急襲! 魔法師軍団対アララール
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トラとイムはあっというまに夜霧の向こうに消えた。
新月を数日後に控えた頼りない月明かりの下、赤い輝きと刃の鈍い光が瞬いた。火花が散って、トラとイムの声が聞こえる。戦いが始まったのだろう。
「トラ、イム……!」
あたしも行こうかと思ったけれど、足を止めた。家を、アララールを守らなきゃと思ったからだ。
「リス、トラくんたちは心配いらないわ」
「アララール、どういうこと?」
振り返ると玄関先にアララールが出てきていた。薄手の夜着に白い魔女のマントを羽織っている。
「あっちは囮みたいだから」
「おとり?」
「狙われているのは……私たちかしら」
アララールは落ち着いた口調で言うと、闇の向こうに視線を向けた。
いよいよ濃さを増した夜霧が、渦を巻き白い人の形に凝縮してゆく。するとそこから人影が次々と出現した。
「わ!? 何よこいつら!」
闇の向こうから浮き上がるように姿を現したのは、魔法師や魔女だった。
「シシシ、ワシの隠遁術を見破るとはのぅ」
「流石は竜の魔女といったところかしら?」
明らかに友好的な雰囲気ではなかった。獲物を狙うギラついた目つきが気持ち悪い。
連中はあたしとアララールを取り囲むように立ち並んだ。
「何の用よ!」
あたしは気圧されないように大声を出した。
連中が立っているのは、玄関先にいるあたしとアララールからは十数メルほど先。足場が悪い家庭菜園の向こう側だ。
連中は一定の距離を保ち、包囲陣形のような形で並んでいる。相手の魔法や飛び道具は届くけれど、あたしの蹴りも技も届かない。絶妙なポジションをとっている。
紫色のローブを羽織った老人、赤いマントの妖艶な女。黒っぽいスーツの男、緑色の道化みたいな小男。そして、薄汚れた灰色のローブを身に着けた、金髪の魔法師。
「威勢がいいのぅ、お嬢ちゃん、シシシ」
「相変わらず生意気な小娘だこと」
嫌味くさい老人とだらしない感じの赤毛の魔女には、見覚えがあった。
「アンタたち……!」
二人は以前、ゴブリン討伐で一緒だったパーティの一員だ。
たしか『ハウンド・ドッグ』だ。今思えばあのクエストは最悪だった。トラにわざと重い荷物を背負わせ、あたしたち荷物持ちをエサに、ゴブリンをおびき寄せた。
「お金を貰えば、こんなこともするの? 最低」
「生きるため、稼ぐためにはのぅ」
「仕事だから悪く思わないでねぇん。抵抗しなきゃ殺しゃぁしないわよ?」
「ふぅん? じゃぁ、あたしが先にブッ殺したげる!」
アララールは下がってて! と身振り手振りで示す。
「おうおうやる気かぇお嬢ちゃん、シシシ!」
「3号……! いい気になるなよ……! ドラゴン狩りだけが目的じゃない。おまえを捕まえに来たんだよ! もう一匹のバカ犬もだ!」
一歩進み出た魔法師にも見覚えがあった。
「イムを連れてきた魔法師!」
「そうだ! 私の名はリューゼリオン。元、王宮魔法師……!」
「もと?」
クビになったってこと?
見れば瞳の光は淀み、髪は乱れ、放浪者のようにローブは汚れ、あちこちが擦り切れている。それに左手にぐるぐるに巻いたボロ布には、鮮血が滲んでいる。
「全部……お前らクソガキが好き勝手してくれたせいだ……! おかげで、このザマだ! 責任を取れクソガキィイ!」
薄汚れた青年魔法師は突如キレた。
「キモッ……。何キレてんの? バッカじゃないの、しらないわよアンタなんて!」
確かコイツは、あたしをここに連れてきたラグロース・グロスカという魔法師の手下だ。
金魚のフンで、言葉少なに指示に従っていた。それぐらいしか印象のない若い魔法師だったはず。イムを連れて襲撃してくる前も、町の喫茶店で4号を連れ回していた。
「この名門出の私の……! 輝かしい実績に泥を塗り、愚弄した……! 許さんぞ……たかが、実験動物らめが!」
身勝手な思い込みか、憎しみを剥き出しにしてあたしを睨みつけている。
「逆恨みもいいところじゃん。それでなに? 仲間を連れて嫌がらせに来たわけ? ホンっと弱虫の雑魚って感じね」
あたしは言い放った。
相手の方が数は多いけれど、あんな奴らに負ける気なんてしない。
「きっ、貴様ぁああ!」
リューゼリオンは杖を両手で握りしめ、あたしに向けた。杖の先で青白い輝きが渦を巻く。
「リス、魔法よ」
「アララール、大丈夫!」
あたしが立っていた場所が弾けた。
土がめくれ草が舞う。同時にアタシは地面を蹴っていた。
見えない魔法は、あたしを対象として衝撃波を放つヤツだった。
「なっ!? 避けた」
相手は全部で五人。手にはそれぞれ長い杖や、短い指揮棒みたいな物を持っている。見るからにヤバそうな魔法を使うヤツらばかり。
