12歳以下視聴制限パーティ『祓(はら)い屋ムドー』
「さっ、出発するよー!」
御者席に座った戦士リジュールが、明るい声で客室に声をかけた。
「「「オォオォ……」」」
返ってきたのは地獄からの呻き声……ではなく見た目がヤバイ連中の返事だった。
「ははは、元気でいいね」
手綱を操ると二頭立ての馬車はゆっくりと動き出した。
今回のクエストの目的地は、馬車で二時間ほど進んだ場所にある湖ムーンレイク。湖畔にあるリゾートの別荘地だ。
「別荘地なんでしょ、素敵なところ?」
「いんや、廃墟の幽霊屋敷さ」
「……だよね期待して損した」
俺とリスは『祓い屋ムドー』の一行と共に客室に乗り込み、馬車に揺られている。
馬車の客室は、互いに向き合って座る長椅子タイプだ。進行方向右手側に俺とリス、さらに隣にはハッピィ・リーンが影のようにちょこんと腰掛けている。
「……あっ……ぁ…………」
ときおり小さな呻き声をあげる魔女。顔が長い黒髪で隠れて見えないので「顔無し魔女」と陰口を叩かれているが別に悪いヤツじゃない。
対面の進行方向左手側にはリーダーの包帯男メントゥス。となりに側頭部杭の刺さった男ブランケンと編笠を被った治癒霊媒師アミダブが座っている。
「……今回も撮影係は俺様か、撮るのは楽しいよな」
「ムンガフンガ(でも手ブレに注意して)」
「……仕方ないだろ驚くと揺れるし」
「ムガムンガ、ガガ(リーダーが一番ビビリ)」
「……この顔でな、っておい」
「ムムフ(ハハハ)』
全身に包帯を巻いた痩身のミイラ男メントゥスと側頭部に金属の杭が刺さった大男ブランケンは和気あいあい。配信用の映像撮影魔法道具を手にしたモンスター同士の会話に見えなくもない。
「仲良さそう」
リスが小声でささやく。
「付き合いの長い連中だからな」
見た目とのギャップが意外だが、実際のところパーティの雰囲気は良い。
前回のゴブリン退治「自称Sランクパーティ」がクソ過ぎたので、リスは拍子抜けしているようだ。
客室は四方の柱が屋根を支える簡素な造りで、動く「東屋」のような感じだ。背もたれ代わりの壁はあるが、四方は開け放たれている。
視線を転じれば、郊外に広がる麦畑。農家の家々やすれ違う荷馬車など、のんびりとした景色が流れてゆく。
「……ねぇ君、リスちゃんだっけ」
「えっ、はい!?」
包帯の隙間から見えるギョロ目に見つめられ、リスは少し姿勢をただす。
「……魔法の動画撮影、できる?」
「いえ、全然やったことないです」
リスはちょっと戸惑いつつ答えた。
「……俺様の代わりにやってみない?」
「フンガモンガ(いいね、それ)」
向かい側のメントゥスとブランケンも同調する。
「えー、出来るかなぁ」
「リスは撮影者には向かんぜ、トビネズミに撮影させるようなものさ」
俺は壁に背を預けながら鼻で笑う。
「どういう意味? わかんないんだけど」
「常に跳ねて動きまわるってことだよ」
「ウザッ、別の言い方ないの?」
「コオロギか?」
「ムカつく!」
リスが小突いてくると、周囲で小さな笑いが起こった。
「……トラの師妹コント、最高だな」
「ブンガガ(面白い)」
「ばっ、コントじゃねぇよ」
「モモンガモンガ(息もぴったり)」
「……筋肉野獣と妹弟子って珍しいし」
「色即是空、抱腹絶倒」
ここでようやく網傘法師が口を開いた。
「うるせぇな、お前らこそ魔王軍みてえなツラならべやがって」
ミイラ男と杭の刺さった大男、不気味な網傘法師。ふつうにやべぇだろ、冗談だが。
「……否定はしない。だから夜勤専門さ」
「モンガ(まぁな)」
「閲覧禁止、視聴制限」
「え? どゆ意味?」
網傘法師の言葉にリスは小首を傾げた。
「……俺様たちは魔法の動画再生サイト内では『12歳以下視聴注意』のパーティなんだよね」
メントゥスが肩をすくめる。包帯の巻かれた顔で露出した目と口元を歪め、リスに向けて苦笑のポーズ。
「そういやそうだったな、いろいろ問題になってたっけか、懐かしいな」
ギルド『モンスタァ★フレンズ』内でもときおり話題になっていた。
「えーなにそれ」
リスも身を乗り出す。
「いいかリス、冒険者ってのは子供たちの憧れ、ランカーの有名どころともなれば魔物を倒すヒーロー扱いだ」
「うんうん」
「だが、こいつら『祓い屋ムドー』はちょっと違う。幽霊退治や悪霊退治、ゾンビ討伐が專門だからな」
