分断のパーティ、それぞれの戦い
「リス……! くそ! なんてこった」
後衛組を奪われた。
リスにハッピィ・リーン、アミダブが消えた。
デュラリア男爵が仕掛けた罠は、パーティから魔法使いや魔女を奪い去るという卑劣なものだった。
リスは魔法使いや魔女ではないが、出自に魔法師が絡んでいることが関係しているのか? いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「……バカな、こんなことは初めてだ!」
リーダーのメントゥスも動揺を隠せない。それは残された俺たちも同じことだった。
戦士職、物理攻撃専門のメンバーだけがとり残された。
こいつぁマズイ。
今しがたのミイラ軍団でさえ、手こずった。魔法なくしては対処しきれなかったというのに。
「メントゥス! あとは二階の奥、魔法師の部屋しか考えられない!」
「同感だ、館から別の場所へ飛ばされたとは思えんな」
「珍しいね、トラリオンがそんな風に断定するなんて」
「ツレが詳しいもんでな」
「あぁ……例の」
アララールから以前聞いた話だが、現代魔法の「魔法による転移術」は限定的で、遠くへ跳躍することは出来ない。せいぜい敷地内が限度らしい。
大昔は自在に世界中を行き来できるほどの魔法使いがいたが、術式は失われて久しい、と。
つまり強制転移したとしてもせいぜい館の中、別の部屋に拉致監禁されたと考えるのが妥当だ。
「……追うぞ、二階へ!」
「ムンガ!(無事でいろよ、みんな!)」
メントゥスとブランケンが駆け上がり、リジュールと俺も続く。
後衛を担うハッピィ・リーンやアミダブ、ついでに(?)リスまで拉致した目的は不明。しかし、この狂った館の主は――死霊と化した魔法師、デュラリア男爵だ。ロクでも無い事を企んでいるのは間違いない。
二階に上がった途端、飾られていた鎧が動き出し、行く手を阻んだ。
「……接敵、エンカウント」
「おっと熱烈歓迎か……!」
「ヌンガ!」
「俺たちを先に進ませねぇつもりか」
二体の『動く鎧』は、廊下の左右に飾られていたアンティーク調の全身鎧だった。
斧を持ったヤツと、剣をもったヤツ。ギシギシと嫌な音をたてながら近づいてくる。
『ゴガガガ……!』
『ギグググ……!』
「急いでいるのでね。先手をとらせてもらう!」
リジュールが猛然とダッシュ。鎧の隙間を狙い剣を突き立てた。
ギィン!
だが、剣を持った『動く鎧A』は見事な剣捌きで阻み、剣と剣が火花を散らす。
「く、やるね!」
戦士リジュールの短剣のほうが速度と正確性では勝っている。二度、三度と刃を交え、胴体に剣を叩き込む。
今度は動く鎧の胴体にヒット。だが、重装甲に弾き返されてしまった。
『ゴガガ……!』
「分厚い……! 大型のバスタードソードでないと、鎧を破壊できない……!」
リジュールの武装は室内での対人戦を想定した軽装備。対する動く鎧は、野戦用の重装甲。今では使われないアンティーク品だが、分厚い装甲は貫通も破砕も難しいだろう。
「ならば俺がへし折るまで!」
俺は、『動く鎧B』が振り下ろしてきた戦斧の攻撃を避けた。
腕を掴み逆からもう一方の腕をあてがい、関節をへし折る関節技だ。
「ふッ!」
気合いと共に、関節を逆方向に押し曲げる。一撃で肘を破砕できるはず……だったが、逆方向には曲がったものの、グニュッとした妙な手応えで腕を折るには至らなかった。
『ギググ……!』
「何だこいつは!?」
と、言いつつ俺は動く鎧の動きを封じている。
「ムンガ!(殴打!)」
ブランケンが連携、鎧の頭部を渾身のパワーで殴りつけた。
鈍い音がして兜が凹み、首が折れ曲がった。
即死レベルの強烈な殴打。
だが、横に捻れた首はほぼ瞬時に、ゴムのように元に戻った。
「なにぃ!?」
「ムンガゴンガ!?(中身はゴムか!?)」
『ギググ……!』
まるで嘲笑うかのように兜と面の隙間から、赤黒い光が揺らぐ。
ブランケンの一撃が叩き込まれた直後、折れ曲がった首の付け根から、青黒い実体が見えた。
それは粘土のような質感で、グニグニと蠢く何かだった。
「コイツら、何なんだ!」
焦りが冷静さを奪いはじめていた。
一刻も早くリスたちを見つけねぇとならねぇのに……!
