無粋な襲来
夜も更けてきた。俺は魔法の動画を眺めながら、蒸留酒をちびちびと飲んでいた。
「流石だな、うむむ……」
壁に掛けたタペストリー状の映写幕には、人気パーティの魔物討伐戦が映し出されている。
熱いバトルを安全な場所から観覧するのは、格別の楽しさがある。
「トラ、おねがいがあるの」
「たのみがあるのノダ」
「んー? どうした、リスにイムも」
リビングで晩酌中の俺に、リスたちが話しかけてきた。二人は寝巻きに着替え歯磨きも終え、あとは寝るだけらしい。
「部屋を交換してよ」
「なんだよ藪から棒に。ははぁ、幽霊が出るからか?」
リスが使っている部屋は元々子供部屋だ。しかし『押し込み強盗に惨殺された一家の』という枕詞がつくいわくつき。そのせいか、たまに幽霊が出るらしい。
「幽霊はもう平気だけど。トラの部屋のほうが広いじゃん? 今夜からイムとあたしで寝るなら、広いトラの部屋を使うのはどうかと思って」
「ほぉ……? 図々しいやつめ、ヤダね」
お断りだ。なんで家主の俺が狭いほうで寝にゃならんのか。
「えー!?」
「えーじゃない。さっさと二人で寝ろよ。寝床は用意しただろ」
「トラはアララールと一緒に寝なさいよ!」
「トラあるじの獣臭いベッドがいいのダ!」
「獣臭いとかいうな」
「ケチ! 毎日部屋の前でデモ行進してやるんだから」
「あーそうかよ、好きにしろ」
しっし、と二人を子供部屋に追いやる。
ったく。これが庇を貸して母屋を取られるというやつか? あぁ恐ろしい。
「トラくん、寝室をこれからは一つにしましょうか」
「なぬ?」
アララールが意外なことを口にした。
生活サイクルが違うので、寝室は分けていた。健康上の都合でアララールはどうしても朝と昼間に起きられなかったからだ。
「魔力回路の再生と修復が終わって、魔力の充填も調子がいいの」
アララールは心身ともに段々と調子が上向いてきたようだ。今日も昼間は普通に起きていたようだし。
「よくわからんが、全盛期に戻りつつあるってことか?」
「二度と全盛期には戻らないわ。でも、魔女として困らない程度には回復したと思うわ」
「ふぅん?」
それはどの程度なんだ?
以前、アララールから聞いた昔話では、ドラゴンに変身したアララールは押し寄せる敵の軍勢をブレスで薙ぎ払ったらしい。それが全盛期らしいが……。
「遠方からのかすかな敵意を感じるわ」
「……感づいていたか」
「邪眼、遠視。それに……呪詛も届いたわ。その類いの魔力波動を最近、頻繁に感じるわ」
俺は仔細を話した。イムを王都に連れていったことで判明した、危機が迫っていることも。
「アララール。お前を狙ってる奴らがいる。リスとイムもだ。おそらく、リスを預けていった魔法師の一派だろうが……」
「そう」
アララールは特段驚かなかった。
いつものこと、とばかりに俺の首に腕を回す。
「……ま、俺が追い払ってやるよ」
「トラくん、無理しないで。あの子たちにも危険が迫るなら、私も……手伝うから」
横に腰かけて身体を預けてくるアララール。細い肩を抱きながらいちゃつく。くそ、危険が迫っている感じが逆に盛り上がるぜ。
「それに……。夜はいっしょがいいの」
甘えた声で見上げてくる。くそ可愛いやつめ。
「お、おう……! 俺もだぜ」
「……あの子たちに、今のトラくんのお部屋を使わせてあげたら良いわ」
奥の部屋が本来の寝室だしな。とはいえ、部屋替えは明日以降の話だが。
「そうと決まれば今夜はもう寝るか。……とりあえず俺の寝室で」
「ひゃん」
アララールをひょいっとお姫様抱っこ。そして、そのまま寝室へ運び込む。
今夜はちょっとがんばっちゃうぜ。
「アララール」
「トラくん……」
寝台に二人で潜り込んで、あれやこれやしはじめた、その時だった。
ドタバタと廊下が騒がしくなった。
「イム!」
リスの声。そして部屋のドアが蹴破られたかのように、勢いよく開く。
「ンガルルル……!」
それはイムだった。四つん這いの獣じみた姿勢で、唸りながらドアを突き破ってきたのだ。
銀色の尻尾を逆立てて、唸り声をあげている。
「な、なんだ!?」
「やんっ」
俺は慌てて起き上がった。
「イム! どうしたのよ!?」
リスがイムを追うように飛び込んできて、俺たちをみて「きゃ!?」と小さな悲鳴をあげてくるりと向こうを向いた。
「イム、どうしたってんだ!?」
狼少女の顔つきを見て息をのむ。敵意もあらわに、犬歯をむき出しにしている。
「あるじ! 縄張り荒らしが近づいてくるノダ!」
だが獣じみた様子とは裏腹に、瞳には理性の輝きが宿っていた。
「まさか……!」
俺は慌てて起き上がり上着を羽織った。ブーツに足を突っ込んで、ドタバタと支度する。
「みんなは家にいろ! 外の様子を見てくる」
予想外に早い。襲撃者たちが近づいているのだ。
「ンガルル! オラも……!」
「イム! その格好じゃダメ、着替えて……!」
リスがイムを羽交い締めにし、捕まえた。
ふわふわした寝巻き姿で外に飛び出そうとするイムを引きずって、部屋へと戻って行く。
「心配しないで、リス、イム。ここはトラくんに任せましょう」
