トラリオン家のヒラルキー
「いいわよ、にぎやかな方が楽しいし」
半獣人の狼少女イムの身元を引き受けることを、アララールはあっさりと受け入れ、承諾した。
「やった! ありがとうアララール。イム、部屋はあたしと同じでいいわよね」
「おー? 感謝、リスリス。オラの新しい縄張りにするッス」
「縄張りにはしないでよ、あたしんだから」
「りょ、了解っス」
リスは新しい友達、まるでペットでも出来たような様子で嬉しそうだ。
「うふふ。お洋服と着替えはリスのを貸してあげてね。まずはお風呂かしら?」
「い、いやいや!? そいつ危ないぜ、咬みついてくるしよ」
狼半獣人の小娘ともなれば、月の光を浴びたとたん凶暴化、暴れだしそうで怖いんだが。
「大丈夫よトラくん。私たちの家なんだから」
「何がどう大丈夫なんだか……」
「今さらじゃないの」
「まぁ……な」
アララールの楽天的で気楽な性格はいまに始まったことではない。しかし、ここ最近は以前より明るく、元気になった気がする。
考えてみれば……リスが家に来てからだろうか。
超然として魔女めいた独特の雰囲気は薄らいで、年相応の女性らしさが増したような……。
そう、雰囲気が和らいだのだ。
「……こほん。まぁいい。今夜だけだぞ? 明日には王都に連れていって、しかるべきところに引き渡すからな」
あてはある。リスを連れてきた魔導師、ラグロース・グロスカだ。ヤツは確か「魔導兵器開発局に所属している」といっていた。おそらく軍か王政府の秘密組織だが、王城に出向き衛兵に尋ねればなんとか引き合わせてくれるだろう。
「あたしが面倒みるって言ってるのに!」
「面倒見てもらうって言ってるのだー!」
「おまえらなぁ……」
ふたりで声をそろえる。
赤毛と銀髪の女子で二人に増え、うるささも倍増してしまった。
もとの飼い主、所属不明の魔法師は現在、魔石強盗の嫌疑で捕縛されギルドへ連行中だ。
実行犯であるイムは、狼少女の未成年。実のところイムは魔石になど興味はなく、同族のリスと「どっちが強いか勝負」したかっただけという……。
襲撃がイムの意思かどうかはさておき、いまはリスに従順で、反省している風ではある。
今朝がた「闇払いのクエスト」すなわち悪霊退治を終えた俺たちは、家にイムを連れてきてしまった。
リスがどうしても放っておけない、と頼み込んできたからだ。
アララールが目覚めるのを戦々恐々として待っていたが、ようやく夕方になり今に至る。
それまでの間、イムとリスは戦いのつづき(?)とばかりに庭先でじゃれあっていた。
だが、やはりリスのほうが強いという結論に至ったらしい。関節技も大いに役立ち、イムは「ギブギブ!」を覚えた。
イムを謎の組織が迎えにくるでもなく、引き取る人間は今のところ現れない。
じきに夜になるのに行くあても無い。金も無い。無い無い尽くしの、みるからに生活力の無さそうな狼少女を、放り出すわけにもいかない。致し方ないところだが……。
「リスリス。この良い匂いのするお姉さんが、家の主さま……?」
「そうだよ、アララールは魔女なんだから」
「ま、魔女!?」
イムはぎょっとした様子だった。リスの背中に隠れながら、耳をそばだてる。
「アラララル、リスリスより強い?」
「ふふふ、さぁどうかしら」
アララールは聞き流し、夕飯の支度をしはじめた。
「強いのはトラ、このひとのほうだよ」
リスが俺に視線をむける。
「おう、わかってんじゃねぇか」
「……すんすん。トラトラおっさん、臭いのに強い?」
「おいコラ!」
リス2号かおまえは。捕まえようとしたがすばしっこく逃げられた。むしろ日向の犬みたいな匂いがするのはおまえじゃねぇか。
「やっぱり、アラララルが主だナ!」
イムがソファに跳び込みながら、先に腰かけていたリスに耳打ちする。
「そう思う?」
「思う。トラトラは店先の骨付きハムみたいだけど」
「きゃはは!」
「なんだ骨付きハムって」
「干からびたかんじなんだナー」
「おまえな、家にいれてやったのに」
コンチキショウめ。って、そういや前より腰が痛くなってきた……。いてて。
「アラララルの主は、がんばってすごく大きなパワー……隠しているのがわかるんだナー。オラにはわかる……!」
「あー、なんとなく」
アララールの秘められた力? そりゃ超絶魔女だからな。ドラゴン並みに強いのは確かだぜ。
「……イムちゃん」
アララールが振り返った。凄みのある静かな声。
「な、なんだナ?」
ぎくっと身を固くするイム。
「うちの主人はトラくんよ」
にっこり、と微笑む。
「わ、わかっ……わかりましたノダ」
イムは目を泳がせると耳を倒し、そのままへにゃっとソファーにうつ伏せになった。