「……ぬぅ、こいつら……まさか」
「し、知っているのかメントゥス!?」
動く鎧の隙間から見えるのは、弾性のあるゴムのような黒く流動する何かだ。
「……以前、砂漠の遺跡から生還した魔法師から聞いたことがある。死体や鉱石、様々な素材を強力な呪詛と魔力で練りあげた魔導粘体……! 魔法師が造り出した、擬似的な肉体が鎧を動かしているんだ……!」
「そういうことかよ……!」
再び動きだし斧を振り回してきた。斧の柄を押し退け、軌道を変える。斧の刃先が床に食い込んだ。
戦士リジュールとメントゥスは『動く鎧A』と戦っている。敵の剣が徐々に速度を増している。
「こいつ……!」
「メントゥスの毒手でなんとかならねぇのか!?」
「……なるかも、しれないが……。鎧に阻まれて、中身まで届かない……くっ!?」
「ブンガガ!(手応えがない!)」
あっちもこっちも防戦一方だ。
俺とブランケンのパワー圧し、殴打と関節技だけでは、やがてジリ貧だ。
こうなれば、腰への負担を覚悟してフルパワーであれをやるか……。
「はっ!?」
そのとき、リジュールが何かに気づいた。
二階の奥へと続く廊下の向こうに青い鬼火がひとつ揺らいだ。ゆっくりと、滑るようにそれは近づいてきた。
青白い人魂が心臓のあたりで揺れている。女と骸骨の顔が重なり、虚ろに透けている。
「……手こずっている場合じゃなさそうだ」
「おいおい、三体同時かよ……!」
青白く輝く、女の死霊だった。
半透明でよくわからないが、ドレスのような高貴な身なりの、ドクロ顔の女。おそらくは館の主の妻か愛人だったのだろう。
「ヌンガブンガ(女は殴らない主義だ)」
「……どうせ殴れないから心配するな」
「苦手なタイプだぜ」
どうやら二階には、魔法使いか魔女でないと対処できない敵が配置されているらしい。
魔法職を奪い去ったうえで、戦士職を全滅させるつもりなのだ。このままでは俺たちは仲良く生ゾンビの仲間入りだ。
――こいつは、かなりヤバイぜ……!
