襲来、生ゾンビ軍団
『ンッアァア”ーッ!』
生ゾンビが叫び馬車に向かってきた。
死後一週間程度だろうか。腐りかけの動く死体は、まだ新鮮な部類だ。
「グロすぎ……!」
案の定、リスは悲鳴を上げて俺の腕にしがみついてきた。いきなりの遭遇でビビるのも無理はないが、先が思いやられる。
「あれは……可哀想な女の人。おそらく通りかかったところを他の生ゾンビに噛まれて感染……絶命。呪詛の毒に冒された死体が動いている……」
「うっうんうん!?」
リスの背後から、顔の見えない魔女が懇切丁寧に教えてくれた。だがリスはそれどころではないらしい。
『ンッア”ー!』
生濁った目でこちらを見据え、両手を突き出しビダビタビダ……! と迫ってくる。
冒険者でも流石にこれは悲鳴をあげたくなる。距離にしておよそ十五メル、あっというまの距離だ。
「落ち着けリス。仲間を信じろ」
「リスちゃん……大丈夫よ……」
怖がるリスの肩に魔女が手を乗せた。
「リ、リーンちゃん」
その時、『祓い屋ムドー』を率いるリーダー、全身包帯男のメントゥスが静かに立ち上がる。
「……鮮度のいい死体だな。筋肉が機能するほどに」
「ここは、リーダーの出番……」
魔女のハッピィ・リーンが囁いた。
「……先鋒で、俺様がいかせてもらう」
意外なほどの身軽さで、メントゥスが馬車の客室から飛び降りた。
御者役のリジュールは馬が暴れぬよう馬車を停車させる。
「どうどうっ!」
「すでに囲まれたようだな」
「うえぇ!?」
気がつくと、濃い霧の向こうにユラユラとした不気味な人影が何体か現れた。鼻をつく嫌な異臭が漂ってくる。
同じような生ゾンビの群れが迫りつつあるのだ。数は、十体ほどか。
「地獄の歓迎会ってわけだね」
リジュールも御者席から飛び降り、馬を守る位置に立って腰から剣を抜いた。
「ト、トラも行くの!?」
「いや、まだだ」
状況が変化してからでいい。
「リスちゃん……。私達には役割……順番があるの。鮮度の高い死体の相手、先鋒はリーダー」
黒髪で顔を覆い隠した魔女、ハッピィ・リーンがゆっくりと指差した。
「順番……?」
「呪詛の震源地から離れた場所には……鮮度の良い死体がある。中心部に近づくにつれて腐肉から骨、霊体、悪霊……と。うろつく魔物の種類が変わってゆく」
魔女のハッピィ・リーンが言うことは端的で明快だった。
館の敷地の外側には腐った死体がうろつく事が多い。やがて腐敗が進み肉体が朽ち果て骨となれば、次は「骸骨の騎士」のような状態となり動き出す。
彼らは呪詛が濃縮され、筋力ではなく魔力の操り人形として動く。それはゾンビより上位の存在。
俺の技が通用するのはそこまでだが……。
「リス、まずはお手並み拝見だ」
「う、うん」
「フンガム(そうだとも)」
「ここは静観、観音菩薩」
杭男のブランケンと編笠キノコのアミダブも落ち着いた様子で座ったままだ。魔女のハッピィ・リーンも動く気配はない。
『ァンア”ァー!』
鮮度のいい生ゾンビは、ビタビタと包帯男メントゥスへと狙いを定めていた。もう目と鼻の先まで迫っている。
「……やれやれ、君は刺激的すぎて、画撮影には不向きなようだ」
メントゥスの右手の包帯が解けた。しゅるしゅると解けた内側から、真っ黒な腕が現れる。
細く、焼けただれたような腕をゆっくりと、手刀の形で構える。
そして迫りくる生ゾンビと対峙――
『ァア”ーァア!』
噛みつこうと大口をあけて襲ってきた瞬間、メントゥスは小脇をすり抜けた。
まるでウサギか猫のようにしなかやで速い。
手刀による浅い攻撃。生ゾンビの身体の一部が傷つき、不気味な体液が散った。
『……ア”?』
獲物を見失った生ゾンビはよろめき、首をかしげながら立ち止まった。そしてぐるりと首だけで振り返り、メントゥスへ再び狙いを定めた。
「……可哀想に。近くの村の娘か」
『ァァアア……! ……ァ……アァ!?』
突如、生ゾンビの顔面がズルリと崩れた。
体の腐肉が溶けてゆく。腕が地面に転げ落ち、身体がひしゃげ、膝から崩れ落ちてゆく。
「ひ、えぇ……!?」
「あれが、リーダーの固有戦闘スキル……『毒手冥葬』。……長い年月をかけて体内に蓄積した猛毒は、ゾンビさえ朽ちさせる……。究極の状態異常を引き起こす……」
「戦いたくはないな。傷つけられたら負けだ」
