幕間 ~ざまぁ、滅亡のクズナルド~
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王都ヨインシュハルト、商業地区郊外。ロシナール商会・軍需通商ギルド執務室。
「ぜ……全滅!? 全滅とはどういうことだ!? おいっ!」
朝日が照らす執務室に、甲高い声が響いた。
「ク、クズナルド様……! 申し上げたとおり、当方の被害は甚大です。強襲隊全員が返り討ちに。重傷者10名、再起不能となった者もおります。これ以上は……」
消え入るような声で『スマイル連合』のギルマスは頭を垂れた。
「失敗したっていうことか!?」
「そ、そんなことはないのですが……。戦力の大半を失い、これ以上の作戦遂行は困難でして」
「それを失敗って言うんだよ! ボクに恥をかかせやがって!」
耳障りな声で罵倒される。
魔女に化けたドラゴンを狩る……という作戦は失敗した。冒険者ギルド『スマイル連合』の精鋭、Aランカー以上の猛者ばかりを集めたにも拘らず、壊滅的な被害を被った。
相手は魔女と格闘術師、それに小娘が二人。
対してこちらは十五人以上。武装した戦士と戦闘魔法師を差し向けたにも拘らず、だ。
戦力差は圧倒的。相手は夜中の急襲に怯え、震え上がって命乞い。ゆえに楽勝……のはずだった。
しかし――結果は全滅。
魔女は「ドラゴンが化けている」という次元ではなかった。半狂乱で帰投した連中によれば「悪魔、あるいは真の魔女」だったと。
それだけではない。格闘術使いのトラリオンという男もただ者ではなかった。それに小娘たちも共闘し、戦力差をあっというまにひっくり返したのだ。
「何がギルド最強の戦力だ! この役立たずめが! キィエエエエ!」
半ギレで叫ぶと、小男は朝食を載せた銀の器を投げつけた。ギルマスの真横をかすめ、背後で激しい音を立てる。
「か……返すことばもございません」
ギルドの被害は甚大だ。各パーティの主戦力を引き抜いた代償はあまりにも大きかった。
それだけではない。
朝になり、ガラの悪い連中が『スマイル連合』ギルドに乗り込んできて大騒ぎとなった。
夕べの襲撃を知った連中が、抗議に押し掛けてきたのだ。それは、トラリオンが所属していた『モンスタァ★フレンズ』の冒険者たちだった。
『俺らのパイセンに何してくれてンの!? あぁ!』
『押し込み強盗はご法度じゃねぇのか!?』
『リスちゃんを襲うとか、殺されてぇのか!』
『マジでこのギルド潰すぞコラ!』
――ひぃい……!?
事情を知らないギルドの面々は怯え、参加して返り討ちにあった連中は袋叩きにされそうになった。
「それに、表の騒ぎはなんだ!? なぜ冒険者がロシナール商会前にいる!?」
オラついた冒険者数人が商会前でモメている。
衛兵が止めに入っているが「夕べの襲撃の主犯がここなんだよ!」「録画をみりゃぁわかる!」と大騒ぎになっている。
「……どうやら昨夜の襲撃は、すべて映像で中継されていたらしくて」
「バカか貴様! そんなことは予想できただろう! 映像中継の妨害魔法は!? そのための魔法師もいただろう!」
目を血走らせて叫ぶクズナルド。
「それは申し上げた通り、魔女に瞬殺されまして」
ギルマスは説明さえも嫌になってきた。思わず力なく苦笑する。
「キ……キ、貴様ぁあ……!? 父上に……父上に知られてしまうじゃぁああないかっ!」
朝食を床にぶちまけるクズナルド。
「はぁ……」
金欲しさにロシナールのバカ息子の言いなりになったばかりにこのザマだ、とギルマスは後悔した。
いまさら悔やんでも悔やみきれない。ギルドは機能不全、このまま瓦解しかねない。
「そ、そうだ! 5号はどうした!? 最強の切り札だったはずだ! あいつには金がかかっているんだ……! 王政府から特需が期待できるんだ! そのための実戦データ……! 出来損ないの2号や3号とは違うんだぞ!?」
起死回生だとばかりに細い目を見開き、口角泡を飛ばす。
これはすべて王政府の魔導新兵器開発のため!