「イム、触らせて」
「うー……うう」
リスが上から覆い被さりモフモフの尻尾をもてあそび始めた。まんざらでもなさそうなイム。やはりこいつ、犬っぽいな。
◆
王都ヨインシュハルト王城、地下。
魔導兵器開発局、執務室。
「魔法師ラグロール・グロスカ様、ご報告です」
「……はぁ。一応聞きますが何事です?」
「2号が逃亡し離反。魔法師リューゼリオンは再起不能。2号は現在、3号と共に魔女の聖域へと入りました」
「自らの意思で?」
「おそらく。拘束も強制もされておりません。3号との戦闘に破れ、従っているようです」
柱の陰から淡々と告げる声の主は、ギルドに潜伏している王政府諜報部のエージェントだ。
「そうですか」
ラグロース・グロスカは手元の魔導書を閉じた。
王国最上位の魔法師であることを示すマントは、黒々とした威厳のある光沢を帯びている。
ギルドが配信する動画は観ていた。
悪霊の巣食う館での戦い。その後の2号と3号の戦いや、戦闘スキル発動の様子までもが克明に映し出されていた。
「2号を再調整しろとは命じましたが、3号と接触させるとは。やれやれ。慎重に……と申し付けたのですが。使えぬ部下を持つと苦労します」
魔法師ラグロース・グロスカは首を軽く振った。
カマキリのような顔に撫で付けた金髪。ランプの明かりに浮かび上がった深緑の瞳は、鋭い野心の光を炎を宿している。
「魔法師リューゼリオンの身柄は現在、王都最大のギルドに連行され取り調べ中。情報を漏らす前に、上部組織は金銭譲渡による解決工作を行うとの事です」
「まったく、どこまでも世話の焼ける男です。まぁ、しばらくは無償労働、償いはしてもらいますが……。それよりロシナール伯爵家の動きは?」
「5号を中心とした実力部隊を編成中。2号の奪還と、3号への報復のため、ロシナール家のご子息、クズナルドが『魔女の聖域』への強襲を画策している模様です」
「勝手なことをされては困りますね。私は静かに研究さえ出来ればいいというのに……」
思わず舌打ちをする。
醜く肥え太った貴族ども。自らの名声を高めるため、貴族間の権力闘争の道具に、魔導芸術の域に達しつつある作品を勝手に使われるは実に腹立たしい。
ラグロース・グロスカは苛立ちを感じ、無言のまま奥歯をギリリと噛みしめた。
5号は未完成だが、最高傑作。
魔導人造生命体として、あらゆるステータスが最高の数値を叩き出している。
それを勝手に連れ出し、戦闘に使おうなど。いかに最大のスポンサーといえど横暴にも程がある。
やっと、ここまできたというのに……!
人造勇者製造計画――魔導人造生命体の開発はあとすこしで完成する。
――3号は失敗ではなかった。
人間を模倣して合成した魔導人造生命体は操り人形、ゴーレムと変わらない。
竜の血を混ぜ、強靭な肉体を与え、戦闘スキルを発動させる。
当初の計画で他の魔法師たちは、単純にそう考えていたようだ。
しかし、予想された戦闘スキルは発動しなかった。
何故か?
発動条件たりうる「魂」が欠けていたからだ。
自律思考し行動するだけの「人形」では戦闘スキルは使えない。
ゆえに、異世界より召喚した魂を初期化し、植え付ける。これはラグロール・グロスカが考案した。
コアとして魂を使う。
それも「魂」を単に封入するだけでもダメなのだ。
魔法による洗脳、教化。強制も痛みによる刺激も、満足な結果が得られなかった。
必要なのは魂の持つ力。人間と同等の、固有の存在となること。
心技体が渾然一体となることで、はじめて強い意思を生み、スキル発動の引き金となる。
魔導理論が間違っていたのだ。本来、人間とは不完全で不安定なものだ。
だから失敗作だと思っていた3号が解決の糸口を与えてくれた。
3号は「不完全で虚ろな器」であり、召喚した魂の初期化に失敗、前世の記憶が精神汚染をもたらし、不安定化した個体だと思っていた。
しかし失敗ではなかったのだ。
彼女は今や自らの意思を持ち、スキルさえ発動させつつある。
不安定だった2号さえ感化し、影響を及ぼすまでに成長し始めているのだ。
きっかけはなんだ?
魔女の聖域に放り込んだ事で「最適化」されたのか。何らかのエラーが修復され正常化した?
繭のように閉じた強固な結界の中で、何かが起こったのだろうか。
いずれにせよ、
――私の野望、崇高なる魔術へ至る道……! 邪魔はさせぬ!
漆黒のマントが動き、痩身を椅子から引き剥がすように立ち上がる。
「4号、私と共に」
魔法師ラグロース・グロスカはバルコニーに視線をむけた。
月を見上げていた青い髪の少女が振り向く。
「暗殺ですか?」
「姉妹達の不毛な争いを止めにゆくのだ」




