格闘術、バトル・マッチング
◇
「炎に焼かれるがいい、野人め!」
後衛の魔法師が魔法を放った。松明のような火炎が二発、矢のように飛んで来る。
「上等なのだコラァ!」
イムは獣のように吠える。そして前傾姿勢をとり、魔法師めがけて地を駆けてゆく。
アイツは魔法が怖くないのか、あるいは単なるバカなのか……。
「あぶねぇ!」
警戒する素振りもないまま突っ込んでゆくが、要らぬ心配だった。
「矢より遅いのダ!」
鋭角的に方向を切り替え、飛来する二発の火炎魔法を容易く避けた。背後で爆炎が舞い上がる。炎に照らされた銀髪を踊らせながら、あっというまに魔法師に肉薄する。
「く!? バ、バカめ……! 接近すれば我が魔法結界領域! 踏み込めば、たちどころに火炎地雷――うわぶっ!?」
イムは魔法師の直前で急停止。半回転しながら、勢いよく地面の土や草を蹴り飛ばした。
「あっちいのは消火なのダ……!」
身を低くしてダンスを踊るように蹴りつけたことで、土や砂、それに地面の草が大量に飛び散り、魔法師の顔面を襲う。
「げぶぁ!? め、目が……!」
怯んだ隙にイムは大ジャンプ。魔法師に飛びかかった。右手を広げながら、叩きつけるように赤い光で引っ掻き倒す。
「竜の爪!」
「ひ、卑劣……!」
魔法師が吹っ飛んだ。衣服はズタボロに裂けゴロゴロと転がって、それきり動かなくなった。
「誉められたのダ!」
イムは着地し、両腕をYの字に挙げた。
耳がピンと立っていて「やりとげた!」という表情で。
「誉めてはいねぇだろ、だがよくやったぜ」
「コラオッサンてめぇ! 他人の心配をしている場合かぁああッ?」
「っと、痛てて……! そうだった」
鋭い拳が次々と叩き込まれる。俺はガードをあげてなんとか顔への打撃を防ぐ。
「オラオラ! オラ、オララララァ!」
ビシ、ビシと重く鋭い拳の連打、連打、連打。反撃の隙を与えないつもりなのだ。
「くそ……!」
「オラオラ! ガードが下がってキテんぞ!」
ジャブが顔面にキマる。痛いとか感じるよりも早く視界が揺らぐ。なんとか踏みとどまるが、猛攻は続く。
「ぐっ!」
「オララ! 脳震盪じゃぁ済まねぇぜ!」
襲撃者の陽動隊との戦闘は、イムのおかげであらかた片付いた。残った二人の甲冑戦士の一人もイムとの連携で関節をキメ、再起不能にした。
しかし最後の一人がとんだ食わせもの、難敵だった。
俺と対峙するや突然武器を捨て、鎧も脱ぎ捨てた。そして拳闘術の構えをとった。
「てめぇ、オレ様が拳で叩きのめしてやんよ」
上半身が入れ墨だらけの若い男だった。
「オレ様はガトゥル! 格闘地下賭博のチャンピオンよ……! テメェの噂は聞いてたぜ、トラリオン。関節技が得意だって程度で、調子こいてんじゃねぇぞオッサン! あぁ!?」
「別に調子はこいてねぇよ」
「うるせえ! テメェは、顔面ぐちゃぐちゃにしてやんよ!」
兎に角、強い格闘術の使い手と戦いたい。
そういう意味らしかった。不敵に口角を吊り上げるや、殺意を漲らせ襲いかかってきた。
単なる足止めの時間稼ぎか、あるいは単なる格闘バカか。一対一のタイマンで勝敗をつけるつもりらしい。
「くそ……が!」
右ストレート、左ジャブ、ジャブ! ボディにまた左ジャブ。息つく暇もない猛攻に、すでに俺は防戦一方だ。
格闘術使いとしては、明らかにAランク以上。それ以上の実力とみた。格闘地下賭博とやらの噂は聞いたことがあるが、武器無しの殺しあいが賭博の対象になっているらしい。落ちぶれても願い下げだ。
「オラララァ! どうしたぁ!? 反撃もできねぇのか、オッサン……! じゃぁ、死ね!」
「!」
速度が増した。これだけの連打、ラッシュを続ければ確実に息切れする。俺はそれを狙っていたが、アテがはずれた。
