リスとモフモフ ~捨てられた狼少女
「アンタ、結局なにしに来たわけ?」
リスはずんずんと狼少女に近づいてゆき、苛立たしげに声をかけた。
灰色の狼少女はリスの一撃に破れ、ダメージで動けない。おまけに空腹らしい。
「うー……」
「まだやる気?」
狼少女は警戒心も露に牙を剥いたが、一瞬だけだった。リスが凄むと、視線をふっと背けた。
リスは手負いの相手にも油断していない。慎重に相手の動きに気を配り、睨みつけている。
「……3号の牙……痛い」
「フン、わかればいいのよ」
「オラは……強くて偉いって。みんな誉めてくれたのに……」
急に狼少女はしおらしくなった。
俺や魔女たちは顔を見合わせた。あの様子ならもう危険は無さそうだ。
ここはリスにまかせて静観することにする。
狼少女の腕や脚には、竜に噛みつかれたような痛々しい痣が出来ていた。
覚醒したリスの戦闘スキルによって受けたダメージだが、不思議と流血はしていない。噛み痕に見えるが、裂傷ではなく鬱血している。それは鋭い棒で突いたことで出来るアザに似ていた。
リスの攻撃がインパクトする瞬間、大口を開けたドラゴンの牙じみた光が同時着弾。噛み跡を残したのだ。
あれほど俊敏に跳ね回っていた狼少女は、立ち上がることさえできない。衝撃はいかばかりだったのだろうか。
「どっちが上か、何度でも相手してあげる。次はもっと、ギャン泣きするまで殴るけどね」
リスは腰に手をあててふんぞり返った。勝者の余裕、相手へのわかりやすい威圧だ。
「いっ……いらない。もういい。牙は痛い。オラの爪より……痛い」
狼少女の耳がペタンと倒れた。
まるで敗けを認めた犬のように。
襲撃してきたときは勇ましい銀狼に思えたが、威勢を無くし見る影もない。
「それでよし。大人しくなさいよ」
リスが俺たちの方を見て微笑んで、親指を立てた。
完全勝利。戦闘のみならず精神的にも圧倒、マウントしたという確信の表れか。
「やれやれだ」
驚くべきことだが、リスは死霊デュラリアとの戦いを経て覚醒。自分の意思により戦闘スキルを使いこなすようになりつつあるらしい。
調子にのり過ぎるのは危ないが、自信をつけるのはいいことだ。
「……オラを殺す?」
「別に。そうしてほしいならそうするけど。そこにおすわりなさいよ」
立ち上がろうとする狼少女を制止。指差ししながら従わせる。
「……すん」
ぺたん、と腰を落とす。
鼻をすする音に、腹の虫の鳴く音が重なった。
「アンタ、お腹空いてんじゃん」
「うん……。だから3号から奪うつもりだった」
明るい銀色の髪にふさふさの尻尾。あぐらをかくようにして座り、リスを見上げている。
尻尾は尻から股下をとおり、前に抱き抱えている。まるで「尻尾を巻く」そのものだ。
「奪うって、あたしから何を?」
「お、美味いもの……! 3号から美味しいもの奪えるって聞いた」
「はぁ!?」
どうやら狼少女は、リスが美味しいものを食べている、と思い込んでいたようだ。
確かに、家ではご飯やお菓子をばくばく食っているが、それらはごくふつうの飯だ。
むしろ黒塗り馬車の連中が良いものを食わせてくれるんじゃないのか?
視線を向けると例の黒塗りの馬車は横転し、パーティメンバーたちが魔法師を捕まえていた。
ブランケンがぐるぐる巻きに縛り上げ、捕虜にしている。
「あのさ、イム……だっけ? あたしが美味しいもの食べているって、誰から聞いたの?」
2号という名前は3号と共通点がある。
魔法師リューゼリオンが言っていた「戦闘用のホムンなんちゃら」なのか。詳しいことは捕虜の魔法師に聞いたほうが早そうだが、口を割るとも思えない。
「施設で4号から聞いた。3号が町で、甘くて美味しい、ふわふわしたモノ、食べてたって! ずるい、ずるいって言ってた」
「4号? 誰よそれ。知らないけど。町……? あ……! そういえば『星婆々』で甘いのは食べたかも。そこで確か……変なのに絡まれたっけ」
リスはエストヴァリィの町での一件を思い出したふうだ。
エストヴァリィの町で、甘ったるいクリームたっぷりのティーを出す店。そこで「青い髪の少女」を連れていた魔法師がいて……って、捕虜があいつか?
