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格闘術、バトル・マッチング


「炎に焼かれるがいい、野人め!」

 後衛の魔法師が魔法を放った。松明のような火炎が二発、矢のように飛んで来る。

「上等なのだコラァ!」

 イムは獣のように吠える。そして前傾姿勢をとり、魔法師めがけて地を駆けてゆく。


 アイツは魔法が怖くないのか、あるいは単なるバカなのか……。

「あぶねぇ!」

 警戒する素振りもないまま突っ込んでゆくが、要らぬ心配だった。

「矢より遅いのダ!」

 鋭角的に方向を切り替え、飛来する二発の火炎魔法を容易く避けた。背後で爆炎が舞い上がる。炎に照らされた銀髪を踊らせながら、あっというまに魔法師に肉薄する。

「く!? バ、バカめ……! 接近すれば我が魔法結界領域(テリトリー)! 踏み込めば、たちどころに火炎地雷――うわぶっ!?」

 イムは魔法師の直前で急停止。半回転しながら、勢いよく地面の土や草を蹴り飛ばした。

「あっちいのは消火なのダ……!」

 身を低くしてダンスを踊るように蹴りつけたことで、土や砂、それに地面の草が大量に飛び散り、魔法師の顔面を襲う。

「げぶぁ!? め、目が……!」

 怯んだ隙にイムは大ジャンプ。魔法師に飛びかかった。右手を広げながら、叩きつけるように赤い光で引っ掻き倒す。

竜の爪(ドラグファング)!」

「ひ、卑劣……!」

 魔法師が吹っ飛んだ。衣服はズタボロに裂けゴロゴロと転がって、それきり動かなくなった。


「誉められたのダ!」

 イムは着地し、両腕をYの字に挙げた。

 耳がピンと立っていて「やりとげた!」という表情で。

「誉めてはいねぇだろ、だがよくやったぜ」


「コラオッサンてめぇ! 他人の心配をしている場合かぁああッ?」

「っと、痛てて……! そうだった」

 鋭い拳が次々と叩き込まれる。俺はガードをあげてなんとか顔への打撃を防ぐ。

「オラオラ! オラ、オララララァ!」

 ビシ、ビシと重く鋭い拳の連打、連打、連打。反撃の隙を与えないつもりなのだ。

「くそ……!」

「オラオラ! ガードが下がってキテんぞ!」

 ジャブが顔面にキマる。痛いとか感じるよりも早く視界が揺らぐ。なんとか踏みとどまるが、猛攻は続く。

「ぐっ!」

「オララ! 脳震盪じゃぁ済まねぇぜ!」


 襲撃者の陽動隊との戦闘は、イムのおかげであらかた片付いた。残った二人の甲冑戦士の一人もイムとの連携で関節をキメ、再起不能にした。

 しかし最後の一人がとんだ食わせもの、難敵だった。

 俺と対峙するや突然武器を捨て、鎧も脱ぎ捨てた。そして拳闘術(・・・)の構えをとった。

「てめぇ、オレ様が拳で叩きのめしてやんよ」

 上半身が入れ墨だらけの若い男だった。

「オレ様はガトゥル! 格闘地下賭博のチャンピオンよ……! テメェの噂は聞いてたぜ、トラリオン。関節技が得意だって程度で、調子こいてんじゃねぇぞオッサン! あぁ!?」

「別に調子はこいてねぇよ」

「うるせえ! テメェは、顔面ぐちゃぐちゃにしてやんよ!」

 兎に角、強い格闘術の使い手と戦いたい。

 そういう意味らしかった。不敵に口角を吊り上げるや、殺意を漲らせ襲いかかってきた。


 単なる足止めの時間稼ぎか、あるいは単なる格闘バカか。一対一のタイマンで勝敗をつけるつもりらしい。


「くそ……が!」

 右ストレート、左ジャブ、ジャブ! ボディにまた左ジャブ。息つく暇もない猛攻に、すでに俺は防戦一方だ。

 格闘術使いとしては、明らかにAランク以上。それ以上の実力とみた。格闘地下賭博とやらの噂は聞いたことがあるが、武器無しの殺しあいが賭博の対象になっているらしい。落ちぶれても願い下げだ。

