星辰(せいしん)の魔女
「さっきの流星が王都に墜ちたってのか!」
「そんなことってある!?」
「願い事できなかったのダ……」
――現場よりお伝えします! 王都ヨインシュハルト商業地区の郊外では、天空より飛来した星が落下! 大きな被害が発生しました。ご覧ください! 星が直撃したと思われるロシナール商会の建物が完全に崩壊し、跡形もありません。威力の大きさを物語っております……!
魔法による映像配信は、生々しい現場の様子を伝えていた。俺たちは魔法の映像配信に視線が釘付けになった。
テロップには『天から星が落下!? ロシナール商会・軍需通商ギルドが壊滅! 怪我人多数、クズナルド氏が安否不明』と映し出されている。
「ロシナール商会って貴族のことだよね? あそこにあいつが?」
「おそらくな」
リスが映像を見つめたまま戸惑いがちに問いかけてきた。
ロシナール家の屋敷で、リスに様々な嫌がらせや虐待をしていたのがバカ息子のクズナルドだったはずだ。
「あの建物といっしょに……ブッつぶれた」
「あの様子じゃぁ助からねぇよ。天罰ってやつさ」
昨夜、うちを襲撃した強盗団。それを裏で糸を引いていたのが、ロシナール伯爵家の嫡男、クズナルドだ。それはペリドの自白から明らかにされたことだ。
――クズナルド氏の安否は不明ですが、昨夜から軍需通商ギルドの建物にいたという情報が確認されています!
映像の向こうではレポーターが手元のメモを読み上げていた。
瓦礫の中を捜索している衛兵がみえる。落下地点の周囲は倉庫街で、物資の集積所だったらしく馬車が横転したり、積み荷が散乱したりとひどい有様だ。
これで死者がいない(クズナルド以外は)というのは奇跡的だろう。
と、タンカに乗せられ運ばれていく怪我人が数人いた。早速、レポーターが駆け寄って魔法のマイクを押し付けてインタビューを試みる。
『怪我人さん、星が墜ちるのを見ましたか!? 今のお気持ちは!?』
『痛てて…‥!』
『マイクを押し付けるな!』
遠慮も何もありゃしねぇ。怪我人相手にレポーターが強引に質問するが、黒焦げの一人に見覚えがあった。
「って、あいつギルメンじゃねぇか! 『モンスタァ★フレンズ』の連中だ」
「そうなの?」
「昔あいつのパーティに参加したことがあるからな。ギルドの酒場にもいただろ」
リスは小首を傾げる。覚えていないようだが、リスを気に入っているバカ共の一人だ。そこそこベテランの戦士だったはずだ。
『ゲホゲホ、俺らがクズナルドの野郎をブン殴……抗議しようって乗り込んだんだよ! そしたら空から、ヒュードカーンってな!』
『クズナルド氏に対して抗議ですか? いったい何があったんです? こちらの建物は貴族四名家のロシナール家の所有なのですよ!?』
『オレたちのリスちゃんを襲いやがったんだ!』
『えっ!?』
レポーターはそこに食いついた。ジャーナリスト魂に火がついた、とばかりにカメラに視線を向けてロシナール家という部分を大声で強調する。
『クズナルドの野郎は、裏で盗賊団を指揮してやがったんだよ!』
『ごっ、強盗団をですか!? ロシナール家のご子息が強盗団を指揮していた!? 裏でそんなことが!? 王都のみなさん、お聞きになりましたでしょうか? 驚くべき情報が出てまいりました…‥! おおっと、ここで魔法のチャンネル登録をお忘れなく! こちら王都キレキレ動画! キレッキレ動画!』
面白そうなネタに食いついて、ぐいぐい宣伝してやがる。魔法の動画の視聴者数もぐんぐん伸びているのだろう。画面に占める割合が大きくなる。早速、ロシナール家のクズナルドと強盗団との疑惑について字幕が流れ始めている。
『しかし本当ですか? にわかには信じれませんが』
『いっ痛てて……! 本当だよ! ウチらのギルドで映像が流れてたんだよ! 録画されてると思うぜ……。それによ強盗の一人が自白してやがったぜ! クズナルドに命じられたってよ』
『だから、あの星は天罰だよ!』
「あれは自分のことです。襲撃に加担した者として罰を……軍法会議を待つばかりです」
神妙な顔つきでペリドがうつむき、拳を握りしめている。
「軍法会議もねぇよ! まぁ、いろいろ言いたいことはあるけどよ。この朝食に免じて許してやるよ」
「そんな、トラリオン様」
「全部、クズナルドとかいう野郎に命令されたことなんだろ? リスも言ってたぜ」
魔法か何だか知らねぇが、逆らえないようにされていたのだろう。
リスとイムで手口は分かっている。
おおかた寝返ったリスやイムに制裁を加えるつもり、あるいは魔女のアララールの魔力欲しさに捕まえてやろうという魂胆だったのだろう。
