5号(ぺリド)対3号(リス)
「なんて魔女だ……! ちきしょう、話が違うぜ! お気軽なドラゴン狩りじゃなかったのかよ!?」
ツンツン頭の男が悪態をつきながら、二本の剣を抜いた。
「アンタもいたのね!」
腹黒パーティのリーダー、名前は確かイギリルドだっけ。
「あんときの筋肉バカの弟子か……! クソが、そこをどけぇ! 殺すぞ!」
二刀流の剣士がわめき散らす。けれど剣先は小刻みに震えていた。
「この状況で、なにイキッてるのよバーカ」
襲撃者たちの狙いはアララールだ。
けれどアララールは5人の魔法師、魔女たちを瞬殺した。いや、殺してはいないけれど、ほとんど一瞬で無力化してしまった。
アララールの魔法は次元が違っていた。無言で気合いを発するや、無礼な襲撃者たちの魔法はその場で暴発――。
「ヒィィイ……!」
「た、助け……ぃあああ!?」
手首から先を失った魔法師や魔女たちは、泣き叫びながらヨタヨタと闇の向こうに走り去っていく。
あたしの注意はすでに、横にいる大女に向いていた。
存在感が、プレッシャーがまるで違う……!
まるで巨大な獣のよう。
「第一制圧目標は、魔女だぁあ! やれぇ!」
二刀流の剣士が震え声で叫ぶ横で、女が静かに動いた。
「言われるまでもない」
「来る……!」
彼女からあたしやイムに似た気配がする。
直感した。あたしたちの姉妹だ。
ふてぶてしく精悍な面構え、目は据わっていて感情が読み取れない。シャギーのはいったグリーンの髪は、まるで伝説の獅子のたてがみのよう。
見るからに全身ムキムキで、迷彩模様の軍服と厚底のブーツ姿。そして両手両腕には、防具か武器か、重そうな鎖を巻きつけている。
「5号ぉ! アイツが魔女だ! 魔女を狙え……!」
「命令権は貴様に無い、目標を制圧するまで」
淡々とした口調は、感情の無い調整済みの兵士のようだった。
5号は地面を蹴った。全身からほとばしる闘気は、まるで竜闘術を纏っているみたいな威圧感だ。
低く構えたファイティングポーズのまま、あたしとアララールの方へと迫ってくる。
「一体なんのつもりよ!」
アララールを狙う理由がわからない。けれどトラの家の前で、好き勝手させるわけにはいかないんだから!
あたしは相手の行く手を遮るように、女に飛び蹴りを叩き込んだ。
「蹴撃位置予測、迎撃」
ガッ! とあたしの蹴りがいとも簡単に防がれた。
「えっ!?」
5号はまるでハエでも払うみたいな仕草で拳を振り、軽々とキックを叩き落とした。
あたしは空中で姿勢を乱しつつも、ギリギリで着地する。
「追撃!」
着地のタイミングを狙い、パンチが叩き込まれた。
「っく!?」
あたしは咄嗟に片手を地面について側転し、なんとか攻撃を避けた。
5号は拳で地面を叩く直前で寸止め。ゴウッ! と風圧が草を舞い上がらせた。
素早く拳を引く動作といい、まるで無駄がない。
――こいつ、強い……!
かなり鍛錬を積んでいる。それも殺人をも厭わない戦闘術。そんな訓練を重ねている人間の動きだった。
冷たい汗が額を伝い落ちる。
「3号は第二目標、後だ」
「って、待ちなさいよ!」
追いかけようとしたけれど、一瞬出遅れた。再びアララールに向かって行く。
「アララール!」
危ない! と叫ぼうとしたけれど思い留まった。だってあそこにいるのは最強の魔女。
アララールはすでに、5号に、指を差し向けていた。
「招かねざる客よ『去れ』」
発した呪文の意味はわからなかった。けれど5号とツンツン頭の剣士に突風が襲いかかった。
「ぬぶぁわぁッ!?」
瞬間的に発生した暴風に、二刀流の剣士は馬車に撥ねられたみたいにブッとんだ。手から離れた剣が二本、くるくる回りながら遠くの地面に突き刺さる。
はるか暗闇の向こうに落下する鈍い音と「ぐげっ」というヒキガエルみたいな声がした。
「ぐ……ぬ!」
けれど5号は衝撃に耐えていた。
地面に拳を打ち込んで、杭のようにして身体を支えている。
「魔法が効かない!?」
嘘でしょ……!
