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魔法師ラグロース・グロスカの困惑

 ◇


 魔法師の接近に最初に勘づいたのはイムだ。

「オラの知っているニオイなのダ!」

 そう言ってイムは家を飛び出していった。

 まるで番犬みたいだが、相手にいきなり噛みつきやしないかと不安になる。

「ったく、勝手に飛び出しやがって」


「お客様は二人よ」

「わかるのかアララール」

「もちろん」

 アララールも結界によって接近を察知していたらしい。お客様(・・・)という言い回しは敵意が感じられない、という意味だ。

「ラグロース・グロスカか……」

「魔法師、馴染みの()ね」

 アララールもヤツとは顔見知りだ。十年前のドラゴン遭遇戦当時のメンバーだったのだから。

「もう一人は……誰かしら。似た気配なら知っているけれど」

「ちょいと見てくる」

 もう一人は新顔か。俺はアララールを残し部屋を後にした。


 王都は今、流星が墜ちて大騒ぎだ。

 このタイミングでやってくる魔法師となれば、昨夜の襲撃者の一味か、世話になっているギルドの魔法師かと思っていた。

 しかし、予想に反してあの男がやって来た。

 リスとイム……いや、ペリドも含めれば三人の姉妹達(シスターズ)の生みの親、魔法師ラグロース・グロスカが。


「あたしもいく!」

「リスはペリドと家で待ってろ」

「なによ、トラのケチ」

「全員で行ってどうする。何かあったときのバックアップだ」

「むー」

「家の司令官(コマンダー)、トラ殿による作戦指示は的確です。自分達は拠点防衛を命じられました。これも重要な任務かと」

 膨れっ面のリスはむしろペリドに諭される。けれどこれにカチンときたのか、

「アンタね! 指示にならなんでも従うの!? ちょっとは自分で考えなさいよ。そんなんだから、ワケのわからない連中に利用されるのよ!」

「リス殿……面目次第もございません」

「あとさ!」

 リスは苛立たしげにペリドを真正面から睨み付けた。体格差のあるペリドが気圧されている。

「その、殿とか敬語もやめて」

「リス……」

「この家に居たかったらね!」


 なんでリスが家を仕切ってんだよ……とツッこみを入れたかったが、それはあとだ。

「とにかく頼むぜ」

 俺はイムの後を追う。

 玄関先から家の周囲を見渡すと、銀狼みたいな尻尾と髪をなびかせて、イムが駆けて行くのが見えた。

 すでに百メルほど先の草原と森が続く道、そこから家へと分岐する小道だ。

 ちょうど昨夜、俺とイムが侵入者と最初に遭遇、戦ったあたりだ。

 イムはそこに現れた二人のまえで急停止して、対峙する。急いで向かうと、黒マントの人物と青い髪の少女の二人組だった。


「久しぶりですね、トラリオン・ボルタ」


 陰気なカマキリのような男が俺の名を口にする。

「そろそろ来る頃だと思っていたぜ。ラグロース・グロスカ」

 宮廷魔法師の法衣に身を包み、最上位魔法師のマントを誇らしげに羽織っている。野良の冒険者から出世したものだが、何を考えているかわからない表情は相変わらず。

 ヤツは家の敷地には立ち入らず、俺が来るのを待っていたようだ。


「トラのあるじ……!」

 イムが「どうしたらいい!?」という表情で振り返った。狼のような耳と尻尾が揺れる。イムが対峙しているのは、無表情で佇む青色ショートヘアの少女だ。


3号(リス)に続き、2号(イム)も手懐けるとはね、流石です。それに……今朝は5号(ペリド)もお世話になっているようですね」

 飄々(ひょうひょう)とした口調でイムを眺め、目を細める。


「う”ー」

 イムは警戒しながら、ゆっくりと後ずさり。俺の横に戻ってきた。

「あいつらに見覚えは?」

「あるのダ。ニオイを覚えてる。でも……誰だか思い出せないのダ」

 イムはふるふると首を振った。魔法か何かで記憶を操作された後遺症だろうか。


「元気そうで何よりです」

「勝手に次々と面倒を押し付けやがって! どれだけ苦労してると思ってるんだ」

「オラは面倒なのカ……?」

 イムが悲しげな表情になり耳を垂らす。

「あっ!? そ、そうとは言ってねぇよ」

 いや……苦労はしているんだけどもよ。

「リスのあるじも、イムも……迷惑なのカ?」

「なわけあるか、あぁくそう! 楽しいぜ可愛い弟子だからな」

 くそう、そんな捨て犬みたいな目をするんじゃねぇと思わず頭をくしゃっと撫でてやる。

「えへへ、なのダ」


「……プッ。そういうところですよトラリオン。貴方は不細工でガサツな男ですが、昔から面倒見は良かった」

「不細工とガサツは余計だぜコラ!」

「失敬」

 こいつは喧嘩しにきたのか?

