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夜勤クエストと夜の住人たち

 ◇


「本当に一緒に行く気か?」

「うん。トラこそ弟子を置いていくつもり?」


 いよいよ今日は「夜勤クエスト」の日。リスは俺と一緒に行くつもりらしい。買ったばかりの冒険用の服を身に着け、準備も万端整えたといったところだが……。

「いいか、夜のクエストだぞ。暗い場所でのお化け(・・・)退治なんだぞ?」

「こ、怖くないもん。べつに一人で行くわけじゃないし……」

 目が泳いでるし震えてんじゃねぇかよ。


「確かに仲間のパーティと行くがよ……足手まといになると困るんだよ」

「ならない!」

「幽霊が怖いんだろ?」

「こ、怖くないし。蹴っとばせる相手なら平気」

「うーむ」


 今はまだ昼過ぎだが、ここから移動して現場に到着するのは夕方になる。

 夜にかけて出没する魔物を退治しながら幽霊屋敷を攻略。とある「お宝」をゲットするのが今回の依頼、クエストだ。

 報酬は金貨15枚。なかなか良い仕事だ。


 年齢的な理由で専属契約解消の形にはなったが、こうして気に掛けてくれるのはありがたい。ギルマスには感謝だ。


「トラだって一人でいくより、あたしが一緒のほうがいいでしょ」

「いや、別に……」

「そうだって言いなさいよ!」

 リスが軽くパンチを叩き込んできた。


 正直なところ家で大人しくアララールと待っていてほしい。夜は色々と危険の度合いが段違い……と言ったところでリスが聞くわけもない。クエストに行きたい! と言い出すことはわかっていた。


「仕方ねぇな。途中で泣きべそかいて帰るーとかいうなよ」

「言わない!」

「よし、ならいいぜ」

「やった!」

 

 俺はリスを引き連れて家を後にした。

 エストヴァリィの町の郊外、約束の集合場所へと向かう。


 先日、王都ヨインシュハルトのギルドで、道中を共にするパーティとの顔合わせは済んでいる。

 戦術などの作戦についても話したが、顔見知りのベテランメンバー揃いで話は簡単に済んだ。いつぞやのゴブリン退治の面子とは訳がちがう。

 あとは実際に幽霊屋敷とやらを攻略するだけ……という段取りだ。

 とはいえ、今日のパーティのメンバーは個性的な連中だ。リスは上手く馴染めるだろうか……。


 ◇


「忘れ物はないか?」

「うん。魔法の照明石と、傷薬と包帯。非常食と水筒」

 待ち合わせ場所で装備を再点検する。

 足りないものがあればすぐ近くの町の商店で買い出しをすればいい。

 俺とリスに与えられた今回の役割は、荷物持ち(ポーター)ではなく『護衛職(エスコーダ)』だ。

 なので機動力重視。身軽さが身上だ。


 今日のリスはツインテール(?)とかいう髪型にしていた。

 夕べ、アララールがリスの髪をいじりながら「似合う! 可愛い」とはしゃいでいた。

 敵に髪を掴まれる可能性がポニーテールより倍になって危険だろと言ったら、ものすごく睨まれた。


「その服はなかなか良いが、腕と首にこれ着けとけ」

「えー? ダサい」

「いいからつけろよ」

「うー」

 中古の「革の防具」をリスに手渡した。

 手首から腕を守るタイプと、首輪のようなチョーカーに似た防具だ。

 リスの服装は上下にセパレートしたジャケットとスカートの組み合わせ。プリーツタイプのスカートの下は黒いスパッツで動きやすい。膝当てと靴底の厚いブーツも問題ない。

 とはいえ上着は丈夫な布製だが、やはり急所や噛まれやすい場所は重点的に防御したほうがいい。


「噛まれると面倒だからな」

「か、噛まれるの?」

「夜の野獣だろ、あとは(なま)ゾンビとか、動く骨デッドボーンとかも噛みついてくるな」

「な……(なま)ゾンビ?」

 リスの顔がひきつっている。まぁ実際見たら誰でもビビる。半生の腐った死体が動いているのだから。


「ほんとに平気かー?」

「へ、平気だもん!」

 ほっぺたを指先で摘んでやると、元気に手を払い除けた。


 今回のクエストは呪われた館の開放だ。

 魔物の巣窟になった貴族の館なんざ、火をつけて燃やしちまえばいいと思うが……そうもいかないらしい。依頼主である土地の地権者と、建物の所有者の不動産屋にとっては、大事な飯のタネなのだとか。