「子供が見ると怖がっちゃう、とか?」
「そうさ、魔物退治とは別の意味で怖ぇからな」
俺もギルドの酒場でコイツらの動画をみたことがある。だが動画は「恐怖映像」そのものだった。
夜間、廃墟への潜入、闇夜での撮影特有の暗さに撮影者の息遣い。手ぶれのある映像、そして時々入る『おわかりいただけただろうか?』というおどろおどろしいテロップ。
編集による静止とリプレイが入り、実は通り過ぎたドアの隙間から青白い顔の死霊がじっ……と覗いていたり、天井に首の反転した女が張り付いていたり……という塩梅だ。
『きゃぁああ!?』
『ひいっ!?』
酒場では屈強なはずの冒険者たちでさえ青ざめて悲鳴をあげ、俺もエール酒を噴き出しそうになった。
「戦闘シーンともなれば多少はマシだが、怖さの質が違うぜ。群れで襲ってくる生ゾンビの様子なんて地獄絵図だからな。検閲と視聴制限が入るのもうなずけらぁ」
「ぷっ……ははは」
リスがこらえきれず笑いだした。
「……ギルドに苦情が来てね『子供が夜泣きする!』『悪夢にうなされた!』とか『貴族のおぼっちゃまが失神した』とかさ……」
「ブンガガガア(それ、リーダーの顔が怖いから)」
「……おまえが人のこと言えんのか!?」
「政府検閲、画面漆黒」
「リスも笑っちゃいるが、俺らはその『恐怖映像』に参加するんだぜ」
「うん、でも大丈夫な気がしてきた」
リスは可笑し涙をふいた。パーティメンバーと打ち解けられて何よりだ。
「リッ……! リス……さんっ、お……おか、おかおかお菓子たべる?」
横から魔女のハッピィ・リーンが唐突にリスにお菓子を勧めてきた。
床につくほどに長い黒髪で顔の見えない魔女は、廃屋で出遭ったら腰を抜かしそうな容貌をしている。
「ありがと、いいの?」
「い……いい、いいよ食べて、あっ……だだだ、大丈夫! ど……毒なんて入ってないし、呪われたりもしない平気なお菓子だから……」
「……リーン、そう言われたら逆に不安になるだろ」
「あっ……あっ……?」
リーダーのツッこみに狼狽える魔女。
大丈夫と強調されると逆に不安になるが、見れば普通に店で売っている焼き菓子だった。可愛いピンクの包紙に包まれたお菓子を、両手で支えてリスに向ける。リスはひとつつまんで、口に焼き菓子を放り込んだ。
「んっ美味しい。シナモン味!」
「……ほっ……よかった。あ、味には種類が……あってね、私のは……ドクダミ味」
魔女も焼き菓子をつまんで食べる。超長い前髪の奥に顔と口があるらしい。
「なにそれ、面白い食べてみたい」
リスは楽しそうだ。魔女は微笑んでいるのだろうか? 表情はわからないが身を揺らしている。
「の……飲み物もあるよ……! 王都で話題の……炭酸飲料で『毒多ペッパー』っていう……あっ毒じゃないよ、平気だよ」
「あはは……! うん飲みたい!」
今回の面子で女子はリスと魔女だけだ。
だが年齢が近いのかわからんが、なんとなく馬は合うらしい。
リスには彼女の護衛を頼むことで決まりだな。
「と……ところで、あっ、あの……リ……リスちゃん、て呼んでいい!?」
しばらくするとハッピィ・リーンがずいっとリスの顔を覗き込んだ。
「いいよ、じゃ、あたしも……なんて呼べばいい?」
「まッ、魔女の名前を呼ぶ……それは契約の証で……あっ愛……あッィイ!」
「えぇ!?」
「……重いよリーン。君はいつも他人との距離を難しく捉える。だから友達ができない」
「フンガ、ムンガ(そうそう、気楽に普通にしなよ)」
見た目とは裏腹に、至極全うなアドバイスを送るメントゥスとブランケン。おまえらに他人との距離感とか言われたくねぇが……。
「ま……魔女だけど、私の名を呼んで……」
「じゃぁリーンって呼ぶね」
「おっ……ふぁっ!? ととと、友達みたい……!」
さすがリス、軽いな。魔女は身もだえしている。
やがて馬車は広大な草原地帯を進み、やがて緑に囲まれた美しい湖が見えてきた。
王都からおよそ二時間、エストヴァリィの町からもかなり離れた静かな湖畔、ムーンレイクだ。
「わぁ! きれいなところ」
「あぁ心が洗われるぜ」
白樺の林がひろがり美しい。
湖の周囲には、大きな邸宅がいくつか見える。湖畔には船着き場やボートもあって、貴族や金持ちの別荘地になっている。
「……で、現場は何処だ?」
「あぁここからだと湖の対岸のあたりだね」
御者役の戦士、リジュールが視線を向ける。
ん?
