ナサリアのへっぽこ占星術
◇
「魔法市場、カースマックス横丁か」
苦手なんだよな、あそこ。
カースマックス横丁は、アララールのお使いで何度か来たことはある。しかし売っている品物の良し悪しがわかりにくいし、騙されているんじゃないかと疑心暗鬼になる。
「ここから先、気を付けないと」
「何でだ?」
「変なニオイがするんだナー」
「たしかに臭ぇな」
リスとイムを引き連れて薄暗い路地を進む。近道だから通っているが臭くて汚い。整備された明るくて良い道もあるが、かなりの遠回りになるからだ。
路地を抜けた先に、魔法師たちの聖地という通りがある。
俺たちの目的は、魔女、ハッピィ・リーンに報酬を届けること。ついでにイムの飼い主の手がかりとなる「ロシナール伯爵家と関係している」魔法師の情報を聞き出すことだ。
「流石、トラ」
横を歩いていたリスが、何故か感心したような、尊敬の眼差しを向けてきた。
「ん? どうかしたかリス」
俺、何かしたっけか?
「路地裏のチンピラが、トラを見ると逃げていくから……」
「チンピラなんていたか?」
視界の隅で何かがサッと隠れるのが見えたが、ドブネズミか野良猫か? 危険なら殺気のひとつも感じるが気にしていなかった。
「前にも話したけど、ここで絡まれていた子を助けたの。そしたら逆ギレされて絡まれて」
リスは嫌そうに顔をしかめた。
「ははは、リスに絡むたぁ命知らずな奴らだな」
「何よもぅ!」
腰にパンチしてくるが、リスはなんだか楽しそうだ。
それにしても腰の調子が悪い。
そうだ、魔法の横丁で治癒屋の看板もみたことがある。ちょっとよってみてもいいな。
「トラおっさんはガラが悪いからなんだナ」
イムが、呑気な様子で言う。狼みたいな銀毛の尻尾が目立つ。
「イム、なんてこと言いやがる。どうみても紳士だろうが」
「えー……?」
リスがジト目になる。おいおい、こんな善良なジェントルそうはいねぇぜ?
と、向こうから全身入れ墨にモヒカンヘアーの青年がやってきた。
「ん(にこっ)」
「あっ……サーセン」
笑顔を向けると相手は頭を下げ、サッと道を譲ってくれた。ほらみろ、気の良いやつばかりだ。
「な? 見た目で判断しちゃいけねぇぜ、リスもイムも」
「そういうとこだよ!」
「今のヒト超ビビッてたネ……」
ようやく路地を抜けると、明るくてにぎやかな通りに出た。カースマックス横丁だ。
通りは賑やかで普通の商店もあるが、魔法に関係する店が多い。魔石の買取店の看板、魔法のアイテム屋、怪しげな魔法の薬屋、などなどだ。
「さて、ハッピィ・リーンの寝床はどこだ……?」
手書きのメモには『超健全マッサージ・ヌルリンの2階に下宿』と書いてある。そもそもヌルリンって店はどこだよ。(※住所地番という概念はない)
「トラ、あたし知ってるお店があるから。そこで聞いてみた方が早いかも」
「なんだリス、一回来ただけで馴染みの店とかできたのか?」
「まぁね、いこイム」
「リスのあるじについていくのダ!」
狼少女がリスと共に前を進んでゆく。なんだかもうすっかり仲良しだ。
イムはリスと話しているうちに、急速に獣じみた雰囲気が薄らいで、普通になった気がする。
リスもそうだが、アララールの飯を食うと荒くれ少女が落ち着く効果でもあるのか?
