強襲の2号(イム)・キャリア
「んガァッ!」
獣耳少女は吠えるや否や、一直線に向かってきた。
銀色のふさふさと長い髪にピンと立った両耳、それに箒のような尻尾――。犬歯をむき出しにした形相は獣のよう。それに地を這うような走りは、速い……!
「なんだ、あの娘は!?」
「……魔石狙いの盗賊にしては、妙だが」
前衛として戦闘態勢をとり、身構えていた戦士リジュールとメントゥスが口々に叫ぶ。馬車からは他の戦闘員は出てこない。暴れ少女を放ち、様子を見ているのか。
しかし狼少女は彼らには目もくれず、鋭角なステップを踏んですり抜ける。
「退ケ! 雑魚ども!」
狼少女の視線は俺の斜め後方、リスを捉えていた。
――って、このパターン……!
「もしかして、リスの友達か?」
「知らないわよ!」
リスは速攻で否定したが、黒塗りの馬車にヤバげな少女による襲撃と、デジャブしないほうがおかしい。
「ムンガガ!(止まりなさい!)」
「おまえもチガウ! 用があるのは……3号だァッ!」
両腕を広げ阻止を試みたブランケンの股下をくぐり抜けると、一気にパーティの布陣を突破する。
「……速い!」
とにかくすばしっこい。身のこなしといい走る速さならリス以上かもしれない。
「リスちゃん、危ない……!」
「野獣少女、緊急襲撃!」
「なんだか知らないけど、あたしが相手になったげる」
リスは後衛を護る位置で身構えた。
しかし相手の目的はなんだ?
魔女たちが持つ『魔石』狙いかと思ったが、どうもリスに何か恨みでもありそうな様子だ。
「とはいえ、放ってもおけねぇか」
フォワードの三人が抜かれたとなれば、次は中衛にいる俺の出番だ。
「どけァ、オッサン!」
「よく言われるぜ」
相手の動きに合わせて身を屈め、低い姿勢でガードする。股下のすり抜けはさせない、左右どちらかにステップを踏んですり抜けようとしても、腕のリーチの範囲内だ。
「邪魔だッつってん……だろガァ!」
間近で見る銀色の髪の少女は、まだあどけなさを残しリスと同じ年頃に見えた。俺を飛び越えた瞬間、フサフサな尻尾がなびく。
「飛び越えるのは想定内だぜ」
低く構えた俺の上を飛び越える。そう予測していた通りだった。即座に軸足を中心に反転し、着地の瞬間に背後からタックルを食らわせる。
「なッ!?」
捕まえた……!
と思った、次の瞬間。
「うごっ!?」
するり、と狼少女が逃げた。タックルした俺の肩を踏みつけてバク転して、ジャンプ。
――なんて身のこなしだ!
跳ね跳んだかと思うと、あっという間にリスの目の前に迫っていた。
「リス、いったぞ!」
「わかってる!」
だらしない、と非難めいた声色混じりで叫ぶ。
「ずるっこの3号……!」
「なんであたしの名を!?」
ヒュッ! と空を切る音。狼少女は素早いフック気味の拳を放った。爪をたて、引っ掻くような攻撃だ。
しかし、リスはそれを寸前でかわす。
「危なっ」
「ガウッ、しゃッ!」
相手はリス以上に素早いが、リスは冷静だった。
「はっ、とっ」
巧みに軸足をすり動かし、安定した体重の移動を組み合わせ、攻撃を避ける。
背後に一歩ずつ下がりながら、後衛の魔女から引き離し距離をとるよう誘導している。
――上手いぜリス……!