「す、凄い……!」
リスが息を飲んだ。
「観世音、生涯蠱毒」
生身の人間と触れることが出来ない。すこし悲しい男だが、ヤツには仲間がいる。
『フギュルァ”……!』
『ンガア”……!』
二体目、三体目の生ゾンビが襲いかかる。
しかしメントゥスは冷静に、無駄な動きの無い攻撃を繰り出してゆく。
「……毒をもって毒を制す」
手刀を突き刺し毒を注入、ゾンビを分解させて土へと還す。
「集まってきたぞ!」
戦士リジュールが叫んだ。
生ゾンビの群れはメントゥスに集まりつつあった。
ワラワラと館の周囲を徘徊していた化け物共が、次々とやってくる。
どれも動きは鈍いが侮れない。中には鮮度のいい生ゾンビがいるからだ。
霧の向こうからアスリートのような勢いで、ドドド……! と接近してくるのが見えた。
「フンガ(そろそろ)」
「俺たちもいくか!」
いよいよ俺達の出番のようだ。
ブランケンと顔を見合わせ、馬車の客室から降り立つ。
「トラも行くの!?」
「リスはそこで待機、後衛組を護れ」
キノコ傘の法師と魔女は後衛だ。この場はまだ能力を温存してもらう段取りになっている。
「うん! わかった」
「リスちゃん……頼もしい」
「感謝感激、安全祈願」
「こいつら……生きている人間だけを狙ってくるみたいだね!」
戦士リジュールが生ゾンビの首を斬り落とした。
首を失った死体は動き続けたが、蹴飛ばすと地面に倒れそのままジタバタと暴れ続けた。
首無しゾンビのブレイクダンスとは、世にもおぞましい光景だ。
『ンァアアアアアアア!』
ものすごい勢いで生ゾンビが突進してきた。俺たちに噛みついて呪詛毒を感染させるつもりなのだ。
「仲間への誘いは遠慮しとくぜ」
「モンガムンガ(勧誘はお断りだ)」
ここからは俺も気合を入れる。
生ゾンビに噛まれると普通、人間は連中の仲間入りだ。呪詛毒とやらが身体に入り、全身を侵す。やがて高熱を発し苦しみ抜いて死ぬ。すると数十分後には生ゾンビと化してしまう。
何もしらない集落が全滅するのに数日もかからない。恐ろしい呪詛毒だ。
「トラ、気を付けて!」
リスが結構必死で応援していた。
心配してくれているのか?
ちなみに俺は連中に何度か噛まれた事がある。発熱したところで気合で治した。熱も翌日には下がり、アララールのやつは「呆れた……」と驚いていたが。
どうやら呪詛耐性があり、呪詛毒素への免疫があるのだとかなんとか。
『ンッバァアアア!』
生ゾンビがダッシュし突っ込んできた。
「トラリオン!」
メントゥスが叫ぶ。リスも叫んだ気がするが、俺はすでに集中モード。動きは手に取るように見えている。
「――ぬんっ!」
生ゾンビが掴みかかってくる。突き出した腕をさばき、突進の勢いを逆に利用。
ショルダースルー、すなわち『変形肩車』の要領でそのまま後ろへ投げ飛ばす。
だが、俺の技はここからだ。
投げ出された生ゾンビの足首を瞬時に掴み、ハンマー投げよろしく回転。遠心力を加えて地面に叩きつけた。
『ブッ……シュア”!?』
ぐしゃり、と頭部から上半身が砕け散った。腐肉があたりに散った。
「うっわ、きたねぇな」
「モンガ……(よく触れるよ……)」
巨漢のブランケンはといえば、近くから生木を引っこ抜き、それを巨大なこん棒がわりに振り回した。
三体の生ゾンビの上半身をブッ飛ばした。
「おいおい、変な汁を飛ばすなよ!」
「ムガガ(そっちこそ)」
しばしの戦闘の後、生ゾンビの群れはあらかた壊滅させた。
物理的に潰した生ゾンビは、全部で15体にもおよんだ。
「……こんなものかな」
「通りかかった村人に、旅人。それに……攻略にきた冒険者が半分ってとこだな」
「モモンガモンガ(前衛の戦士職が多いな)」
「放っておけば朽ち果てるが、あとで燃やしてやろう」
戦士リジュールが剣についた汚れを振り払い、鞘に収めた。
「……さぁ進もう。館の敷地へ」
俺たちは馬車を進め、入り口のギリギリへ横付けした。
「南無観世恩菩薩……喝!」
法師のアミダブが念仏を唱え、馬と馬車を護る結界を張った。魔物避け、悪霊避けらしい。そのおかげか馬は落ち着いた様子で草を食みはじめた。
「リスもここにいれば安全だぜ?」
「バカにしないで。あたしも行く!」
「では行こうか」
戦士リジュールを先頭に、俺たちはいよいよ館の扉に手を掛けた。




