表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/80

筋肉タッグ戦と、魔女の夜宴(ワルプルギス)

「……俺様は、リジュールと悪霊を相手にする!」

 女の悪霊と憑依された戦士リジュールは、包帯男メントゥスが相手をする。毒の染み込んだ包帯と肉体は、悪霊の精神攻撃や、魔眼などにも耐性があるのだという。


「しゃらぁ!」

「ムンガガ!(どしゃぁ!)」

 俺とブランケンはタッグを組み、猛然と突っ込んだ。

 目の前に立ちはだかるのは、強敵『動く鎧』のタッグチーム。


 並の打撃や斬撃、関節技などは通用しない敵。

 破壊の難しい鉄の鎧の中身は、グニグニしたゴム人間のような怪物が詰まっていやがる。


 ならば、パワーで圧殺、引き千切る。相手の防御限界を越えるパワーで、構造そのものを破壊するのだ。

『グゴゴ!』

『ググゴ!』

 二体の動く鎧は、写し鏡のような動きで、同時に武器を振り下ろし、俺たちを迎撃してきた。

 突進する俺とブランケンは、武器を避けつつ相手の手前でジャンプ。

「っしゃ!」

「ッガァ!」

 飛びつきながら相手の頭部に手をかけ、勢いを利用し、横に周りこみながら腕で首を引っ掛ける。

 そして相手の肩口に体重を乗せ、落下軌道の位置エネルギーに体重を乗せ、転倒させる。


 ――ジャンピング・ネックブリーカ!


『グゴォ!?』

『ブガッ!?』

 トリッキーな動きとテコの原理を利用した攻撃は、どんな相手でも転倒させることが出来る。

 相手は後ろに倒れ、背中を床板にしたたかに打ち付けた。

 激しい衝撃と軋み音、壁や天井から塵が舞う。


 そして、ここから次の技へとつなげてゆく。

 短く素早く、立ち上がって相手の鳩尾(みぞおち)へエルボーを叩き込む。

「しゃ!」

「ゴァ!」

 仰向けになって倒れた動く鎧に、起き上がる時間を与えない。

 体重を乗せ、まるで「もちつき」のように何度も、繰り返しエルボーを落とす。

「どしゃ!」

「ムンガ!」

 動く鎧のフェイスカバーや首から、黒い粘液質の肉が噴出した。エルボーを叩き込む度に、悲鳴の代わりに絞り出されて、飛び出してくる。


『ゴブ……ッ!?』

『ブゴ……ッ!?』

 だが相手はこれでもダメージが足りない。魔法で練られた擬似的な肉体構造。それを完全に破壊するか、引き千切るのだ。

 ブランケンと目配せし、次の技をかける。


 藻掻く動く鎧の両脚を抱え、リバース、うつ伏せに。そこから鎧に包まれた両脚を脇にガッチリホールドし、腰を落とす。


「ボストンクラブ……逆エビ固め!」


『メギョブッ!?』

「しゃぁららら!」

 気合とともに体重をかけると、メリメリと音がして、動く鎧の腹部が裂けた。

 人間なら背骨が折れ、内臓がブチ撒けられた状態だ。


 それでもコイツらは動いている。

 だが、このまま真っ二つにへし折って――


「なっ!?」

「ブガ!?」

 不意に、俺とブランケンの首が、背後から絞められた。

 信じられないことに、動く鎧が上半身を180度回転し、掴んできたのだ。

『ガゴッ!』

『ゴギッ!』

「痛ゥ!」

「ブガ!」

 そのまま腹筋運動でもするみたいな体勢で、連中は俺達の後頭部への頭突きを見舞ってきた。


 痛みで思わず逆エビ固めを開放し、ブレイクする。

 このままネックホールドにでも移行されたら形勢は逆転するからだ。


 俺たちが身を離した僅かなスキに、動く鎧もヨロヨロと立ち上がった。二体とも腹部は裂け黒いドロドロが流れ出ていた。上半身もぐるりと半回転して、前後が逆になって捻れている。