いや、単に家庭の味、温かい食事に飢えていたのかもしれない。二人の共通点は「腹ペコだった」ということだし。
「……?」
リスとイムとすれ違う魔女が、不思議そうな視線をチラリと向けることに気がついた。
リスはともかく、イムの容姿に目を奪われているという感じでもない。
見えない何か――もしかするとスキルに関係する何かを感じているのだろうか。
魔法師や魔女が何人も行き交っているが、急にあたりを見回して、リスとイムのほうを振り返ることもあるようだ。
あいつらに『気配を消す歩き方』を教えた方がいいかもな。って、なんでイムの心配までしてるんだ。
「トラ! ここだよ」
「ほぉ? 雑貨屋か」
リスが案内してくれた店は、横丁の中ほどにあった。一見すると普通の雑貨屋だが、『魔法材のラフィリーン』と看板が出ている。
「ごめんください……」
リスがちょっとだけ慎重に扉を開けると、ドアベルが軽やかな音を奏でた。
「いらっしゃいませー。って、あら? リスさんじゃないの!」
歓迎の声は確かに、リスを知っているようだ。
店の正面にはカウンター。青みがかった髪をお下げにした女性店員と、店内には少年がもう一人いた。
「あっ! リスさん!」
「ナサリア、学校サボリなの?」
リスが声をかける。
「魔法学校は今日はお休みなんです。なんだか最近、王宮勤めの魔法師さまたちが忙しいみたいで」
「ふーん?」
嬉しそうな様子で早口なのは、座っていた小柄な少年だった。黒髪にメガネ、分厚い本をテーブル席で読んでいたらしい。
人畜無害を絵に描いたような、子犬じみた雰囲気。リスの他に俺とイムがいることに気がつき、頭を下げる。
「みなさんもお店のなかへどうぞ」
オーナーらしい女性は愛想良く手招きする。
足を踏み入れると独特の香気が鼻をくすぐった。薬草の香りと甘くてスパイシーさの混じったものだ。アララールの薬湯を思わせる。
「ラフィさん、お久しぶりです。こっちは師匠のトラリオン、こっちが友達のイム」
リスが紹介してくれたが、店のオーナーはラフィというらしい。可愛いメガネ少年くんはナサリアか。
先日のお使いで来た店なのだろう。
「その節はどうも。ナサリアがお世話になりました。さぁ、今日は何をお探しかしら?」
「あぁ、じつは客ではないんだが」
「世の中はギブアンドテイクなんだナー。お利口にしないとご飯がもらえないのと同じ……。何か買わないと教えてもらえないヨ」
「おま……」
イムが背後から知ったふうな口を利く。だが狼少女の言うとおりだ。
「腰痛に効く塗り薬なんてあるかな? どうも腰がずっと痛くてね」
「腰痛用の魔法の湿布薬ならありますけど。深い部分の痛みです?」
オーナーは俺の体型を眺めつつ尋ねた。
「あぁまさにそんな感じだ」
「鈍痛が続くような場合は、塗り薬じゃ気休めにしかならないですよ。この店の裏手に、魔法のマッサージ店がありますから、そこで診てもらった方がいいかもしれませんね」
「なるほど、親切にどうも」
オーナーは親切に教えてくれた。
良いカモを演じたが、騙して塗り薬を売り付けても良い場面だった。リスが顔見知りなお陰か。
ついでに尋ね人の居場所も知りたいのだが。
「その店の名前が『超健全マッサージ・ヌルリン』っていうんですけど、よく怪しいお店に間違われるらしいんですけど」
オホホ、とオーナーは笑い声をあげた。
リスと俺は顔を見合わせた。
「そこって……!」
「俺たちが探している店だ」
その店が目的の店だった。こんな偶然、あるのだろうか。
「ビンゴでした!? じつはボク昨日、占星術を試していたら『マッサージ店を探すお客さんが来る』って出て……。ラフィ姉ぇにめっちゃ笑われたんですよ!」
ナサリア少年が興奮した様子で、メガネを指先で持ち上げた。すこし勝ち誇ったようにオーナーのほうを見やる。
「ごめんごめん、大当たりだったね。ナサリーのへっぽこ占星術」
「へっぽこは余計だよ」
「あたしたちが来ること、占いでわかってたの?」
リスが驚いたような顔つきでナサリアに問いかけた。
「そりゃぁ、ナサリーってばね、リスさん来ないかなーなんて、ずーっと考えて……」
「わああああ!? 黙っててよラフィ姉ぇ!」
体当たりするようにオーナーの口を塞ぐ。
「よくわかんないけど、星の運命の導きってやつね!」
リスは納得したように目を輝かせた。何を乙女みたいなことをいってるんだ?
「ナサリー、リスさんたちをご案内してさしあげて。ついでに、お友だちと遊んできなさいよ」
イッヒヒという顔で少年の小脇をつつく。
「なっ、おっ……友」
「案内してくれるの? よろしくナサリア」
「は……い」
リスが元気よくぱんっと背中を叩くと、少年は頬を赤くした。
「うー……」
気がつくとイムは少しふくれっ面をしていた。
気持ちのベクトルが他に向くと焼きもちを焼くタイプか? 狼というよりワンコみたいな感じだな。
ともあれ。これでハッピィ・リーンへの報酬渡しの案件は片付きそうだ。
腰もついでに診てもらおう。
アララールの湿布はよく効くが、年のせいか完治という感じにはならないのだ。
と、店先で袋入りのナッツが目に留まった。
そうだ。アララールは南国産のナッツが好きらしい。あまり手に入らないと嘆いていたが。
「これは、南国のやつか?」
「えぇ、魔法の触媒を注文したら一緒に送られてきて。煎ってあるから香ばしくて美味しいんですよ。人気で残りそれだけなんです」
「それはいいや。これをひとつもらおう」
代金を支払う。それとついでに聞けないだろうか。
「ほかに何か探しておられます?」
勘が良いのか、オーナーさんは窺うような目付きをした。
「あぁ、実はロシナール伯爵家と関係している魔法師を知らないかと」
「商売がらいろいろヤバめな話は聞きますね」
「どんな」
言いかけるとオーナーのラフィは、そっと耳打ちをしてきた。
「……マッサージ店には実は特別な隠しメニューがあるんですよ」
なるほど、手に入る情報はここまでのようだ。
俺たちはナサリア少年の案内で、マッサージ店へと向かうことにした。




