ギルドを追放された日 ~リスとトラ
話は二日前にさかのぼる。
謎の暴れ少女、リス・チュチュリアが家に転がり込んできた二日前のことだ。
◇
「そろそろ潮時だよトラリオン」
冒険者ギルドのマスターが俺の肩を叩いた。
長い付き合いの彼は物言いは穏やかだが「追放する」と言っているのだ。紹介できる魔物討伐の仕事は無いというのだから事実上の引退勧告だ。
追放。
お払い箱。
ようは肩叩きのリストラだ。
確かに俺は四十になり体力、気力ともに衰えを感じていた。でもまだソロで戦える。
魔物でも魔獣でも倒せる自信はあった。しかし若い頃は簡単に絞め殺せた牛魔獣相手に手こずったのは先週のこと。
俺の固有戦闘スキルは身体能力をいかした『関節技』と呼ばれる近接格闘術だ。剣や盾は使わないし持たない。魔物や魔獣に組ついて絞め殺す。極めて危険でストイックな戦法だが確実に仕留められる。
デビューしたての若い頃、スキル判定では希少性から「Sランク」の評価を得た。魔獣討伐ギルドでは一躍、スターダムにのしあがった。
やがて様々な討伐クエストに参戦。孤高の関節技マスターとして魔物のボスとも戦った。あぁ一騎討ちさ。
レイドバトルでは仲間たちの剣や魔法攻撃で与えられなかった致命傷を、敵の首をへし折ることで決着したこともある。
ついた二つ名は『竜を絞殺せし者、百の関節技を持つ勇者、トラリオン・ボルタ』長ぇよ。
……とまぁ、思出話はやめよう。年より臭ぇとはこのことだ。
ところが時代が変わった。
今や戦闘スキルは「映え」ブーム。
魔法通信具と魔導映像記録石の急速な発達がギルドを変えた。
戦闘記録の録画、公開が当たり前となった。
リアルタイムで戦闘を多数の人間に見せる「ギルド討伐ライヴ配信」さえ当たり前になりつつある。
今までは「魔獣の首」や「魔物の魔石」を持ち帰ることが倒した証拠だったが、魔法の記録映像こそが全てになった。
ギルドに所属するギルドメンバーは、魔獣・魔物の討伐者として、こぞって自らのスキルを見せびらかした。
宣伝。それは次の仕事の割り当てとギルド内のランキングに影響を与えるようになった。
俺が若いころは、純粋な強さだけが……また愚痴になっちまう。嘆いたところでもう遅い。時代が変わったんだ、ざまぁないぜ。
地味で見映えの悪い俺のスキルは必要とされなくなっただけのこと。
関節を折る。首を絞める。そんな地味で「映えない」スキルは嘲笑の対象にさえなっていた。
爆炎でド派手に吹き飛ばすスキル、風の刃で切り裂くスキル、剣に光を宿すスキルに至ってはぶん殴りたくなる。ナメてんのか。
実戦での効果はさておき、見た目さえ派手で映えるなら人気がでる。
だから俺は必要とされない。
そりゃそうだ。
関節技なんだからよ。
あぁそういえば嫁も首を絞めて仕留めたんだった……と。まぁそれはいい。
長考しすぎて沈黙が長引いた。
「……そうか」
絞り出せた言葉はそれだけだった。
「すまないなトラリオン。東地区の魔獣討伐、西地区の魔物どもとの戦闘。どちらも上位ランカーのパーティがもっていっちまった」
「かまわんさ。もともとおこぼれの、ソロでもできる地味な仕事をこなしてきたんだ」
「代わりにといってはなんだが。荷運びや、乗り合い馬車の護衛の仕事なら紹介できるよ」
ギルドマスターのニボルは気を使っている。俺よりも年下の後輩だ。そこそこいい歳だが、人を見る目があり、人間をうまく使う。管理職としてのスキルに秀でていたために、ギルドマスターという地位を得ている。
俺はその点、リストラ対象。
地道に働いてきたつもりだが、報われなかった。怒りも湧かなければ悲しいというわけでもない。
脱力感。自分は今まで何をしてきたんだという自責の念の方が大きい。
「……夜勤があれば、紹介してくれないか」
「あぁそれなら紹介できる。夜の魔獣退治は危険なわりに『映え』なくて。若い子はやりたがらない。報酬はそこそこだがね。たまに紹介するよ」
「頼むぜ、ニボル」
出入り禁止というわけではない。運が良ければまた仕事を紹介してもらうことはできそうだ。
暴れもせず大人しく引き下がる俺に、ギルマスは安心した様子だった。
昔は冒険にも一緒に出掛けた間柄。生意気を言うたびに絞め落としてやったが。俺もずいぶん丸くなったもんだ。
「元気でな、悪く思わないでおくれ」
「かまわんさ。じゃぁな」
俺は踵を返し歩きだした。
ギルドの一階フロアは待ち合い場所兼、酒場となっている。そこを横切って外に向かう。
「ハッハー! ついに引退か、寝技のオッサン!」
「追放、マジウケル! イヒャハハ!」
酔った金髪の若者二人が絡んできた。昼間から酔っているところを見ると、仕事にありつけなかった三流のパーティだろう。
とはいえ今はこいつらと同じ立場だが。
「得意の寝技見せてよー! 夜のほうも寝技つかうんスよねぇ? プッはは……!」