『ギギ……?』

『ゴゴ……?』

 肉体の制御が壊れたのか、前に進もうとして後退し、よろけた。

 フェイスガードの隙間や首からも黒い粘液が溢れている。相手は不死身だが、確実にダメージが蓄積しているのだ。


「追い込むぞ、ブランケン!」

「ブンガ、ムンガ!」

 それぞれ逆方向にダッシュし、館の壁に向かって走る。

 壁板を蹴った反動を利用し、加速。

 両側から走り込んで、腕を相手の首に叩きつける。

「「ダブル・ラリアート!」」(ムンガ!)

 俺とブランケンで二体を挟み撃ち。体重と速度を加えた腕は棍棒以上の凶器と化す。

『『ブギュァ!?』』

 挟まれて圧迫された動く鎧の首は、千切れる寸前。

 鉄の兜が飛び去り、床を滑ってゆく。

 人間ならば首の骨がズレ、半身不随になる危険な技だ。流石の動く鎧も首を失い、フラフラとよろめき、千鳥足。


「とどめだ!」

「ブンガガ!」


 もってくれよ、俺の腰――!


 動く鎧の背後にまわり、両腕で腰をホールド。

 身動きの取れない状態にして持ち上げる。

「うらぁあああああああ!」

「ブンガァアアアアァア!」


 そして、仰け反るように背後へと投げ、叩きつける。

 俺とブランケン、同時に同じ技へと入る。

 ミシッと腰が嫌な音を立てたが、強行する。


「ジャーマン・スープレックス!」

「ブガガガ・ガガガ!(同上!)」

 高所から床に真っ逆さまに落下させる。鎧のつま先が、美しい弧を描く。

 ドドォオ! という衝撃音。

 動く鎧の上半身が床板を突き破った。

『『――!』』

 真っ黒い粘液が鎧の隙間という隙間から噴出した。それも紫色の霧となり蒸発してゆく。

 それが、断末魔の代わりだった。

 ついに、鎧は動かないただのガラクタと化した。


「や、やったぜ……痛てて」

「ブンガブンガ!(やったな!)」

 悪霊だか魔法の怪物だか知らないが、パワー押しでも通じたことに安堵した。

 俺たちは健闘を称え合った。

 ブランケンは自ら頭の杭をもとに戻した。


「――毒霧夢多(ポイズン・ムタ)!」

 ブシュァ! とメントゥスが緑の毒霧を吐いた。

『キィァアアアア!?』

 霧状の飛沫を浴びた女の悪霊は悶え苦しみ、溶けるように消えてしまった。


 足元には失神した戦士リジュールがブッ倒れている。


「……出来れば使いたくなかったが」

 口元を拭う包帯男、メントゥス。


「毒霧で悪霊を退散させやがったぜ……」

「ムンガ(リーダーが一番ヤバイんだよ)」


「……ともあれ、奥へ進もう!」

「おう!」

「ムンガ!」


 俺たちは戦士を置き去りに、リスたちが連れ去られた館の奥へと突入した。


 ★


『――い、今のは危なかったぞぇ……! グフフ、小娘……欲しい、欲しいぞその力……!』


 悪霊ジジイは分散したかと思ったけれど、再び集まり元の姿を成した。

 あたしの渾身の蹴り――竜闘術(ドラグアーツ)では、トドメを刺すには至らなかった。


「はあっ……はあっ……」

 身体が重くなった。体の中を巡るパワーが底をついたのか、気合が途切れたのか。

 あたしは床に片膝をついた。


 けれど、もう心配はいらなかった。


「ここからは、私が」

 すっ、と魔女のハッピィ・リーンさんがあたしの前に立った。

 悪霊ジジイからあたしを護るみたいに。

「リーン、さん……」


「ありがとうね、リスちゃん。でもここからは……死霊退治は私の仕事だから」

 黒髪と白いドレス。まるで幽鬼のようだった姿からは想像もつかないほど、背中が頼もしく思えた。

「あ……」