昔も何度かアララールにちょっかいを出しに来た魔法師はいた。
だが襲撃部隊を組織してきたのはクズナルドとやらがはじめてだ。
「トラリオン様お願いです。自分を捕虜として、いえ奴隷メイドとして! 激しく……苛烈に、コキ使ってください!」
ペリドが一気にまくしたて、上気した表情で頭を下げた。
「なんで興奮してんだよ!?」
でっけぇ図体しやがってからに、マゾっ気でもあるのかコイツは。
『つまり、クズナルド氏が強盗団を指揮し、リスさんという女性を誘拐あるいは暴行しようとしていた。その天罰として星が墜ちた……と!?』
『『『そうだよ! ざまぁみろ!』』』
黒焦げギルメンたちが魔法のカメラに向かって中指を立てる。
「なんか凄いこと言ってない?」
「あんのバカどもが……」
思わず頭を抱えるが、当たらずとも遠からず。
いずれにせよ襲撃者を差し向けてきたクズナルドこそが黒幕だ。そして天罰が下った。
事実星が降った。
星の一撃はアララールの怒りの商業地区の郊外だろうか。以前から星を操る魔女だとはいっていたが……。
瓦礫の山を探索していた衛兵が何かを叫んでいる。
『あっ!? どうやら遺体が発見されたようです! クズナルド氏でしょうか!?』
レポーターが現場へとすっ飛んでゆくのを魔法のカメラが追う。
『クズナルド氏……死亡確認!』
衛兵が叫ぶと字幕が加わった。
「ちっ」
俺はリスたちをリビングに残し、寝室へとむかった。
アララールは寝台の上で起き上がり、目をこすっていた。
「あ、おはよ……トラくん」
「起きたかアララール」
「うん……今から二度寝する」
ぱたんと再び横になる。俺は肩を揺さぶって、
「まてまて、今王都で騒ぎになってるんだ! 星が墜ちて、昨夜の襲撃団の黒幕が……死んだ」
「死んだ?」
「クズナルドって野郎だ。クソ貴族のご子息でリスを虐待していたやつでもあるがよ、天から星が墜ちて館ごと木っ端微塵……。他に死者はいねぇようだが」
一気にまくしたてるとアララールは目を瞬かせた。ようやく目が覚めたのか起き上がり、そして寝台の上で膝を抱えて丸くなった。
「トラくん、それ私かも」
「かも……って。やっぱりお前の仕業なんだな」
「別の魔法で思い知らせようと思ったのに。まさか『星の鉄槌』が起動しちゃうなんて」
「本当に星を降らせたのかよ!?」
「うん……」
呆れた。
アララールはドラゴンに化けられるほどの魔女だ。
今更何ができても驚きはしねぇが……。マジで星まで降らせられるとは。
しかし、だ。
アララールはかつてもう誰も殺さないと誓った。それでも悪党とはいえ人が死んだ。
「っと、別に責めちゃいねぇぜ。むしろスッキリしたくらいだ。クズ野郎がぶっとんで、リスも同じ気持ちだろうし」
「トラくん」
「だが怪我人も出た。ちょっと……やりすぎだぜ」
俺は寝台の縁に腰掛けた。アララールの背中を撫でながら抱き寄せる。
「……ごめん。力を制御できなかったの。まだ魔力回路が修復しきれていないのに、私の最強魔法……星辰の魔法が発動したの」
――太古、衛星軌道上に無数に配置した鉄杭への制御シークエンスが回復。
そこへ目標座標測定術式がリンクして、大気圏へ再突入。高高度・対人目標貫通打撃モード。なんとか減速し、着弾威力は千分の一に抑えたわ。
アララールは早口で何かつぶやいたが俺にはまるで理解できなかった。
「なんだかわからんが……無茶をしたんだな」
「ううん。怒りと恐怖の感情に飲まれたの」
「俺の方こそ、護りきれなくてすまなかった」
本はといえば俺が、襲撃者を撃退できなかったことが原因だ。だからアララールも不完全なまま魔法を使わざるを得なかった。
「家が襲われたとき……本当はとても怖かったの」
「アララール?」
思わぬ告白に俺は息を呑んだ。憂いを帯びたまつげが震えている。
「この幸せが壊れちゃうかも、奪われてしまうかもって。……そう思って。それで」
「そうか」
今の暮らしが……。リスやイムといった家族が増えていくことも、アララールにとっての幸せなのか。
だから禁忌として封印したはずの古代の超魔法、魔法のリミッターを次々と解除した。
自分に科していた枷をはずし、魔法師どもを撃退。さらに星を降らせて首謀者さえ滅殺してしまった。
「ありがとよ、アララール」
「トラくん」
抱き寄せておでこにキスをする。
「トラ! アララーっきゃ!?」
リスが飛び込んできて急停止。ぱっと顔を赤らめる。
俺たちはぱっと身を離した。
「どうした、リス」
「それが……イムが魔法師が近づいているって! 飛びだしていった」
「魔法師!?」
俺は立ち上がった。
「たぶん、あいつだと思う」
あいつ……?
ラグロース・グロスカか!




