王都ふたたび。~狼少女と大いなる陰謀
「うむむ……ガラスの腰め」
本格的に痛くなってきやがった。
馬車の揺れがじわじわくるぜ。
「トラ、どうしたの?」
横からリスが覗き込んできた。冒険用の服装を身に着け、緋色の髪をポニーテールに結っている。
いっちょまえに心配してくれてんのか?
「な、なんでもねぇ」
「弱ってたら倒しちゃうからね」
「弱ってねぇよ!」
「ホントかなぁ?」
「脇腹をつつくな……!」
「きゃはは」
くそ、楽しげにしやがって。
俺はリスと狼少女イムを引き連れ、王都ヨインシュハルトを目指していた。イムを「しかるべき主」の元へ帰すためだ。
乗り合い馬車の客車は、向かい合って座る座席になっている、俺たち三人の対面には高齢の老夫婦が一組座っている。王都へ買い物だろうか。
「……」
さらに隣には狼少女ことイムも座っている。リスとの会話に聞き耳を立て、耳をぴくんと動かす。
「くんくん……!」
「うわ? こら、やめんか」
突然、イムが身を乗り出して顔を近づけてきたかと思うと、犬みたいにくんくんと嗅いできた。
「ふむ? トラのおっさん、弱ってるニオイがする。どこか痛めてるネ」
「お……?」
「イムにはわかるの?」
「オラは相手のダメージが、ニオイの感じでわかるんだナー!」
イムはえっへん! とばかりに腕組みをして、客室の座席の背もたれにふんぞり返る。
「すごい、そんな能力があるんだ」
リスがイムの頭を撫でる。
「まぁネ!」
ダメージ具合がわかるとは、恐るべし狼少女。
「それは確かにすげぇな」
「トラ、馬車がとまったら勝負しよ!」
勝算ありと思ったのか、リスが目を輝かせた。
「ふん、リスにゃ負けねぇ」
多少腰が痛かろうが負けるものか。
「オラも加勢する! 弱点攻める!」
「二人でトラを倒して自由を手に入れよう!」
「「おー!」」
気勢をあげる二人。
すっかり意気投合しやがってコイツら。
だが、流石に二人がかりはシャレにならん。
「おまえらちょっとまて! 腰が痛いっていってるだろ!? すこしは労ろうって気持ちはないのか」
「いつも負けてるし、チャンスを活かそうって気持ちならあるわ」
「こんの……やろ」
向かいの老夫婦が「微笑ましいのー」とばかりにニコニコと俺たちを眺めているが、コイツらはマジで殺る気まんまんの本気だからな。
町から乗合馬車に乗り揺られること小一時間。
やがて見えてきたのは小高い丘陵全体を埋め尽くす巨大な街、王都ヨインシュハルトだった。
◇
王都ヨインシュハルトにつくなり、リスとイムは勝負を挑んできた。
俺は二人の左右からの同時攻撃を受け止めていたが、近くを歩いていた衛兵を手招きした。
大人をボコボコと殴りつける少女二人。衛兵にはスラム街を根城にする「半グレ少女強盗」に見えたのだろう。
「コラー! おまえら何をしている!」
衛兵がすっ飛んできた。
「げっ!?」
「わふ!?」
危なくリスとイムがしょっぴかれそうになったところでタネあかし。
「実は娘たちとドッキリ映像撮影中だったので」
適当な事情を説明し、事なきを得た。
「あのね、最近そういうの多いんだよ! 迷惑系っていうの? やめてね特に貴方はいい大人なんだから」
「すみません。以後気を付けます」
「ごめんなさい」
「うー、わふ」
衛兵は去り際に「年配者はいたわること。暴力はいけない」と二人に真顔で説教をしていった。
リスは去っていく衛兵を見送りながら、笑いをこらえていた。
「……年配者」
「ぷっ」
「ほら、怒られただろ」
「大人って卑怯!」
「ずるいノダ!」
リスとイムは俺に不満げな膨れっ面を向けた。
「腰が治ったらいくらでも遊んでやる。それより、ここは天下の王都だ。おまえらぐらいの年頃の子は、みんなお行儀いいぜ?」
「わ、わかってるわよ」
「勝負したらオラのほうが強いけどナ!」
リスもイムもお上品なお嬢様とは程遠い。貴族の家で少しマナーを学んできたほうがよかったんじゃねぇのか?