鍛練の成果が出ている。基本をしっかりと身に付けたリスの身のこなしに思わず笑みが漏れる。
冷静かつ、最小限で無駄のない動き。狼少女の素早いが粗削りで大振りな攻撃を完全に見切っている。
「ちょ、ちょこマカすんなゴルァ!」
狼少女の爪攻撃が庭木を削り、速度が落ちた。
「しゅっ!」
リスはその瞬間を見逃さなかった。鋭い前蹴りを放った。
膝から素早く蹴り、爪先を伸ばして蹴りあげる。カウンターを狙っていたのだ。
「グボぁッ!」
「あんた、相当ウザい……!」
男爵家の庭園は、庭木が多く植えられ、自由に駆け回れない。必然的に身軽な者同士の格闘戦となる。
石像や庭木の位置を頭で計算しながら、リスは相手の動きを封じている。
対して狼少女は激情に突き動かされ、明らかに冷静さを欠いた動き。
――まるで出会ったころのリスじゃねぇか。
思わず苦笑しそうになるが、リスの成長が嬉しくもあった。
「ウガアアッ……! おまっ……3号ゥウ! 生意気! ずるい……!」
「何が!? アンタなんて知らないっての!」
「オラの役目……奪った!」
「知らないし、覚えてない!」
「思い出させてヤる……! オラの名は……2号だァアアッ!」
狼少女が跳ねて、同時に右腕を高く掲げた。一拍の間を置いて、リスにむけ爪を振るう。
「そんなもの……!」
大振りにも程がある攻撃にリスも余裕の笑み。だが――
空気が弾け、青白い光が狼少女の爪から発せられた。覇気が周囲の砂塵を吹き飛ばす。
「避けろ、リス!」
俺は咄嗟に叫んだ。
「――竜闘術、裂爪刃!」
三筋の青白い光が爪から発せられ、空間を切り裂く。
「――!」
ザシュッ! と地面が裂け、庭木の幹が切断された。
リスは寸前のところで前転し、ギリギリで攻撃をかわしていた。
ベキベキと木が折れて倒れる。さほど太くないとはいえ、剣でも叩き折るのは難しい太さの樹木が、爪の一撃で切り裂かれた。
「あっ、ぶなぁ……!」
流石のリスも青ざめる。
「くぅううっ、惜しい! だけど見たか、オラの戦闘スキル……! おめぇも出せよ! 使ったヤツ、あるだろ……! 知ってるんだぞオラ」
着地するなり、イムと名乗る狼少女がリスを指差した。
「さっき?」
「オラァ感じたズラ……! おめぇ、竜闘術を使っただろ! だから、オラは魔法師をぶん殴って、ここまで来たんだァア!」
「竜闘術……」
リスは何か思い当たる節がある様子だった。
「リス! そいつは特殊な戦闘スキル持ちだ! 油断するな!」
「してない!」
「……トラ、俺たちはあっちをやる」
「君は彼女の師匠なんだから、しっかりセコンドしなよ」
「ブンガ!」
「あぁ!?」
黒塗りの馬車に前衛三人が向かって行く。ここは彼らに任せるしかねぇか。
「……あの黒塗り馬車が指令を出しているに違いない」
「ひっくり返しちまおうぜ!」
「ブンガァアアア!(オケー、パワー解放!)」
ブランケンが頭の杭を動かして、パワー解放。
どすん! と黒塗りの馬車に体当たりをして、そのまま側面を持ち上げた。
「俺たちも手伝おう!」
「……力仕事は苦手だが」
男三人がかりで持ち上げると、黒塗りの馬車の片方の車輪が浮き上がった。
「ムンガァアア!」
ブランケンが叫び押しまくると、そのまま馬車はあっさりと横転した。
ドシャァ! とガラスが砕け、車軸が折れ曲がる。
「出てこい! 危険な少女の飼い主さんよ!」
戦士リジュールが剣を抜き、慎重に客車の中を覗き込んだ。
馬のいない魔法の馬車は高価だと聞くが、中からは誰も出てこない。
「ブンガァ!」
ブランケンがドアを引きちぎり投げ捨てた。
「……う……ぐ……。おの……れ小娘……」
すると、魔法師がフラフラと出てきた。顔中を青アザだらけにし、頬が腫れ上がっている。
そしてそのまま、ぶっ倒れた。
「お、おい!?」
「ブンガ?(生まれつきその顔か?)」
