ペリド、軍人(アーミィ)の誇り
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「ぬぅ……うううっ!」
5号がもがけばもがくほど、泥沼に沈んでゆく。既に腰半分まで沈んでしまっている。
アララールの魔法は地面を泥沼に変え、相手の動きを封じるものだった。魔法が通じない相手でも、間接攻撃なら通じるわけね。
「そのまま沈んじゃいなさいよ!」
このタイミングで蹴りつけてやろうかと思ったけれど、あたしは踏みとどまった。
さっきブッ飛ばされたダメージで身体が痛い。それに5号の周囲2メルは泥濘に変わっていて近づくのは危険だからだ。
「こんな原始的なトラップなぞ……!」
5号が苛立たしげに両腕で地面に踏ん張るが、空しくズブズブと深く沈むばかり。
「貴女は何も得られない。これ以上やっても無意味よ」
アララールは諭すように話しかけた。
あたしは周囲に視線を巡らしたけれど、隠れている襲撃者の気配は無さそうだった。卑劣な襲撃者たちは、アララールの反撃で重傷を負い、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したらしい。
「自分は……任務を遂行する! 命令に忠実であること、目的を果たすこと……! それこそが軍人の誇りであり存在する意味なのだ……!」
まるで獅子が吠えるように叫んだ。
「あんた軍人なわけ?」
あたしは思わずツッこみを入れた。
だって、あまりにも可笑しかったから。口調もつい、小馬鹿にした感じが出ちゃったかもしれない。
緑色の髪を振り乱し、5号があたしをキッと睨み付けた。
「3号、貴様ッ、愚弄は許さんぞ……!」
何をキレているのか。逆ギレもいいところだ。これには流石のあたしもカチンときた。
ずんずん、とあたしは近づいてゆく。
「はぁ!? 愚弄ってなにさ、強盗のくせに。軍人ってのは王国軍の騎士団とか戦士団とか、そーゆーものでしょ? で、アンタは何なわけ!?」
「……ッ!」
痛いところを突いたみたい。
「暗闇に紛れて、コソコソとさ、ひとん家を襲って! それって、強盗とか盗賊とか、卑劣なクソゴミってことじゃん!」
「ク、クソゴミ」
あたしは言ってやった。
だってそのとおりでしょ。
5号は顔を真っ赤にした。
けれど、泥沼から腕を引き抜いたところで、愕然とした表情に変わった。泥だらけの自分の手を見つめて戦慄きはじめる。
「自分が……強盗……? 違う……! 誇り高き軍人だ、そしてこれは任務だ……! 命令、作戦の遂行、ドラゴンを狩る……重大な任務で……。コマンダー、司令官の指示で、魔女に姿を変えた敵を……制圧しなくては……」
ワケのわからないことをブツブツと言い出した。泥沼のギリギリまで近寄って、あたしは畳み掛けるように言ってやる。
「ドラゴンなんてどこにもいないわよ! バーカ! 何を見てんの? 自分の頭で考えなさいよ、デカイ図体してさ! このウスラとんかち」
「うっ……ぐ、ぐぐ、おのれ……」
「何よ、やるならそこから出てきなさいよ」
と、向こうから声が聞こえてきた。
飛び出していったきり、先発隊と戦っていたらしいトラたちだ。
「あるじー! リスのあるじ……!」
「イム!」
イムが駆けてくる姿は元気そのもの。おもわずホッとする。その遥か後ろからドタバタと大柄なトラの姿も見えた。
「トラも……!」
「お前は誰なのダ!?」
「ぎゃんっ!?」
イムは暗闇の向こうで、二刀流男の尻を蹴飛ばした。まだそのへんにいたらしい。慌てて逃げ出すと、今度は後ろから来たトラと鉢合わせ。
「てめぇもいたのか!」
「さっ! サーセンぶぁ!」
おもいっきりビンタされ、そのままキリモミ状態で闇の向こうに消えた。
