様子だ。
「それは、自業自得だろうがよ」
どうせコキ使ったんだろ。部下も嫌になるだろうぜ。
「耳がいたい。その通りです。王宮魔法師のトップに上り詰めていながら、頼れる人間が……君しかいないとは」
「ははは、冗談きついぜ。俺なんざ頼るんじゃねぇよ」
「トラリオン。貴方の力を貸してほしいのです」
真剣な眼差しで言った。
「嫌だぜ。頭のおかしな魔法師の探索なんてよ」
「無論、タダとは言いません」
どちゃっ、と重々しい音がした。見ればテーブルには拳サイズの革袋が載せられている。フォルが袋の紐を解くと黄金の輝きに目を奪われた。
「王国の聖金貨百枚です」
「……んなっ!」
聖金貨だと!?
市中に流通している金貨より純度が高く、国家間の交易などに利用されるものだ。街の両替商なら並の金貨3枚程度に換金可能。てことは金貨3百枚分相当……。
「金の力にモノを言わせようと思いまして」
「お、おぅ……?」
だから友達がいねぇんだよ、とツッこみを入れるのも忘れてしまうほどの大金だ。
「流石に全額は渡せません。前金で50。成功報酬で50でどうです?」
大丈夫かコイツ、疲れすぎて判断力がおかしくなってんじゃねぇのか?
「悪くないが……。依頼は、魔法師リューゼリオンとかいうやつを取っ捕まえることか?」
そんだけ金がありゃ、ギルドに頼んだほうがいい。金貨を使ってギルドで人を雇い、追い込みをかければ簡単そうだが。
「今の私には時間も手間も惜しい。依頼するギルドへのツテも無い……。ここに出向くのにも苦労しました。役人や貴族の包囲網を潜り抜け、朝食後の休憩という名目で……」
深いため息を吐く。
「なるほどな。王宮魔法師様はご多忙ってわけか」
「王宮内は様々な勢力が蠢く魔窟……。と、それはさておき。依頼を受けていただけますか?」
しばし考えたが、金は魅力的だ。
これからの暮らしもある。
俺が直接出歩かずとも、ギルドで信頼のおけるメンツで追撃隊を組織すりゃいい。これは俺にとっては簡単な話だが、ラグロース・グロスカには難しい。
いろいろと軋轢はあるが、ここは役割分担。
ビジネスライクにいこう。
「わかった、やるぜ」
「そうこなくては」
「正直、金は欲しいが、俺だけじゃ無理だ。ギルドに下請けを頼むことになる」
対人クエスト、特に人探しは手間と時間、経費がかかる。ギルドに協力依頼をすれば、丸儲けとはいかないだろうがそれでも大金は手元に残る。
「その辺はおまかせします。メインの依頼は魔法師リューゼリオンの捕獲と、機密情報を取り返す、もしくは抹消」
穏やかじゃねぇが、対人クエストは仇討ちに暗殺、そういうものだ。
「相手は一人だろ?」
「だといいのですが。姉妹達研究成果、実用段階のエレメンツを保有している可能性があります」
「エレメンツ?」
「人造勇者製造計画の集大成。だから姉妹である貴方たちに頼むのですよ」
ラグロース・グロスカは真顔で言い、リスたちを見回した。
どうやら同じような訳アリの何かを連れている可能性がある、ということか。事実、ペリドを連れ回していたわけだからな。
「……わかったよ。しかし雲をつかむような話だが、そいつが行く宛に心当たりは?」
「おそらく隣国の精強なる軍事国家ガルドバラム。追跡には4号がリューゼリオンに繋いでいた魔法糸の痕跡と……。そこの2号の鼻も役立つでしょう」
「オラか?」
「おいおい、その娘まで置いていく気か!?」
「私の近くにいては危険なのです」
「危険……」
フォルと呼ばれた少女は、僅かにうつむいた。
残された研究成果として狙われてしまうってことか?
だが人探しに役立つなら願ったり叶ったりだ。
「ところでよ、メインの依頼の他に何かあるのか?」
「えぇ」
魔法師は表情を緩めた。
「もうひとつの依頼は4号と5号の保護、リスとイムの継続的な養育。それと……」
すべてを押し付けるつもりかよ! と言いかけてぐっとこらえる。
「……それと?」
「笑顔を教えてあげてください」
「……!」
楽しげに笑うリスが脳裏に浮かぶ。
ごく普通の少女のような、弾むような声も。
「私には教えてあげられなかった事です」
魔法師は席を立った。
「てめぇ」
「トラリオン、古き友人の君にしか頼めないのです」
くそ……こいつめ。
魔法師は踵を返し去って行く。
気がつくとリスやイム、ペリドにフォルの視線が俺に向けられていた。
「あぁいいぜ、まかせときな!」