「そもそもなんで夜に行くの? 昼間に行けばいいじゃん」

 この期に及んで、まだリスは迷いがあるらしい。


「夜と昼だと位相(・・)が違うんだよ。夜は魔の領域だ」

「魔の領域?」

「家の近所でさえ、夜の散歩は避けたほうがいいって、アララールも言ってただろ?」

「うん……」

 先日、星空を見上げたのは庭先。アララールの結界に護られた内側でのことだ。あれ以上家を離れて森にでも足を踏み入れると、ロクな目にあわない。


「昼間は静かな無人の廃屋でも、夜は常闇の住人が蠢き出すのさ」

「あたしの部屋にも幽霊が出たのって」

「そういうことなんだろうな」

「うぅ……」


 アララールだって夜になると(・・・・・)出てくるだろ?

 ……とは言わなかったが。実はそういうことなのだろう。魔力の質、位相が変化する。魔物にとって都合よく力を得られる。と、これは知り合いの魔法師の受け売りだが。


 そこへ一台の馬車がやってきた。二頭立ての古くさい馬車が、ボロボロの客車を牽いている。

 馬車は俺達の前で静かに停車した。

「よぉ、またせたな、トラリオン!」

 明るい声をかけてきた御者は、顔馴染みの戦士リジュールだった。

 王都のギルド『モンスタァ★フレンズ』のベテラン戦士で、前衛の戦士職だ。仕事では信頼のおける男……として評判はいい。


「おうリジュール、時間通りさ」

「日が暮れる前に館に現場入りだからね。おや!? もしかして君が……」

 リジュールは御者席から飛び降りた。

 俺と握手してからリスの顔と同じ位置まで腰を折り、顔を見つめる。


「俺の弟子だよ。報酬はいらんが職場見学で連れて行くぞ」

「リスです。よろしくおねがいします」

 リスはペコリと頭を下げた。


「君がリスちゃんか! トラから話は聞いているよ。大歓迎さ。オレはリジュール。トラリオンとは馴染みでね。よろしく」

「は、はい」

 リスと握手を交わすリジュール。

 リスはちょっと照れ臭そうな表情で、再び背筋を伸ばした背の高いリジュールを見上げている。


「動画も観たよ、可愛いって評判だったし。トラの技を受け継いだ格闘師見習い……かな。髪型も可愛いね、よく似合ってるよ」

「そ、そうですか?」

 ぺらぺらとよくしゃべる男だ。

 少し下がった眼尻(まなじり)に、余裕の笑みを浮かべるリジュール。甘いマスクと手入れの行き届いたブロンドヘア。三十代の独身貴族は夜の街ではちょいと名の知れた遊び人だ。

 リジュールは幼女から老婆まで分け隔てなく愛想を振りまく。いわゆる守備範囲の広い男だが、流石にリスは……。いや、気をつけるべきか?


