小さな我が家(多少難あり)へようこそ!
「ふふん、驚け」
自慢のわが家は3LDK。
郊外の緑豊かな場所に立つ、平屋の一軒家だ。リビング兼キッチンと別に三部屋。魔法給湯のシャワーに、スライム生分解式トイレだってある。
冒険で稼いだ金で買った一番大きな買い物だぜ。
「すごいボロい家だね!」
流石はクソガキ、なんの遠慮もねぇな。
「こ、古民家の良さはお子ちゃまにはわからんさ」
「ふーん? じゃぁお子ちゃまにもわかるように説明してよ。ムカツクから」
ムカツクのはこっちだよ。
どうやらリスは調子にのるとよく喋るらしい。
こんなボロ屋初めて見た、という顔で眺めているが楽しげだ。好奇心で目を輝かすところは年相応の子供だな。
「ちなみに築50年だ」
「ヤバくない?」
「ヤバくねぇよ」
ヤバイのはお前だリス。この良さがわからんのか。朽ちた木の風合いや、蔦の張り付いた壁、ペンペン草の生えた茅葺きの屋根。外観は時を重ねた趣がある。
家の前庭には食費の足しにと始めた家庭菜園。庭先には以前の家主が植えた捻れたリンゴの樹もあって秋になると腹を満たしてくれる。
近所のガキんちょどもが「お化け屋敷!」と指差しながら通って行くが、もっと恐ろしいものが棲んでることをガキどもは知らんのだ。
ちなみに不動産屋の話によると、前に住んでいた家族が押し入り強盗に惨殺されたらしい。生き残った最後の一人も絶望し、庭のリンゴの樹で首を吊ったとか。よくあることだ。
古くて訳あり。
そんなわけで「特売」だった物件だ。
二頭立ての馬車と同じ程度の値段で売りに出されていたので即決の現金払い。三年前は景気がよくて魔物もバンバン出没したから資金はあった。
幽霊が出るとか笑わせるし、細かな事は俺は気にしない。何より嫁も気に入ってくれているんだからよ。
玄関の扉を開け、家の回りを眺めてきたリスを招き入れる。
「いいから入れよ」
「……なんだかひんやりする」
「茅葺き屋根だから夏は涼しいんだ」
「うーん? そうかな、何か……」
リスはブルッと震えて腕をさすり妙な顔をした。
「で、ここがメインルームだぜ」
「ほぉ」
目の前は入ってすぐリビング兼キッチン。広いスペースだ。中央にテーブル、壁際には暖炉とくつろげるソファ。庭が見渡せる窓つきの水場とキッチン、すべてきれいに清掃は行き届き、清潔感はバッチリだ。
「どうよ?」
傍らに立つ小さな背丈の少女に視線を向ける。ちょっと目を輝かせ、
「汚物まみれのブタ小屋だとばかり思ってたのにすごく綺麗!」
「つまみ出すぞコラ」
リスは、キッチンに駆け寄った。赤毛の長い髪はすこし乱れ、ワンピースも薄汚れたまま。身体の傷もそのままだった。なんだか汚い野良猫を拾ってきてしまった気分だ。
「奥さんが掃除してるんでしょ? 結構キレイにしてるんだね、狭いけど」
「いちいちひとこと余計だぞ」
ガキの言うことなんざ気にしないが。外ではトラブルの元だからな。
「……トーキョーに比べればずっといい」
「ト、キョ?」
どこだその町は。よほど小さな村か、聞いたこともない不思議な響きだった。
「そういやリスは貴族の家で暮らしていたんだっけか?」
思わずポロリと言ってしまったが、どこの貴族様のお屋敷に比べれば、ここは馬小屋なのだろうが。
「うん。部屋数は30あるって自慢してた」
「マジか!?」
とんでもねぇ金持ちの屋敷のようだ。男爵家か公爵家か。だまってお利口にして、そこにいりゃいいものを。
「あたしの部屋は窓のない地下室だったけど」
「う……」
さっきまで元気だったリスの表情が曇った。
しまった。
地雷を踏んじまったか。