「オラララァ! どうしたぁ!? 反撃もできねぇのか、オッサン……! じゃぁ、死ね!」

「!」

 速度が増した。これだけの連打、ラッシュを続ければ確実に息切れする。俺はそれを狙っていたが、アテがはずれた。

 脚を使い、素早く移動しながら拳を叩き込んでくる。その蓄積ダメージも大きい。

 この野郎は信じられないタフなファイターだ。

 関節技を得意とする俺とのバトル・マッチングでは最悪の組み合わせだ。


「トラのあるじ……!」

「来るな!」

 この男は少女でさえ容赦なく殴るに違いない。


「リスのあるじが……! 助けてって叫んでた!」

「な、に!?」


 リスが救援を要請、それは非常事態だ。別動隊の存在はわかっていたが、アララールがいても対処しきれないということを意味する。


「しゃらぁ!」

 ストレートのパンチが顔面に叩き込まれた。瞬間的に上体を後ろに反らし、スウェーバックでダメージを軽減する。

「ぐ……!」

「ボディががら空きだぜ、オッサン!」

 ここぞとばかりに畳み掛けてきた。ボディブローに重い一撃。俺は前のめりに身体を曲げた。

「ぐほぁ……!」

 敵の拳がさらに左から来る。下がった頭の側面を狙い、止めを刺しに。

「もらったぁ!」


「トラのあるじ!」

 イムが叫んだ。悲痛な声は、俺の敗北を直感しているのだ。ここまで騙せれば(・・・・)上等だ。

 さらに身体を屈め、低く下がる。

 地面に顔面をぶつけるがごとく、低く。

「――なにィ!?」

 頭上を左フックがかすめた。相手がわずかに体勢を崩す。トドメと放った左の一撃が空振りし、身体の側面をさらす。

「待っていたぜ」

 この瞬間を!

 俺は両足で地面を蹴った。地を這う低い姿勢のまま、矢のような勢いで体当たりを食らわせる。

「ぐぉあっ!? しまっ……」

 タックルだ。

 拳闘師の最大の武器である足技の機動力を封じ、拳を放つ間合いも同時に封じる。

 そして、

「ふん……ぬっ!」

「ぎ、や……あぁあ!? くそが放せ……」

 バシバシと背中を乱打するがもう遅い。そのまま体重で押し倒し、相手の左脚を掴み、足首に腕を絡める。

「ヒール……ロック!」

 倒れた勢いに加え、掛かる体重。そして無理な姿勢と。不幸(・・)にも足首から鈍い音が響いた。

「ぐっぎゃ!? あ、あああ……!? 脚……あしが折れ……!?」

 折れたんじゃねぇ、折ったんだ。

「ふん……ぬ!」

 さらに足首から二の足、膝関節までねじ曲げる。ゴキビチッと骨が砕け腱が千切れる。意図も容易く人体は破壊できるのだ。

「――――キャッ……ピィェエエエエエ!?」

 男の絶叫が響いた。

 魔法の照明だけが頼りの薄闇のなか、絶叫はいつしかメソメソした情けない嗚咽に変わっていた。


 これで再起不能。格闘地下賭博から足を洗ういい機会だろう。

「……ヒック、うぅ……負け……」

「悪く思うな。引退生活も悪くないぜ」


「ト、トラのあるじ……! 大丈夫なのカ!? 顔がボコボコ」

 イムが駆け寄ってきた。

「痛てて、くそ……サンドバッグみてぇに殴りやがって……」

 鏡を見るのが怖いがイムの引いた(・・・)感じだと、相当ひどいらしい。


「リスのあるじがピンチなのダ!」

「わかってる。戻ろう……!」


 そのときだった。

「グルル……!」

 イムが犬耳を動かして、闇の向こうに視線を向けた。家のある方から何人かの人影が近づいてきた。

「……!? 敵か」

 走ってくるもの、重い足取りで移動してくるもの。全部で五人かそこら。

「ひぃいい……こんな……魔女が……」

「本物だ……あれは……我らとは……違……」

 見れば腕から血を流し、顔面は蒼白。まるで死神でも見たような表情で、必死に逃げてくる。

 全員が手首から先を失い、大ダメージをうけ敗走しているのだ。


「魔法師どもか……」

 襲撃してた連中の別動隊、魔法師が主力だったのだろう。それをアララールが追い払った……のだろう。

 しかし、それでもまだ危機が迫っているということか?

 

「トラのあるじ! むこうから……オラの姉妹の臭いがするのダ!」

「そういうことか、急ごう」


 俺はイムとともに走り出した。

 待ってろよ、アララール、リス!


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― 新着の感想 ―
[良い点] >しかし最後の一人がとんだ食わせもの、難敵だった。  俺と対峙するや突然武器を捨て鎧も下着も脱ぎ捨てた。そして構えをとった。 「てめぇのをオレ様のこの棒で叩きのめしてやんよ」  上半身が…
[良い点] リスとアララールが難敵と戦っている間も、トラとイムも戦っていましたか。 それにしても案外とトラとイムのタッグは相性が良かったようで……。 されど、とんでもない奴が紛れ込んでいました。 格闘…
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