トラリオンの覚悟と護るべき家族
帰り際、マッサージ店のオーナーは名刺を手渡した。
「サービスチケットよん。次は割引になるし、5回来店してくれると一回施術無料なの♪ もちろん特別コースも割り引くわ」
「特別コースは遠慮するが、商売上手だな」
どうでもいいが源氏名が『ヌルリン』かよ。
女装した青髭のオッサンの愛想はおぞましいが、腕は確かだった。短い時間の施術だが、腰の痛みがかなり和らいだ。見た目はアレだが悪いヤツではない。
リスとイム、それにナサリア少年も上階からおりてきた。
「可愛い子たちね」
ヌルリンが目を細めた。
「おまえさんが言うと別の意味に聞こえるぜ」
「失礼ねぇ。でも訳ありでも何でも、今はトラさんを頼っているのなら大切に。守ってあげてね」
「……言われるまでもねぇ」
ちくしょう。そう言われたらそう答えるしかねぇだろうが。
同年代の女装男は、一体どんな人生を歩んできたのだろうか。他人事ながら少し気になる。俺も他人の人生をどうこう言えやしねぇが。
「トラ、おまたせ!」
転がり込んできたリスと狼少女。
殺人的なスキルを秘めた少女たちは、謎の魔法師と悪名高いロシナール家との因縁つきときた。
平穏とはほど遠い状況だぜ。マッサージ店のオーナーのほうがよほどまっとうに思える。
「またいらしてねぇん♪」
「あぁ」
「トラ、ヌルヌル変態マッサージの感想は?」
「失礼なことを言うな、普通のマッサージだった」
「ホントにぃ?」
ニヤニヤと見上げてくるリス。
「ほんとだよ、腰を揉んでもらっただけだ」
「そういうことにしとくね」
きゃはは……! と楽しげに笑う。やはり女装したオッサンのマッサージ師はインパクトありすぎだろ。
「……くんくん。トラおっさんから甘い女の匂いがするノダ!」
「ばっ!? バカいうな。あれは男だ! 誤解されるようなこと言うなよ?」
「主には言わないノダ」
危ねぇなコイツ。やはりその辺に捨て置くべきか?
「やれやれだぜ」
俺たちは元来た路地裏を戻ることにした。
談笑しながら進むリスたちを眺めつつ、俺も歩き出す。
ヌルリンの話では、ロシナール家は『ドラゴン狩り』の準備を密かに進めているらしい。
これは推測だが。
竜系のスキルをもつリスたちのことか、あるいは、仲間内だけが知る秘密。「竜の魔女」ことアララールが狙われているのかもしれない。
まいったぜ。
イムを返すどころか、面倒ごとに巻き込まれちまっている。
軽くなった腰を伸ばしながら、路地裏から細長い空をみあげる。もう昼も近い時間だった。
「トラ、お昼ごはん食べようよ」
「そうだな、昼飯をくって帰るとするか」
ったく人の気も知らないで。リスの横でイムがじーっと俺をみつめていた。
「心配するな、おまえも一緒にだよ」
「おー! 嬉しいのダ、トラのあるじ」
キラキラと目を輝かせ、尻尾を振る。調子のいいやつめ。飯さえ貰えれば誰にでもついていきそうだ。
「ところでリス、ハッピィ・リーンに報酬は渡せたのか?」
「えぇもちろん! 喜んでたよ」
「そりゃぁよかった」
「いっぱいお話しできたし! それにね、リーンさんのお部屋、とても可愛いの! 小物とかカーテンとか乙女な感じで」
「人は見かけによらねぇな」
リスはおしゃべりモードのうえに上機嫌だ。
イムはナサリアが取り出した香水の瓶をクンクンと嗅いでいる。
「でもね、リーンさん何度かギルドに来ていたみたいよ。誰にも気づいてもらえなかったって、言ってたけど……」
「マジか」
気配を消してたのか?
「じーっと、柱の陰からギルマスを見てたらしいわ」
「ははは、存在感が薄いにもほどがあるだろ……あれ?」
と、狼少女とナサリア少年が消えた。
視界から消えたのだ。一本道の路地なのに。
「トラおっさん!」
「こっちですー!」
気が付くと二人はだいぶ離れた先の曲がり角で、手を振っていた。
「!? いつの間に」
「きっと魔法のアイテムだよ」
リスは何か知っているふうだった。早足で進み、イムとナサリア少年に追いつく。
「これで気配を消せるノダ!」
ぴょんぴょん跳ねるイムの頭を押さえる。
「まるで一瞬で移動したみてぇだ」
「かくれんぼや逃げる時に便利ですよ」
ナサリア少年が微笑みながら、緑色の小瓶を見せてくれた。
「それが魔法のアイテムか」
イムとナサリアが消えたカラクリはこれか。
「それって、姿を消せる『隠者の香水』よね。このまえ別れ際に使ってた……」
「姿というか、気配を誤魔化すだけですけどね。これよかったらリスさんにあげます」
ナサリアはイムにアイテムを手渡した。
「え、いいの?」
「はい。もう使わないです。実はさっき、ハッピィ・リーンさんから『気配の消し方』の魔法を教えてもらいましたから」
ハッピィ・リーンはその魔法を常時展開しているのか?