でも他の連中は様子見だ。リューゼリオンが先走ったのだ。
――リス、魔法使いが相手のときは間合いが大事だ。
一気に接近しブン殴れ。呪文詠唱の時間を与えるな。
魔法には指向性、向きや影響範囲があるから気をつけろよ。
「わかってる……って!」
あたしはトラのアドバイスを思い出していた。
二発目の魔法を避けて鋭角にターン。背後で地面が爆ぜた。でも、あたしは既に魔法師リューゼリオンの懐に跳びこんでいた。
「速ッ……!」
慌てて魔法を詠唱しようとする魔法師に、ボディブローを叩き込んだ。
「しゃらぁ!」
「ぐぼぉ!?」
薄汚れた魔法師は真後ろに吹き飛んだ。くの字に体を曲げ地面に転がるのを見届ける。
「このガキ……!」
「すばしっこい、広範囲の呪詛で仕留めよ」
「手足を焼いてやろう!」
他の魔法師たちが一斉にあたしに杖を差し向けてきた。
同じ場所には留まらない。バク転をニ回して、もとの位置まで下がる。
「っと、冗談じゃないわ」
杖の先の狙いは定められていた。残り四人の魔法師たちがあたしに狙いを定めている。一気に四人はちょっとキツイかも……。
「リス、さがって。後は私に任せて」
「アララール!?」
アララールが静かに進み出た。
「その女だ! ドラゴンが魔女に化けている……! 叩きのめして捕らえろぁ!」
腹を押さえたまま、リューゼリオンが呻くように叫んだ。血走った目、口からは血反吐を垂らしている。
「ギヒヒ、噂をたしかめてやろうぞ」
「ドラゴンが化けているですってぇ? ペテン師の魔女気取りじゃぁないのかしら?」
赤毛の魔女が小馬鹿にした口調でアララールに杖を向けた。
「だが、油断するな。周辺に展開された結界は未知のものぞ」
「一気に叩きのめすまでよ」
残り四人がそれぞれ魔法を励起し始めた。
炎や氷、風。それに何か得体のしれない毒霧のような魔法が、杖の先で輝き出す。
「アララール!」
あたしは思わず叫んでいた。逃げ場がない。いくらなんでも一斉に放たれたら、アララールだってどうなるか……。
「それが……魔法?」
少し呆れ気味につぶやく。口にしたのはそれだけだった。同時に、アララールを中心に見えない力場のようなものが広がった。魔法を使えない私でもわかるほどの、物理的な壁のようなものが。
「――ぬ!?」
老魔魔法師が顔色を変えた。
「放てぇ、殺れ!」
けれど、リューゼリオンが叫ぶと同時に四人は一斉に魔法を放った。
が――
彼らの眼前で魔法が炸裂、いや暴発したのだ。
「ぐ、ばぁああ!?」
「ひぎゃ……ああ!」
杖が砕け、顔面を血だらけにした老魔法師が地面に倒れ込んだ。腕を失った赤毛の魔女が、顔面蒼白で膝を折る。
「なっ、なにぃいい!?」
「バカな、これはっ……!」
他の二人も腕がグニャリと曲がり、手首の先が無かった。魔法の暴発で吹き飛んだのだ。
「ぎぃやぁああ!?」
「ひぃいい!?」
耳を置いたくなるような絶叫が響きわたった。
同時に、畑の野菜たちに浮かんでいた顔が一斉にギョロ目を剥いた。のたうち回る魔法師たちを無言で睨みつけている様子にあたしは肝を冷やした。
「ま、魔法の強制破壊だと……!? そ、そんな……それもこれだけの威力、範囲に同時……」
「真なる魔法を極めし私に、児戯にも等しきものを披露するな」
静かで、それでいて迫力と威厳に満ちた声だった。
後ろにいるあたしから、アララールの表情は窺えない。けれど今まで一度も聞いたことのない声に震えあがりそうになる。
「まさか、きき、貴様……! 魔女……それも本物の!?」
「口を閉じよ」
「百年級……の魔ッ――」
ブシュァ! とリューゼリオンが突如、吐血。口を両手で押えて前のめりに倒れた。
「……ッ!」
あたしは身動きできなかった。
次元が違う。
魔法のことは詳しくないけれど、わかる。
アララールは異次元の強さを秘めた魔女なんだということが。
「それと、私は竜の魔女じゃないわ。月と星の魔力の権現、星辰の魔女よ」
「……ば……ばかな!? そんな、四大魔力元素を司る……魔女だ……なんて……そ、んな、あ、貴女様は………」
視力を失ったらしい老魔法師が震える手を伸ばした。
けれどアララールは何も応えなかった。
代わりに、すっと右腕を動かして空間を払う。
「隠れても無駄よ。私の魔法領域の中で魔術は無意味」
まるでヴェールが剥がれるように、闇に紛れて潜んでいた人影が出現した。
「ぐぶぁ!?」
「ちきしょうマジかよ……!」
二本の剣を持った戦士と黒衣の魔法師、それに緑色の髪をした女の三人組だった。
黒衣の魔法師は白目をひんむいて口から泡を噴き倒れた。
「ペ、5号……! やれぇああ! 殺せ……!」
リューゼリオンが叫んだが次の瞬間、野菜が口に突進し口をふさいだ。
「言われるまでもない」
女が動いた。
彼女は、竜の闘気を身に纏っていた。
「――っ!?」




