クエスト達成と、ドロップアイテムの魔石
◇
「……ここか」
「くそ、開かないぜ!」
館の二階の最深部、一番奥にあったのは分厚い両開きの扉だった。
ガッチリと内側から施錠されているのか、何かの魔法か。ドアノブは引いても押してもびくともしない。
メントゥスが言うには、ここがデュラリア男爵の館で一番大きな広間らしい。
途中の部屋も調べてみたが、もぬけの殻。リスたちがいるとすれば、この部屋しかない。
「……破壊して突入しよう」
リーダーのメントゥスが決断を下す。
「ムンガ!(せーの!)」
「どらァ!」
ブランケンと俺で全力で体当たり。ドアを押し破って室内に突入した。
転がり込むように室内に入ると、中は青白い輝きに満たされていた。
照明魔法による輝きの中に、三人の姿があった。
静寂が立ち込める想像以上にだだっ広い部屋。その中央付近に集まっていたのは、リスと網笠法師と魔女だった。
「トラ!」
最初に声を上げたのはリスだった。
弾むような声色にホッとする。
「リス、怪我はねぇか!?」
多少すり傷を負っているようだが、どうやら無事らしい。
俺は駆け寄りたい衝動を抑えつつ、冷静を装い周囲に敵がいないか注意しながら近寄った。
「ま、平気かな」
リスも余裕ぶっているが、汗とホコリまみれだった。新調したばかりの服は汚れ、ツインテールに結った髪も乱れている。
よく見れば手首や足首に、痛々しい痣のような鬱血がある。
「戦ったのか……」
「うん」
「よく生き延びたな。誉めてやるよ」
「何よそれ」
リスが可笑しそうに笑う。
表情や様子から、痛みや苦痛は無いと判断する。
何かあったらアララールに俺が殺されるところだった。
「ムンガガ!(よかった)」
「……全員無事のようだな」
「救援到着、安全確保」
「よかった……来てくれて。なんとか片付けたよ」
メントゥスと仲間たちも、互いの無事を確かめあう。
「それにしても。ここが男爵の部屋か、悪趣味極まりないぜ」
周囲を見回す。
奥に巨大な黒塗りの執務机と、血のような色の革張りの大きな椅子がある。机には様々なものが乱雑に積まれている。魔導書らしきものに、動物の頭蓋骨、薬の瓶、その他よくわからない石や巻物……。
それらは主人がまるでまた帰ってくるかのような状態で広げられたまま、埃を被っている。
館の主、狂った魔法師デュラリアの、魔法の儀式場だったのだろうか。
背後の壁は全体が巨大な書棚になっていた。古臭い背表紙の本が埋め尽くしている。
魔女のハッピィ・リーンと網笠法師が近づいて調べ始めた。
「死と魔法に関する書物ばかり……」
「霊魂召喚、暗黒儀式、憑依魔術。主の趣味がわかるというものでござる」
残り三方の壁に窓は無く、内臓を思わせる不気味な模様のカーテンで覆われている。
メントゥスがその裏を探ってみたが、何もない壁ばかりのようだ。
床にはおびただしい数の魔法円。あちらこちらに描かれ、焦げたような、何かが崩れた灰が山積みになっている。
「デュラリア男爵による暗黒儀式、その実験場だったようです。生け贄の儀式、禁忌の黒魔術に傾倒し、おぞましい儀式をしていたのでしょう。館の中を彷徨う幽霊も、動く骨や鎧の怪物も、すべて男爵の魔法の影響です……。最後は館で働いていた人たちも巻き込まれ、あのような姿に成り果て……」
魔女、ハッピィ・リーンが魔導書を手にとって解説する。
足元にバラバラになった鉄の鎧が転がっていた。
「リスもここで『動く鎧』と戦ったのか?」
「えぇ戦ったわ。動く鎧は強敵だったけどね。それと子供の幽霊。そして気持ちの悪い悪霊ジジイ!」
指折り数えつつ、嫌そうな顔をするリス。
「マジか……。魔物三体とやりあってよく無事だったな」
ありえん。どういう状況だ?