イムが庭先に駆け戻ってきた。
ズザザーッと、急停止。アララールとあたしを見て安堵の表情を浮かべた。
「あるじたち無事……って、なんじゃコラ!?」
庭先に半分埋まった5号を見つけて飛び上がる。
「オマエ! オラの縄張りに、勝手にそんな穴堀りやがったナ!?」
イムはガルル! と牙をむき出しにして威嚇する。ちょっと勘違い気味だけど、これで形勢は完全に逆転だ。
「く……増援の2号……! 危険な暴走野獣、貴様も、暴行常習犯の3号共々、制圧、排除せねばならぬ存在……!」
「暴走野獣……オラのことかー!?」
「誰が暴行常習犯よ!?」
あたしらのツッ込みにも怯まず、5号が全身を強ばらせ、気合いを込めた。
「おーい、無事か……!?」
トラがようやく到着した。
「んげっ!? なにその顔!?」
「まぁ……! トラくん、ひどい顔……」
あたしとアララールは小さな悲鳴をあげた。
「へへ、ちょっと拳で語り合ってよ」
「ちょっとって、血だらけじゃん……」
おもわず唖然とした。どんな相手と殴り合いをしていたのよ……。
そのときだった。
「――はぁ……ああっ! 竜闘気対魔法装甲……全解放ッ!」
5号が叫んだ。同時に腰の周囲の泥沼が沸騰したように泡立ち、破裂して吹き飛んだ。
「きゃっ!?」
「なんなのダー!?」
「ぬぅおお!?」
降り注ぐ泥の雨の向こうから、ゆっくりと大柄な人影が立ち上がった。
「ふぅ……うううう……!」
5号だ。
筋骨隆々たる全身に力を漲らせている。ドシュゥウ……と、全身から水蒸気のように闘気が揺らぐ。おまけにズボンやブーツの泥もすべて吹き飛んでいた。
「5号、アンタ……!」
「あらあら、すごいわね」
アララールが呆れたように声をあげた。気迫で魔法を打ち破ったんだ……!
「だから、穴を掘るなーッ!」
「まってイム……!」
あたしが気をつけてと言う前に、イムはダッシュしてジャンプ。自分の倍もあろうかという5号へ飛びかかった。
右腕には、赤い光が宿っている。
「竜の爪なのダ!」
「竜闘術とて、自分の竜闘気対魔法装甲には……通じぬ!」
5号がイムのほうを一瞥し、左腕で攻撃を受け止めた。緑と赤の火花が散って、スパークする。
「わふっ!?」
イムは目を見開いた。けれど瞬間的に5号の腕を蹴って、後ろへと逃れる。
一回転して軽く着地、ふるふる……と首を振る。
「リスのあるじ……あの縄張りあらし、強いノダ」
「そだね、言おうと思ってたの」
「おいおい、おまえさんよ、仲間はみんな逃げたぜ? そんなに頑張るこたぁねぇだろ。帰んな帰んな」
間の抜けた声を出したのはトラだった。5号と対峙して肩をすくめてみせる。
「貴様がこの拠点の司令官か」
「こまんだぁ?」
は? と首をかしげたそのとき。
「制圧する! 指揮系統を破壊するのは、作戦遂行の……常道!」
ビュワッ! と5号が鋭い手刀を繰り出した。
「っと危ねぇ!」
どうみても間合いが遠い。届かない……はずなのにトラの右腕から血が飛び散った。
「なっ……!?」
「よくぞ見切った、だが……!」
空中に銀色の蛇のような軌跡が見えた。それがまだまだ空中を滑るように動き、トラを背後から狙っている。
「トラ避けて!」
「わってらぁ……!」
前屈みになって身を低くする。その頭上を銀色の蛇が通過する。
ジャラララ……と金属音とともに、5号の右腕に絡まりながら戻る。
「仕込み武器のスキルたぁ……気が利いてるぜ」
「自在竜鎖拳を初見で避けるとはな……!」
5号が両腕を胸の前でクロス。ジャララ……と左右の腕から二本の鎖がほどけた。先端には尖った分銅のようなものがぶらさがっている。
「トラ! その怪我じゃ無理、三人で戦わないと……!」
「そうなのダ!」
あたしはイムと同時に飛び出していた。