「リスは食べてたんだナー……!?」
「うるさい、おすわり!」
「うー」
リスが頭ごなしに叫ぶと、イムは反射的に浮かせかけた尻を再び地面におろした。
女の子らしいぺたんこ座り。ふさふさの尻尾を股間から挟み込むように前に出し、抱き締める。
「4号って青い髪のあの子ね……。性格悪そうだったし姑息よね。イムをけしかけた? こんど会ったらボコるわ……」
リスは凶悪な笑みを浮かべ、イムを見下ろす。
「ボコる? 牙で? かじる?」
「それにしてもイムの、それ。ふさふさの尻尾に犬みたいな耳……。本物よね?」
リスは相手の容姿をまじまじと観察する。物欲しげに、言い換えれば奴隷を品定めするような眼差しをむける。
「あ、あげないヨ!?」
耳と尻尾を隠そうとするイム。
「とらないから。ちょっと触らせなさいよ」
「ひぃ……!?」
「半獣人なんて珍しい。獣人は西国リトアトスあたりに暮らしているけど……。人間との交配は、本来とても難しいはず」
「恋愛成就。種族を越えた愛の奇跡でござろうか?」
魔女のハッピィ・リーンとアミダブが何やら獣人について話している。
獣人はその名の通り、狼や熊など獣の特徴をした人間型に近い種族だ。
知性は人間と変わらず、社会性がある。だから普通に人間社会で暮らしている者もいる。
力と俊敏性に優れ、パーティにいれば戦いでは有利になる。しかし寿命が人間の半分以下だとかで、個体数が少ない。王都では貴族の館で用心棒や愛玩用か、たまにみかける程度だ。
しかもイムのような半獣人となると……レアだ。というか、魔法師が絡んでいる時点で、かなり特殊な存在なのだろうが。
「甘いものが食べたいなら、飼い主の魔法師に頼んで、食べさせてもらえばよかったじゃない。誉められてたんでしょ?」
「頼んでも……ダメだって。あげない、イジワル言われた。オラの行儀が悪いから、ダメだって」
しゅん、とするイム。
「行儀……? あたしもクソ貴族の家で、散々な目にあったけど。なんなの行儀って、ムカツク!」
リスは嫌な事を思い出したと言わんばかりに腕組みをした。
「ムカツク?」
「ムカツクじゃん」
ちょっと微笑みを交わす二人。
「3号もムカツクほど行儀悪いのに、甘いもの、どうやって食べた?」
首をかしげるイム。
イムの顔や姿は人間の少女だが、耳と尻尾は獣人のそれだ。
頭の程度はリスといい勝負か、やや幼いようだ。身体能力がずば抜けて高く「獣人」と同じという点では優れているだろうが。
「うーん?」
「リスちゃん、お菓子の残りがあるよ。よかったら食べさせてあげたら? お腹すいてるみたいだし」
「リーンさん、いいの?」
魔女が腰のポーチからお菓子の袋を取り出し、リスに手渡した。お礼を言うとイムに向き直る。
「いい? 甘い食べ物は友達からもらうとか、師匠からおごってもらうとか。いい子にすれば自然と近づいてくるわ」
リスは尤もらしいことをいって俺のほうをチラリと見た。俺は近くの庭木によりかかり成り行きを見守る事に決めている。好きにすればいい。
「ともだちに、ししょう?」
「そう。イムには、それが足りないわね」
リスは偉そうにそう言うと、一枚の焼き菓子をイムの目の前でちらつかせた。
すんすん、と鼻を動かす。
「おー? 甘い匂い」
「あげるから、いい子にしなよ。つぎ暴れたら殺すけど」
リスはそう言うと焼き菓子をひとつ渡す。
イムは目を輝かせながらお菓子を受け取ると、はむっと口に入れた。
「……んっ! んまいっ! 甘いっ!」
「美味しい?」
「うん、うんっ!」
しっぽを振るイム。
「ふ……ふふ」
リスもまんざらではなさそうで、ほくそ笑んでいる。なんというか、大型犬に餌付けしているみたいだ。リスにとっては相手を完全服従させている感じが、気持ち良いのだろうか。
「おーい! こっちは片付いた。身柄も確保したよ」
「……狼少女のほうはリスちゃんが服従させたのかい?」
「ブンガガ?(しかも餌付け中?)」
戦士リジュールとメントゥスがボコボコになった魔法師をしょっぴいてきた。
「……狼少女も縛ろうかと思ったが、その必要はなさそうだ」
メントゥスは肩をすくめた。
ぐるぐる巻きにされた若い魔法師を地面に座らせる。顔は爪でひっかかれ、殴れた痕もあり、ひどい有様だ。イムの仕業と見て間違いない。
「こいつの名はリューゼリオン。証言によると、この近くの貴族の別荘に、その半獣人の娘を連れてきて調教の最中だったそうだ」
戦士リジュールが吐き捨てるように言った。
「酷い……! なんてこと」
「変態野郎、去勢提案!」
魔女たちが口々に抗議し、魔法師に嫌悪と軽蔑の眼差しを向ける。
「……だが、狼少女が反抗的で、途中で手に負えなくなった。そこで生ゾンビの群れる館に放りこもうとしたところで先客、俺達がいた……ということらしい」
メントゥスが付け加える。
嘘だな。
魔法師は嘘をついてる。
イムは戦いの最中に「リスのスキルを感じた」と言っていた。
――おめぇ、竜闘術を使っただろ! だから、オラは魔法師をぶん殴って、ここまで来たんだァア!
