デュラリア男爵の罠
「鍵はかかっていないな」
「……誘ってやがる」
「いこう」
両開きのドアを押し開ける。
デュラリア男爵の屋敷へ足を踏み入れた。
既に中は薄暗いが、戦士リジュールを先頭にして一気に突入する。左右を俺とメントゥスが警戒する。
いきなり襲撃してくる魔物の気配はない。
外の生ゾンビ軍団の攻撃が嘘のように、館の中は静まり返っていた。
罠か?
だが、進むしかない。
「クリア!」
戦士リジュールが叫ぶと、後衛の編笠法師アミダラと、幽霊のような白い魔女ハッピィ・リーン。最後尾をリスが緊張した面持ち
で入ってくる。
振り返ると外は既に暗くなっていた。
「……全員揃っているな」
メントゥスが確認すると、背後で扉が閉まり、闇と静寂に包まれた。
「燐光魔法!」
ハッピィ・リーンが魔法を唱えた。一呼吸ほどの間を空けて周囲の空間全体が、ほわっと青白い燐光を放ちはじめた。
やや緑がかった淡い青色の光で内部が照らされてゆく。
魔法使いは大抵この『照明魔法系統』を使えるようだが、光の色には個人差がある。
明るい昼光色やランプの炎に似た暖色系が多いが寒色系は珍しい。寒々しい独特の雰囲気が恐怖の館という演出にはぴったりだが……。
「雰囲気満点だね」
「あぁ、最高だ」
「……この明るさが都合がいい」
「輝度は低め……だけど、個人ごとに、周囲を照らし続ける……」
魔女がボソリと言った。
なるほど、強い光で闇を照らすより、全員が均等に淡く光ることで死角が生まれにくい。夜間の戦闘経験が生んだ工夫なのだろう。
「フンガムンガ(目にも優しい)」
「如暗得灯、リーンに感謝」
仲間たちは魔女に感謝の言葉を送る。
「……皆、館の見取り図は頭に入っているな? 一気に二階の奥を目指そう」
リーダーが魔法の撮影用アイテムを操作しながら言った。それは魔物とのエンカウント次第だ。
館の玄関ホールの天井は吹き抜けで、正面奥には二階へと登る階段が見える。
階段の踊り場の上には肖像画が飾られている。描かれた人物は青白い病的な男で、デュラリア男爵か。
玄関ホールへとつながる真っ直ぐな廊下の奥は流石に暗い。応接間、使用人たちの部屋、厨房などへと続く曲がり角や扉が見える。物音は何も聞こえないが、何者かが息を潜めているような、嫌な気配が漂っている。
「中は荒らされた様子は無いね」
「あれだけ生ゾンビがウロついていちゃぁな」
普通、無人の館は盗賊に荒らされ、宿無し共の巣窟になってしまう。だが皮肉なことに、ここは外をうろつく生ゾンビの群れが衛兵となり防いでいたのだ。まるで呪われた魔法師の館を護るように。
「……最短で二階を目指そう」
俺たちはフロアを進み始めた。
金属鎧を身につけた、防御力の高いリジュールが先頭を進む。
「南無阿弥陀。外の生ゾンビ以外の気配がある」
「……映像の撮れ高が悪い」
「リス、大丈夫か」
息してるか?
「だっ……大丈夫だよ!」
あまりの大人しさに心配になったが、リスはちゃんと最後尾からついて来ている。
自然と口数も少くなり、周囲の物音に耳を澄ます。
前衛と後衛は適度な距離を保ちつつ、二階への階段を目指してゆく。距離にして二十メルもない玄関ホールを通過する。今にも何かが飛び出してきそうな雰囲気だ。
真正面にある肖像画が俺たちをじっ……と見下ろしている。
「嫌な感じだぜ……」
階段はT字型に二股に分かれている。肖像画が飾られた踊り場から、左右にそれぞれ階段が延びて、二階へと続く。その先は真っ暗な洞窟のような廊下がそれぞれ口を開けている。
確認した見取り図では、二階の廊下は「ロ」の字型の回廊になっているはずだ。どちらへ進んでも同じ場所へ戻ってくる。
「二手に分かれるのは得策じゃないな」
その時だった。
「来る……!」
魔女のハッピィ・リーンが不意に、小さな警告を発した。
すると、一階の各部屋のドアが開いた。
紫色の霧が溢れ出し、部屋の中からユラリと人影が現れた。一体、二体……いや十近い数だ。
闇の中で、落ち窪んだ眼窩が青紫の不気味な光を放っている。
「あれって館の人たち!?」
リスが小さな悲鳴をあげた。
出現したのは、館の元住人たちだった。
カラカラに干からびた顔、骨に乾燥した皮が貼り付いた手足。鮮度の悪い、干からびた死体が動いている。身なりは執事にメイド、コック……。身に着けている服は生前のままだった。急激な死が彼らの命を奪ったのか。顔は恐怖に歪んだまま引きつり、叫び声をあげた
状態で干からびている。
恐怖の軍団が何の声も立てず、一直線にこちらへ向かってくる。
「……ミイラの群れか、恐ろしい光景だ」
お前が言うか、メントゥス。
「おいでなすった! トラリオンは左翼、ブランケンは右翼!」
「任せとけ!」
「フンガ!(おう!)」
前衛は散解し後衛三人組を護る。
見かけによらず、生ゾンビよりも動きが速い。乾ききった死体の割には、急に加速してこちらに向かってきた。
「はっ!」
戦士リジュールが短剣で、ミイラ執事の首を斬り落とした。
だが、止まらない。
