筋肉タッグ戦と、魔女の夜宴(ワルプルギス)
「……俺様は、リジュールと悪霊を相手にする!」
女の悪霊と憑依された戦士リジュールは、包帯男メントゥスが相手をする。毒の染み込んだ包帯と肉体は、悪霊の精神攻撃や、魔眼などにも耐性があるのだという。
「しゃらぁ!」
「ムンガガ!(どしゃぁ!)」
俺とブランケンはタッグを組み、猛然と突っ込んだ。
目の前に立ちはだかるのは、強敵『動く鎧』のタッグチーム。
並の打撃や斬撃、関節技などは通用しない敵。
破壊の難しい鉄の鎧の中身は、グニグニしたゴム人間のような怪物が詰まっていやがる。
ならば、パワーで圧殺、引き千切る。相手の防御限界を越えるパワーで、構造そのものを破壊するのだ。
『グゴゴ!』
『ググゴ!』
二体の動く鎧は、写し鏡のような動きで、同時に武器を振り下ろし、俺たちを迎撃してきた。
突進する俺とブランケンは、武器を避けつつ相手の手前でジャンプ。
「っしゃ!」
「ッガァ!」
飛びつきながら相手の頭部に手をかけ、勢いを利用し、横に周りこみながら腕で首を引っ掛ける。
そして相手の肩口に体重を乗せ、落下軌道の位置エネルギーに体重を乗せ、転倒させる。
――ジャンピング・ネックブリーカ!
『グゴォ!?』
『ブガッ!?』
トリッキーな動きとテコの原理を利用した攻撃は、どんな相手でも転倒させることが出来る。
相手は後ろに倒れ、背中を床板にしたたかに打ち付けた。
激しい衝撃と軋み音、壁や天井から塵が舞う。
そして、ここから次の技へとつなげてゆく。
短く素早く、立ち上がって相手の鳩尾へエルボーを叩き込む。
「しゃ!」
「ゴァ!」
仰向けになって倒れた動く鎧に、起き上がる時間を与えない。
体重を乗せ、まるで「もちつき」のように何度も、繰り返しエルボーを落とす。
「どしゃ!」
「ムンガ!」
動く鎧のフェイスカバーや首から、黒い粘液質の肉が噴出した。エルボーを叩き込む度に、悲鳴の代わりに絞り出されて、飛び出してくる。
『ゴブ……ッ!?』
『ブゴ……ッ!?』
だが相手はこれでもダメージが足りない。魔法で練られた擬似的な肉体構造。それを完全に破壊するか、引き千切るのだ。
ブランケンと目配せし、次の技をかける。
藻掻く動く鎧の両脚を抱え、リバース、うつ伏せに。そこから鎧に包まれた両脚を脇にガッチリホールドし、腰を落とす。
「ボストンクラブ……逆エビ固め!」
『メギョブッ!?』
「しゃぁららら!」
気合とともに体重をかけると、メリメリと音がして、動く鎧の腹部が裂けた。
人間なら背骨が折れ、内臓がブチ撒けられた状態だ。
それでもコイツらは動いている。
だが、このまま真っ二つにへし折って――
「なっ!?」
「ブガ!?」
不意に、俺とブランケンの首が、背後から絞められた。
信じられないことに、動く鎧が上半身を180度回転し、掴んできたのだ。
『ガゴッ!』
『ゴギッ!』
「痛ゥ!」
「ブガ!」
そのまま腹筋運動でもするみたいな体勢で、連中は俺達の後頭部への頭突きを見舞ってきた。
痛みで思わず逆エビ固めを開放し、ブレイクする。
このままネックホールドにでも移行されたら形勢は逆転するからだ。
俺たちが身を離した僅かなスキに、動く鎧もヨロヨロと立ち上がった。二体とも腹部は裂け黒いドロドロが流れ出ていた。上半身もぐるりと半回転して、前後が逆になって捻れている。
『ギギ……?』
『ゴゴ……?』
肉体の制御が壊れたのか、前に進もうとして後退し、よろけた。
フェイスガードの隙間や首からも黒い粘液が溢れている。相手は不死身だが、確実にダメージが蓄積しているのだ。
「追い込むぞ、ブランケン!」
「ブンガ、ムンガ!」
それぞれ逆方向にダッシュし、館の壁に向かって走る。
壁板を蹴った反動を利用し、加速。
両側から走り込んで、腕を相手の首に叩きつける。
「「ダブル・ラリアート!」」(ムンガ!)
俺とブランケンで二体を挟み撃ち。体重と速度を加えた腕は棍棒以上の凶器と化す。
『『ブギュァ!?』』
挟まれて圧迫された動く鎧の首は、千切れる寸前。
鉄の兜が飛び去り、床を滑ってゆく。
人間ならば首の骨がズレ、半身不随になる危険な技だ。流石の動く鎧も首を失い、フラフラとよろめき、千鳥足。
「とどめだ!」
「ブンガガ!」
もってくれよ、俺の腰――!