それはそうと、狼少女のイムは目立つ。ピンとした狼耳と、歩くたびにふさりと揺れる狼尻尾が特に。
すれ違う人々は時々視線を向けて、物珍しさと同時に「なにあの子かわいい……!」という感じに眺めている。
「トラ、お腹すいた!」
「串焼きのお肉が食べたいのダ!」
リスとイムが串焼き肉の屋台を指さす。もはや遠慮もねぇ。
「あのな、まずはギルドに行くのが先だ」
「食べないと動けない!」
「オラもー」
「あぁもう、ったく仕方ねぇな」
まぁ腹の減る年頃だろうけどよ。
「やった、ありがとトラ」
「美味しいのダ……!」
屋台で串焼き肉を買い与え、ようやくギルドに向かう。
目指すは馴染みの『モンスタァ★フレンズ』だ。
街は王城を中心に同心円状に広がっている。ガラスの塔のごとく輝く王城を中心に、王政府の施設や貴族の館、役人の官舎などが立ち並ぶ。
四方に伸びる大通りから一歩、路地を入ればそこは迷路のように入り組んだ下町だ。
賑やかでごちゃごちゃして、往来する人も多いが活気があっていい。
「いつきても大都会ね」
「オラは初めて歩いたかも」
気がつくとリスは、イムの手を引いて歩いている。大人しい間は仲の良い友達のようだ。
生まれた経緯はよくわからんが、実際のところ「姉妹」のようなものらしいが。種族の違う姉弟ということは、父親は選り好みなしの絶倫野郎なのか……。
ギルドに到着し、扉をくぐる。
建物のなかにはそれなりの人数がいた。
「あっ!? トラとリスちゃんだ!」
「トラ、久しぶりだな、しぶとい野郎だ」
「おいおい、弟子の活躍で有名人になったロートルのお出ましだぜ」
案の定、仕事にあぶれた暇人たちが集まってきた。リスはいまや有名人か。
先日の冒険の映像から『竜撃のスキル使い』という二つ名で呼ばれているとかなんとか。
「リスちゃん! 先日の活躍みたよー!」
「悪霊退治も凄かったね、俺たちと組まない?」
「トラの弟子なんてやめてさ、ウチのパーティに来なよ」
「間に合ってまーす」
チャラチャラした若い兄さんのパーティがしきりに誘うが、リスも慣れたもので適当に相手をする。
「ヴー……」
イムはすっかり警戒モード。リスの横で威嚇しているので、手でも出したら咬みつかれそうだ。
「俺の弟子だから、他をあたりな」
「ちぇっ」
たむろしているのは今日のクエストにありつけなかった者、暇を持て余した連中だ。
「リーンさんは?」
この前一緒だった『祓い屋ムドー』のメンツは見当たらない。
「夜勤専門だからな、昼間はあまり見かけないな」
「残念……」
リスは仲良くなった魔女、ハッピィ・リーンに会えると期待していたようだが、アテが外れたようだ。
ギルドのフロアは食堂兼酒場になっていて、無職どもがぐだぐだと冒険の録画映像を眺めている。
先日の「夜勤」の録画も再生されていた。
俺とブランケンと動く鎧との死闘が、意外なことに再生回数人気上位にランクインしていた。
悪霊の館の攻略戦は物珍しさもあってどこれも人気だが、驚くことにリスとハッピィ・リーンによるラスボス戦、死霊との戦いも映し出されている。
「なぜ録画があるんだ?」
確か映像を配信していたのは、リーダーのメントゥスだったはずだが……。
「やだもう、あんな必死なとこ。恥ずかしいじゃん、いつの間に?」
「リスも知らないのか?」
「うん」
いや、まてよ。映像の視点に映っていない人物。
編笠法師のアミダブだ。あいつが密かに映像を撮り、録画していたのか。
リスがスキルを発動し、ド派手に死霊のジジイを殴り倒すシーンは拍手が起こる。それは俺も見ていない場面だった。
他にもリアルタイムで戦闘を多数の人間に見せる「ギルド討伐ライヴ配信」が行われていた。
人気パーティによる魔法通信具による魔導映像記録石だ。
「おぉトラ待っていたよ」
と、受付カウンターの奥からギルマスのニギルがやってきた。
昔馴染みだが、俺をクビにした因縁の野郎だ。
「先日は素敵な夜勤をありがとう。おかげで稼がせてもらったよ」
精一杯の愛想をふりまく。憎たらしいが仕事と報酬は悪くない。
「なかなかの活躍だったじゃないか?」
「お陰で腰が痛いがな」
悪霊の館、男爵の死霊退治の成功報酬は、懐を潤してくれた。
まぁ余計なオマケも付いてきたが。
「おっと、話題のリスちゃん!」
「こんにちは」
「で、そっちが例の」
「イムなのダ!」
「魔法師のお連れさん……か。ずいぶんと手懐けたもんだな、トラ」
ギルマスはイムに冷ややかな視線を向けた。
「俺じゃねぇよ。リスに懐いている」
「ほう? リスちゃんは野獣使いの才能もあるんだね」
ギルマスの何気ない言葉に、リスはむっとした様子だった。
相変わらず警戒している様子のイムの手を握り、黙りこくる。
「ところでギルマス、例の魔法師は?」
「あぁ彼は、魔法師リューゼリオンというそうだ。身柄は引き渡したよ」
「ほぅ?」
想定はしていたが思った以上に対応が早い。
「王政府のとある機関が、保釈金をたんまりくれたのでね。『錯乱した魔法師を保護してくださり感謝します』だとさ」
ギルマスは大金を握らされたのか、ホクホク顔だった。ギルドとしても実害は無く、思わぬ臨時収入が入った格好だ。
「どういうことだよ、それで終わりか」
「魔法師もなにも口を割らなかった。まぁ……失敗したとか、散々だとブツブツいってやがったがな」
ギルマスはもう終わった案件だとばかりに肩をすくめた。
てっきり魔法師と一緒にイムも連れていく。そういう筋書きだと思っていたのだが。
俺は途方にくれた。
「おいおい、この子はどうするんだ? イムのことは何か言っていなかったか?」
「さぁな」
「イムを引き渡しに来たってのに、困ったぜ」
直接、王城に乗り込んでみるか。いや、流石にマズイか?