ちらりと後ろから追走する黒い馬車が見えた。
実は町を出たときからチラッと見えていたが、後方を同じ方向に移動していた。
王政府や貴族が使うような立派な二頭立ての馬車だ。
後をつけてきたのかと思ったが、馬車は一定の距離をいいて同じ別荘のある方へと向かっている。
「……おそらく貴族さ」
流石メントゥス、気づいていたか。
「その貴族にいろいろ因縁があるからな」
「……一体何をしたんだい? 君がギルドを追放されたことだって、仲間内じゃ不自然だって離しててて」
「到着前にそろそろ休憩しようか!」
戦士リジュールがリスやリーンのほうに声をかけた。
「あっ、はい」
黒い馬車はゆっくりと速度を落とす俺たちの馬車を追い抜いていった。目的地がたまたま一緒だったのだろう。
一瞬、窓に少女の姿が見えた。
リスは「……?」何か感じたのか周囲を見回していた。まさか、姉妹とかいうヤツじゃなかろうな。
馬車を湖畔のよこに駐めしばし休憩する。主にトイレやら給水だが、装備を確認し再び馬車に乗り込む。
「……曇ってきたな」
雲行きが怪しい。
雨でも降りそうだ。
日が暮れる前に目的の館に入りたい。
「ギルドからの情報によれば、依頼書にあった幽霊屋敷は湖の対岸、あと二十分も進めば到着するよ。もともとは数年前、魔法師でもあったデュラリア男爵の邸宅だった」
戦士リジュールが補足説明してくれた。
「それが今は幽霊屋敷?」
リスは俺の横で身を乗り出して湖畔を眺めている。
「噂では禁忌の魔術に傾倒し、王国魔法協会から追放され、人生の転落を嘆き自殺したとか。それから悪霊が棲み着き、死体や骨が動き回るようなった」
「……それで幽霊屋敷か」
「き……禁忌の黒魔術の失敗……。永遠の命を得たい……けど失敗、館の中を彷徨う男爵の悪霊、その末路は……闇の奈落……よくある……はなし」
「ひぃ」
リスは耳を塞ぐ仕草。
魔女ハッピー・リーンが不穏な声で囁くが、真相はそんなところだろう。
「通りかかった村人や旅人が、次々と動く屍に襲われ、被害者もまたゾンビになってうろつき始めた。流石にそうなると土地の評判も悪くなる。別荘地を働き口にしている湖畔の村の依頼もあり、いくつか戦闘系パーティが挑んだらしいが……どこも諦めて撤退したそうだ」
「亡者入獄、悪鬼同列」
死んだ者は、彼らの仲間入りだ。
湖に沿って続く道を馬車が行く。夕方が近くなり、曇天となり霧も立ち込めてきた。湖の湖面を白い霧のヴェールが流れてくる。
「あれだ」
「うわ、いかにも呪われたお屋敷」
黒い大きな屋根が鬱蒼とした木立と霧の向こうに見えた。
大きな二階建ての建物は、横幅五十メルテは以上、正面から見ただけで十数部屋はありそうだ。
重々しい鉄門扉と壁に囲まれた敷地は、近づくにつれて全容が見えてきた。
庭は荒れ果て、草が腰の高さまで伸びていた。
「……デュラリア男爵の屋敷、建物はまだ新しいようだが」
メントゥスが周囲を観察する。
幽霊屋敷と言うからボロボロの廃屋を想像していたが意外にも新しい。
闇に沈み、周囲は静まり返っている。窓に明かりは灯っておらず、不穏な気配がする。
まるで暗がりの向こうから何者かがじっ……とこちらを見ているような。そんな妙な気配がある。違和感……ぞわりとする空気。
「女だ!」
リジュールが手綱を引き速度を緩めた。
女に対する反応速度が早い。
屋敷へと続く鉄門扉は開いていた。その屋敷を囲む塀の前に、女がひとり立っている。
うつむいてい乱れた髪、ボロボロで汚れきった服。土色の腕をダラリと下げている。
「トラ」
「あぁ」
嫌な予感しかしない。
『……ァ……』
女が顔をあげた。崩れかけの死人の顔だった。生ゾンビの時期を過ぎ、すっかり熟成し出来上がったゾンビだ。
「ひゃぁああ!?」
リスは心底情けない悲鳴をあげ俺にしがみついた。
<つづく>




