共闘! 弟子と竜闘術とラリアット
あたしとイムは5号に突撃を仕掛けた。竜闘術は強力だし鎖の武器まで持っている。
「もう帰んなさいよ!」
「オラの縄ばりなのダ!」
トラを助けなきゃという一心だった。顔面は血だらけ。どうみたって満身創痍。いくらトラでも一人で5号の相手は辛いはずだから。
「脅威接近、自動迎撃」
5号は胸の前でクロスさせていた両腕を振り抜いた。まるでダンスを思わせる動き。
「自在竜鎖拳、輪舞!」
鎖が音を立て舞い上がり、銀色の輪を描く。
「きゃっ!?」
「キャン!」
空を切る音と激しい衝撃に弾き返される。まるで見えない壁だ。全身をビシビシと殴りつけられ、近づけない。
「リス! イム!」
トラの声が響いた。
「自在竜鎖拳による接近拒否戦術……!」
5号が鎖を華麗に元に戻し、自信満々で不敵な笑みをこぼした。
「痛っつ……」
「まるで壁なのダ」
鎖の壁に阻まれて接近できない。鎖を振り回すことで不規則な軌道を描き、攻防一体の技となるなんて……。
「大丈夫か、おまえら!」
「う、うん」
「トラのあるじこそ傷が……」
あたし達の心配をしている場合じゃない。トラだって今の攻撃は命中していた。身体のあちこちに血がにじんでいる。
けれど5号と対峙していたトラは一歩も退いていない。むしろ進み出てさえいた。
「不用意に近づくもんじゃねぇ。師匠の戦いを見てからにしな」
「トラ……」
「トラのあるじ」
トラは親指を立てた。あたしたちを庇って、わざと攻撃を受けていたんだ。
「邪魔をするか……! 任務の遂行を妨げる者は、誰であろうと排除する!」
あくまでも軍人気取りの5号の言葉に、トラが大きなため息を吐いた。
「……あのなペリ公とやら。ここは俺の家だ。平和に暮らしていた民間人のな。この意味がわかるか? そしてテメェらは何だ? 人様の家にズカズカと……! 嫁や家族を拐いに来たってか!? クソ山賊か強盗じゃねぇか! あぁ大層ご立派な軍人様だぜ」
あたしと同じことを言い、トラが怒鳴りつけた。
「……ぐ!」
向かい合う5号が身体を強ばらせた。
トラとの距離は3メルほど。拳も蹴りも届かない。トラの格闘術は組みつけないと意味はない。なのにペリドの鎖だけが届く不利な立ち位置のまま。いったい、どうやって攻略するつもりなのだろう。
「さ、山賊ではない! これは任務だ! ドラゴンと魔女の制圧という軍事作戦……」
「ふざけんなテメェ! 何が任務だ!? ドラゴンなんざいやしねぇ! よく見ろ、あんな可愛いドラゴンがいるか!? あれは俺の嫁だ! これ以上ナメてるとマジで畳むぞ」
「トラくん……!」
きゃっと頬を赤らめるアララール。
「この状況下でノロける?」
「あるじへの忠誠なのダ!」
けど、トラの剣幕はもっともだ。
小さな家と畑、そして玄関先に立つアララール。確かに魔女の棲む家だけど、平和な営みがあるだけの、普通の家。トラとアララールが二人で静かな暮らしを願う場所。
そこにあたしとイムが転がり込んで、ちょっと騒がしくしてはいる気もするけれど……。
「コマンダーの命令は絶対、作戦の遂行、制圧をしなければ……」
5号が虚ろな瞳で、苦しげに頭をかきむしった。ジャラジャラと手枷のような鎖が彼女の足下で音を立てる。
「そこまで誇り高い軍人ならよ、国と王様、ついでに俺たち民草を守るもんだろうが」
「そ……それは」
5号は明らかに動揺していた。自分が軍人だと思い込んでいる。なのに今の行動は矛盾している。
闇に紛れた強盗団と一緒に、何の罪もないあたしたちを襲撃している。その時点でもう正義の軍人でもなんでもない。
魔法師たちに洗脳されていても、自分の存在と命令の矛盾に気づき始めている。
「ペリド! 魔法師に適当なこと吹き込まれたんでしょ! あたしやイムだってそうだったもん」
「そうなのダ! ごはんが美味しいこそ正義なのダ! 命令なんて美味しくないヨ!」
「おまえ達は……何をいっている!? 魔法師……? 違う、自分の上官は司令、クズナルド様なのだ……」
ペリドは司令の名を口に出し、混乱の表情に変わる。
「その名前……! 知ってる、嫌な貴族の家の……バカ息子、軍人でもなんでもないじゃん!」
「騙されているノダ!」
「う、ぅ……」
あたしも嫌なことを思い出してしまった。貴族の家に預けられたあたしを、実験動物だと罵り、化け物だと嘲笑し、踏みつけた男の名と顔を。
「ロシナール・クズナルド……!」
「コ、コマンダーの名を……3号、お前が口にするな……!」
突然、5号が錯乱し叫んだ。
トラに向けて激しく両腕を振る。左右の腕から鎖の武器が同時にムチのように放たれた。
「トラのあるじ!」
銀の蛇が、うねりながら空を舞う。
「ぐっ!?」
一本がトラの右脇腹に命中、激しく叩きつけた。もう一本は左から襲いかかり首を狙う。けれどトラは左腕でガード。鎖が勢いでグルグルと絡みついた。
「自在鞭か、打撃に……防御にも使えるってヤツか? けどよ……」
トラはくいっと手首を回し、左腕に巻き付いた鎖を素早く掴んだ。そして自分のほうに力任せに思い切り引っ張った。
「なにっ!?」
「逆にてめぇの動きを封じちまう」
「貴様……! 放せ」
「力比べなら負けねぇぞ」
トラの挑発に5号も負けじと踏ん張った。鎖を引きあうと、ギリギリ……ときしみ、今にも千切れそうな音を鳴らす。
「トラ!」
あたしはようやく意図を理解した。トラはわざと避けなかったんだ。ムチ系の武器は掴んでしまえば、逆に攻撃者の動きを封じることができるから。
「くそ!」
5号は自由な左腕を振り回し、鎖を振るう。トラの右側から再び銀色のムチが襲いかかる。
「っと、ほらよ」
トラはそれも狙っていたのか、タイミングを見計らい左手で握っていた鎖を放した。
「なっ!?」
5号がバランスを崩す。力を入れ踏ん張っていた分、大きく体勢が崩れ、ムチも狙いが逸れ地面を叩く。
「イムは右に回り込んで!」
「了解なのダ!」
あたしがペリドの左側、イムが右側から。同時攻撃を仕掛ける!