首なしの執事が掴みかかろうと襲い来る。
「くそ、魔法可動型か!」
リジュールは冷静にミイラの両腕を打ち砕き、胴体を蹴り倒す。床に転がったミイラ執事の身体から、骨や皮膚の破片が飛び散った。
「外の生ゾンビよりも面倒だ! リス、気をつけろ!」
戦いの基本は変わらない。
ミイラメイドの腕を掴み、ダンスを踊るように回転させ、魔物の首に巻き付ける。そして一気に引き下げるように力を込める。衝撃でミイラメイドの首から肩、腕は砕け散った。
「ムンガ、ムムンガ!(流石、トラリオン)」
ブランケンも余裕かつ冷静だ。拳を握った腕を、ハンマーのように振り下ろし、迫ってくるミイラコックの上半身を容赦なく粉々に打ち砕いた。
「こいつら、まるで枯れ木みたい!」
リスが軽快な身のこなしで、ミイラ執事長を蹴り倒した。自然と身体が動くのなら大丈夫だ。恐怖に囚われていれば身体も動かない。
「リスちゃん……かっこいい」
魔女のハッピィ・リーンは魔法を励起する気配はない。
対ボス戦、決戦まで温存するつもりなのだろう。
「全力集中。一気呵成」
代わりにキノコ網笠の法師が両手を合わせ、精神集中に入っていた。何か戦闘用の術を使うつもりだ。
「……油断するな、再生する!」
リーダーのメントゥスが警告を発する。
足元で砕かれた骨がズリズリと動き出し、俺の足首を掴んだ。蹴飛ばしたが、その腕はふたたび生きているように動き、集まり始めていた。
「なるほど、そういうことか」
「ムンガ!(きりがねぇ!)」
「徹底的に破壊、それしかない!」
戦士リジュールは別のミイラメイドの胴体を分断しながら、身体を蹴飛ばした。
こういう魔物は再生できないほどにバラバラに解体するか、川にでも流して再生できないように分散させればいい。
動くカラクリが呪いか魔力かは知らないが、破壊出来る相手なら戦える。
「準備万端整い、能力開放……!」
後衛のアミダブがパンッ! と力強く両手を打ち鳴らした。
「――破ァッ!」
怒号のような気合だった。
アミダブを中心に、全周囲に裂帛の気合を放つ。
まるで巨大な気泡が弾けるように、周囲の魔物を押しのける波動が放たれた。
一瞬だった。
殺到していた乾いたミイラの群れが崩れた。
関節が外れ、頭部が転がり落ちる。周囲に群がっていたミイラどもが一斉に力を失い倒れ、粉々になった。
「す、すごい!」
「これが網笠の能力か……!」
リスも俺も感嘆する。
「魔力波動爆裂――通称『魔力波動パルス攻撃』です。対・魔法系の魔物、霊体などに対する無効化、カウンター攻撃」
「……繊細な魔法使いにとっての天敵、呪いや魔法陣も根こそぎ使用不能さ」
魔女のハッピィ・リーンとメントゥスが解説する。よくわからんが溜め込んだ魔力を爆縮し、一気に開放。破壊的な魔力波動を放つ技らしい。
「次弾装填、時間必要」
ナムナム……とアミダブが祈る仕草をする。連発できない必殺技なのだろう。
「リスちゃん、さっきはありがとう」
「だんだん自信がついてきた」
皆はやや安堵した様子で、二階を目指す。
戦士リジュールと俺が階段を登り始めた時だった。
『――招かざる客は葬列へ……』
「肖像画が!」
「しゃべった!?」
「奇々怪々。怪奇現象!」
『――余が館に招き入れしは……』
ギョロリ……と絵の中でデュラリア男爵の目が動いた。
不気味な視線は俺やリジュール、メントゥスを通り越し、後衛へ向けられたところで止まった。
魔女のハッピィ・リーン。
法師アミダラ。
そして、リス。
『――魔の力を宿し、ぬしらなり……』
肖像画から不気味な光が放たれた。
「ぐっ、やべぇ!」
「いけない! かたまれみんな!」
「ブンガ!?」
「……未知の攻撃!?」
紫色のオーロラのような輝きにつつまれ視界を奪われる。俺も戦士リジュールはもとより、慣れているはずのブランケンやメントゥスも慌てる。
「きゃ!?」
「リス……ちゃん!」
「驚天動地、空間転移――――!?」
視界がもとに戻ると、三人の姿が消えていた。
見回しても姿形も、声さえも聞こえない。
三人が忽然と消えてしまった。
肖像画は元の古びた絵画に戻っていた。
「リス!」
「リーン! アミダラ!?」
「ムンガー!?」
「くそ、貴様ッ!」
戦士リジュールが肖像画を切り裂いた。額縁が砕け、音を立てて崩れ落ちる。だが、その先には期待したトンネルも、リスたちの姿もなかった。
「……こ、後衛を奪われた!」
「なんてことだ、分断されるなんて」
愕然とするメントゥスとリジュール。
これはデュラリア男爵が仕込んだ罠だったのだ。
侵入者の戦力を分析し、魔法を使えるメンバーを連れ去るための罠。
いや、まて。
ならば、どうしてリスまで……?
「くそ、探すぞ!」
一階を駆け回る。ミイラの怪物はすべて粉々で、ゲストルームとキッチン、大広間に人の気配はなかった。
「……誰もいない!」
「考えられるのは、二階の最奥か」
「デュラリア男爵の部屋ってわけか……!」
俺たちは階段を駆けあがった。
――リス……無事でいろよ!