ならば5号の実戦データと引き換えに、モミ消すことも出来るかもしれない。クズナルドはそう考えているのだ。
「……彼女も敗北しましたよ」
ギルマスはぶっきらぼうに答えた。もうこの男の相手をしても無駄だと悟ったのだ。
「なっ、なにぃいい!? バカな、そんな」
「トラリオンと小娘たちにやられてましたよ。それで魔女に捕らえられ……。今はやつらの家で捕虜状態に。救出は難しいでしょうな」
「貴様……! 今すぐ戦力を集めて奪還しにいけ!」
黒塗りの執務机を叩くと、朝食を載せた食器が音を立てた。
背は低く、神経質そうな顔つきは怒りと混乱で醜く歪んでいる。
一言で言えば小物。次期当主などの器ではない。
「ご自分でどうぞ。あっしはこれで」
金髪を乱しながら叫ぶ小男に、ギルマスは冷たい視線で一瞥すると背を向けた。
「おい、まて! いや、まってくれ! 金なら払う……!」
甲高い絶叫が響き渡った。
それにも増して外が騒がしい。ハッとしてクズナルドが振り返ると、二階の窓から外が見えた。
敷地を見下ろせる窓から覗き込むと、商会を囲む塀と。正面の門には、鉄門扉を蹴飛ばすガラの悪い冒険者が数名みえた。衛兵は諦めたように何もしない。
それどころか野次馬や、夕べの襲撃動画を観たであろう市民たちも、睨み付けるような視線を商会のほうに向けて集まり始めていた。
「あぁ……まずい! だ……誰か……! 誰かいないのか!? チキショウァアア! 執事長! おぉい……!」
クズナルドの声が虚しくこだまする。
ロシナール商会の建物には今や誰もいない。いや、近づけないのだ。
やがて執務室の扉が静かに開いた。
結界でも展開されたのか、不意に外の喧騒が消えた。
「……!」
気がつくと漆黒のマントの魔法師が立っていた。
傍らには小柄な青い髪の少女。見覚えがある。魔導兵士の試作品、4号だ。
「ま、魔法師……! ラグロール・グロスカ卿! あぁいいところへ……! 助けてくれ、ボクを逃がせ……!」
ヨタヨタと近寄り手を伸ばす。貴族服は乱れ、顔には狂気の色が濃くなっていた。
「クズナルド様、残念ですが」
青白い糸が弧を描いた。
空中にペン先で描いたような、細く輝く糸が輪となりクズナルドの肉体に食い込んだ。
「――ぐあっ!? あっ……これは……!」
「竜闘術、鋼竜糸」
「ドラゴンの内筋を動かす微細なワイヤーです。蜘蛛の糸よりも強靭です」
「ま、魔法師ラグロール・グロスカァア! そんなことを聞いているんじゃぁあ……ない! 放せ! ボクにこんなことをして……ぎゅぶ……!」
顔に首に糸が食い込む。
糸で縛られた小男は、そのまま執務室の椅子に腰を落とす。自分の置かれた状況が理解できない、という顔で叫ぼうとあがく。
「ご安心を。殺しはしません。私たちは……ですが」
「はい」
傍らの4号と視線を交わす。
糸の主は静かに、礼儀正しく一礼をすると背後の闇へと消えて行く。
「んーゅ!? んんっ……! ど、どういう……ことだ……き、貴様! 父上に……貴様を処罰してもらうぞ……!」
青ざめるクズナルドに対し、魔法師は汚物でも見るような視線を向けた。
「お父上は全てをご存じです。この件の責任をとれと、もうされました故。ここから逃げられては被害が広がります」
ラグロース・グロスカは天をあおいだ。いつのまにか黒い蝶が一匹、天井付近を舞っていた。
「なっ……な、父上が!? な、んなバカな……ぁあああ!?」
眼球を破裂させんばかりに見開いたクズナルド。
その額に、ヒラヒラと黒い蝶が舞い降りた。窓の隙間から入ってきたのだろうか。漆黒の羽をゆっくりと動かす。
「貴公は魔女の逆鱗に触れました。呪詛返し……。私は5号を呪術的供物として難を逃れますが……。貴公は無理でしょう」
「何をいっているぅぅうう!?」
「一刻も早くここを離れたいので、これにて失礼します」
事務的に告げると小さく会釈をし、魔法師は姿を消した。ドアが閉まると静寂が解けた。
外のざわめきが大きくなる。
それは野次馬たちの声だった。だがロシナール商会、あるいはクズナルドへの怒りというよりは、何かに驚き、逃げ惑う声にも思えた。
「な……なにが?」
食い込んだ糸に苦痛を感じながら、なんとか身をよじると外の様子がみえた。
人々が大慌てで逃げて行く。時おり、天を指差して何かを叫びながら。
空を見上げる。
濁ったクズナルドの目に映ったのは、赤い光だった。それはだんだんと大きくなっている。
「くそ、この虫けら……邪魔だ!」
首を振ろうにも動かない。肉に食い込んだ糸で皮膚が切れ血が流れた。額の上に乗る蝶が、ゆっくりと呼吸するように羽を広げた。
そして、巻き髭のような口を伸ばし血をすする。
「ひ……!?」
漆黒の羽に「目」が開いた。
血走った怒りと憎悪の魔眼が、無言でクズナルドを捉えた。
空の光がさらに大きくなる。
ビリビリと窓ガラスが振動し、室内の物が落下しくだけた。
空に浮かんでいた綿雲がパッ、と散った。
「ほ――――星!?」
衝撃波で窓が吹き飛び、そして閃光に飲み込まれた。輝く星が商会の館を直撃――。
その日、王都に星が落ちた。