ナサリア少年は少し自信がついたらしく、背筋を伸ばしながら胸を張った。
二階で単に談笑していたのかと思ったが、Aランカーの先輩魔女から教えを受けていたとは。なかなか感心な努力家だ。
「ありがと。もらっとく」
リスはナサリアからのプレゼントを受け取った。
「でも、リスさんは逃げ隠れなんて、しませんよね」
すこし苦笑気味のナサリア少年。
確かにな。負けん気の強いリスは逃げるよりは倒すことを考えるだろう。ナサリア少年もなかなかリスのことを観察しているようだ。
「うーん、別の使い道があるかも」
「例えば?」
「拳に塗って、見えないパンチ!」
しゅっとシャドーパンチを繰り出すリス。
「すごい! 思いつきませんでした」
「こういうのはセンスだから。ナサリアも精進しなさいよ」
はっはっは! とふんぞり返るリス。
「ところでナサリア、どこかうまい食事の出来る店をしらないか? 一緒に昼飯を食おう。おごるぜ」
「ホントですか!? じゃぁオススメがあるんです!」
素直に喜ぶナサリア少年。そうそう、子供は素直なほうがいい。
裏路地を案内してくれたお礼代わりだ。
「飯をくったら家に帰るぜ、もう用はねぇ」
「イムは?」
リスはイムの手を握っていた。
「……帰るぞ。一緒にな」
「トラ……!」
「おー!」
ぱあっと瞳を輝かせる二人。
イムの飼い主の手がかりは掴めなかった。
もう少し聞き回れば連中の尻尾を掴めるかもしれないが、嫌な噂を聞いた以上、あまりのんびりもしていられない。
イムを解き放った魔法師の名はリューゼリオン。ヤツはギルドから早々に姿を消し、行方も知れない。
王政府の機関を訪ねたところで、一般庶民が王城エリアに入れるはずもねぇ。
そもそもだ。
リスを虐待していたロシナール家と繋がりがあるとなれば話は別だ。ロクでもない目にあわされると解っていて渡すほど非情にはなれない。
狼少女もリスと同じ、行き場のない娘だ。
わけあり魔女のアララールと暮らし、築いてきた日常。穏やかな日々は、リスが転がり込んできたことで終わりを告げた。
生意気でちょこまかと煩わしいが、可愛いところもある。リスは普通の女の子だ。
魔法師どもが邪な目的で造り出したなんぞ、信じられるか。
認めたくはなかった気持ちと向き合う。
俺は……実のところ楽しいのだ。
リスが来て暮らしに起きた変化を楽しんでいる。
人生に張りが出て、活力が出てきた。それはリスのパワーに刺激されたからに他ならない。
リスとイムが姉妹か何なのかはわからんが、リスを慕い、行く宛が無いのなら家にいりゃぁいい。
今さら家に一人増えたところで何も変わりゃしねぇ。
そうだとも。一人増えようが同じこと。とっくに腹はくくっている。
アララールを護ると決めたあの日から。
小さな家は俺たちの居場所であり、共に暮らすなら、それはもう家族だ。
大切な、護るべきものに他ならない。
護ってあげてね、か。
そうだな。覚悟なんて今さら。とっくに腹はくくっている。
「こっちです!」
「トラ、はやくー!」
ナサリア少年を先頭に、リスとイムは喜び勇んで路地を抜けた。
明るくて広い魔法街は賑やかだ。
「あぁ」
だが晴れていたはずの空はいつしか曇り、不穏な風が木立を揺らしつつあった。
嵐が近づいていた。
◆
「い、いいな……! 絶対に捕獲するんだ!」
金切り声をあげたのは、金髪を振り乱した細面の小男だった。背は低く、神経質そうな顔つき。決して美男とは言い難い。
コンプレックスを覆い隠すかのように、豪華に飾りつけられた三つ揃えの貴族服に身を包んでいる。
「クズナルド様、この件をロシナール御当主さまはご存じなのですか……?」
付き人らしい老紳士が不安げに耳元でささやく。
だが小男は振り向き様に手にもったステッキで殴り付けた。
「う、うるさいッ! 貴様が口を挟むことではない! ボクは次期当主だぞ!」
「し……失礼いたしました」
頬を赤くした老紳士が一礼し、闇に消えた。
「こ、これがパパが育てた精鋭? ホントに使えるんだろうなぁ……? おまえら! おいこら、返事をしろ、あぁ!?」
苛立ちもあらわに集められた面々を睨めつける。
ロシナール伯爵家、次期当主。ロシナール・クズナルド。
元々ロシナール家は軍備品などの貿易商だったが、王都の貿易の半分を担うことで莫大な富を得た。伯爵家の称号も金で買った成り上がり貴族だ。
