超健全マッサージ・ヌルリン
◇
「こっちです」
ナサリア少年が案内してくれたのは、カースマックス横丁のさらに裏手。奥まった裏通りをずっと進んだ先らしかった。
「怖くないの?」
「このあたりは安全ですし」
リスはナサリア少年と親しげに話している。魔法学校に通っている少年は、知り合いというよりボーイフレンド的な感じだろうか。
「むー……」
ますます入り込む余地が無い狼少女が、不機嫌に頬を膨らませる。俺の腕に爪をたてるのはやめろ。
「ところで、ずいぶん裏手にある店だな。立地が悪すぎて普通なら絶対にたどり着かんぞ」
「ですよね。それでも評判がよくて、口コミで訪ねてくる人が多いみたいですよ」
「そうなのか? それは楽しみだが……」
黒髪メガネの少年は慣れた様子で言うものの、ここに来る途中の難易度が高すぎた。
迷路のような路地裏は危険がつきものだが、確かに普通の強盗やチンピラの類は居なかった。代わりにもっとヤバイ連中に出くわした。いわゆるヤバさの質が違うのだ。
『ブツブツブツブツ……』
壁に向かって呪文を唱え続ける魔法師崩れ。目が完全にイッてやがる。俺たちは息を潜めてそっと通り抜ける。
つぎの曲がり角の先では、髪を振り乱した老婆が土蜘蛛のごとく四つん這いになっていた。
『キヒ! キヒ……! キヒィイイ!?』
地面に這いつくばり、狂気の形相で魔法の呪文みたいなものを延々と棒きれで描いてやがる。
時折甲高い声で笑うので肝を冷やす。目を合わせず、刺激しないようにそっと通り抜けた。
「……って、怖いんだけど!?」
リスがついにキレ気味にナサリア少年につっかかった。普通に元気なチンピラに絡まれた方がマシだと言わんばかりに。
「リスさん、大丈夫ですよー。魔法で気配を希釈してますから」
「アンタさ、チンピラ強盗には半泣きでビビってたくせに、こういうのは平気なわけ!?」
「子供の頃からこういう場所で暮らしてますし」
「信じらんない……」
「オラはこういうとこ無理ー!」
狼少女イムはちゃっかり俺の肩の上によじ登っていやがった。首に掴まり肩車の状態だ。太ももで俺の顔を挟むな……。
「あ、マッサージ店はここです!」
ようやく店についたようだ。
細長い建物がびっしりと並んだうちの一軒に『超健全マッサージ・ヌルリン』の看板がある。
こじんまりとした店構えだが、ピンク色の手書き看板が場末感を醸し出している。
「ここか」
怪しげな店だ。普通なら入る気にはならない。
「ハッピィ・リーンさんは、この二階に下宿してるんだね」
「まぁ、いかにもって感じの場所だな」
納得の潜伏場所だ。
ナサリア少年は店のドアを開け、中にいるオーナーらしき人物に何か声をかけてくれている。俺たちのことを説明してくれるのはありがたい。なかなか気の利く子だと感心する。
「助かるぜ、ナサリア君」
「いえいえ、これぐらい。それと二階へは横の階段で行けます。トラリオンさんはお店の方へ?」
「そうだな。俺は店のオーナーと話をしたい。ついでにマッサージしてもらうかもしれん。リスは魔女に報酬を渡してくれ」
ポケットから報酬の入った革袋をリスに手渡す。
「オッケー! まかせてトラ」
「少し遊んできな」
リスと魔女は仲良くなっていたし、突然の訪問ながら話す相手には丁度いいだろう。
「僕は……」
「ナサリアも来なさいよ! それとイムも」
「おまえはいつまで乗っかってんだよ」
「リスのあるじ、オラも行く!」
ようやくイムがするすると地面に降りた。肩の荷が下りるとはこのことか。
少年少女チームは縦穴のような階段を、二階へと登っていった。冒険気分で楽しいのだろう。
さて。
俺は情報を集めるとするか。
店の中へ入ると、甘ったるい香水のような匂いがした。
超健全マッサージか。どうせババアか化け物みたいなヤツがやってんだろ? だいたいわかるんだよ、伊達に人生経験積んでねぇから。
「あらん♪ いらっしゃぁああい」
「ッ!?」
オーナーは俺と同い年ぐらいの女装したオッサンだった。短髪に青ひげ、筋骨隆々。酷い。これは想像以上に酷ぇ……!
「うふ、いい男ねぇ♪ さぁこっちへどうぞぉ」
しなしなした動きで、施術用のベッドに誘われる。上着を脱がされ、うつ伏せにされそうになる。
「いっ、いやいや! 俺は客じゃねぇんだ。ちょっと情報をだな」
「お話はベッドの う え で。子供じゃないんだから。もう……」
「うぐぐ」
渋々とベッドにうつ伏せになる。
手のひらが背中に押し当てられた。ねっとりと撫で回しながら、筋肉や骨を探る。
「あらあら、すごい筋肉……! 実年齢がわからないほどお若いわぁん。いい張りツヤ……。そして無数の傷あとも歴戦のつわものって感じで、アタイゾクゾクしちゃう」
「ゾクゾクするのはこっちだぜ」
指の動きにぞわぞわする。
「お客さん、Aランカー以上の格闘術の使い手ねぇん」
「まぁ引退した元Sランカーだよ……。それとガキんちょどもが上階に遊びにきてるもんでね……。手短に頼みたい」
「うふふ、話はナサリアちゃんから聞いてるわ。オーケー、まかせて。せっかちさん♪ すっごく気持ち良くしてアゲルから」
うぉう、耳元でささやくな!