「……あの狼少女にボコボコにされたらしいな」
「不覚……。2号・キャリアが……私の……支配を……制御を……完全に……」
虚ろな表情で何かをブツブツ言いながら、狼少女に手を伸ばすが力尽きた。
魔法師は若い金髪の男だったが、見覚えがあるような、無いような……。
顔が腫れあがっていてよくわからない。
どうせ身なりからしても、リスを俺に押し付けたラグロース・グロスカの手下だろう。
「そいつ脅してここまで来た! リス、おまえと勝負するため……!」
狼少女は、ボロ雑巾のようになった魔法師を一瞥すると、腰に手を当てたポーズをしながら不敵に笑う。尻尾をふさっと動かし、リスをびしっと指差した。
「一体なんの勝負よ」
「オラとオメェのどっちが強ぇか! そんで、強いほうが……美味いもの食える!」
「はぁ……!?」
狼少女が叫ぶのと同じぐらい、リスもすっとんきょうな声をあげた。
「オラァ聞いたぞ……! オメェ貴族の家で、たらふく美味いご馳走を食ってやがったらしいなァ!」
「ば、バカじゃないの」
貴族の家でリスが酷い目にあったことを知らないのか……。
だが、事情がだんだん飲み込めてきた。やはりあの狼少女は、リスの同期なのだ。
「オラが行くはずだったのに、リス……! オメェはズルした! オラを差し置いて、お利口なフリしやがって……! 貴族の家で良い思い、ゴルァアア!? おめえはオラをおこらせた……! 勝負だ、ゴルァ!」
「…………わかった」
リスは黙って聞いたが、心底呆れたという表情でため息を吐いた。
「おぉ! わかりゃいいんだ、ゴルルァ!」
「あんたをブン殴れば、話は終わりね」
言い終わるや否や、リスは右の拳に気合いを込めた。燃えあがる赤い陽炎のような輝きをまとう。
「リス……!?」
「トラ、これね。悪霊ジジイと戦ったとき、使えるようになったんだ……。これがあたしのスキル」
赤い輝きは渦を巻きながら、拳から腕をはい登った。そして右脚の先までを覆う。まるで炎の蛇のように。
「よっしゃぁあ! オラと勝負だ3号ァア!」
狼少女は喜色満面で地面を蹴り、ダッシュ。
両腕を広げ、それぞれに青白い輝きを宿す。さっきの切り裂く爪のような攻撃を放つつもりなのだ。
二人の間合いが急速に縮んでゆく。
「おめぇを倒して、ご馳走ダガァ!」
「あたしだって、お腹……減ったわよ!」
赤い輝きと青い輝き。をそれぞれ纏った少女たちが交差し、激突する。
激しい閃光と衝撃音。そこから同心円状に破壊的な爆風が押し寄せた。
「リスッ!」
「リスちゃんっ……!」
「仰天動地、死闘激闘!?」
俺は見た。
二人が激突する刹那。狼少女が放った左右の青白い輝きを、空間を切り裂くような攻撃を、リスは右脚に纏わせた炎の輝きにより、蹴りあげて粉砕するのを――。
「はああっ!」
「なっ!? オラの裂爪刃を」
驚愕に瞳を見開く狼少女に対し、リスは右の拳に宿らせた輝きで殴り付けた。
「しゃらぁああっ!」
赤い光は竜の大顎のように広がると、光の牙で狼少女を噛み砕いた。
「ンッぎゃあアッ!?」
殴った瞬間、インパクトする打撃が全方位から収斂する。まるで四方八方から噛み砕くように。
衝撃と爆風が収まると、全身がズタズタになった狼少女がフラフラと歩き、そして前のめりにバッタリと倒れた。
「リス、今のスキル……!」
俺は駆け寄った。
リスは自分の拳を見つめ、そして
「竜闘術……噛砕牙」
どこか寂しげに、遠くを見つめるような眼差しで囁いた。まるで忘れていたことを思い出したような、そんな顔つきだった。
「死んじゃったの?」
「編笠法師、死亡確認……」
魔女の二人が、狼少女に近づき、ちょんちょんと指先でつつく。
すると、ぐぎゅるるう……と何かが鳴いた。
「……お腹……すいたズラ……」
狼少女は生きていた。
そのタフさに呆れつつも、俺たちはどうしたものかと顔を見合わせた。