アララールが冷静に、二人に声をかけている。
「ちくしょうめ!」
いいところだったってのに、無粋極まりない連中だぜ……! 最悪のタイミングだ。
深夜に襲撃されてしまっては、ギルドで映像を見ていた人間が救援に来てくれる……なんてことを期待するのは難しい。
そもそも、視界が制限される深夜の襲撃など、盗賊だって忌避するくらいだ。
となると連中には『夜目の魔法』を操るものがいるのか……。
「オラもいく!」
身軽な服装に着替えたイムがドアの前で足踏みしはじめた。
「イム、おまえ……」
「オラは夜目も鼻も利くノダ!」
「わかった、ついてこい!」
俺は魔法の水晶照明器具を腰に下げ、外へと飛び出した。
夜空には下弦の月が出ていた。暗闇の新月まで日にちがあるので襲撃はまだ先かと思っていたが……。
うっすらと夜霧が漂い、視界は悪い。
「とはいえ、どっちから来やがる?」
「……すんすん、こっち」
イムが指差し走り出した。銀色の髪と尻尾が躍り、月明かりに光る。
家の庭先の畑を抜け、その先の草原へ。向こうは黒々とした森だ。月明かりの下で木々が壁のように横たわっている。
町へ向かう道は一つ。わざわざ魔物がうろつく森の中を来るとは思えない。
後ろを振り向くと家から既に百メルほど離れていた。暗闇の中で家の明かりがポツンと灯っている。
「ヴー……!」
イムが不意に立ち止まり、唸り声をあげる。身を低くして何かを睨みつつ身構えた。
「誰か隠れてやがるのか!?」
闇に包まれた草原、何もない空間を凝視している。夜霧が静かに動いた気配がした。
その時、空間を縦に切り裂きながら、鈍い光が襲いかかった。
「イム!」
「臭いも気配も……!」
狼少女はまるで見透かしていたかのように刃を避けた。そして身を翻すと真横一文字に爪をたてた。
暗闇に赤い残光が、闇を切り裂く。
「まるわかりなのダ! 竜の爪!」
「ぐぁっ!?」
悲鳴と共に短剣が宙に舞った。ドスッと地面に突き刺さると同時に、黒づくめの男が膝を折った。腕に深傷を負い、剣を取り落としたのだ。
イムは深追いせず、相手と瞬時に間合いをとり、バックジャンプ。
「うぐぁ……! オレの腕が……ぐあっ」
呻き声をあげてうずくまる。イムの爪の一撃は刃物のように鋭く、動きも素早い。
「でかしたイム!」
「トラのあるじ……!」
横に戻ってきたイムの頭を撫でる。
「ワシの『闇纏い』の魔法が破られるとはな」
直後、空間を覆っていた闇が溶けた。
ぞろぞろと四人ばかりの戦闘集団が新たに姿を現した。
中年の魔法師が一人に、重装備の戦士職二人。それに前衛は素早そうな軽装備の盗賊職系が二名。だがそのうち一人はイムに腕を切り裂かれ、戦闘不能だろう。
「夜霧に魔法をかけ、目眩ましか。見ねぇツラだな。どこぞの雇われパーティか」
「貴様が『聖域の番人』か」
「噂にゃぁ聞いているぜ、格闘術師なんだってな」
「番犬まで飼ってやがるとは聞いてねぇが……!」
「降参すりゃ命まではとらねぇぜ、ヘヘヘ」
魔法師を一番奥に、戦闘可能な三人が俺とイムを取り囲む。
動きといい布陣といい、手慣れた連中だ。
「ドラゴンなんざここには居ないぞ」
「……なぁんだ、知ってんのか?」
「オレらはよ、依頼主に頼まれてよ」
「他人の家に押し込み強盗か。下らん仕事を請け負ったもんだな」
「悪く思うなよ」
「金さえもらえりゃなんだってするぜ」
闇のなかで男たちが下品な顔でニタついた。
「やっちまえ!」
盗賊職の小男が地面を蹴った。
「トラのあるじ!」
「イムは飛び道具と魔法を警戒しろ」
盗賊は夜露に濡れた草地を、音もたてずに間合いを狭めてきた。
「ナメてんのかオッサン! 余裕かましてんじゃ……ねぇぜ!」
真正面から来るとみせかけて鋭角にターン。更に反対側に飛んで背後に回る。そして刃物を突き立ててきた。
「あぁ、余裕は無ぇな」
「――な!?」
右腕で相手の手首を払い除け、そのまま手首を握り捕まえた。そして左手の掌を相手の肩に叩きつけながら、ねじる。
ゴギッと鈍い音がした。
「ぐぎゃっッ!?」
一切の躊躇いも無い。感情を捨て、敵の排除のみを考える。
「ぬんっ!」
そのまま遠心力を利用して、二番手の戦士めがけて小男を放り投げた。
「うぐっ、こいつ……!」
戦士は無情にも仲間の肉弾を避けた。地面を転がった小男が悲鳴をあげる。
「ぎゃ!? ああ、肩が……んがぁああ!?」
「すまんが手加減は無しだ」
肩から腕の骨を外し、粉砕。
完全治癒は不可能で、二度と元には戻るまい。
「よ、予定変更だ、殺しても構わねぇ!」
戦士が大剣を鞘から抜いた。戦士二人が左右から同時に襲いかかってきた。魔法師は魔法詠唱に入ったのが見えた。
「くそ、余裕も時間も無ぇ。手伝ってくれイム」
「明日からご飯増し増し、おねがいするノダ!」
「あぁ!」
だがその時だった。
「トラのあるじ……! 臭いが……他にも移動しているノダ!」
イムがはっとした様子で振り返り、悲鳴じみた声をあげた。
闇に紛れた別動隊がいる。おそらくアララールとリスのいる家の方へ向かっているのだ。
「くそが……!」
 