脚を使い、素早く移動しながら拳を叩き込んでくる。その蓄積ダメージも大きい。
この野郎は信じられないタフなファイターだ。
関節技を得意とする俺とのバトル・マッチングでは最悪の組み合わせだ。
「トラのあるじ……!」
「来るな!」
この男は少女でさえ容赦なく殴るに違いない。
「リスのあるじが……! 助けてって叫んでた!」
「な、に!?」
リスが救援を要請、それは非常事態だ。別動隊の存在はわかっていたが、アララールがいても対処しきれないということを意味する。
「しゃらぁ!」
ストレートのパンチが顔面に叩き込まれた。瞬間的に上体を後ろに反らし、スウェーバックでダメージを軽減する。
「ぐ……!」
「ボディががら空きだぜ、オッサン!」
ここぞとばかりに畳み掛けてきた。ボディブローに重い一撃。俺は前のめりに身体を曲げた。
「ぐほぁ……!」
敵の拳がさらに左から来る。下がった頭の側面を狙い、止めを刺しに。
「もらったぁ!」
「トラのあるじ!」
イムが叫んだ。悲痛な声は、俺の敗北を直感しているのだ。ここまで騙せれば上等だ。
さらに身体を屈め、低く下がる。
地面に顔面をぶつけるがごとく、低く。
「――なにィ!?」
頭上を左フックがかすめた。相手がわずかに体勢を崩す。トドメと放った左の一撃が空振りし、身体の側面をさらす。
「待っていたぜ」
この瞬間を!
俺は両足で地面を蹴った。地を這う低い姿勢のまま、矢のような勢いで体当たりを食らわせる。
「ぐぉあっ!? しまっ……」
タックルだ。
拳闘師の最大の武器である足技の機動力を封じ、拳を放つ間合いも同時に封じる。
そして、
「ふん……ぬっ!」
「ぎ、や……あぁあ!? くそが放せ……」
バシバシと背中を乱打するがもう遅い。そのまま体重で押し倒し、相手の左脚を掴み、足首に腕を絡める。
「ヒール……ロック!」
倒れた勢いに加え、掛かる体重。そして無理な姿勢と。不幸にも足首から鈍い音が響いた。
「ぐっぎゃ!? あ、あああ……!? 脚……あしが折れ……!?」
折れたんじゃねぇ、折ったんだ。
「ふん……ぬ!」
さらに足首から二の足、膝関節までねじ曲げる。ゴキビチッと骨が砕け腱が千切れる。意図も容易く人体は破壊できるのだ。
「――――キャッ……ピィェエエエエエ!?」
男の絶叫が響いた。
魔法の照明だけが頼りの薄闇のなか、絶叫はいつしかメソメソした情けない嗚咽に変わっていた。
これで再起不能。格闘地下賭博から足を洗ういい機会だろう。
「……ヒック、うぅ……負け……」
「悪く思うな。引退生活も悪くないぜ」
「ト、トラのあるじ……! 大丈夫なのカ!? 顔がボコボコ」
イムが駆け寄ってきた。
「痛てて、くそ……サンドバッグみてぇに殴りやがって……」
鏡を見るのが怖いがイムの引いた感じだと、相当ひどいらしい。
「リスのあるじがピンチなのダ!」
「わかってる。戻ろう……!」
そのときだった。
「グルル……!」
イムが犬耳を動かして、闇の向こうに視線を向けた。家のある方から何人かの人影が近づいてきた。
「……!? 敵か」
走ってくるもの、重い足取りで移動してくるもの。全部で五人かそこら。
「ひぃいい……こんな……魔女が……」
「本物だ……あれは……我らとは……違……」
見れば腕から血を流し、顔面は蒼白。まるで死神でも見たような表情で、必死に逃げてくる。
全員が手首から先を失い、大ダメージをうけ敗走しているのだ。
「魔法師どもか……」
襲撃してた連中の別動隊、魔法師が主力だったのだろう。それをアララールが追い払った……のだろう。
しかし、それでもまだ危機が迫っているということか?
「トラのあるじ! むこうから……オラの姉妹の臭いがするのダ!」
「そういうことか、急ごう」
俺はイムとともに走り出した。
待ってろよ、アララール、リス!