「今度はこっちがお留守だぜ」
トラは襲ってきた鎖を踏みつけた。コントロールを失って地面に落下した鎖の先端を、抜け目なく地面に叩きつけるように踏みつけたのだ。
「しまっ……!」
ペリドの右腕は鎖があらぬ方向に弾かれ、上体はがら空き。さらに左腕は鎖が地面に踏みつけられている。
すごい!
トラは冷静だし戦い慣れている。一体どれほどの死線をくぐり抜けてきたんだろう。武器を持った相手に対し、戦い方を考え、柔軟に対応している。
鉄壁だったペリドの防御にスキが生じた。
トラはこの瞬間を作り出そうとしていたんだ。
「いくよイム!」
「なのダ!」
あたしとイムは同時に、5号の左右から跳ねた。全力でいくしかない。
「噛砕牙!」
「竜の爪!」
牙を剥く赤い光を右足に宿し、回転後ろ回し蹴り――ローリングソバットを叩き込む。
イムも両腕を重ね、銀色に輝く爪を叩きつけた。
「「これが、あたしの(オラの)……全力入魂――竜闘術!」」
「ぬ、うぉおおおおおおおおお!?」
緑色の見えない防壁で、激しい火花と衝撃がスパークする。5号が身に纏っている竜闘気対魔法装甲は魔法も竜闘術さえも撥ね返す。けれど……今度はあたし一人じゃない!
「いっ……けぇえええ!」
「砕けろ……なのダ!」
あたしとイムが更に竜闘術に気合いを込める。輝きが一層強くなると、ビキシ……! と亀裂が入った。まるでガラスが割れるように緑の障壁が砕け、そして
「なっ……にいぃッ!?」
5号に届いた。あたしの蹴りが胸部を痛打、イムの両腕の一撃が延髄を叩き切る。
身体の両面からの挟撃に5号の肺が空気を吐き出した。衝撃で白目を剥く。
「か……は」
続く光の爆発で目が眩む。竜闘気対魔法装甲の崩壊によるパワーか、竜闘術の衝突による衝撃波か。あたしとイムは反動で弾かれた。
「っく!?」
「のダ!?」
辛うじて一回転して着地する。地面に片手と片ひざをついてズザザ、と姿勢を維持。
「……作戦、失……」
5号はまだ立っていた。
白目のまま仁王立ち。全身からブシュウ、と焼け焦げたような竜闘気が放出されている。
うそでしょ、なんてタフなのよ!?
けれどその時だった。
地面を揺らす振動にハッとする。まるで牡牛が疾駆するような振動に振り向いた。
「トラ!」
「あるじ!」
「だらぁやああああ!」
トラは5号に向かって突進。
おもいきり右腕を伸ばし、彼女の喉元を叩きつけた。まるで丸太でブンなぐるみたいな技。それは、
「ラリアットぉあああ!」
「ぶッ……は!」
激しい衝突音と同時に、5号がもんどりうった。
喉元を中心に、仰け反って一回転。爪先が見事なまでの弧を描く。後頭部を地面に激しく叩きつけると、やがて大の字に倒れた。
「や……!」
「やったノダ!」
ついに5号は動かなくなった。
トラがパチーン! と自分の右腕に力コブをつくり叩く。そして勝利の雄叫びをあげた。
「っしゃぁあああ! みたか、やっぱり最後は筋肉だぜ!」
「トラ!」
「おおぅ! おまえらのお陰だぜ! よくやったな、二人とも。いい弟子だぜ!」
あたしとイムはトラに飛び付いた。力瘤をためる腕にぶら下がる。
「当然でしょ!」
「オラも弟子ー!」
あたしたちをブラ下げて回転しはじめたところで、クギッと腰が変な音を立てた。
「はっはっは――って、腰がぁああ!?」
「トラー!?」
「あるじー!?」
耐えに耐えて、耐え抜いて、最後に逆転。
トラはズタボロだけど、清々しいまでの笑顔がキモくて、そしてとても眩しかった。




