竜闘術(ドラグアーツ)
――竜闘術……!
あたしは脳裏に浮かんだ言葉を復唱した。
自分のなかに有ることがわかる。
意味も、使い方もわからなかった力が。
ひとつ言えることは、目覚めたということ。それは種が割れ芽吹く感覚に似ていた。
青白い子供の幽霊は粉々に砕け、消えた。
殴った手応えは確かにあったし、インパクトの瞬間に赤い閃光が爆ぜた。
「幽霊を倒せる……!」
自分の手のひらを、信じられない想いで見つめる。
あたしは力の存在を知っていた。水の底で揺らぐ光のように、手で掴もうとしても届かなかったものだけど。今は確かに手の内にある。
熱いパワーを感じる。体内をめぐる血流のように、パワーが循環しているんだ。
ぎゅっと拳を握る。意識を集中するとそこに熱量が集まる感じがする。
『――小娘ぇええ! 我が寵児たる精霊をよくも!』
デュラリアとかいう悪霊ジジイが喚き散らした。
「精霊!? はっ、気持ち悪い幽霊でしょ!」
『――貴様、やはり魔道士の端くれか……? だぁが! 精霊を消滅できたとて、鉄の鎧に包まれし眷属、魔導粘体には通じまい……!』
悪霊を包む赤黒い炎が嵐のように乱れた。まるで怒りの感情に呼応しているみたいに。
『グゴゴゴ……!』
動く鎧が再び向かってきた。
トゲのついた鉄棒を振り上げて撲殺するつもりか。
循環する熱い力を身体の中で巡らせると、不思議と痛みや痺れが引いていく。
あたしは這いつくばるような体勢から起き上がった。あちこちまだ痛くて痺れも残っているけれど、動ける。
さっきは咄嗟に拳に集めた。でもきっと蹴りでもいける!
『ブゴゥ!』
動く鎧が鉄棒を振り下ろしてきた。
単調な攻撃なんて、見切るのは簡単だ。のろすぎてあくびが出そう。
最小限の動きで避けて、相手の懐に飛び込む。
『――避けおった!?』
床を打ち砕くほどのパワーだけど、勢いで相手の姿勢も前かがみになり、崩れた。
「はっ!」
タイミングを合わせ、気合を込めてジャンプ。
循環する熱いパワーを右膝に集める。
――ジャンピング・ニーパッド!
突っ込んてきた速度と勢いを利用し、カウンター気味に鎧の顔面に叩き込んだ。
「っしゃぁ!」
鉄兜の硬い感触、それでも衝撃は伝わり中身はひやしゃげ、歪む。
トラから借りた膝パッドのおかげで膝自体は痛くない。
動く鎧の顔面に膝蹴りを叩き込んだ一瞬、牙のような光が弾けて、咬み付くように収斂した。
『ブ、ゴバッ!?』
動く鎧の隙間から黒い液体が噴き出した。
ケリを食らわせた反対側の首の後、そして背中から肩。鎧の隙間から、黒いドロドロしたものが飛び散った。熟れた果実を思い切り握りつぶしたように、ブシュ……! と音を立てて。
『――なっ、ないぃい!?』
悪霊ジジイが明らかに動揺するのがわかった。
やっぱりそうだ。イメージすればいい。体内を循環して流れる熱い力。それを集めて、叩きつければ幽霊や魔法の怪物の類を倒せるんだ……!
『グブァアア!』
「っと!」
動く鎧は苦し紛れに掴みかかろうと腕を振り回す。
捕まらないように脚で蹴りつけて、離脱。
『ウグブォ……ゴブァ……!』
2メルほどの距離をとって着地したとき、動く鎧の隙間という隙間から、黒いドロドロとした液体が流失し、ガシャァと膝から崩れ落ち始めた。
『――バカな! 魔法装甲で遮蔽できぬじゃと!? 小娘そ、その力は一体……! 魔法術式を破壊、いや……魔法そのものを……!?』
なんだかわからないけれど、驚いている。だったら自分で味わえよ、と思う。
「ごちゃごちゃ、うるさいッ!」
あたしは動く鎧を圧殺した勢いで、悪霊ジジイへと突っ込んだ。このパワーならダメージを与えられる!