 まさか、夕べの襲撃のラスボスじゃあるめぇな。


「襲撃の黒幕はお前か? 事と次第によっちゃ許さねぇぞ」

「めっそうもない。違います。夕べの件に関しては、私ではありません」

 明確に否定する。

 表情は変わらないが声色は真剣だった。長い付き合い故か、ヤツが嘘をついているかぐらいはわかる。夕べの襲撃に関しては(・・・・)……か。


「だが無関係ってワケじゃねぇだろうが。イムやペリドの創造主様なんだろ?」


「夕べの騒ぎはお気の毒でしたが……。むしろ事件に関しては私も被害者でして。人造勇者製造計画の試作体五号、ペリドを持ち出されたあげく、勝手に使われ困っていたのです」

 眉をまげ、おおげさに肩をすくめる。

「その犯人は……」

「ご存じかもしれませんが、クズナルド氏です。四大貴族ロシナール家の次期当主」

 襲撃者の黒幕はクズナルドで確定か。ヤツがいろいろと好き勝手やらかした……といったところか。

 アララールを狙った理由は、おそらく竜の力。意にそぐわないリスやイムへの制裁、あてつけもあるだろうが。


「クズナルドとかいう野郎なら、今朝がた星に潰されただろ」

「そう! 今朝の流星落下は私も驚き、腰を抜かしました! まさか古代の極大級魔法、星を落とす魔法を見られるとは思ってもみませんでした」

 興奮し、薄気味の悪い笑みをうかべる。コイツ、魔法オタクだったな。


「ま、魔法の事はいいぜ」

 ラグロース・グロスカは表情を引き締め、

「コホン、失敬。昨夜の襲撃は正直、私も困惑しています。クズナルド氏の独断先行の暴走。スポンサーであるロシナール家とは良い関係を続けていたのですが……。残念なことです」


「それで天罰を受けたんだろ」

「話はそう簡単ではありません。実はご子息のクズナルド氏が、私どもの長年の研究成果を持ち逃げしましてね」

「なんだって……?」

 研究成果?

 なんの事だ。いや、頭の悪い俺でも話の流れでわかる。リスやイム、ペリドを造り出したという魔法の研究の事か。


「無論、クズナルド氏に研究成果を有効活用できるはずもありません。持ち出すにしても一人では無理。専門知識をもつ者の協力が不可欠です。どうやら私の部下……リューゼリオンが一枚噛んでおりまして……。おおかた、他国にでも売るつもりだったのでしょう」

 悲劇の主人公でも気取るように、困惑の色を浮かべている。下手な芝居を見せに来たのか?


「俺には関係ない。ここには何の用で来た?」

「そこが少々込み入った話でして……」

 困ったような表情で傍らの青髪の少女に視線を向ける。

 俺はため息を吐いた。すでに十分込み入っているだろ。


「家で茶でも飲みながら話すか?」

 冗談めかして提案する。

「魔女の聖域に入り込むのは、ご遠慮させていただきたいですな」

 苦笑じみた顔をするが本音らしい。

 どうもラグロース・グロスカはアララールを本気で怖がっているようだ。あるいは魔法師なりの敬意か。よくわからないが魔法師には暗黙のルールがあるのだろう。

 夕べの襲撃者の魔法師どもは無作法に土足で踏み込んで、アララールに瞬殺されたわけだしな。


「じゃぁ端的に話せよ」

「仕事の依頼です。トラリオン。君と、君を信頼しているこの子たちにしか頼めない」

「あ?」

 それはどういう……。


「トラー!」

 リスの声がした。振り返ると赤毛と緑髪の少女が近づいてくる。

「お客様にお茶をと、奥方様が」

 ペリドが外用のテーブルと椅子を数脚、それに大型のパラソルを抱え、運んでくるのが見えた。

 リスはお茶セットを手にしている。どうやら敷地の外でお茶をどうぞ、ということらしい。


 ラグロース・グロスカは俺に近づくと小声でささやいた。

「……研究成果を持ち逃げした不肖の弟子、リューゼリオンの追撃を頼みたいのです。もちろん、それなりの報酬も払います」

「なるほど。話は聞くぜ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「あいつらに見覚えは?」 「あるのダ。ニオイを覚えてる。でも……加齢臭がキツくてよく思い出せないのダ」
[良い点] 一難去ってまた一難。 敵は撃退したものの、トラの腰の調子が悪い。 治癒魔法にも限度があるとアララールは困っていた。 そして何気なく目に入った魔法の映像投映装置。 ついスイッチを入れたところ…
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