より強大な力が、権力が欲しい。
その一念だけでのしあがってきた。
「お言葉ですがクズナルド様、わが冒険者ギルドの精鋭、Aランカー以上ばかりでございます。ご期待に添えるかと」
中堅ギルド『スマイル連合』のギルマスが丁寧な言葉遣いをしながら頭を垂れた。
内心は腸が煮えくり返っていた。横暴な次期当主に舌打ちしつつ、金の力には抗えない。
集められたのは各パーティから金で一時的に引き抜いた面々だ。
戦士に格闘術師、戦闘魔法師。総勢10名。
それぞれがAランカー以上の精鋭だ。
王都周辺都市に点在する中小の冒険者ギルドを束ねるのが『スマイル連合』だ。
しかし、王都の最大手ギルド『モンスタァ★フレンズ』に比べれば所属するメンツの質は劣る。戦闘力、メンバーのモラルも、二流の評価は世間に知られている。
ロシナール家は彼らを私兵として、あるいは武具や魔法道具の試験にと徴用し重宝している。
コストを下げ質を落とした刀剣を使わせたり、効果の持続しない魔法のアイテムを使わせたり。
それで命を落とす者が出てもギルドメンバーならば構わないと考えている。
だから集められた面々も内心は複雑だ。
「ちっ……」
「くそが」
金のためとはいえ、人徳も何もない成金の小僧に命令されているのだから。
「い、いいか! おまえら! ま、魔女に化けたドラゴンを捕まえろ! 居場所も情報も掴んでいる!」
キンキンと甲高い声で十名ほどの面々に叫ぶ。
ロシナール家は、魔法師達が考案した『人造勇者製造計画』を支援してきた。
竜の血を混ぜた人造人間――ホムンクルスは強力な戦闘スキルを発動できる。その理論に基づき研究が進められた。
竜闘術というドラゴンの戦闘スキルを宿したホムンクルスが完成すれば、今度はそれを量産。無敵の軍団を王国に納品する計画だ。
しかし、先行試作した四体は、どれも満足な成果を得られなかった。
1号は肉体の成長が不十分だった。
2号は生命力の強い半獣人で試したが、情緒が不安定で暴走、甚大な被害を出した。
3号は反抗的で命令を聞かず、スキルさえ発動しなかった失敗作だ。しかし、こいつが思わぬ成長を見せているという。
4号は従順で賢く、成功したかに思えたが戦闘力が期待値に達していない。
5号にしてようやく、期待値に届きつつある。
完成まであと一歩……!
成功すれば無敵の人造兵士として王国に売り付ける。それは莫大な富と名声、絶対的な権力をロシナール家にもたらすだろう。
朗報は、計画の主任魔法師、ラグロース・グロスカ卿によりもたらされた。
ラグロース・グロスカは3号を「最適化」したのは「魔女に化けたドラゴンの結界」である、という推論をたてた。
そのため「失敗作から成功へと転じた3号」を捕らえ解析する必要がある。
「ま、魔女を捕らえるだけじゃないぞ! ボ、ボクの顔に傷をつけた赤毛の小娘……3号! あいつを捕まえて思い知らせてやる! 痛め付けてやらないと気が済まない! 用が済んだら奴隷どもの玩具にしてやる……! キキキ……! それに、生意気に暴れて施設を破壊した2号も捕まえろ……! いいな! いいな!? いいかって聞いてるんだおまえら!」
狂気を孕んだ目付きで叫び、早口でまくしたてる。
ギルドに集められた面々は顔を見合わせた。
「『魔女の聖域』への強襲……? 魔法師の仲間内では決して手を出すなと言われている禁忌ですが……」
その場には金髪の魔法師リューゼリオンの姿もあった。失態に次ぐ失態を重ね、もはや二流ギルドに拾われた魔法師だ。
「し、知るか! だからコレを出すって言ってるだろ……! おまえらだけじゃ話にならないからな!」
クズナルドは物陰に向けて叫んだ。
静かに一人の少女が進み出た。
両手、両腕に鎖を巻き付け、ジャラジャラと鳴らしながら。
長い緑の髪、堂々とした面構え。
エメラルド色の瞳は鋭い眼光を放っている。
成人男性のような堂々とした体格は、かろうじて少女の身体のラインを保っているが筋肉の塊だ。
「……はぁ」
感情の乱れもなく、やや気だるげにその場にいた面々に首を巡らせる。
「う……!?」
「なんだ、この威圧感は……」
歴戦の兵、強者たちが息を飲んだ。
「こ、これが、5号だ……! コイツを中心に襲撃部隊を編成! 魔女に化けたドラコンを捕らえ、小娘どもを叩きのめすんだ! いいな!」