『――ちょ、調子に乗るな、小娘ぇ風情が……!』
突然、床の四方八方から赤黒い触手が一斉に出現して襲いかかってきた。
「しまっ……!? きゃうっ!」
首や腕、脚に絡みつかれ、バランスを崩しよろめく。絡みつかれた場所に、焼け火箸を当てられたような激痛が走った。
『――フハフゥハハハァ!? 思い知ったかこのヴァカ娘が! 部屋全体、館全体が我が夜宴の領域! いわば結界の制御下ぞ……! 貴様ごとき不埒な侵入者を捕らえるなど、容易いのじゃ……!』
悪霊ジジイは赤黒い炎を纏い、勝利を確信したかのようにユラユラと揺れ始めた。
ジュ……! と嫌な音と痛み。熱さが手脚を痺れさせる。
「う、ぐぅ……っ!」
体内のパワーを循環させて接触部位に集めると、痛みは中和できた。けれど、引き千切ることが出来ない。
動きを封じられて……これって大ピンチじゃん……!
『――さぁて、手脚を腐らせて、それからたっぷり、嬲ってやろうぞ……ブヒャ、ハハハァ!?』
その時だった。
「――破ァ!」
気合の叫び声とともに、衝撃の刃が通り過ぎた。
赤黒い触手が次々と粉砕、切断される。
「あっ……!」
あたしは束縛から開放され、よろめいた。
『――なっ、何奴……! ハッ!?』
「前後不覚、遺憾千万……大丈夫でござるか、リス殿」
「アミダブさん!」
よろめきながらも立ち上がり、手のひらをこちらに向けていた。
悪霊ジジイの魔法円の呪縛が緩んだらしい。
「……リスちゃんのおかげで……動けた」
「リーンちゃんも!」
魔女のハッピィ・リーンちゃんも起き上がった。苦しそうに喘ぎながらも、よろよろと立ち上がった。それこそ死者が復活するみたいな動きで。
『――おのれ……! 余の神聖なる結界の内側で、汚れた小娘が暴れたせいか……!? 結界が揺らぎ、綻び……おのれぇええぁ!』
今度は激昂した。赤黒い炎がますます激しくなる。
「うっさい妖怪ジジイ! ぶん殴るから!」
リーンちゃんと、アミダブさんのぶんも。
あたしは腰を低くして身構えて、両手の拳にパワーを集約させた。輝きが自分でもわかるほど、パワーが漲ってくる。
「リスちゃん……その力……!?」
「仰天動地、竜血属性……!?」
二人はまだ回復しきっていない。今、あたしがやらなきゃダメなんだ。
「たぁッ!」
床を蹴り、跳ねた。
作戦も戦術もいい。とにかく一気呵成に間合いに踏み込み、叩き伏せる!
