姉妹たちの『魂の記憶』
◆
爆音と悲鳴、銃声――。
血と硝煙の臭いがする。
「ここはもうダメだ、メイリ!」
「少尉殿!」
「君だけでも退避を」
「しかし!」
――これは……夢?
そうだ……思い出した。
わたしの記憶だ。
5号……という奇妙な名で呼ばれるまえの、自分の記憶。
おぼろげな情景の断片、魂に刻み込まれたヴィジョン。
「メイリ!」
閃光が目の前で炸裂した。
空爆だ。身体が吹き飛び、音が消えた。
血と臓物が飛び散る。
もう痛みも何も感じない。
あぁ、わたしは死ぬんだ。
「しょ……少尉……」
血まみれの階級章が、転がっていた。それも激しい炎に飲み込まれた。
空が見える。
赤い光に照らされた夜空を、漆黒の三角形――侵略機が編隊を組んで通過してゆく。重力低減推進機関を搭載した最新鋭機。交錯する青白い対空レーザー砲は屈折し届かない。プラズマシールドに包まれた機体が、不気味なオレンジ色の残光をひいてゆく。
街が、燃えてゆく。
わたしが護ろとしていた世界が。
友達も、仲間も……みんな死んだ。少尉も、すべてが灰になる。
あぁ、神様。
お願いです。
もし、もしも、生まれ変われるのなら。
平和な世界にいかせてください。
おとぎ話のような、魔法に満ちた、素敵で光り輝く世界へ――
・・・
ジャラッ。
「ん……?」
ジャラジャラと耳障りな音がする。
鎖の音だ。
冷たい鉄の感触に、身体が動かない。拘束……されている?
「しっかり縛るのダ!」
「暴れると困るからねっ」
……ぎゅっ。
身体が締め付けられる。
「がはっ!?」
「あっ」
「目が覚めた?」
目を開けると、姉妹たちがいた。
獣耳の野獣、2号。
私の鎖を脚にかけて引き絞っているのは凶悪な3号。
どうやら……。
ここはおとぎ話どころか、悪夢の続きらしかった。
◇
5号が気がついた。
身動きできないよう、彼女の鎖でグルグル巻き。庭木に縛りつけている最中に。
トラは腰痛で、戦闘不能。
痛くて動けねぇ……とか情けない顔で言うもんだから、あたしとイムで抱えて家の中に運び込んであげた。今はソファに寝そべってアララールの治療を受けている。
腰を痛めたのはあたしとイムのせい……じゃなくて、コイツが悪いんだ。
「3号に2号……」
トラの一撃で気を失っていたはずなのに、怪我もしていない。とんでもなくタフなのか、あるいはゲガさえも治してしまうのか。
「もう元気になった?」
「お前は捕虜なのダ!」
「くっ……殺せ! 軍人は、辱めなど受けない!」
5号の反応は相変わらず軍人気取り。意固地なのか、もしかすると根っからの軍人気質なのだろうか。
「アンタ……5号さ。ほんとに自分を軍人だと思ってるの?」
「と、当然だ! 自分は誇り高き王国の」
「強盗団でしょ。誇り高いとかいわれてもね」
「く……」
声はそこで小さくなった。
「誰か仲間、助けに来るノ?」
イムがひょこっと横から尋ねた。
「……それは」
戸惑いの色を浮かべる。助けに来てくれる仲間も、予定も無さそうだ。
「どーせ魔法師に、オマエは軍人だ! 命令に従えって。そんな風に言われ思い込んでいるだけでしょ」
「違う!」
5号は強く否定した。
魔法で言いくるめられている。そう思っていたあたしは、その剣幕にすこし驚いた。
「自分は……ここではないどこかで、軍人だったんだ」
「そっか」
もしかして5号にも、魂の記憶が残っているのだろうか。
あたしたち姉妹は、魔法師による実験体。
魔法で造られた身体に召喚された魂を宿された。
「リスのあるじ?」
思わずイムの頭を撫でる。
この娘は、前世の記憶をもっているのだろうか。
「あのさ、ペリド」
「……」
「あたしも多分、同じだよ。前の世界の記憶がちょこっとだけあってさ」
「3号も?」
「も、ってことはやっぱりあるんだね。あたしは、トーキョーって大きな街にいた。魔法は無かったけど、スマ……なんとかはあって」