薄闇のなか、5号の全身を包む黄緑色のオーラが立ち上る。まるで魔法のヴェールのように纏っている。
「まぁ? それは竜闘気による対魔法結界かしら」
アララールが微かに表情を曇らせた。
魔法に耐えた相手を驚きとも呆れともつかない表情で、静かに見据えている。
「魔女よ、これは竜闘気対魔法装甲と呼ばれるものだ。自分は対魔法戦闘が可能なよう、調整されている」
5号がゆっくりと立ち上がった。
自身に満ちた表情で拳を握り直す。
鋭い視線はアララールを捉えている。
「まずい! 待ちなさいよ!」
あたしは咄嗟に5号とアララールの間に滑り込んだ。
アララールの魔法を弾き返すなら、ここはもうあたしが食い止めなきゃだ。
技が通じるかわからないけれど、トラが来るまで時間を稼ぐしか無い。
「無駄だ。多少は鍛錬したようだが」
「うっさい! くらえ竜闘術……噛砕牙!」
牙を剥くような赤い光を拳に纏わせる。
あたしは真正面から拳を叩き込んだ。
「それが3号の竜闘術か」
5号が静かに動いた。
拳を握り、後ろに引き絞る大きな構え。どうみても隙だらけの、大振りな技だ。あたしの牙を迎撃できるもんか!
「ならば、自分も応えよう姉者!」
ドウッ! と5号の周囲で緑のオーラが渦を巻いた。暴風は大蛇を思わせる姿となり5号の周囲で回転――。長大な尾のようなうねりが、構えた拳に収斂されてゆく。竜巻の大蛇が拳と一体化。
「ッ!?」
まるで拳を軸とした鞭――
「竜闘術・終焉竜尾!」
大振りな横なぎの一撃を放つ。
けれど緑色の輝きを帯びた極太の蛇、しなる丸太みたいな大きさ。
それはまるで、竜の尻尾そのものだった。
「うぉおっ!」
あたしの噛砕牙と激突し火花を散らす。すさまじい衝撃と熱、痛みに拳が砕けそう。
「ふん……! 一点突破型か、だが通じぬ!」
貫けない――!?
相手の方が攻撃範囲が広く、大きい。それにパワーも向こうが上だ!
相殺できないパワーがあたしの身体を殴りつける。全身に激しい衝撃が襲いかかった。
「きゃ……ぁあッ!?」
赤い牙が砕けると同時に、あたしは吹き飛ばされた。
ふっと地面が消え、視界が反転する。
空中に放り出された……! 脳裏では理解できても身体が反応できない、動かない。落ちる……!
「――恵みの大地よ繁茂せよ」
不意に、澄んだ声が聞こえた。
アララールだ。
「わ、ぶはっ!」
頭から地面に落下したはずなのに、衝撃はこなかった。
代わりに柔らかいクッションに全身が包み込まれた。
干し草の塊みたいな感覚だった。見れば繁茂したトマトの枝が絡まり、緑のクッションに変わっていた。
た、助かった……。
「リス、無事?」
べちゃっとトマトがいくつかつぶれたけれど、あたしはダメージをうけなかった。
アララールが魔法で助けてくれたんだ。
「あ……ありがと、アララール!」
生い茂ったトマトの林から、なんとかもがいて抜け出した。
「うっ、痛ッ」
けれど、痛みがはしった。全身がガタガタだ。
5号の技でダメージを受けたみたい。骨は無事だけど、全身が殴打されたみたいに痛くて身動きがとれない。
「動け、あたしの脚! うごけ、うごかなきゃ……」
アララールが危ないのに……!
「もう3号は戦えない。魔女よ、次はお前だ」
「なるほど、貴女には魔法が通じないのね」
アララールは動揺していなかった。地面に視線を向けて、何かを唱える。
「ぬっ……う!?」
途端に、ズブズブと5号の両足が地面に沈みはじめた。周囲の地面が泥沼と化し、足をとられ身体が傾いてゆく。
「そうか!」
魔法による直接攻撃は通じなくても、間接的な効果は通用するんだ!
あたしは痛みを堪えてなんとか立ち上がる。
「トラぁああああ! 何してンのよバカァアア! 早く来なさいよ!」
あたしは暗闇の方に全力で、大声で叫んだ。
大事な奥さんと可愛い弟子のピンチなんだから、すぐに来なさいっての!