狼少女はリスと戦おうと、自らの意思で来た。
魔法師は、おそらく最初はリスの覚醒したスキルと戦わせることで「調整」を目論んだのか。
しかし暴走し手に負えなくなった……といったところか。
おそらく魔法師は、リスを最初につれてきた魔導兵器開発局のラグロース・グロスカと繋がっているのだ。リスを襲撃したイムも、リスとは姉妹のような関係、同じように生み出された子かもしれない。
とはいえ。今ここでパーティメンバーに話すことではないし、黙っておくしかない。
「……千年級の魔女、聖域を守りし者か……」
「はん?」
意味を理解できる者はいなかったが、俺のことだとは察しがつく。
「ゲホ……。くそ、こんな……。やはり……魔法による苦痛、暗示では……竜闘術のスキルを宿す素体を束縛しきれない……。魔法の拘束は……放たれる。ドラゴンの血……調教なぞ……無理なのだ……。げほ……くそ……こんな! くそっ……」
魔法師は何かをブツブツ言っているが、失敗したことへの後悔を滲ませていた。
俺に虚ろな目を向け、
「私は……ここで終わりだ……。失態を重ねすぎた……。2号は……貴様らに……託す……。せいぜい……苦労するがいい……フフ……」
「なに勝手なこと言ってやがる!」
「……でなければ再度調教、あるいは……殺処分か……」
「知るか……!」
イムに対する調教、殺処分。連中がよく使う言葉で嫌になる。
「さて、話はそこまでだ。服装や馬車から見て、高い身分の貴族に仕える魔法師様のようだが」
「……ギルドに連れて帰る。クエストに横槍を入れ、魔石を狙った盗賊として丁重に」
「ブンガゴンガゴンガ(なるほど。貴族の関係者なら、返せと言ってくるだろうし)」
方針は決まったらしい。
「そっちの半獣人の娘も一緒につれていくしかないな」
「……リスちゃんが手懐けたようだし」
戦士リジュールとメントゥスの視線の先には、リスのまえで尻尾を振るイムがいた。
「おすわり!」
「おかし」
「ダメ」
「うー」
こうして――。
今度こそ俺たちはようやく帰路についた。
太陽は高く昇り、世界を鮮やかに色づかせている。
馬車はゴトゴトと揺れながら、町を目指していた。俺やリスを途中、家の近くで降ろしてくれるという。
長い夜は終わり、みんなぐったりしていた。
激しく苦しい戦いだったが、クエストはコンプリート。悪霊は退治し、魔石も手に入れた。
そして、
「ねぇトラ! イムを連れていっていい?」
「いいわけねぇだろ!」
「トラのケチ!」
「うー」
「あたしが面倒みるから!」
「オラは面倒みられるから!」
子犬のような目で訴える。
二人してそんな目で見るな。
「あーもう、わかったから。あとで自分でアララールに説明しろよ」
「うん! ありがとトラ」
「おー?」
そして何故か、イムはリスが預かると言い出した。魔法師といっしょにギルドに預けようとしたが、本人が激しく嫌がったうえに、咬み殺す勢いで牙を剥いたからだ。
そんなイムもリスといると大人しくなる。
今まで二人して馬車の中でお菓子やら携帯食料を食べまくっていた。しかしよほど疲れたのか、やがて馬車のなかで眠りにおちた。
すーすーと寝息をたてながら、リスはもふもふしたイムの尻尾を抱きしめている。
魔女のハッピィ・リーンは起きているのか寝ているのか。顔はまるでわからないが、そんなリスを見て微笑んでいるようにも思えた。
あぁ、それにしても。
「アララールになんて説明するつもりだよ」
クエストに出て、捨て犬ならぬ捨て半獣人を拾いました。家で飼ってもいい……か?
冗談じゃねぇ。これ以上面倒事を増やすんじゃない。
いいかげん俺も眠くなってきた。
考えるのはあとにしよう……。
章完結……!
次回から新章へ!