◆
王都にある最大手の冒険者ギルド。
日も暮れてかなり経つ。本来なら酒場に繰り出す時間だが、『モンスタァ★フレンズ』のフロアは中継動画に見いる人々で溢れていた。
映写幕に最大表示されていたのは、夜間戦闘パーティ『祓い屋ムドー』のクエストだった。
青白い光の中、前衛の戦士職たちが奮戦している。素手で戦っている大男は元Sランカーの格闘術師トラリオンと、現役のAランカーブランケン。他にも戦士リジュールや包帯男メントゥスと、ギルドでは名の知れた面子ばかり。
自分達のクエストを終え、食事がてら一杯やっていたパーティたちも食い入るように見つめている。
「おい、ヤバくねぇか……」
「前衛と後衛が分断されちまったぞ……!」
「魔法使いは全滅しちまったのか?」
「わからねぇが、忽然と消えちまった」
魔法師が消え、進撃の勢いが止まった。
生ゾンビの群れを蹴散らし、ミイラ軍団を粉々にしたところまでは、見ている方も余裕で楽しめた。
だが一転してピンチに陥っている。
映像の撮影者はリーダーのメントゥスだろう。肩か胸にくくりつけた魔法の映像撮影アイテムが現場を中継し続けている。
揺れる映像は暗く不鮮明だが、激しい戦いが繰り広げられている。
剣も殴打も、関節技さえも通じない。
動く鎧は難敵だが、魔法師がいれば炎なり浄化の魔法なり、何かで対処できたはずだが……。
「バカな連中だぜ、撤退すりゃ助かるだろ」
酔った戦士が嗤うと、隣にいた別の戦士が食って掛かった。
「仲間を置いて撤退するやつがあるか!」
「はぁ!? 魔法師連中は消えちまったんだろ、もうダメだって、死んでるよ、ハハ!」
「てめぇも同じように置いてかれりゃいい!」
「あぁ!? やんのかこらぁ!」
「やめな」
深く強い制止の声が響いた。
ギルマスだった。
「くそ……! リジュールは俺の友達だ。それにあの連中が、生ゾンビになるとこなんて見たかねぇ!」
「落ち着け、今からじゃどうにもできん」
年上の仲間に諭される。
現場までの距離も遠く、今から向かったところで、遭遇するのは彼らの生ゾンビだろう。
それに、報酬も出ない救出作戦など、進んで買って出るものはいない。
冒険者とは常に死と隣り合わせ。
見捨てなければ自分が死ぬ。そんな状況に陥ることも往々にしてある。
「信じて待つんだ」
ギルマスは静かに言った。
今はそれしか方法はない。
「それにしても、ノイズが酷ぇな」
「あぁ、不吉だぜ」
乱れた映像は仲間内では不吉だと嫌われる。
呪いの館にいるせいか。魔力が満ちている場所での魔法通信は乱れることが多い。
映像は砂嵐のように、さらに乱れはじめた。
★
――どうしたらいいの!?
「たあっ!」
『グブブ……!』
あたしの蹴りが通じない……!
トラにも「筋が良い」って誉められたキックが、弾かれる。
鎧を着た怪物、いや中身は想像したくもないけれど。外側は金属の鎧で、中身はブヨブヨの軟体動物か。
蹴っても叩いても、ぐにゃりと衝撃を吸収されてしまう。
「うあっ……と!」
飛び蹴りから着地した地点を狙って、金属にトゲトゲが付いた武器を振り下ろしてくる。
跳ねて避けたけれど、これじゃジリ貧だ。
『ウフフフ……』
「きゃわっ!?」
冷たい手で腕を掴まれた。慌てて前転しながら距離をとる。
見た目は青白い半透明の子供。貴族の子供みたいな格好の、小さな幽霊。
真っ黒な目と口、胸には青白い鬼火が揺れていて、もう怖すぎる……!
ニタニタしながら、まるでじゃれつくように飛び回り、襲ってくる。
「マジ……最悪!」
触れられた場所が凍えそうに冷たい。おまけにしびれが残り、痛くて動きが鈍ってしまう。
なのに殴ることも蹴ることもできない。身をかわして距離をとる以外に無いのだから反則だ。
鎧の化け物と冷たい幽霊。
1対2……!
『グブブブ……!』
『ウフ、ウフフ……』
気がついたらあたし達は、この部屋にいた。
部屋は薄暗くて広い。
向こうに赤く脈動する魔法円が二つあり、魔女のハッピィ・リーンちゃんと、網笠法師のアミダブさんが倒れている。
その向こうには赤黒いオーラに包まれた、不気味な影――。
『――何ゆえ貴様は動ける……? 余の魔法結界、生命腐朽と魔法減衰、エナジードレインのなかで……』
そいつが何か言った。
「うっさい、知るか! キモいんだよ!」
あたしは叫んだ。奥歯を噛み締めて、気合いを入れ、睨み付けながら自分を鼓舞する。
がんばれ、あたし!
リーンちゃんを助けるんだ。
恐怖で押し潰されそうだけど、きっと助けに来てくれる。トラや仲間たちが、必ず……!




