安心? ギルド保険
王都ヨインシュハルトへの遠征は、半ば空振りに終わった。
狼少女イムの『身元引き受け人』と期待した魔法師が行方をくらませたからだ。
となると、身寄りの無い狼少女を引き取ってくれそうなのは、聖堂教会の孤児院だ。しかし劣悪な環境だというし論外だ。
俺はイムを連れ帰ることにした。
リスがすっかり気にいっているし、家に居候が一人増えたところで大差ない。リスとは年の頃も近く遊び相手になっている。おまけに鼻が利く番犬代わりになるやもしれん。
みんな幸せになるなら、家に置いても良い気がしてきたからだ。
「美味しかったね、イム」
「オラはもう満足なのダ!」
「おまえら少しは遠慮しろよ!? ナサリアの三倍も食いやがって」
「僕は少食ですから……」
魔法街を案内してくれたナサリア少年。リスの友達だし世話になったので昼食をおごった。
しかし、だ。
リスとイムはとにかく食うわ、食うわ……。
うまい! おいしい! と、味付け肉を挟んだパンとスープのランチセットを三人前。それぞれペロリとたいらげやがった。
前言撤回、このままだと食費がヤバイことになる。財布が不幸になるじゃねぇか。
いっそ美味い飯が食えるぞと言いくるめ、ロシナール伯爵家の前に捨て置いてやろうか……。
「ねぇナサリア、あれは何の屋台?」
「ドライフルーツの砂糖菓子ですよ」
色とりどりの菓子が串に刺さって売られている。
「可愛い! 食べたい」
「まだ食うのか!?」
リスが目を輝かせて俺を見上げてくる。何てヤツだ、底無しの胃袋め。
「デザートよ! そのぶんあたしがクエストで稼ぐから。いいでしょ、おねがい」
「くそ……仕方ねぇな」
そこまで言われちゃぁな。
「ありがと、トラ!」
三人分の銅貨を渡すとリスは快活な笑みを見せ、イムとナサリアをひきつれて屋台へとすっ飛んでいった。
くそ、俺も甘くなったもんだぜ。
リスはクエストで稼ぐと言ったが、危険な冒険で稼ぐにも限界が来る。いまのうちに学舎に通い学位を取って職に就く……なんて生き方もあるだろうが。それはちょっと考えすぎか。
「さて……と」
魔法街で小耳に挟んだ情報に、俺は危機感を抱いていた。
ロシナール家の連中が、ドラゴン狩りを画策している。嫁のアララールか、あるいはリスたちが狙われている。
リスを俺に預けた魔法師ラグロール・グロスカ。
ヤツはロシナール家とも関係しているうえに、俺たちの事情を知っている。
かつて竜に変化したまま封印されていた魔女、アララールと対峙した一人なのだから。
今さら手柄ほしさにドラゴン狩りと嘯いて、ロシナール家をけしかけたか……。
どちらにせよ、魔法師連中が推し進める人造勇者製造計画とやらに、ドラゴンの血が必要なのだろう。
竜闘術のスキルを宿すリスやイムを俺……いや、アララールのそばに預けているのも全て計画されているのか?
考え出すと疑念が浮かぶ。
……気に入らねぇ。
連中の手のひらの上にいるってのか。
リスとイム、ナサリアは広場の噴水近くのベンチに腰かける。そしてドライフルーツの菓子をかじりながらおしゃべりに興じはじめた。楽しげな様子は、街を行き交う若い連中と違わない。
リスもあんな風に笑うのかよ。
出会ったばかりのイムも、狂った獣みたいな目付きで襲って来たのに。
まるで全部夢だったみたいに、普通にしている。
俺は拳を握りしめた。
ガラにもない事を考えている。
以前は嫁のアララールさえ守れればいい。そんな風に考えていたが、今は違う。
リスの笑顔も守りてぇ。そんな風に考えるなんて、思ってもみなかったぜ。
「ギルドに用事を思い出した。先にいくからあとで来いよ」
離れた位置からリスに声をかける。すると、オーケーと身振りで返事をした。
足は自然にギルドへと向いていた。
引退して非正規の身分。だが結局、頼れるのは『モンスタァ★フレンズ』なのだ。
クセのある連中ばかりだが、命がけで戦ってきた顔見知りの仲間が何人もいる。そこで築いた連中への信頼は揺るがない。
頭を下げてでも言うしかない。
――家族を守るために、力を貸してほしい。
◇
「おう、トラリオン! って、一人か?」
「リスちゅわんは!?」
「犬耳の娘も一緒じゃねぇのか?」
「まさか……妙な店に売り払ったんじゃあるめぇな!?」
ギルドに入るなり、むさ苦しい男どもに囲まれた。
「なにぃ!? ブチのめすぞトラてめぇ!」
目を血走らせた野郎に胸ぐらを掴まれる。
「だぁあっ! んなわけあるか! 早とちりすんな、屋台で買い食いしてるんだよ、すぐに来るっての」
「ホントだなコラァ!?」
「ほんとだよ! 放せ!」
バカどもを押し退けてギルマスの元へと向かう。
何が信頼すべき連中だ。期待しちまったぜ。
「リスちゃんは今や俺たちのアイドル!」