身振り手振りを交え、いろいろ説明しようと試みたけれど言葉が出てこなかった。
記憶というよりは語感とぼやけた輪郭、形骸化したイメージしか残っていないことに、改めて気がついた。
「トーキョー……? 思い出した、たしか極東アジア連邦の支配地で……」
記憶を辿ろうとしたのだろうか。ペリドは眉根を寄せてやがて頭を振った。
なんとなくあたしの記憶との齟齬はあるけれど、少なくともこことは違う「別の世界」はあったんだ。
「無理しないで。いいよ信じるよ、ペリドが軍人だったってこと」
「3号……」
ペリドは眉尻を下げた。
と、そこへアララールがやってきた。
「あるじ!」
「アララール、トラは大丈夫?」
「んー、腰の応急処置はしたけど、しばらくは絶対安静ね。腰にかかった無理な回転がダメ押しになったのね。顔の打撲は軽症みたいだけど……」
「「はは……」」
あたしとイムは顔を見合わせた。
二人の喜びダイブがフィニッシュホールドだったみたい。
「ところで、そっちの子だけど」
アララールが静かにペリドに歩み寄る。
「こっ、殺すがいい……!」
流石のペリドも声が震えている。魔法師たちを秒殺したアララールの、底知れぬ強さを目の当たりにしたからだ。
「殺すのは簡単だけど、しないわ」
指先でペリドのほほを撫でる。
「っ……!」
「トラくんと約束したの、もう誰も殺さないって」
「……トラ?」
「私を、竜の魔法から開放してくれた人。恩人であり夫なの」
「竜の魔法から……魔女を開放?」
あたしたちに話してくれた内容と同じだった。
「そう、目が覚めたの。怒りで我を忘れ、自分で自分に解けないドラゴンの呪いをかけてしまっていたの」
「ドラゴン化の……!? そうか、ドラゴンが魔女に化けているのではなく、逆」
ペリドはようやく合点がいった様子だった。
「ペリドちゃん……といったかしら? 今のあなたも同じようね。魂の記憶を触媒にして、暗示……強い呪いをかけられている」
エメラルド色の瞳がペリドを見つめている。まるで魔法を読み解くように、時折指先で頬や髪に触れながら。
「ちなみに、あたしもトラに絞め落とされて目が覚めたクチ」
あたしが言うとペリドは目を丸くした。
「きっとペリ公もトラのあるじにブン殴られると目が覚めるノダ!」
良いことを思いついた! といった様子のイム。
「それはさっき試したけどダメだったじゃん」
「そうねリス。イムも、その必要は無いわ。ペリドちゃんの呪いの本体を見つけたわ」
アララールはそう言うとペリドの頭上に手を伸ばした。
「ひっ!?」
大柄なペリドが身を固くする。
と、アホ毛の一本をプツン、と抜き取った。
「――っくは?」
ペリドは白目になって、糸が切れた操り人形みたいに気を失ってしまった。
「ペリド!?」
「心配ないわ。明日には目が覚めるでしょ。中に運んで、寝かせてあげて」
アララールは黒い糸みたいなものを指先でひらひらさせた。
「わ、わかった」
「トラの横でいいかナ?」
「いいんじゃない?」
ところで、黒い糸みたいなものが呪い……?
ペリドに命令を与えていた本体なのだろうか。
「これは魔力糸といって、魔力を無数に束ねて実体化したもの。糸のように見えるけれど、魔法の呪文、命令の集合体よ」
「それ、どうするの?」
「術者の情報も刻まれているから、案内してもらおうかしら」
黒い魔法の糸はアララールの手の中で急速に形を変えた。
みるみる黒い蝶の姿になり、夜空へ舞い上がった。月のような燐光を放ちながら、王都のほうへと飛んでゆく。
「あ……」
「蝶がとんでいったのダ」
「領域を侵し、大切な時間を奪った落とし前。お礼はきっちりさせていただくわ。あとでね……」
アララールは月を見上げながら、妖しく微笑んだ。
あたしはとても引きつった顔をしていただろう。
相手の身に降りかかる災いは想像もしたくなかった。