リスと二人の魔法師が共闘したにしても……。
「なんていうか、ピンチになったらドラゴンパワー? みたいなスキルが使えたの。それで思いきりぶん殴ったら、動く鎧が一撃でボカンって!」
リスがシャドーボクシングのように拳を振る。
「マジか、そいつぁすげぇな」
なんだかよくわからんが、リスの戦闘スキルが炸裂したらしい。
確かに以前、ゴブリンズ・クイーンと戦ったときも爆発的な瞬発力を発揮し、脳天を蹴り砕いていた。
インパクトの瞬間に発揮される、何らかのパワーがリスにはあるのだ。
――試作品、不安定な失敗作でして
いつぞやの魔法師の言葉が脳裏に浮かぶ。
リスは失敗と断じられたが、特殊な戦闘スキルが発現しつつあるのかもしれない。
「……リスさん、それと悪霊ジジイというのは、もしや」
「デュラリア男爵の亡霊、最強ラスボス。リスちゃんは、私達が魔法で束縛されて動けない状況の中、たった一人で戦ってくれました。動く鎧や幽霊、デュラリアの死霊と、互角以上に、勇敢に戦ってくれました」
メントゥスの問いに、魔女のハッピィ・リーンが明快な説明を付け加えた。顔は長い黒髪で覆われているが、思いのほかハキハキと喋るのが印象的だ。
「でもね、最後に悪霊ジジイにトドメを刺したのはリーンさんだよ! 凄かったんだから!」
「リスちゃん、そんな……照れる」
リスとハッピィ・リーンは戦いを通じて、信頼関係を結んだのだろう。それこそが冒険、クエストの醍醐味のひとつだぜ。
「亡霊男爵は最強死霊。強大な魔力ゆえ、我らだけでは除霊不能でござった。リス殿が特別な力でデュラリア男爵の死霊を叩き伏せ、邪悪な力を削って下さったゆえ……。リーンが完全消滅させることが出来たのでござる。悪戦苦闘、完全勝利」
網笠法師アミダブがくいっと笠の端をもちあげて微笑んだ。褐色の肌の女だった。
「……そういうことか」
「活躍したんだな、リス」
「まぁね! トラは? ずいぶん遅かったじゃないの」
胸を張りながら半目で見上げてくるリス、くそ生意気な奴め。
俺たち遅れて駆けつけた男衆は、苦笑しつつ顔を見合わせた。
「俺らは、動く鎧に手こずってたんだよ」
「ブンガ、フンガ(パワー軍団、形無しだ)」
「……どうやら、このクエストは彼女たち三人で達成してくれたようだね」
すでにラスボスは倒され、クエストは達成。
完了したことになる。
無論、これは喜ぶべきことだが。
やはり餅は餅屋、悪霊退治には魔法師。
意外にもリスが大いに活躍してくれのは、アララールへの土産話になるだろう。
「……映像中継、ここで終了」
「なんだよ、撮ってたのかよ!」
「ムンガムムンガ(恥ずかしい。オレたちのタッグ戦じゃ人気は出ないぜ)」
「……ははは」
何はともあれ、パワー押しの筋肉軍団にとっては、やや不甲斐ない結果となった。
「あ、くそ腰が痛くなってきた……いてて」
「きゃはは! だっさ」
「おま、やめろ」
リスが笑いながら腰をパンパン叩きやがるので、頭をぐりぐりとしてやった。
「あった」
と、デュラリア男爵の書斎机を調べていた魔女、ハッピィ・リーンが何かを見つけたようだ。
仲間たちが近づくと、手に拳ほどもある赤い石が握られていた。それは怪しげな輝きを放っている。
「そりゃ何だ?」
「巨大な魔石。練りに練られた、高密度の魔力が封じられている……」
「……でかしたリーン。今回のもう一つの目的はこれなんだ」
「報酬確約。高額買取!」
「悪霊ジジイの遺物、ドロップアイテムってわけか」
「男爵が自らの復活と、永久の命を夢見て魔力を封じたものでしょう。ここに置いておくのは危険。復活するかもしれないし、新たなる悪霊、死霊を集める可能性もありますから」