リスは貴族の家で酷い扱いを受けていた。どこかの孤児院から貴族の家に預けられたのだろうか? リスの素行に問題があったことは想像にかたくないご子息をブン殴って、あげく使用人にも怪我を負わせたと魔法師が言っていたが……。ん? だが、なぜ魔法師が絡んでいるんだ。貴族と関係があって依頼されたのか。
ちょっと腑に落ちない点もある。試作品とか言っていたしリスは一体……。
「ま、言いたくないことは言わんでいい」
何も聞かずそっとしておこう。
「……下働きの男に地下で服を脱がされそうになった。だから殴った」
「わ、わかった! もういいから、な?」
思わず独白をストップさせる。
リスの表情が曇り、様子がどんどんダウナーになっていく。また暴走モードになって暴れられたら面倒だ。気分を変えよう。
「おぉそうだ! ちょうど一部屋空いてるから使っていいぞ、こっちだ。見てみるか?」
ドタバタと走って手招きをしてドアを開ける。くそ、なんで俺がリスの機嫌をとってんだ。
廊下、といっても十メルもないが、そこに部屋が並んでいる。
左側はトイレとシャワー並びに俺の寝室。
右側の奥は開かずの間。昼間は嫁が引き篭もっている。
右側の手前の小部屋は使っていない。いつか子供ができたら子供部屋に……と思って空けていた部屋だ。
「しょうがねぇ、リスに貸してやろう。特別だぞ?」
すると開けたドアからリスが部屋に入っていって中を見回した。ガランとした部屋だ。
「……ここ?」
「どうせ狭いとか思ってんだろ? リスの自由にしていいぞ」
小さな机と椅子がひとつ。棚のような備え付けの寝台だけの部屋。窓からは青空と木々。その向こうにエストヴァリイの家々の屋根が見える。
「いいの?」
「いいぜ」
リスは目を丸くして、目を輝かせた。
上を見たり横を向いたり、狭い部屋の中を歩き回る。まさに連れてこられた猫みたいに、落ち着きのない様子で。
やがて窓を背にして立って、
「……ありがとう」
初めて感謝を聞いた。
言えるじゃねえか。驚いたぜ。
「お、おぉ」
「その顔、キモイんだけど」
「どんな顔すりゃいいんだよ」
「ねぇ、そっちの部屋は?」
リスは俺の横をすり抜けて廊下に出た。西日の差し込む廊下の反対側は俺の寝室だ。
「俺の部屋だ」
「あっちは?」
「嫁の部屋。訳あって夜にならないと起きてこない」
「……ふぅん?」
流石のリスも何かを察したのか、それについては聞いてこなかった。
どうせ夕方になればわかることだ。
「ね、トラの部屋を見せてよ」
「構わんが何もないぞ、ほんとに」
「いいからいいから。どうせヤバイものだらけなんでしょ?」
「何もヤバかねぇよ!」
そうこういう間に、リスは勝手に部屋のドアを開けて中に押し入っていった。
「大きいベッドじゃん!」
リスが俺の寝台の上に飛び乗ってジャンプしていた。しかも土足でだ。
「あっ!? こら汚ぇ降りろ!」
「なんか臭くない? 加齢臭……?」
「うがぁ! まて!」
「きゃはは」
追いかけると、びょん、と跳ねて部屋の反対側に逃げた。すばしこい猫か!
部屋のすみに追い詰めたが、股下をすり抜けられた。
「おまえな、まずその汚ったねぇなりをなんとかしろ、おまえだって臭いぜ。風呂だ、風呂にはいれ、着替えは用意させるから」
「えー?」
「えーじゃねぇ。少なくとも土足で寝台に上るな」
リスをしっし! と追いたてて、シャワー室に押し込んだ。
しばらくすると諦めたのか、中から水音が聞こえてきた。
服は……嫁の洗濯物から拝借しよう。サイズは違うがまぁいいだろ。
「やれやれ。……なんか飯でも準備しとくか」
腹も減った。
じきに日が暮れる。
嫁が目覚める黄昏刻になる。
訳あり魔女のアララールが。
<つづく>
【作者より】
次回
嫁さん(内縁の)登場。修羅場に……?
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