『――小娘が!』
悪霊ジジイの両眼が輝き、爆発的な速度の触手が矢のように襲ってきた。
「同じ手はくわないし!」
左の拳で粉砕する。触れるか触れないかの瞬間、油膜に石鹸水を垂らしたみたいに、赤黒い触手は弾け、飛び散った。
『――くっ!?』
ホップステップ、ジャンプで肉薄し、悪霊ジジイにむけて右の拳を叩き込む。
「うらぁああっ!」
『――愚か者め!』
だけど悪霊ジジイは後ろへとバックダッシュして避けた。代わりに何かの魔法を地雷みたいに置き去りにして、あたしに叩きつける。紫色の爆発に包み込まれた。
「っうッ!」
呪詛なのか爆発なのかはわからない。痛みも苦しさも忘れるほど、頭の中は沸騰していた。アドレナリンがいっぱいで、とにかく目の前のコイツをぶん殴りたかった。
「ウゼェんだ……よっ!」
あたしは構わず右の拳を振り抜いた。
そして、今度ははっきりと見えた。それは赤い竜の牙、大口を開けたドラゴンみたいな光のパワー。拳と同調し、爆ぜる。
『――バカ……な!』
紫色の魔法を、あたしの拳は引き裂いた。
目の前に驚愕し顔を歪めた悪霊ジジイがいた。
バックダッシュで逃げる相手を前に、あたしは右腕を振りきっている。だから勢いを利用し、そのまま右回転――。
「ローリング・ソバット!」
一回転しながらの回し蹴り。熱いパワーを右のスネに集め、渾身の蹴りを叩き込んだ。
『ブッ……ゲェッエェエボァ!?』
ボロ雑巾の塊を蹴飛ばしたような感触と、衝撃。
インパクトと同時に、赤い竜の牙みたいな光が炸裂。悪霊ジジイを吹き飛ばした。
「や、やった……リスちゃん!」
「完全撃破、以下次号……!」
◆
「今の衝撃は……!?」
「どうやら、奥の間で……激しい戦いが」
「ブンガ、ムンガ」
リスは無事なのか!?
だが不思議と胸騒ぎはしない。
きっと大丈夫、なんとかなるだろうという楽観的な気持ちがあった。
「兎に角、目の前の……化け物パーティをなんとかしないと」
メントゥスが焦りの色を濃くして言った。
動く鎧二体に、凍てつくような女の悪霊が一体。
数こそ多くないが、かなり手強い。
『ブゴ、ゴゴゴ!』
『グギ、ギギギ!』
『フフフ……ヒュヒュヒュ……』
打撃も斬撃も通じない。
なのに、こっちの体力は奪われ、ダメージは蓄積する。
対して、相手はほとんどダメージを受けていない。
魔法の炎や、除霊のパワーで浄化するか、そっち系統の攻撃が必要なのだ。
「アハハ……ヒュヒュヒュ……!」
おまけに、女の幽霊に戦士リジュールは魅入られてしまった。
純粋な戦士職は魔法の防御、護りなくして悪霊系と戦うことは危険なのだ。
精神を支配され、虚ろな瞳でヨダレをたらしながら、生ゾンビのようにユラユラと俺達に剣を向けてきている。
「ったく、情けねぇなリジュール!」
「ブンガ!(しっかりしろ)」
「……三対四。数の上でも不利になるとは」
俺とブランケンにも女の死霊は色目を使ってきたが、撥ね返した。
鼻で笑うレベルで通じないが、女に目のないリジュールは一発で搦め捕られた。
「……リジュールは俺様の毒手で失神させられる。だが……他の三体がやっかいすぎる」
リーダーのメントゥスも必死で策を考えてはいる。だが、打開策が思いうかばない。後衛を置き去りに、撤退という二文字は無いのだ。
「いや……考えるのはよそう」
無いものを欲しがっても仕方ねぇ。
「ブンガ(同感だ)」
俺とブランケンの考えていることは同じらしかった。
「少々、明日の腰痛が嫌だが……フルパワー、全力開放で血路を開く」
「ブンガモンガ(頭のネジを緩める)」
ブランケンが自分の頭部に刺さったままの杭を少しねじった。
二回転させたところで、ブランケンは白目を剥いた。
「ブンガ……!」
「……ブランケンの全力開放、バーサーク・モード……! 肉体の限界までパワーを出す。トラリオン、ブランケンと連携しヤツらを倒せるか!?」
「あぁ、そのつもりだぜ!」
俺は呼吸を深くして、全身の筋肉に酸素を行き渡らせる。
セーブしていたパワーを全て開放し、関節技を繰り出す。
「ブンガァアアアアア!(筋力……こそが全て!)」
「俺達のタッグ戦、みせてやろうぜ」
次の瞬間、俺とブランケンは魔物の群れへと突進した。