「トラ! イムはあたしの友達。渡さないからね」
「おー、リスはあるじ……!」
「あのなぁ」
「嫌よ!」
リスまで困ったことを言い出した。仕方なく一晩は預かったが、襲ってきた相手だろうが。捨て犬や捨て猫を拾ってきたら親心がつくというやつか。
「まぁ、トラ。これは独り言だが……」
俺の困惑した様子を見かねたのか、ギルマスは周囲を気にして声を潜めた。そして、
「魔法師を引き取りに来た連中は、ロシナール伯爵家の紋章のついたローブを羽織っていた」
「伯爵家? 貴族のお抱え魔法師なんて珍しくねぇだろ」
「悪名高いロシナール伯爵家と関係しているってんだ。あまり深く関わらん方がいい。が……もう遅いか、渦中の人だよお前は」
ギルマスはリスやイムに視線を向けた。
「どういう意味だよ?」
「伯爵家は王政府の急進派とつるんで、違法な、危ないことをコソコソやってるって噂だ」
「それとこれとどういう……。イムを押し付けるってのは、いったいどういう道理だよ」
「……金は天下の回りもの。俺は潤えばそれでいい。そこの狼少女やリスちゃんの出自なんて関係ない。映像が売れて、儲かればね。手綱がトラおまえというだけだ。いいか、世の中は金だ。もっと『大きな陰謀』で、思惑で世界は動いている」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。察しの悪い奴め、と顔には書いてあった。
つまり何か?
俺は巨大な陰謀に巻き込まれちまっている。
リスやイムはその一端だ。
ギルド的にはそれをネタに儲かればいい、と?
ふざけんな。
と、言いたいところだがギルマスに噛みついても仕方ない。
「ためになるご高説をありがとうよ、ギルマス」
「なぁに、古い友達だろ?」
「……ちっ」
どうやら俺は既に巻き込まれているらしい。
大きな陰謀とやらの渦中にいるのだろうか。
リスが来てからのドタバタとした日々。そこにイムが増えたところで実のところ大した差はない。
年を重ね、燃え尽きて行くだけの人生。
そこにエネルギーの塊みたいな、リスたちが投げ入れられた。
面倒でやかましいと思っていたが、実のところこんなもの……。
楽しいだけじゃねぇか!
「お前は以前よりイキイキしているよ。人間、隠居なんて考えるもんじゃねぇ。最後まで楽しまにゃ」
「そうかよ」
大きな陰謀のお導き……か。
思い返せばドラゴンを――アララールを絞め殺したあの日から、大きな陰謀、運命の歯車は動き始めていたのかもしれない。
魔法師たちが崇め奉る、神格化した古代遺跡のドラゴンは、その後姿を消してしまったのだから。
「トラ、魔法街に行くといい。魔法協会で何か話が聞けるはずだ。……ついでに先日の報酬、魔石を届けてくれないか?」
「先日の?」
「ハッピィ・リーンという魔女だが、彼女は引きこもり気味でね」
ギルマスは小さな魔石と、簡単な地図を書いて俺に手渡した。
「……あぁ、いいよ」
途方にくれるよりは動いた方がいい。
三人の昼飯代ぐらいは出すよ、と銀貨一枚の駄賃つきだ。
「リーンちゃんの家へいくの!?」
リスは瞳を輝かせた。
 