ハッピィ・リーンは羊皮紙の上に魔石を置いた。
「安全輸送。拙者が封印して候」
法師アミダブが念仏を唱えて気合をこめる。
羊皮紙が青白く輝き、赤い魔石を包み込んだ。
「……これで封印された。安全に持ち帰れる」
「そのまま手にとって、持ち帰っていたらどうなるの?」
リスが俺の後ろから覗き込みながら尋ねた。
「触れた人間の意識が乗っ取られる……。あるいは、魂が吸い込まれる。それにこの魔石には、亡霊や悪霊を呼び集める力があるようですから」
「ヤバイやつじゃん!?」
魔女は平然と触れていたが、かなり危険なアイテムらしかった。
並のパーティなら「ラッキー!」とばかりに不用意に触れて、アウトだったわけだ。そして、この館をうろつく死霊の仲間入り、というわけだ。
「最後の最後のでトラップ発動なんざ、ぞっとするぜ」
「……俺たちは慣れている。よくあることさ」
流石は『祓い屋ムドー』だと舌を巻く。
「あれ? そういえばあの戦士のお兄さんは?」
リスがようやく気がついた。
「あっ、いけねぇ」
「……戦士リジュール殿を忘れていた」
「ムンガガ(もう食われているかもな)」
慌てて全員で元の道を戻る。
幸いにもリジュールは昏倒したままだった。法師が除霊し、リジュールは正気に戻った。
館の中は平穏で、既に骨軍団の気配も、浮遊する幽霊の姿も無かった。
「……では、これにてクエスト完遂!」
「「おおっ!」」
俺たちは気勢をあげ、館から撤収する運びとなった。
館の外に出たとき、空はもう白み始めていた。
「んー! 外の空気、最高」
「流石に疲れただろ」
「平気ー」
夜の湿った空気を吸い込んで背伸びをする。リスはまだ元気そうだった。
「馬も馬車も無事でござる」
「……夜が明ける前に出発できそうだ」
帰還の準備を始めようとしていた、その時だった。
敷地の向こうに黒塗りの馬車が忽然と出現した。
最初からそこにいたように、俺たちの馬車の行く手を塞ぐかたちで停まっている。
「――警戒!」
リーダーのメントゥスが緊迫した声をあげた。
「馬車!? いつからあそこに?」
戦士リジュールが訝しげに叫んだ。いままで誰も気がつかなかった。
「魔法で姿を隠していたようです。かなり高度な魔法かと」
ハッピィ・リーンが囁くと、皆は警戒しパーティは自然に前衛と後衛とに位置を変えた。
「あれは、俺たちをずっと尾行していたヤツだ」
俺は黒塗りの馬車に見覚えがあった。
魔法師ラグロース・グロスカが乗っていた王政府の馬車に似ていた。それに、俺たちを町からここまでずっと尾行してきた馬車だったからだ。
「……まさか、お宝目当てか? やれやれナメられたものだね」
「ブンガガガ(魔石はやらねぇぞ)」
「リスは魔女たちの護衛」
「まかせて」
言わずもがな、リスはリーンとアミダブ側に近い中衛に立った。
やがて、衆目のなかで黒塗りの馬車が突然、ぐらぐらと揺れた。
何事かと思って注目すると、客室が勢いよく開いた。というより内側から蹴破られた……といったほうが正解か。
「――ぐるらぁああ!」
野獣のような咆哮と共に、中から少女が飛び出してきた。
四足歩行の獣のように着地すると、ウグルルルと唸りながら二本脚で立ちあがる。
「……女の子?」
「しかも、半獣人……!」
素足にボロボロに破れた布切れだけを纏った、半獣人だった。パープル色の乱れた髪、ピンと立った耳。
狼を連想する獰猛さを隠しもせず、俺たちを睨み付けた。
そして、
「3号は……お前ぇぇえが、ぐッるぁああ!?」
ドッ! と地面を蹴り付けたかと思うと、爆発的な勢いで突っ込んできた。