「もう勃たねぇんじゃねぇ? ジジィだし。ギャハハ」
酒のジョッキを俺に押し付けてきた。
「酒は座って飲みなよ」
俺は笑顔で腕をねじり曲げ、優しく背中に張り付けてやった。酔った相手なので怪我をさせぬよう優しくだ。二人同時に腕を曲げ、椅子にどっかと押し付けるように座らせる。
「ちょっ痛! ブハッ!? マジ痛いッス」
「いっ、痛ッ冗談、冗談、痛ぇぁ!?」
「こんどまたな」
惜別の涙に囁きかけながら、俺はギルドを後にした。
立ち止まりギルドの看板をふりかえる。
ヨインシュハルト王国、王都最大の冒険者ギルド『モンスタァ★フレンズ』か。様々な思い出がよみがえるが、とたんに追放という言葉が重くのし掛かる。
通りは明るく日差しも強い。
すこしめまいがした。
ついに来てしまった。
ショックも覚めやらぬまま、これらから先、仕事をどうしようという思いが脳裏に浮かぶ。
夜勤は当面は期待できそうにない。
となると荷運びか。乗り合い馬車の護衛も、剣と盾を持っていないとナメられるだろうし、初期投資に金がかかる。
正直なことをいえば、俺が素手での格闘を極めたのは実家が貧しかったからだ。故郷の村は貧しく、家も子沢山で何も買ってもらえなかった。だから己の肉体を武器に戦う術を学ぶことにした。
金持ちの同級生が、良い装備を買い与えられ、戦士や騎士になっていくのを横目で眺めながら。
「はぁ……」
それはそうと。
嫁になんていおう。
怒られるだろうか?
訳ありで昼間は寝ていて、夜しか起きてこない変わり者だが、家で帰りを待っている。
俺の土産話を聞くのが唯一の楽しみなのだ。
いや、まてよ。
仕事のことは隠していればバレないか?
いやいや、それはマズい。
それで一日目は公園でぼーっとしていた。
二日目に求人を探したが無理だった。
失意の俺はトボトボと家路についた。
◇
そこでこのメスガキ。
リス・チュチュリアの襲来は、混乱の場外戦だった。
そうでなければ、こんなワケのわからん小娘を、勢いで「弟子にしてやる」など口走るはずもない。
「嫁になんて言やいいんだ……仕事のこともまだ話してねぇし」
仕事を無くした。成り行きでワケありの少女を引き取った。
とか言ったら普通キレるよな!?
「おっさん、さっきからブツブツキモイんだけど」
「独り言だ」
「あいつって、誰?」
聞こえてたのかよ。
家に向かって歩きながら、後ろからリスがちょっと不安げな表情で尋ねてきた。
「嫁だよ」
「えっ!? おっさん結婚してるの!? キャハハ! マジで!? 超ウケル!」
急に素っ頓狂な声でリスが笑いだした。何がおかしいのか。俺に内縁の妻がいて悪いか。
リスは妙に俺を警戒していた様子だったが、笑いどころはそこなのか?
怒ったり暴れたり笑ったりと、気持ちの切り替えの早いやつだ。
「こうみえてもな、人生いろいろあるんだ」
若いときは気の迷いだってある。俺もあのときは若かった……。
「独身のキモキモ中年だと思ってた……! だから家に入るの怖かったんだー。だって、いきなり襲うじゃん普通」
「襲わねぇよ! むしろ襲ってきたのはお前だろ」
あれ? こいつ、こんなにしゃべるのか。
ついさっきまで獣みたいに暴れてやがったし、頭のイカレた小娘かと思ったが……。話し出すとちょっと印象が違う。
「そっかー、ちょっと安心」
安心? なんなんだ一体。俺は安心どころか気が休まらん。
「ったく、俺をなんだと思ってやがる。お前の師匠になってやったんだぞ」
しかも衣食住完備ときた。感謝しやがれ。そもそも甘やかしすぎか? 納屋で寝てもらうか。
「筋肉が暑苦しいウザキモおっさんかと思ってたけど、案外まともな人なんだね」
「何様だおまえ……」
ビキビキと自分でも青筋が浮かぶのがわかった。
「うわ、怖っ」
ウサギのように跳ねて距離をとる。
それでもリスは明るい表情でケタケタと笑っていた。足取りも軽やかでダメージは残っていないようだ。
あのクソ魔法師はリスを情緒不安定と言っていたが、ガキなんてこんなもんだろう。
なんにせよ笑っていたほうがいい。ガキは素直に喜怒哀楽を表現すべきだぜ。
「あと前言撤回だ。やっぱりそのおっさん呼びはやめろ。師匠とか他に呼び方を考えろ」
「そう? じゃぁ……トラリオン」
「いきなり呼び捨てか」
「やっぱ、長いからトラでいい?」
「せめてさんづけしろ」
「……トラリオっさん」
「へんなところで区切るな、トラのほうがましだ」
「じゃぁトラで。あたしのことはリスって呼んでいいよ」
「リ……リス」
「なに照れてるの、キモッ……」
「照れてねぇよ!」
子供と話すのに慣れてないだけだ。
リスとトラ?
リストラ。
なんの意匠返しだこんちきしょう。
「まぁいいや、とにかく家にあがれ」
「うん!」
まずはリスに家を紹介しよう。
俺の自慢の城、ぽつんと一軒家を。
<つづく>