 アララールには「変な虫がつかないようにするのも保護者たるトラくんの役目よ」とか言われたっけ。なんだよ保護者って。ったくめんどくせぇな。

「リス」


「そんでもって、彼らが今夜のお仲間だ」

 リジュールは振り返った。馬車の客室のドアが開くのを眺める。


 夜勤の仲間、パーティの面々が降り立った。

 一人二人……全部で四人。


「……日光がキツイな」

「ムンガー!」

「南無、オンボギャキリハラハラ」

「フフ……フフフフ」


「っ!?」

 リスが目を白黒させる。まぁ無理もない。見た目からしてアレ(・・)だしな。


 全身に包帯を巻いた痩身のミイラ男。

 側頭部に金属の(くい)が刺さった大男。

 キノコみたいな傘を被った外法力師。

 黒髪で顔を隠した幽鬼のような魔女。


「紹介するよ、彼らが対霊(・・)戦闘パーティ『(はら)い屋ムドー』さ」

 リジュールがリスに紹介するが、リスは顔をひきつらせたまま、微笑むのが精一杯だ。


 幽霊屋敷攻略のクエストを引き受けたのは、ちょいとクセのある連中だった。


「今夜はよろしくたのむよ。なんと今話題のトラリオンと弟子のリスちゃんが参戦だ! ささ、挨拶と自己紹介ね!」

 明るく取り仕切るリジュールがいなかったら、完全に「魔王軍」との遭遇みたいな構図だった。


 見た目がかなりヤバイ連中だが、ギルド内ではAランカー。その道ではちょいと名の知れたプロ集団だ。


 まずは全身に包帯を巻いた痩身のミイラ男。

「……俺様はメントゥス。体内に魔法毒素を蓄積した……毒手戦闘術使いさ……ゲホゲホ」

 包帯の隙間から覗いた片眼で、ギョロリとリスを睨む。目は血走り猫背。体調は今日も悪そうだ。

「よ、よろしくおねがいします……」


「おっと、リスちゃん握手はしないほうがいい。手荒れでは済まないよ」

「いっ?」

「……悲しい」

 リジュールのストップに手を引っ込めるリス。メントゥスはちょっと寂しそうにうなだれた。

 

 次に側頭部に金属の(くい)が刺さった大男。

「ムンガ、ムンガ! ムンガー!」

「な、なんて?」


「……よろしくねお嬢さん、って。名前はブランケン」

「あ、ありがとう。メントゥスさん。ブランケンさん……ですね」

 包帯男のメントゥスが翻訳してくれた。


 リスはお礼を述べたが、メントゥスがパーティのリーダー役兼、世話役(・・・)だ。

 見た目はヤバイが内面は一番マトモだと思う。


「ブランケンは過去のボス戦で頭に杭が刺さって、生死の境を彷徨った。その結果、言語と痛覚……それと肉体制御のリミッターを失った」

 さらにリジュールが付け加える。

「そうなんですか……」

 後天的バーサーカー。暴走の肉弾戦士。圧倒的なパワーで粉砕する。

 俺は戦いたくない。そんな戦士の一人だ。


「……頭の杭は抜くと死ぬから。気を付けて」

「抜きませんけど!?」

 メントゥスの説明はジョークらしい。刺さった剣を抜いた途端に死ぬのはよくあることだ。


 そしてキノコみたいな傘を被った外法力師。


「南無、アンダーギャーラー。ワシは法力使いの南無アミダブラー」

「えっ? え?」

 どこが名前かわからない男。

 仲間内ではナムとかアミダブとか呼ばれている。


「クフフ……同年代……ヒヒッ」

 最後は、黒髪で顔を隠した幽鬼のような魔女。


「彼女は魔女のハッピィ・リーン。奈落メンタリストという魔法の使い手さ」

「奈落メンタ……?」

「……死者の存在を否定し、自己崩壊を誘うダウナー波動の使い手。引きずられるから気を付けて」


「よろ死苦……ヒヒ……友達……」

「は、はい?」

 変わり者の多い魔女界隈でも格段に陰キャを極めたやつらしい。凹んでいる時に彼女と話して自殺未遂したやつがいるとかいないとか。

 年齢は十代だとか、顔は可愛いだとかの噂もあるが、そもそも髪で隠れて表情が見えない。


「大丈夫か、リス」

「う……うん」

 横顔にはもう帰りたい、と書かれていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 生ゾンビには噛みつかれたくないですね! ……と思ってたら、生ゾンビも逃げ出しそうな個性的なメンツ。 面白い闘いになりそうです!
[良い点] とうとう始まった夜勤。 今日こそ、俺様の華麗な活躍が……。何やら落ち込んでいる某賢者様。 そうなのだ、今日は二本も更新されたというのに……。 そして夜勤に加わったリスも後悔している模様。 …
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