動く鎧の背後にまわり、両腕で腰をホールド。
身動きの取れない状態にして持ち上げる。
「うらぁあああああああ!」
「ブンガァアアアアァア!」
そして、仰け反るように背後へと投げ、叩きつける。
俺とブランケン、同時に同じ技へと入る。
ミシッと腰が嫌な音を立てたが、強行する。
「ジャーマン・スープレックス!」
「ブガガガ・ガガガ!(同上!)」
高所から床に真っ逆さまに落下させる。鎧のつま先が、美しい弧を描く。
ドドォオ! という衝撃音。
動く鎧の上半身が床板を突き破った。
『『――!』』
真っ黒い粘液が鎧の隙間という隙間から噴出した。それも紫色の霧となり蒸発してゆく。
それが、断末魔の代わりだった。
ついに、鎧は動かないただのガラクタと化した。
「や、やったぜ……痛てて」
「ブンガブンガ!(やったな!)」
悪霊だか魔法の怪物だか知らないが、パワー押しでも通じたことに安堵した。
俺たちは健闘を称え合った。
ブランケンは自ら頭の杭をもとに戻した。
「――毒霧夢多!」
ブシュァ! とメントゥスが緑の毒霧を吐いた。
『キィァアアアア!?』
霧状の飛沫を浴びた女の悪霊は悶え苦しみ、溶けるように消えてしまった。
足元には失神した戦士リジュールがブッ倒れている。
「……出来れば使いたくなかったが」
口元を拭う包帯男、メントゥス。
「毒霧で悪霊を退散させやがったぜ……」
「ムンガ(リーダーが一番ヤバイんだよ)」
「……ともあれ、奥へ進もう!」
「おう!」
「ムンガ!」
俺たちは戦士を置き去りに、リスたちが連れ去られた館の奥へと突入した。
★
『――い、今のは危なかったぞぇ……! グフフ、小娘……欲しい、欲しいぞその力……!』
悪霊ジジイは分散したかと思ったけれど、再び集まり元の姿を成した。
あたしの渾身の蹴り――竜闘術では、トドメを刺すには至らなかった。
「はあっ……はあっ……」
身体が重くなった。体の中を巡るパワーが底をついたのか、気合が途切れたのか。
あたしは床に片膝をついた。
けれど、もう心配はいらなかった。
「ここからは、私が」
すっ、と魔女のハッピィ・リーンさんがあたしの前に立った。
悪霊ジジイからあたしを護るみたいに。
「リーン、さん……」
「ありがとうね、リスちゃん。でもここからは……死霊退治は私の仕事だから」
黒髪と白いドレス。まるで幽鬼のようだった姿からは想像もつかないほど、背中が頼もしく思えた。
「あ……」
一緒に戦おうと言おうとしたけれど、横に並んだアミダブさんが「しっ」というポーズをした。
「選手交代、最終決戦……ぬんッ!」
網笠法師のアミダブさんがあたしの横で、床に手をついて気合を入れた。
ボッ、と青白い輝きが周囲に広がった。
「安全領域、護身結界」
護身の結界? 何から守るの? 悪霊ジジイの攻撃と、それと――
アミダブさんはリーンさんに視線を向けた。
きっと危ない力を使うつもりなんだとわかった。
『――フ、フゥハハ……!? 愚かなり! 駆け出しの魔法師風情が……! 至高の領域、千年級の魔法使いの高みに届いた余に、敵うと思うてか……!』
憎しみの籠もった顔で、リーンちゃんをにらみつける。
赤黒いオーラが再び渦を巻いた。
あたしとアミダブさんの周囲で火花が散る。
リーンちゃんの髪が揺れ、白いドレスが引きちぎれてゆく。
「リーンちゃん!」
「私の……魔女の夜宴領域へようこそ」
ハッピィ・リーンちゃんが凄みのある声で言うと、前髪をかきあげた。
彼女を中心に白い嵐のような光が乱舞する。
赤黒い悪霊ジジイのオーラや魔法円がズタズタに切り裂かれた。
『――なッ……何ィ!?』
「私の力は、悪霊狩りに……特化している。消えなさい。その存在を否定する。貴方の存在と、現世へしがみつく情念を全て否定する……」
リーンちゃんの顔はあたしの側からは見えなかったけれど、悪霊ジジイの顔がみるみる変化していくのがわかった。
『――な……な、き、貴様……ッ! その……魔眼は……!』
急速に年老いて、ダラリと頬の肉が落ち、目がくぼんでゆく。
人間っぽい見た目をしていたデュラリア悪霊は、急速に老いさらばえ、ミイラのように朽ちてゆく。
悪霊ジジイが悪あがきするように力をリーンちゃんに向けて放った。けれどそれは霧散して届かなかった。
「否定、拒絶。いてはいけない。それが……貴方」
ゆっくりと指をさすと、悪霊ジジイは悲鳴を上げた両頬を骨ばった手で押さえ、引き裂いた。骨が露出し、ドロリと崩れてゆく。
『イギヤァアアアアア!? やめ……やめてぇ……余は……優れた……誰よりも……優れた魔法師でぇぁあああ!? 永遠の命……約束されし永劫の未来をァアア!?』
「否。違う。未来なんて無い。存在しないお前は消え失せるだけ。もう誰も……お前なんて覚えていないから」
それがトドメとなった。
『――アァアア!? 消え……キエェエエェ………………』
悪霊ジジイはついに力尽きた。
渦を巻きながら散り散りになって消えてゆくと、静寂が戻ってきた。
部屋は急速に色あせて、いろいろな物が崩れ始めた。
リーンちゃんが振り返ったとき、顔はもう長い前髪で隠れていた。
けれど、微笑んでいるのがわかった。
「終わったよ、リスちゃん」
「うん! やったね、リーンさん」
あたしは立ち上がり、リーンさんの手をとった。
その手は、とても温かかった。
 