「お、お手柔らかに頼むぜ」
暖かいオイルを掌に塗りまくり、ヌルヌルとマッサージしはじめた。
くそ意外と……心地いいじゃねぇか。
男だけあって力はほどよい強さで、かなり本格的なマッサージだ。これは治癒術系のスキル持ちか?
「お……ほぅ」
思わず変な声がでちまった。
「ここかしら? ここがいいのかしら?」
「いい、いいぜ」
「いくわよ、ほら……! ほら!」
「あぁ、ヤバイ……」
確かにこれは、腰にキクぜ。
「……おかしいわね」
「何が……?」
「深い身体の奥に、腰骨のあたり……魔力を感じるわ。とても強い」
手のひらを腰に押し当てて探っている。魔力も関知できるのか。魔法師の街なのだからそういうスキル持ちが集まっていても不思議はないが。
「腰に魔力が……?」
「えぇ、これは治癒魔法かしら。いえ違うわ、まるで……矯正、拘束具? 不思議で複雑な魔法でわからないわ」
オーナーは不思議そうな声色で指を押し当てた。
「まぁ、連れが魔女なもんで。そのせいかもな」
アララールの魔法の湿布薬はよく効く。その効果が残っているのかもしれない。
「まぁそういうこと? 奥さまもお喜びでしょう」
何の話だコラ。
そろそろ本題に入るか。
「ところで、特別コースが有るとか?」
「うふふ。もう一度知ったら病み付き、戻れなくなるわよん?」
ケツの方を触るなオッサン! それと何だその手にもった棒は!?
「や、やっぱやめとくぜ!」
「開発してあげるのに残念……」
「そっちは遠慮しとくぜ」
「仕方ないわねぇ。ほかに何か聞きたいことが?」
腰のマッサージを続けながら、声を低めた。
どうやら情報を聞き出すためのキーワード、合言葉のようなものか。
「あぁ、実は訳ありの子供を預かっていてな。ロシナール伯爵家と関係しているらしいんだが。出入りしている魔法師を知らないかと思って」
しばし考えたようすだったが、
「……この街で最大手のギルドといえば『モンスタァ★フレンズ』が有名よね」
「知ってるも何も、そこに所属してたぜ」
ギルドは王政府とも繋がりが深い。魔物退治や国境紛争での傭兵の派遣など、便利な兵力だからだ。
「あらん? どうりで一流の筋肉なわけね。ごめんあそばせ。そしてロシナール家の息のかかったギルドのことはご存じ?」
「知らないな」
「中堅ギルド『スマイル連合』は?」
「イストヴァリィ町の中堅ギルドか」
ゴブリン退治のときだ。そこのSランクパーティ『ハウンド・ドック』と仕事をした。
まさかあそこがロシナール家の息がかかっていたとは……! くそ灯台もと暗しだぜ。
「知り合いから聞いた噂では……密命が下ったみたいなの。ロシナール家のご子息さま、クズナルド様から直々に」
ロシナール・クズナルド。それが黒幕か。
「クエストの依頼か?」
「えぇ『ドラゴン狩り』ですって。手なづけている最強クラスの魔法師に、戦士……。精鋭でパーティを編成し、狩りに行くって話よ。ホントかしらね」
オーナーは半信半疑という口ぶりだった。
「ドラゴン……?」
簡単に狩れるドラゴンなど存在しない。
はるか最果ての北方の山脈か南国の暗黒密林か。そこまでの大遠征をかければ生息しているかもしれないが。かなり大規模な遠征部隊を編成しないと、そこまでたどり着くことさえ難しい。
だが、例外もある。
俺は王都から比較的近くの森にある遺跡で、その奥のダンジョンでドラゴンに遭遇した。
正確にはドラゴンの姿をしたアララールに、ということだが。
そのギルドに接触すれば……イムを返せる。
…………いや。
返すのか?
あんなクズパーティを抱えたギルドに出入りしているような魔法師に。
リスはロシナール家で酷ぇ扱いを受けた。
そこに戻す気があるのか?
狼少女はリスと一日二日いただけで、おちついて普通の少女のようになった。
アララールが住まう家に不思議な力があるのか、リスが影響を与えたかはわからないが。
肩車したイムの重み、温もりを思い出す。
あぁくそ。俺の中の気持ちは……決まってんじゃねぇか。
「妙よね。この時代、ドラゴンなんていないのに。どこに狩りに行くつもりかしら」
はっ!?
俺は起き上がった。
まさか……!
ドラゴンてぇのは……!
「まだ施術の途中よん……? ここからもっと気持ちよくしてアゲルのに」
「いや、十分だ。マジで楽になった」
俺は礼をいい代金を支払って店を出た。
二階から談笑する楽しげな声が聞こえる。だが、一刻も早く家に戻らねばならない気がした。