 一緒に戦おうと言おうとしたけれど、横に並んだアミダブさんが「しっ」というポーズをした。

「選手交代、最終決戦……ぬんッ!」

 網笠法師のアミダブさんがあたしの横で、床に手をついて気合を入れた。

 ボッ、と青白い輝きが周囲に広がった。

「安全領域、護身結界」

 護身の結界? 何から守るの? 悪霊ジジイの攻撃と、それと――

 アミダブさんはリーンさんに視線を向けた。

 きっと危ない力を使うつもりなんだとわかった。


『――フ、フゥハハ……!? 愚かなり! 駆け出しの魔法師風情が……! 至高の領域、千年級の魔法使いの高みに届いた余に、敵うと思うてか……!』

 憎しみの籠もった顔で、リーンちゃんをにらみつける。

 赤黒いオーラが再び渦を巻いた。

 あたしとアミダブさんの周囲で火花が散る。

 リーンちゃんの髪が揺れ、白いドレスが引きちぎれてゆく。


「リーンちゃん!」


「私の……魔女の夜宴領域(ワルプルギス・セグメンツ)へようこそ」


 ハッピィ・リーンちゃんが凄みのある声で言うと、前髪をかきあげた。


 彼女を中心に白い嵐のような光が乱舞する。

 赤黒い悪霊ジジイのオーラや魔法円がズタズタに切り裂かれた。

『――なッ……何ィ!?』


「私の力は、悪霊狩りに……特化している。消えなさい。その存在を否定する。貴方の存在と、現世へしがみつく情念を全て否定する……」


 リーンちゃんの顔はあたしの側からは見えなかったけれど、悪霊ジジイの顔がみるみる変化していくのがわかった。


『――な……な、き、貴様……ッ! その……魔眼(・・)は……!』


 急速に年老いて、ダラリと頬の肉が落ち、目がくぼんでゆく。

 人間っぽい見た目をしていたデュラリア悪霊は、急速に老いさらばえ、ミイラのように朽ちてゆく。

 悪霊ジジイが悪あがきするように力をリーンちゃんに向けて放った。けれどそれは霧散して届かなかった。


「否定、拒絶。いてはいけない。それが……貴方」

 ゆっくりと指をさすと、悪霊ジジイは悲鳴を上げた両頬を骨ばった手で押さえ、引き裂いた。骨が露出し、ドロリと崩れてゆく。


『イギヤァアアアアア!? やめ……やめてぇ……余は……優れた……誰よりも……優れた魔法師でぇぁあああ!? 永遠の命……約束されし永劫の未来をァアア!?』


「否。違う。未来なんて無い。存在しないお前は消え失せるだけ。もう誰も……お前なんて覚えていないから(・・・・・・・)


 それがトドメとなった。


『――アァアア!? 消え……キエェエエェ………………』

 悪霊ジジイはついに力尽きた。

 渦を巻きながら散り散りになって消えてゆくと、静寂が戻ってきた。


 部屋は急速に色あせて、いろいろな物が崩れ始めた。


 リーンちゃんが振り返ったとき、顔はもう長い前髪で隠れていた。

 けれど、微笑んでいるのがわかった。

「終わったよ、リスちゃん」

「うん! やったね、リーンさん」

 あたしは立ち上がり、リーンさんの手をとった。

 その手は、とても温かかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あっ口撃はリーンちゃんの仕事か…… >誰もお前なんて覚えていない これはキツいですね!(笑)
[良い点] お、俺様自慢のスライムになんてことをしてくれるんだ。 黒幕である某賢者様は絶叫した。 腰に不安の残る初老というか壮年期のトラ。 それにしても派手な肉弾戦を行いましたが、後の反動が怖い。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