「変な野郎にナンパされたら大変だ!」
「なんてこった、迎えにいくぜ!」
野郎共が血相を変えてギルドから飛び出していった。ギルドに真っ昼間に残っているのは仕事にあぶれた暇人ばかり。
「どこにいるか聞きもしねぇで……」
アホどもが。お前らが一番あぶねぇんだよ、と思ったが、好きにすればいい。
「トラリオン、その様子だと空振りだったみたいだな」
カウンター越しにギルマスが苦笑する。
「あぁ。イムは俺が預かることにした」
「そうか、だと思ったよ」
「べ、別に俺は嫌なんだがよ! リスが……その、気に入っちまってな」
「あぁ、そうだろうとも。弟子のリスちゃんはいい娘だよ。今やギルドの人気者さ。魔法動画の再生数もうなぎ登り……! そのうえ犬耳の妹ちゃんとユニットを組んでくれりゃ、きっと今以上に人気がでるぜ?」
上機嫌にそろばんを弾くギルマス。
魔法再生数による副収入の皮算用でもしていやがるのか。
「んなこたぁどうでもいい! ギルマス、頼みがある」
カウンターテーブル越しに身を乗りいれる。
「な、なんだよトラ。頼み事は金がかかるぜ」
「くそが! リスの動画で儲けてんだろうが。それにイムをつれて来た魔法師の保釈金だって!」
図星だったらしくギルマスはあっけなく折れた。
「……ちっ。しかたねぇな、他ならぬトラの頼みだ。聞くだけ聞いてやる。ヤバイ話以外ならな」
ギルマスは小さく舌打ちをしたが、拒否はしなかった。
「ウチの嫁が狙われてる」
「……嫁さんて、アララールさんが!?」
ギルマスも若い頃は共に冒険した仲だ。魔女アララールとのいきさつについては知っている。
「ロシナール家が息のかかったギルドに声をかけ、ドラゴン狩りのメンツを募ってるらしい。この界隈にドラゴンなんていやしねぇ。おそらくはうちの嫁か……リスのことだ」
「なるほどな。おおかた手勢は『スマイル連合』か? こっちも妙な噂は聞いてるぜ」
ギルマスは涼しい顔で言った。
俺のように他のギルドにも出入りする冒険者は一定数いる。そうした連中は他の商売の動向や景気の情報を「売り」に来る。
「だから、ギルド保険を頼みてぇ。力を貸してくれ」
頭を下げる。ギルマスに真剣に頼むなんてはじめてだが。なりふりなんてかまっていられねぇ。
「おいおい、頭を下げられても困るよ。それに王侯貴族じゃあるまいしギルド保険? 保険額がいくらか知ってるのか? 一日金貨十枚だぞ。それで戦士や魔法師を護衛につけるってやつだ」
「もちろん、タダとはいわん。有り金は全部払う」
財布をまるごとカウンターに置く。最近稼いだ金の全部だ。金貨十枚にも満たないが。
「バカいうな。お前が四六時中護衛すりゃぁいいだろうが」
ギルマスは腕組みをしてふんぞりかえった。
「それは考えたが、どんな戦力でいつ来るかもわからん。一対一なら負ける気はしねぇが」
武装集団が家におしかけてきたら、多勢に無勢。それで終わりだ。
それに、
「リスとイムも危ないんだ」
「……だろうな。ドラゴン狩りは隠語で、竜闘スキル持ちのことも含まれるのかもしれない。リスちゃんの戦闘スキルが特殊だとピンとくるヤツもいるだろうし……」
「わかってて動画を曝してんのかてめぇ!」
俺はカウンターから身を乗り出し、ギルマスの襟首をつかんで引き寄せた。
「うがが、やめろ、おちつけ……!」
手を放す。
「もういい! てめぇにゃ頼まねぇ」
「まぁまて、トラリオン。アララールさんはともかく、リスちゃんはなかなか人気者だ」
ギルマスはそろばんを俺に差し向けた。
「……何が言いたい」
「動画サイトのリスちゃんは人気ものだ。先日の幽霊屋敷での活躍が決定打さ。画面狭しと飛び跳ねる瑞々しい肉体、蹴りの脚線美……。じつに魅力的だ」
「変態野郎が、殺す!」
「うがが!? まてっての!」
今度こそ絞め殺そうと思ったがギルマスが魔法動画の上映スクリーンを指差した。
「リスちゃんの日常、おまえの家を魔法動画でリアルライブ中継するんだよ。おっと、もちろん家の中までとはいわねぇ」
「何をいってやが……」
俺はハッとした。
「ギルドの人気者、リスちゃんに魔の手が迫ってみろ」
「……!」
「無料で駆けつけようってやつぁ、ゴロゴロいるんじゃ、ないかな?」
そろばんをはじくギルマス。
「もちろん、トラリオン。おまえは何かコトが起こればそれこそ死ぬ気で家族を、嫁さんを、リスちゃんを守らなにゃぁならんが」
「それは、言われるまでもねぇ!」
ギルマスは魔法の撮影道具をカウンターに置いた。これを庭先に配置。修行のシーンなどを撮影すりゃぁいいってことか。
つまり危険が迫れば瞬時に伝え、様子を配信することもできる……!
「有志で助けにいこうってヤツを、オレは止めはしないさ。どうだ?」
俺は提案を受け入れることにした。




